第560話 弓月の刻、ビャクレンに着く

 「あれは、家ですか?」

 「はい。虎族は居住に拘りはあまりありませんので。雨風をしのげればそれで十分なのです」


 都の前で馬車を降りた僕たちが目にしたのは藁で出来た家でした。

 どうやらここが都の入り口になるみたいですね。


 「けど、奥にはお城みたいなのが見えますね」

 「形だけですけどね。中は大した造りになっていませんよ。実際に近づけばわかりますが、外壁も既にボロボロですし」


 何でも、お城が建てられてから一度も補修作業をやって事がないみたいですね。

 虎族の方が居住に興味がないというのは本当みたいですね。

 それにしても……。


 「ユアン、気にする事はない」

 「はい……」


 やっぱりシアさんには気づかれてしまいましたね。

 ニーナさんとナナシキでお話して以来、どこか距離感があるように思えてしまいました。

 道中もそうですが、接する機会は何度もありましたのに、にゃん語を一度も使う事はなく、ずっと丁寧な口調で僕に話しかけてくるのです。

 しかも世間話みたいなものは一切なく、業務的な連絡以外は近づいて来なくなってしまったのです。


 「やっぱり、僕が悪いのですかね?」

 「そんな事ない。むしろ、私がユアンに指示した。私が悪い」

 「シアさんは悪くないですよ」


 確かにシアさんに闇魔法を使いながら話してみたらと言われましたけど、やったのは僕でしたからね。


 「ほら、そんなに落ち込まないでさ。ユアンが暗い顔をしていたら、虎族の人たちが困っちゃうよ?」

 「そうですよ。ニーナさんの件は確かにユアンさんにとって悲しいかもしれませんが、ビャクレンに居る間に誤解を解く機会はあると思うの」

 「そう、ですね!」


 僕たちがビャクレンに着くと、虎族や猫族の方達が暖かく出迎えてくれました。

 それなのに、僕が暗い顔をしていたら、歓迎してくれた人たちに悪いですね。

 ニーナさんの事は気になりますが、今はビャクレンを楽しむ事にしましょうか。


 「それでいい。ユアン、見て見て」

 「あ、なんか凄いいい匂いがしますね」

 「うん。あれ、食べたい」


 シアさんに手を引かれビャクレンの街を歩いて居ると、食欲をそそる匂いが漂ってきました。


 「あれはお肉料理ですかね?」

 「みたいだね。だけど、今は我慢ね」

 「先に泊めて頂く場所に行かないとですね」

 「ちょっとだけ駄目?」

 「駄目だよ。買い食いしている間にニーナ達と離れたらニーナたちに迷惑がかかるでしょ」

 「むぅ……わかった」


 シアさんは食べるのが好きですからね。

 

 「シアさん、後で一緒に出かけましょうか」

 「うんっ! なら、早く荷物を置きに行く」

 「わっ! もう、シアさん早いですよ」


 シアさんのテンションが一気にあがりましたね。

 ぐいぐいと引っ張るようにシアさんが手を引き歩くと、あっという間に先を歩くニーナさん達に追い付きました。


 「お城の周りは雰囲気が変わりましたね」

 「うん。建物がちゃんとしてる」


 それでも僕たちの街に比べたらかなり古い建物ですけどね。

 でも、藁のお家から石造りのお家へとなっていますし、大きさも一つ一つが大きくなっているのがわかります。


 「この辺りが貴族が暮らす区域になります」

 「僕たちは何処に泊るのですか?」

 「国営の宿屋に泊って頂く事になっています。ユアン様がご希望であれば、王城にご案内致しますが、ユアン様達は街の様子を見たいようでしたので、こちらにご案内しましたが、どうでしょうか?」

 「僕たちはこっちの方がいいです」

 「良かったです。虎族の都は衣、住には拘りがありませんが、食には力を入れていますので是非ともご堪能ください」


 そう言って、ニーナさんが短剣を僕に差し出しました。

 

 「えっと、これは?」

 「これはトーマ様よりお預かりしたものです。これをお店で店主に見せれば、何処でも好きなお店で飲み食いが出来るようになっています」

 「つまりはタダ、って事ですか?」

 「当然です。本来ならば王城にて食事を振舞いますが、そうでない以上はこれくらいさせてください」

 「わかりました。ありがとうございます!」

 

