第559話 弓月の刻、ビャクレンへと向かう

 「馬車に乗るなんてすごく久しぶりですね!」

 「うん。国境で魔物の大群と戦った時以来」

 「そう考えると一年振りくらいになるのかな?」

 「もう一年なんだね。あっという間でした」

 

 本当に色々ありましたね。

 あの時はまさか僕たちがこんな立場になっているとは想像もつきませんでした。

 でも、慣れとは恐ろしいもので今ではそれが当たり前となっています。

 この先、僕は王様になるかもしれませんが、それも慣れるのですかね?


 「サンドラちゃん、酔ったりしてませんか?」

 「なー? 全然平気だぞー。それにしても、遅いなー……」


 僕たちはニーナさんが用意してくれた馬車に乗って虎族の都【ビャクレン】に向かっています。

 サンドラちゃんは馬車に乗るのは初めてみたいで、車内の窓から外を眺めていますが、あまりお気に召していないみたいですね。

 

 「馬車てそういうものですからね。僕たちを乗せてお馬さんが運んでくれているので、無茶を言っては可哀想ですよ」

 「それでもなー。竜車だったらもっと早いぞー?」


 竜と馬を比べるのは可哀想ですけどね。

 というか、馬車は初めてでも竜車には乗った事があるのですね。

 まぁ、竜車なんてものは見た事も聞いた事もないので、どんなものかわかりませんけどね。

 馬車と同じで竜が引いている車だという事は想像できますけど……流石に空を飛んだりはしませんよね?


 「けど、意外と快適だね」

 「そうだね。もっと揺れるかと思いましたが、これなら多少スピードをあげても問題ないと思うの」


 スノーさんとキアラちゃんは偉いですね。

 こんな時まで仕事関係の話をしています。

 確かに僕も驚きました。

 元々は森を開拓した道だったので、開通したとはいえまだまだでこぼこ道が続いていると思っていましたが、既に道も舗装されてそこまで揺れを感じないほどです。

 

 「後は雨が降ったらどうなるかだね」

 「そうですね。ビャクレンに向かうまでに川がありますので、そこがどうなっているのか後々確かめないといけないと思うの」

 「それだけじゃない。雨が降った後は地盤が緩くなる。山崩れも気をつけないとダメ」

 

 むむむ?

 シアさんまでスノーさん達の会話に混ざりました。

 ここは僕も意見を出さないといけないような気がしますよ?

 

 「えっと……舗装されているとはいえ、地面は土ですよね? 周りの心配も大事ですけど、ぬかるんだりしませんかね?」

 

 雨が降ったら地面は濡れますし、ちょっとした窪みがあれば水が溜まりますからね。


 「確かにそっちの方を先に気をつけなきゃいけないね」

 「そうだね。水溜まりはちょっとの雨でも出来てしまうので、先にそっちに目を向けなければいけないですね」


 キアラちゃんが紙に筆を走らせました。

 どうやら僕の意見も参考にして貰えたみたいですね!


 「ユアン、偉い」

 「えへへっ! 少しは役に立てたみたいで良かったです!」


 しかもシアさんからも褒めて貰えました!

 

 「根本的に飛べば問題ないと思うけどなー」


 サンドラちゃんは外を見ながらそんな事を言っていますが、馬車は空を飛べませんので無理ですけどね。

 というか、その発想があるという事は竜車は飛べるのでしょうか?

 龍人族の謎がまた一つ増えたような気がします。

 

 「ここから先が虎族の領土になります。今日はこの辺りで野営をしますが、よろしいですか?」

 「はい、問題ありませんよ」

 

 馬車の中では特にやる事がなく、シアさんに膝枕して貰ったり、逆に膝枕してあげたりして進むと橋へと辿り着きました。

 日は沈みはじめ、森の中という事もあり暗くなり始めているのでここで野営をする事になったみたいですね。


 「ここなら多少何か起きても安全そうだね」

 「そうですね。国境沿いという事もあり、虎族の兵士さんも居てくれますので他で野営するよりは安全だと思うの」

 「そうなると、ナナシキの方でも兵士さんを配置した方がいいですかね?」

 「うん。任せっぱなしは良くない」

 「それとちゃんと休む場所は作った方がいいかもなー」


 国境沿いという事もあり、橋を渡った先には虎族の兵士さんが休む為のちょっとした小屋がありました。

 ですが、ナナシキ側にはその小屋どころか兵士さんの配備すらしていなかったので、虎族よりも遅れているように思えます。


 「でも、そこまで人数は要らないと思うの」

 「そうだね。国境だから人は配備した方がいいとは思うけど、友好国ならそこまでは要らないかな」


 その辺りはトーマ様と話合う必要があるかもしれませんね。

 兵士を沢山配置するのは兵士さん達の負担になりますし、何よりも数を揃えると相手の兵士さんに要らぬ誤解を与えるかもしれません。

 

