第551話 補助魔法使い、赤ちゃんを笑顔にする
「アカネさん、体調はどうですか?」
「いつもありがとうございます。ユアン様のお陰でかなり良くなっていますよ」
「それは良かったです。それと、こういう時くらいはユアン【様】は辞めて頂けませんか?」
「それもそうですね。いつもありがとうユアン」
「はいっ!」
アカネさんに呼び捨てで名前を呼んでもらえました!
正直な所、アカネさんとは大きな接点はありませんでした。
ですが、僕とシノさんは一応は兄妹ですので、シノさんと結婚したアカネさんは義理のお姉さんにあたります。
それなのに、ずっと中々ちゃんとした接点が持てず、沢山会話を交わす機会がないのがちょっと気になっていました。
それが、ここ最近ではとてもいい関係を築けているのではないかと、僕は思っています。
それも全てはこの子のお陰ですね。
「えっと、今日も抱っこさせて頂いてもいいですか?」
「勿論ですよ。ユアンにとって姪にあたる子ですからね。可愛がってあげてください」
「ありがとうございます!」
アカネさんの腕から赤ちゃんが僕の腕へと移ります。
「本当に可愛いですね、ヒイロちゃんは」
アカネさんに抱かれるのが気持ち良かったからでしょうか?
ヒイロちゃんは僕の腕に移ってもすやすやと眠っています。
「シノ様の子供ですからね。可愛いのは当然です」
「いえ、アカネさんに似ているからですよ」
「そうですか? ふふっ、本当はシノ様に似て欲しいのですが、私に似ていると言われると、それはそれでも嬉しいものですね」
僕の腕の中で眠るヒイロちゃんを見て、アカネさんがとても優しい顔をしています。
やっぱり赤ちゃんが生まれると人は変わるのですかね?
あ、もちろんアカネさんが優しくなかったという訳ではありませんよ?
ただ、赤ちゃんが生まれる前のアカネさんはキリっとしている顔が多いように感じました。
優しいのに厳しい人。
僕の中のアカネさんはそんな印象だったのです。
それが今ではずっとニコニコしていて、生きているだけで幸せって顔をいつもしているのです。
それだけで僕も嬉しくなるほどに。
「あの、そろそろ僕にも抱かせて貰えるかい?」
ヒイロちゃんを抱き、その寝顔を見つめていると、邪魔者……じゃなくて、シノさんが声を掛けてきました。
「ダメですよ。シノさんは後で沢山抱っこが出来ますが、僕は今しか出来ませんからね!」
「だけど、僕の子供だしね?」
「知っていますよ。だけど、僕の身内でもあるので抱っこする権利はあると思います!」
わかっていますよ。
シノさんがヒイロちゃんが可愛くて仕方がないという事は。
だけど、僕だって同じような気持ちはあります!
「君がヒイロの事を可愛く思ってくれているのは嬉しいよ。だけどさ、本来の目的を忘れていないかい?」
「それは勿論覚えていますよ。アカネさんとヒイロちゃんの体調管理ですよね?」
流石にただ遊びに来ている訳ではありません。
僕はここに仕事の一環としてここに来ています。
何せ、この街にはお医者さんと呼べる人がまだ居ませんからね。
強いていえばチヨリさんが近い存在ではありますが、僕の方が回復魔法は得意ですし、魔法を使っての診察も僕が上回っています。
知識はチヨリさんよりも遥かに劣っていますが、それでも細かい変化を見るのは僕が適任なので任されているのですよね。
まぁ、僕が志願したというのが一番の理由ですけどね。
「わかっているのなら仕事をしてくれるかい?」
「していますよ。こうしてヒイロちゃんを診察しています。これが僕のお仕事です!」
「それはただヒイロを抱っこしたい口実じゃないのかい?」
「その気持ちもある事は否定できませんね」
ヒイロちゃんが可愛いという事実は本当ですからね。
これが可愛くないという人がいたら、僕はその人の神経を疑うと思います!
その証拠に、シアさん達やアリア様達も時間を作ってまでヒイロちゃんを見に来ようとするくらいですからね。
「あ、ヒイロちゃんが起きちゃいます!」
「君が騒がしくするからだよ」
「違いますよ。シノさんがうるさいからです!」
僕は静かにヒイロちゃんを眺めていたいだけでしたからね。
そこに口を挟んできたのは間違いなくシノさんです。
っと、そんな事はいいです!