 ニーナさんから差し出された短剣を受け取りました。

 やっぱり、僕に対して緊張しているようで手が少し震えていたのが気になりますけど、僕は出来る限りの笑顔で短剣を受け取りました。

 実際にここまでしてくれるのは嬉しいですからね。

 その時に、ニーナさんと目が合い、驚いた顔をしていましたが、僕の表情を見て、ニーナさんも少し笑ってくれました。

 もしかしたら、キアラちゃんが言った通り、直ぐに仲直りとは違いますが、前みたいな関係に戻れるかもしれませんね。

 そして、暫く歩くと僕たちは王城の近くの宿屋へと案内されました。

 外見は至って普通の宿ですね。

 ただし、大きさを除けばですけど。


 「ユアン様達はこの二部屋をお使い下さい」

 「うわー……豪華な部屋ですね」


 国営というだけありますね。

 案内して頂いた部屋は、タンザで泊まった白金亭と比べても遜色ないくらいに豪華です。

 ビャクレンに入ってから魔法道具マジックアイテムを一度も見かけませんでしたが、この宿屋にはちゃんと設備として置かれていますし、それだけ手の込んでいるという事がわかります。

 といっても、イルミナさんのお店にちょくちょく遊びに行ったりしているのでわかりますが、最新の設備ではないみたいですけどね。

 それでも、僕たちからしても手をなかなか出せないような設備が整っている事はわかります。

 まぁ、正確には僕たちのお家の設備も凄いので手を出す必要がないというのが正解ですけどね。


 「サンドラちゃんはこっちの部屋で良かったのですか?」

 「うんー。私も買い食いしたいぞー」

 「確かにスノーさん達と一緒だったらお出掛けは出来ませんね」


 この後スノーさん達は王城に挨拶に向かうと言っていました。

 僕たちも行こうと思いましたが、スノーさんとキアラちゃんがナナシキの代表として向かうから平気だと言ってくれたので、僕たちはビャクレンを堪能させて頂く事になったのです。


 「けど、スノーさん達には悪い事をしましたね」

 「平気。どうせ後でトーマが勝手にやってくる。挨拶はその時にすればいい」

 「まぁ、僕もそんな気がしていますけどね」


 トーマ様は自由ですからね。

 僕たちが来たことを知ったら、この部屋に乗り込んでくるような予感がしています。

 主に僕の搾取ドレインが目当てで。


 「それに、ニーナも自由にしていいって言ってたしなー」

 「うん。ニーナの気遣いは受け取っておくべき。正式な挨拶なら明日すればいい」

 「それもそうですね」


 いくら国賓として招かれたからといって、ビャクレンに着いて直ぐに王城に向かうというのも失礼ですからね。

 トーマ様はトーマ様で忙しいと思いますし、向こうの都合に合わせた方が無難だと思います。

 スノーさんが向かったのは無事に到着した事を伝える為でしたしね。


 「という事で、僕たちは買い食いにでも出かけますか?」

 「うん。お腹空いた」

 「私もだぞー!」

 「では、早速……うん?」


 念のために探知魔法を使用していると、僕たちの部屋に向かってくる反応がありました。

 しかも、これは僕たちの知り合いの反応ですね。

 というか、この魔力は……。


 「待たせたのぉ」

 「いえ、待ってはいないですけど……どうしたのですか?」


 僕達の部屋にやってきたのは何とアリア様でした。


 「どうしたって、今から出かけるのじゃろ? なら、私も行こうかと思ってな」

 「アリア様もですか?」

 「うむ。なんじゃ、私はお邪魔か?」

 「そんな事はありませんよ。ただ、アリア様はトーマ様に挨拶に向かわなくていいのかなと思いまして」


 アリア様は僕たちとは別に招待を受けていましたからね。


 「よいよい。どうせ後で顔を合わせる事になる。それに、挨拶ならアンリに向かわせたからな」

 「そ、そうなんですね」

 「うむ。それに、私は元女王じゃからな、今の立場はただの貴族よ。面倒な事にわざわざ首を突っ込む必要はないからのぉ」


 ただの貴族といいますが、貴族の中でもかなりの地位に居ると思いますけどね。

 なんだかんだ言って、アリア様も自由人ですね。

 少しトーマ様に似ていると思ってしまいました。

 まぁ、アリア様も楽しみたいという事なら断る理由はありませんね。


 「わかりました。ですが、僕たちは色々と買い食いするだけですが、それでもいいですか?」

 「うむ! 虎族の飯は上手いからな!」


 アリア様が張り切るくらいなのですね。

 やっぱり僕たちが感じていた事は間違いではなかったみたいです。


 「それじゃ、行くぞ! ついて参れ!」


 それにしても、ここまで張り切るアリア様も珍しいですね。

 ですが、アリア様が張り切る理由は直ぐにわかりました。

 虎族の料理は僕たちの想像していたよりもおいしかったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る