第564話 補助魔法使い達、拳祭りを見守る

 「っしゃっ! 祭りの始まりだ! お前らも好きなように暴れまわれ! 拳祭りを始めるぞ!」


 その瞬間、虎族を中心に割れんばかりの歓声があがりました。

 殴った人も殴られた人も戦いの手を止め、拳を天に掲げて咆哮のように叫びに叫んでいます。

 そして、トーマ様は狙いを定めたように、僕たちへと視線を移しました。


 「ばばぁ! 決着の時だ! 覚悟しやがれっ!」

 「阿呆には付き合いきれんが、仕方ないのぉ」


 やれやれといった様子でアリア様は肩を竦めましたが、その口元には笑みが浮かんでいます。

 なるほど。

 アリア様はこうなる事がわかっていたみたいですね。

 だからさっきアラン様がこの場にいたら大変になると言っていたのですね。

 鼬族との戦いで、アラン様が可愛い名前の鼬兵を素手で倒したのを思い出しました。

 きっと、そんなアラン様がこの場にいたら嬉々として参加していたような気がするのです。


 「おらっ!」

 「そんな攻撃が当たるか!」


 そんな事を考えている間にトーマ様はあっという間にアリア様との距離を詰め、アリア様に大振りで拳を振るいましたが、アリア様はひょいッとその拳を避けました。


 「次はこちらからゆくぞ」

 「おう! 細腕のババアの攻撃なんて……うごほっ!」


 どっしりと腰を落としたアリア様の拳がトーマ様のお腹へとめり込みました。

 アリア様って近接での格闘もいけるのですね。

 僕のイメージですと、獣化や魔法を使って戦うスタイルだと思っていましたが、アリア様の拳を受けたトーマ様の反応からすると、それなりに拳のダメージもあるように思えます。


 「そんな攻撃は、効かねぇ!」

 「うむ。まだ軽く打っただけじゃからな」

 「だったらこっちも本気で」

 「私を倒したければ最初から本気を出す事じゃ……ほれ」

 

 トーマ様の顔面にアリア様の拳が当たると、トーマ様は回転しながら数メートル飛びました。

 だ、大丈夫ですかね?


 「へっ! 面白くなってきたじゃねぇか」

 「お前は本当にタフじゃな」


 大丈夫みたいですね。

 唇を切ったみたいですが、それでもトーマ様は立ち上がりました。


 「それが俺の取り柄だからなっ! それじゃ、体も温まってきた頃だ。そろそろ本気で行くぜっ!」

 「うむ。来るが良い」


 ここからトーマ様の怒涛の攻撃が始まりました。

 流石のアリア様も防戦一方になるかと思いましたが、やはり慣れているみたいですね。

 トーマ様の攻撃を避けながら、的確にトーマ様の隙を見逃さず、動きに合わせて拳を撃ち込んでいきます。

 しかし、ここから二人の戦いは少しずつ変わり始めました。


 「ババア! 今まで悪かったな!」

 「気にするな。ガキの子守をするのは、私の役目じゃ」


 戦いの最中というのに、二人は会話をし始めました。

 もちろんお互いの動きは止まりません。


 「それでもだっ! 親の居ない俺は、ババアが親みたいなものだ!」

 「そう思うのなら私の事はババアではなく、お母様とでも呼ぶが良い」

 「誰が言うかよ! ババアはババアだ!」

 「相変わらず素直じゃない小僧だ」

 「それが俺のいい所だからな!」

 「馬鹿な所の間違いじゃな」


 トーマ様に余裕があるとは思えません。

 戦いは一方的にアリア様がダメージを与えているように見えます。

 それなのに、トーマ様の口からは言葉が止まりません。

 喋れば余分な体力を使うと本人もわかっていると思うのですが、ずっと喋りつづけているのです。


 「そうだ。俺は馬鹿だ! だから、こういった形でしか、ババアに本音はぶつけられねぇ!」


 流石に体力が落ちてきたのでしょうか、アリア様に殴られ、地面へと転がり立ちあがるトーマ様の動きが悪くなってきました。

 それでもその目に宿る闘志は未だに消えていないように見えます。


 「本音か。良いだろう、思う存分に伝えるが良い」

 「おぅ! まだまだ、語らせて貰うぜ!」

 「むぅ……ここにきて、動きが良くなるか」


 少しだけ焦ったような声を出しましたが、アリア様はギリギリでトーマ様の拳を避けました。

 アリア様の言葉通り、僕もトーマ様の動きが速くなったように見えました。


 「追い詰められてからが本番だからよっ!」

 「ちっ、相変わらず力だけは本物じゃ」


 虎族の王なだけありますね。

 トーマ様の拳を受け止めたものの、アリア様の体は地面を滑るように一メートル程交替しました。

 だけど、痛くないのでしょうか?

