第538話 弓月の刻、傭兵蟻達と行動を共にする
「これさ、何処までついて来るの?」
「役割を果たすまで」
「ってことは、少なくともこの階層を突破するまで?」
「そうなる」
「マジかー……」
スノーさんが深いため息をつきました。
そんなに嫌なのですかね?
まぁ、その気持ちはわかりますけどね。
僕もこれが蜘蛛だとしたらですからね。
「なーなー?」
「はい、どうしましたか?」
「オーク肉ちょうだい?」
「構いませんけど、また餌をあげるのですか?」
「うんー。喜んで受け取ってくれるのは嬉しいからなー」
「あんまりあげ過ぎても良くないと思いますけどね」
「気をつけるー」
スノーさんと違い、サンドラちゃんは楽しそうですね。
さっきから餌をあげたくて仕方ないみたいで、僕にオーク肉をおねだりしてきます。
そのお陰もあってか、傭兵蟻さん達もサンドラちゃんの横を歩き、いつでも守れるようにしてくれていますね。
そのせいで先頭を歩くスノーさんと傭兵蟻さんの距離が近くなって、スノーさんがびくびくしながら進む事になっていますけどね。
「道はこっちであってるのかな?」
「わかりませんが、道はあるので進んでみましょう」
この階層に入ってから一時間ほど歩きましたが、今の所は出口らしい場所は見えてきませんね。
シアさんの影狼も先行してくれていますが、そっちでも確認できていないみたいです。
「スノーさん、一度止まってください」
「何? 休憩でもするの?」
「違いますよ。魔物の反応がこの先にあります」
「当たり前だけど、魔物は居るんだね」
傭兵蟻さんも魔物ですけどね。
それでも、ここまで傭兵蟻さん以外に魔物は遭遇しませんでしたが、ついに別の魔物も現れたみたいです。
さて、この階層で初めての敵ですけど、どんな魔物がいるのでしょうか?
反応としてはDランクかCランクほどの赤い点なので危険ではないと思いますが、数は5体居ますし油断は禁物です。
「キキッ!」
「うぇっ!? な、なに? いきなりどうしたの?」
スノーさんが敵を撃退するために剣を抜いた瞬間でした。
それに合わせるように、後ろを歩いていた大きな傭兵蟻さんが甲高い鳴き声を上げると、付き従っていた小さな傭兵蟻さんの群れがいきなり前方へと走りだしました。
「スノーが剣を抜いたから」
「いや、別に傭兵蟻に攻撃をするつもりはないけど?」
「違う。剣を抜いたのが合図。傭兵蟻が突撃していった」
つまりはスノーさんの行動が攻撃の合図になったという事ですね。
「あれ、もう戻ってきたの?」
「何か咥えてますね」
探知魔法の反応を見る限り、あっという間に魔物を倒してきたみたいですね。
「キィッ!」
「もしかして、これをくれるのですか?」
「キキッ!」
僕の言葉がわかるのでしょうか?
戻ってきた傭兵蟻さんは咥えていたものを僕たちの前に並べると、返事をしながら頭を下げました。
「魔石ですね」
「という事は、魔物を倒して魔石を回収してきてくれたって事なのかな?」
「賢いなー。ユアンー」
「わかりました」
「あっ、私もお願いします!」
「キアラちゃんもですね」
二人揃って僕に手を差し出してきます。
どうやらお礼をしたいみたいです。
サンドラちゃんだけでなく、キアラちゃんも傭兵蟻さん達が気に入ったみたいですね。
「ありがとうなー」
「守ってくれてありがとうございます」
キアラちゃんとサンドラちゃんが傭兵蟻さん達の口元にオーク肉を差し出し、直接渡しています。
「キュイッ!」
オーク肉を受け取った傭兵蟻さんは嬉しそうに鳴くと、後方を歩く大きな傭兵蟻さんの元へと近寄り、背中によじ登り、オーク肉をくっ付けています。
「あの大きな傭兵蟻さんは荷物持ちなのですかね?」
「ある意味そうかもしれない。だけど、管理しているようにも見える」
「確かにそうかもしれませんね」
さっきからオーク肉を与えてもその場で食べる事はしないで、一度大きな傭兵蟻さんに預けているのです。
「傭兵だから後で分配するんじゃない?」
「傭兵ってそういうものなのですか?」
「そうだよ。個人の傭兵もいるけど、傭兵団なんかはリーダーが居て、メンバーの管理をするみたいだし」
となると、この大きな傭兵蟻さんはやっぱりリーダーで小さな傭兵蟻さんを纏める立場であるみたいですね。
「それじゃ、このリーダーさんは戦わないのですかね?」
「基本的にはそうかもね」
「指揮官みたいなものかもしれない」
敵じゃなくて良かったですね。
指揮官がいる相手と戦うのは少しだけ面倒だったりします。
何せ、何かしらの作戦を組んだりして、僕たちを戦いの中で混乱させる動きをするかもしれませんからね。
といっても、実際に戦いとなったら負ける事はないとは思いますけどね。
それでも、スノーさんが戦えない可能性は十分にあり得ました。
スノーさんの反応を傭兵蟻さん達が見逃す筈もなく、そこを弱点として狙ってきそうですしね。
「見えた。この先に出口がある」
「どれくらい先ですか?」
「十分ほど歩いた先」
傭兵蟻さん達に魔物を倒して貰いながら進む事更に一時間程経った時でした。
ついに先行していたシアさんの影狼がこの階層の出口を見つけたみたいです。
「なー……もしかして、お別れか?」
「そうなりそうですね。次の階層には進めないと思いますからね」