 「それなら共同で宿屋を経営すればいい」

 「それもいいかもしれませんね。泊まる場所があるのならば、それだけ一般の人も行き来しやすそうです」

 「そうなると、クリスティアの方へも道を作った方がいいかな?」

 「そうだね。それなら山を通らなくても交流ができるかもしれません」

 

 現段階で一般人がクリスティアへと行こうとするのは無理に近いですからね。

 それだけ森の中は迷いやすいですし、クリスティア方面には魔物が出没します。

 ですが、もし道ができれば少なくとも道に迷う事は無くなる筈です。

 その辺りはエルジェ様……よりもナイジェル様と相談した方が良さそうですね。

 何だかんだ言って、結局実権を握っているのは未だにナイジェル様らしいですからね。

 まぁ、エルジェ様がそれで納得しているという話しも聞きますし、本人たちがそれでいいのなら僕たちが口を挟む必要もないですし。


 「なー……それよりも空を飛んだ方が早いぞー」

 「それが出来る人はほとんどいないので、流石に無理だと思いますよー」

 「改めて人って不便だなー」


 サンドラちゃんは馬車での移動が相当暇だったみたいで、普段なら言わないような事を言っちゃってますね。

 

 「僕たちと一緒に居ると、これからこういった移動が増えると思いますので慣れましょうね」

 「なー……それは仕方ないなー」


 我がままは言わないだけ有難いですが……んー。

 やっぱりその移動方法も少し考えた方がいいかもしれませんね。

 馬車での移動方法は昔からずっとある方法ではありますが、別の方法もあってもいいと思います。

 それに、更に昔は竜車があったくらいですしね。


 「そういった研究って何処かでされていないのですか?」

 「私は聞いた事がない」

 「私もです」

 「ルード帝国でも聞いた事はないかな」

 「そうなのですね。となると、今僕たちがやれば第一人者に慣れそうですね!」

 「そうだね。だけど、誰もが考えそうな事をしていないという事は、それだけ画期的な方法が見つかっていないという事だと思うよ」


 それもそうですね。

 だけど、きっといい方法はあると思うのですよね。

 

 「イル姉に相談してみるといい。イル姉なら何かしら思いついていそう」

 「確かにそうですね。商人ならではの発想もありそうですし、今度聞いてみましょうか」

 「うん。後はシノ」

 「シノさんですか。そういえば、砂漠を移動する為の手段を用意してくれると言っていましたし、それも参考になるかもしれませんね」

 「けど、本当にそんなものがあるかどうかだよね」

 「砂漠を移動するのはかなり大変だと思うの」


 普通の地面ではなくて砂ですからね。

 歩くのも大変なのに、乗り物で移動だなんて確かに想像は出来ません。


 「なー、やっぱり飛ぶのがー……」

 「サンドラちゃんは一度そこから離れましょうね」

 

 だけど、飛行魔法があるくらいですし、飛ぶための魔法道具があってもおかしくはないと思いますよね。

 まぁ、それは各国で開発を禁止されているようなので、それも原因なようですけど。

 何せ、空を飛ぶという事は空から一方的に攻撃できるという意味でもあります。

 ちょっとした岩を積んでそれを落とすだけでも手の付けられない攻撃になりそうですからね。


 「ま、そういった話はナナシキに戻ってからだね」

 「そうだね。オルフェさん達にも案を出して貰った方が確実だと思うの」

 「うん。実際にやるのは街の人達。出来るだけ負担を減らすのがいい」

 「では、僕たちも野営の準備をしてしまいましょうか」

 「お腹空いたなー」


 その後、僕たちは野営の準備を手伝おうとしました。

 しかし、流石に僕たちは客人という立場なので、その準備を断られてしまいました。

 結局、その作業を見守るしか出来ませんでしたが、その代わり食事をこちらから提供させて頂きましたけどね。

 最初は断られましたが、収納魔法から取り出した出来立ての料理を取り出すと、その誘惑からは逃れられなかったようで、結果的には喜んで頂けたみたいです。

 もちろん、国境を守る兵士さん達にも振るいましたよ。

 僕たちだけいい食事をとるのは悪いですからね。

 そして翌日。

 僕たちは虎族の都ビャクレンへと辿り着きました。

 しかし、そこに広がっていたのは意外な光景でした。

 まさか、文化の違いがこんなにあるとは思わなかったのです。

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