 受け止めた瞬間にバチーンっと凄い音がしましたけど……。

 大丈夫みたいですね。

 アリア様は手のひらを閉じたり開いたりして、様子を確かめた後にまだいけると頷きました。


 「どうだ、少しは効いたか?」

 「まだまだじゃな。そんな事で、嫁を守れると思うたか」

 「守るんだよ! それを俺は証明する!」

 「うむ。だったら見せてみるが良い、口だけではないという事を」

 「当然だ!」


 最早これは模擬戦というレベルを越えているように思えます。

 拳を振るうトーマ様の一撃一撃が本気で相手を倒そうと思っているのがわかるほどに力強く、それに応えるアリア様の一撃も力強く見えます。

 一歩間違えれば骨の一つや二つは簡単に粉砕しそうですし、実際にトーマ様の流血も少しずつ増えていっています。

 

 「シアさん、止めなくていいのですかね?」

 「その必要はない。二人の会話に私達が口を挟むのは野暮」

 「ですけど、流石にやりすぎですよ」


 忘れそうになりますが、これは結婚式です。

 そしてその主役はトーマ様なのに、顔から血を流し、顔を腫らしています。


 「平気。それに、決着の時は近い」


 見ると、トーマ様とアリア様はお互いに向き直り、動きを止めて対峙していました。

 雰囲気でわかりますが、次の一撃で相手を仕留める。

 そんな空気が漂っています。


 「ババア楽しかったぜ」

 「うむ! 私もそれなりに楽しめたぞ」

 「だが、長引かせる訳にはいかねぇ。この後もまだ語らなきゃいけない相手がいるからな」


 これが終わってもまた何処かで殴り合うつもりですかね?

 本当にトーマ様のタフさには恐れ入ります。


 「なら私との戯れは終わりにするぞ」

 「おう……最後に一撃、喰らいやがれ!」


 先に動いたのはトーマ様でした。

 それに対し、アリア様はどっしりと待ち構えています。


 「吹っ飛べやっ!」


 トーマ様の拳がアリア様の顔面へと真っすぐ振り下ろされます。


 「馬鹿者」


 この短い間に何度も見た光景でした。

 トーマ様の拳をギリギリで躱したアリア様が更に腰を落とします。

 そして、低い姿勢のままアリア様は一歩足を踏み込み腕を振り抜き、トーマ様の顎へとアリア様の拳がクリーンヒット。

 トーマ様は仰向けに倒れました。

 

 「ババア」

 「なんじゃ」

 「俺は結婚する。俺の子守はもういらねぇ」

 「はなからそのつもりじゃ」

 「おう……今までありがとうな」

 「礼なら要らぬ。その代わり、嫁を大事にして、幸せになれ」

 「おう」


 トーマ様とアリア様のやりとりは何度も見た事がありますが、アリア様にここまで素直になるトーマ様は初めてみました。

 仲が悪いと思っていましたが、これが本音だったのかもしれません。

 

 「感動的、なのですかね?」

 「うん。きっとこれはそういうお祭り」

 「本当ですか?」

 「たぶん?」


 シアさんは首を傾げています。

 だけど、目の前の光景を見る限り、強ち間違えではないように思えました。

 実際に最後にはトーマ様は普段アリア様に対して言わないような事を言っていましたからね。


 「アリア、お疲れ」

 「うむ。お主たちも少しは楽しめたか?」

 

 あれで戦いは終わったみたいで、服の埃を払いながらアリア様は戻ってきました。

 

 「私は楽しめた」

 「僕はいきなりあんなことになって驚きました。それにしても、アリア様は格闘技もいけるのですね」


 一番の驚きはそこですかね?

 まさか一方的にアリア様が勝つとは思いもしませんでした。


 「私は身体強化の魔法を使っていたからな。トーマも使っていればここまで差は広がっていなかったじゃろう」


 その差は確かに大きいかもしれませんね。

 

 「でも、トーマ様に勝っちゃって良かったのですか? 虎族は実力主義ですよね?」


 つまりは虎族で一番強いのがトーマ様という事になります。

 そんなトーマ様が負けたとなれば、トーマ様の威厳は損なわれる事にもなる気がします。


 「問題ないじゃろう。これはそういう催しじゃからな。最初からトーマは私に負けるつもりで来ていた」

 「そうなのですね」


 だから身体強化の魔法をトーマ様は使わなかったという事ですかね?


 「トーマ様、お手当に参りました」

 

 アリア様からこの催しの意味を聞いていると、トーマ様を手当てに来た人が居ました。


 「その必要はねぇよ」

 「ですが……」

 「それよりも、お前もやる事があるだろ」


 トーマ様が僕たちを、いえ……僕の事をジッと見てきます。

 その視線を追うように、手当に来た人も僕の事を見ました。


 「ユアン様……」

 「ニーナさん……」


 手当に来たのはニーナさんでした。

 

 「次はお前らの番だ。しっかり語り合え」

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