「あ、アカネさん……」
「大丈夫ですよ。折角ですので、泣いたらユアンがあやしてあげてください」
「わ、わかりました!」
これは初めての経験ですね。
ヒイロちゃんが起きている時に抱っこさせて頂いた事はありますが、僕の腕の中で目を覚ますのは初めてです。
で、でもきっと大丈夫です。
僕は泣いているヒイロちゃんをアカネさんがあやしているのを何度も見ました。
あれを真似すればきっと……。
「ヒイロちゃん、おはようございます。ユアンお姉ちゃんですよー?」
「君の姪だからユアンおばちゃんだけどね」
「おばちゃんじゃないですよ!」
「ふぇ……」
あっ!
シノさんが変な事を言って、僕がちょっと大きな声を出したせいで、ヒイロちゃんが完全に目を覚ましてしまいました!
だけど、今のはシノさんが悪いと思います!
立場的には確かにおばちゃんかもしれませんが、僕はまだまだおばちゃんと呼ばれる年ではありませんからね!
っと、そんな事よりも今はヒイロちゃんを宥めないといけませんね。
「ヒイロちゃん、怖くないですよ~」
ヒイロちゃんの頭をしっかりと支え、揺り篭を揺らすようにゆっくりとヒイロちゃんを左右に振ってあげます。
どうやらヒイロちゃんはこうされるのが好きなようで、こうしてあげると泣きそうでも直ぐに笑ってくれるのです。
「ヒイロちゃん、どうですか~?」
「…………へっ」
ん?
ヒイロちゃんは笑いました。
僕の顔を見て?
「どうしたんだい?」
「いえ? えっと、何でもないですよ」
うん。きっと気のせいですね。
何だか、僕の顔をみて笑った気がしますが、多分気のせいです。
恐らく、僕の腕の中で揺れる感覚が楽しかったのだと思います。
「…………へっ」
ん、んんー?
ですが、やっぱりヒイロちゃんは笑います。
僕の顔を見て。
「どうしたんだい?」
「いえ……さっきからヒイロちゃんが僕の顔をみて笑っているような気がするのですよね」
揺すっているときは無反応に近いのに動きを止めると笑いだすのです。
しかも、シノさんにそっくりな笑い方で。
「気のせいじゃないかい?」
「気のせいじゃないと思いますよ。見ててくださいね?」
「……へっ!」
「ほら」
やっぱり何度やっても同じ笑い方をします!
今度はシノさんもしっかりとそれを見ていました。
「なるほどね」
「何がなるほどなのですか?」
「いや、ヒイロは見つけたんだと思うよ」
「何をですか?」
「いい玩具を」
シノさんが笑いながらそんな事を言ってきました。
しかも、その笑い方は本当にヒイロちゃんそっくりです!
「えっと、もしかして僕の事を馬鹿にしてるってことですか?」
「いやいや。ヒイロは君の事を馬鹿に何かしていないさ。僕だって君の事を馬鹿にしたことは一度もないからね。それと同じだよ。からかうことはあってもね」
それを馬鹿にしていると言うのです!
ど、どうしましょう。
このまま成長したらヒイロちゃんがシノさんみたくなってしまうかもしれません!
「ふふっ、ヒイロは楽しそうですのでこれからもよろしくお願いしますよ」
「それは当然ですけど……えっと、僕の事は玩具だと思わないように育てては下さいね?」
「努力はするよ」
「へっ!」
シノさんと重なるようにヒイロちゃんが笑いました。
なんだか、シノさんの言葉に同調しているように聞こえたのは僕だけでしょうか?
うぅ……この先、ヒイロちゃんが僕をどう扱うのか凄く不安になってきました。
だけど、それでも可愛いと思えてしまうのは不思議ですね。
例え、シノさんみたく僕の事をからかったり、馬鹿にしてきたりしても全て許せてしまうような気がするのです。
むしろ、僕に気を許してくれるのであればそれでもいいかなと思ってしまいました。
でも、血の繋がりはあるとはいえ、自分の子供じゃないヒイロちゃんがこんなに可愛いのなら、自分達の子供はどうなるのでしょうか?
きっと、これ以上に可愛いのでしょうね。
しかもシアさんとの子供です。
まだまだ先の事とはいえ、想像するだけで楽しみになってきました!
まぁ、その為には今を頑張らなければいけませんけどね。
ですが、その為の原動力はヒイロちゃんから確かに貰えました。
その気持ちを忘れずに、僕は頑張ります。
僕たちの未来。この街の未来。これから生まれてくる子供達の未来を絶対に守っていくために!
「へっ!」
この笑い方は少しだけいただけないですけどね。
はぁ……。
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