まだわかりませんけどね。
ですが、サンドラちゃんと出会ったダンジョンでは階層を移動すると魔物はついてこなかったので、それと同じならここで傭兵蟻さん達とはお別れになりそうです。
「大丈夫。まだ終わりじゃない。出口の前に敵が居る」
「なら、それが最後の戦いになるかな?」
「どんな魔物なのですか?」
「ワイバーンぽい」
ワイバーンですか。
また面倒な敵が出てきましたね。
ワイバーンといえば、一応は竜種に分類され、空を飛ぶという事もあり、Cランク扱いされている魔物です。
「まぁ、こっちはキアラがいるから問題なさそうだね」
「はい。飛ぶ魔物は私に任せてください」
「私も頑張るぞー」
ここは二人の出番ですね。
流石に空を飛ばれると、剣士のシアさんとスノーさんでは時間がかかります。
倒す方法は幾らでもありますけどね。
それでも二人に任せた方が手っ取り早そうです。
「数は三体ですね」
「それなら私が二体請け負いますね」
「私は一体なー」
ワイバーンは出口と思われる洞窟の上を飛んでいました。
知能は高くないと聞いていましたが、あそこを飛んでいる辺り、ここを誰かが通るという事はわかっているみたいですね。
トントン。
「はい、どうしたのですー……わっ!」
これからワイバーンを倒す。
そんな時でした。
誰かが僕の肩を叩いたので振り返ると、目の前に大きな傭兵蟻さんの顔がありました。
苦手ではありませんが、流石にこの距離に顔があってかなりびっくりしましたが、何かを伝えたそうにしているのがわかりました。
「んー……もしかして、ワイバーンを倒すつもりですか?」
「キキッ!」
どうやらそのつもりみたいですね。
「無理はしないでくださいね?」
「キィッ!」
傭兵蟻さんがやるというのなら任せてみてもいいかもしれませんね。
やる気はあるみたいですし、何よりも仕事を奪う訳にはいきません。
「あれ、一匹で行っちゃいましたよ?」
「大丈夫なのかな?」
まだ苦手意識はあるみたいですが、ここまで一緒に行動を共にしたからなのか、流石にスノーさんも心配していますね。
「問題ない。間違っても負ける事はない」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「傭兵蟻が強いから……ほら」
あっ……。
ワイバーンが一匹落下してきました。
「あれは?」
「傭兵蟻は体の中に強力な酸を蓄えていると聞く。あれを飛ばして攻撃が出来るみたい」
凄いですね。
傭兵蟻さんは近接だけでなく、遠距離攻撃も出来るようで、あっという間にワイバーンを打ち落としてしまいました。
ですが、まだ一匹残っています。
流石にやられっぱなしという訳ではないようで、ワイバーンは酸攻撃を巧みに躱しながら、上空から傭兵蟻さんを目掛け急降下してきます。
「危なっ……くはないのですね」
どうやら力も凄いみたいで、防御力も高いみたいです。
傭兵蟻さんは急降下してきた、ワイバーンの鋭いかぎ爪を体で受け止めると、そのままワイバーンに噛みつき、ブンブンと振りまわし、地面に何度も叩きつけました。
「勝っちゃいましたね」
「余裕」
三体一という状況でしたが、結果的には傭兵蟻さんは無傷で戻ってきました。
「強かったですね」
「うん。魔物のランクはあまり宛にならないけど、BランクとCランクは流石に差は大きい」
「えっ? 傭兵蟻さんってそんなにランクが高いのですか?」
「うん。集団の規模によってはAランク指定になる事もある」
そんな相手にワイバーンが勝てる筈がありませんね。
「では、みなさん。ここまで手伝ってくれてありがとうございました!」
「「「キキッ!」」」
「これが最後の報酬になります!」
ここまで護衛してくれて、最後はワイバーンまで倒してくれましたからね。
追加報酬くらいはあってもいいと思い、感謝の意味も込めて、特別にゴブリンの干肉様を取り出しました。
「「「キィ~……」」」
「あ、あれ? どうしたのですか?」
ですが、ゴブリンの干肉様を取り出すと、何故か悲しそうな声を出し、触角も下がってしまったのです。
「ユアンさん、オーク肉の方が好みなんじゃないかな?」
「そうなのですかね?」
まぁ、好みなら仕方ないですね。
僕としては奮発したつもりでしたが、傭兵蟻さんがそっちの方がいいと言うのなら、そうしましょうか。
「「「キキッーーーー!」」」
これでお別れは少し淋しいですが、最後に喜んでもらえて良かったです。
「では、お勤めご苦労様でした!」
「またいつか遊びに来ますね!」
「楽しかったぞー!」
「お疲れ様」
「まぁ……助かったよ。ありがとう」
「「「キッ!」」」
敬礼ってやつですね。
僕たちが揃って手を上げると、傭兵蟻さん達も整列し、同じように返してくれました。
んー……本当に残念ですね。
これがダンジョンでなければ契約魔法で仲間になって貰いたかった所ですが、ダンジョンの魔物は外に出られないのでそれは叶いません。
何か方法があったりしませんかね?
そんな思いを胸に、僕たちは次の階層へと向かいました。
傭兵蟻さんに手を振られ、見送られ、暖かい気持ちになりながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます