第550話 新たな生命
炎の龍神様であるエン様に加護を頂いてから数日経った夜でした。
急にルリちゃんに呼び出され、僕はお隣のシノさんのお家へと呼ばれました。
「あの、少しは落ち着いたらどうですか?」
「僕は、落ち着いてるよ」
「それなら大人しく座ってください」
「うん」
んー……ダメそうですね。
一度は僕の言葉を聞き入れ、椅子へと座ったシノさんでしたが、直ぐに立ち上がり再び部屋の中を歩きだしました。
まぁ、気持ちはわかりますけどね。
初めての経験というのは緊張するのは仕方ないと思います。
「シノさん」
「ん、なんだい?」
「アカネさんは今頑張っています。それなのにシノさんが堂々としていないでどうするのですか?」
「そうだね。わかってる。わかってるんだけど……」
こんなシノさんは初めてですね。
いつもと違って冷静さの欠片も見えません。
それだけシノさんの中で大きな事だという事はわかりますが、それでもシノさんらしくないのはどうも僕の調子まで狂ってきます。
「わかっているのなら尚更ですよ。これからお父さんになるのに、シノさんがそんなではみんな不安になります」
「あぁ、そうだね」
ふぅ。
ようやくシノさんがどっしりと椅子に座りました。
これでは逆に僕が疲れてしまいそうです。
「まだ、かな?」
「もう少しだと思いますよ」
「そうかい?」
「心配ですか?」
「そりゃね」
「大丈夫ですよ。アカネさんにはこの手に詳しいチヨリさんがついていますし、何かあっても僕が必ずどうにかしますからね」
「本当に頼むね」
今更ですけど、僕がシノさんの家へと呼ばれたのは理由があります。
僕たちがドワーフの国【ガンディア】から戻った頃から、アカネさんは寝込み始めました。
といっても、体の調子が悪い訳ではなく、出産の日が近づいたからです。
そして、ついに昨夜、アカネさんに出産の前兆が訪れました。
僕は母体であるアカネさんと生まれてくる赤ちゃんに何かあった時の為に呼ばれた形ですね。
チヨリさんは僕は必要ないと言いましたが、シノさんはどうしても不安らしく、万が一に備えて僕を呼んだらしいです。
それだけ僕の回復魔法を信頼している証拠だと思いますが、それでもこうやって落ち着かないシノさんの相手をさせられる身にもなって欲しいものです。
「そろそろかな?」
「もう少しだと思いますよ」
このやり取りも数十回目ですね。
数分に一度、シノさんから発せられる言葉です。
「シノさん……」
はぁ……またシノさんが歩きだしました。
流石に鬱陶しいので、シノさんを麻痺させてその時がくるまで転がしておこうかなと、ちょっと悪い事を考えている時でした。
バタバタと廊下を走る音が聞こえてきました。
そして。
「シノ様! 生まれました!」
「本当かい!?」
「はい! アカネさんも、赤ちゃんも無事です!」
バーンッ! と扉が勢いよく開き、ルリちゃんがそう報告をしてくれました。
「あ、会いに行っても、いいのかな?」
「はい! 早くアカネさんを労ってあげて、赤ちゃんも抱いてあげてください!」
「そ、そうだね。あ、その前に身だしなみを整えた方が……いやその前に赤ちゃんを抱くのならお風呂に入って清潔にしないと……」
こんなオドオドしたシノさんも初めてですね。
「シノ様! そんな事はいいので、早く一緒に来てください!」
「でも……」
「でもじゃないですよ。アカネさんが待っていますので、早くいきますよ。
「あぁ……ありがとう!」
本当にやりづらいです。
ですが、シノさんを離しておいて正解でしたね。
きっと、このシノさんを見たらアカネさんは心配したと思いますからね。
チヨリさんの判断は正しかったと思います。
「アカネっ!」
「し、シノ様……わたし、やりましたよ」
「うん。よく、頑張ったね」
「はい。シノ様も抱いてあげてください。私達の子供です」
ルリちゃんに案内され、アカネさんが出産をした部屋へと行くと、ぐったりとした様子でアカネさんがベッドで横になっていましたが、その腕には小さな子供が守られる様に抱かれていました。
「この子が、僕たちの子供なんだね」
アカネさんの腕からシノさんへと赤ちゃんが移ります。
ちょっと、気持ち悪いですね。
もちろん、赤ちゃんではありませんよ?
赤ちゃんを受け取ったシノさんがです。
赤ちゃんを受け取ったシノさんは凄くだらしない笑顔でデレデレとしているのがわかりました。
普段からは想像できない笑顔に僕はちょっとだけ引いてしまいました。
「チヨリさん、お疲れ様でした」
「うむー。といっても、頑張ったのはアカネだからなー。わっちは見守っていただけだぞー」
「そんな事ございません。チヨリ様が声をかけ、アドバイスを頂けたのはとても励みになりました」
「そうかー。少しでも役に立てたのなら良かったなー」
やっぱり経験者がいるのは大きいという事ですね。
あ、出産のお手伝いという意味ですよ?
何せチヨリさんは未だに未婚で、出産の経験もないと言っていましたからね。
本当かどうかはわかりませんけど。
「それで、男の子、女の子、どっちだったのですか?」
「女の子でしたよ。シノ様に似たとても可愛い女の子です」
「いや、よく見てご覧。目元なんかアカネにそっくりだ。きっとアカネににて美人に育つよ」
むむむ?
そう言われても全然わかりません。
ここでようやく赤ちゃんの顔を見る事が出来ましたが、生まれたばかりでまだしわくちゃですし、目を瞑って眠っています。
ただわかるのは……。
「やっぱり狐耳と人族の耳、両方あるのですね」
シアさんと出会った村の宿でおばあさんがから聞いた話と一致していました。
人族と獣人の間に子が宿ると、両方の耳を持って生まれてくると聞いていましたが、本当だったみたいです。
「僕は、これを守らなければいけないのですね」
「守るのは僕だけどね」
「そうじゃありませんよ。この子達の未来を僕が守らなければいけないって話です」
僕がそうだったように、人と獣人の間に生まれた子供は忌み子と呼ばれたりもします。
今ではそれが緩和されているかもしれませんが、ルード帝国では今でもその差別は場所によってはある筈です。
ですが、それは間違っていると思います。
大好きな人同士が結ばれるのに種族は関係ないと思いますし、その二人から生まれた子供がそんな扱いを受けるのは違うと思います。
「それを守るのが僕の役目です」
まだまだ先の話になりますが、いずれ僕はこの場所で王様になる可能性があります。
全ての決定権が僕にある訳ではありませんが、その中で譲れない事の一つになっていくでしょう。
「君には期待しているよ」
「はい。といっても、僕一人が頑張るのは限界がありますけどね。なので、シノさんも協力してくださいね」
「わかってるさ。僕だけじゃない。この街に住む人達がきっと君を支えてくれるよ」
そうだとしたらとても助かりますね。
「そろそろいいかー? アカネも赤ちゃんも頑張ったからなー。そろそろ休ませてあげた方がいいと思うぞー」
「そうですね。アカネさんも赤ちゃんも問題なさそうですし、僕は不要ですね」
出来る事なら、僕も赤ちゃんを抱っこしたいと思いましたが、二人の事を考えたらそれは辞めた方がいいですね。
「あとはルリに任せて欲しいんだよ! ユアンお姉ちゃんとシノ様は満足したら部屋を出て欲しいんだよ!」
「僕も、かい?」
「当然です! アカネさんは出産した直後なのですから、シノ様はお邪魔です! 察してください!」
まさか、シノさんまで追い出されると思っていなかったのか、シノさんは悲しい顔をしています。
「という事で、シノさんいきますよ」
「あぁ……もうちょっとだけ……」
「だーめーです! ほら、行きますよ。赤ちゃんはルリちゃんに預けてください」
「……わかったよ」
シノさんも悲しい事があるとそうなるのですね。
尻尾も垂らしていますし、耳もぺったんこです。
そして、僕とシノさんは追い出されるような形で部屋を後にしました。
その時のシノさん表情は凄い悲しそうな顔をしていましたが、それでも胸の内は幸せでいっぱいでしょうね。
自分の子供じゃないのに、僕だってこんなにも暖かい気持ちになれたのですから、シノさんはもっともっとそんな気持ちで満たされているに違いありません。
次の日。
シノさんとアカネさんの子供が生まれた事は街中に広まり、色んな人がシノさんのお家を訪れました。
シノさんとアカネさん。
そして、ナナシキの新たな住人【ヒイロ】ちゃんを祝福するために。
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