第539話 弓月の刻、ストーカーに追われる

 「ここはやばそうな感じがするね」


 傭兵蟻さん達の助けもあって先に進んだ僕たちを待ち構えていたのは、非常に視界の悪い場所でした。


 「空も暗いですし、風も強いですね」

 「うん。火山灰が積もってる」

 「火山灰って何ですか?」

 「砕かれて細かくなった鉱石などですよ。火山が噴火したりすると、それが飛ぶみたいですね」


 という事は、これも火山に関係しているのですね。


 「それにしても歩きにくいですね」

 「砂漠とはまた違った感覚かな」


 砂漠は足が埋もれるといった感じでしたが、雨が降ったのですかね?

 ここはぬかるんでいて、足がとられるような感じがして、少し滑る気がします。


 「サンドラちゃん、大丈夫ですか?」

 「大丈夫ー」


 後ろから見ているとわかりますが、サンドラちゃんはちょっとだけ両手を横に広げ、よちよちと転ばないように歩いていました。

 後ろから見ているとそれが可愛くて仕方ありませんが、本人は凄く真面目に歩いているのですよね。


 「ユアン、魔物はどうなの?」

 「反応はありますけど、全く動かないですね」

 「どの辺り?」

 「あれがそうだと思いますよ?」


 僕の指さした方に魔物がいました。

 しかし、僕たちに気付いていないのか僕たちに背中を見せるように変な方を向いています。


 「全然動かないね」

 「まるで固まっているようにも見えるの?」

 「そうですね」


 どうしてでしょうね?

 魔物って人に比べると気配や物音に敏感で、お互いの顔がはっきりとわかるくらいまでの距離までくれば何かしらの反応を示すのに、僕たちが見つけた魔物は一切の反応がありません。


 「ちょっと見てくる」

 「気をつけてくださいね?」

 「平気。影狼だから」


 それなら安心ですね。

 シアさんが影狼を動かし、魔物の直ぐ近くまで移動しました。


 「どうです?」

 「反応なし。完全に固まってる」

 「けど、生きてるんだよね?」

 「はい。探知魔法に反応があるので間違いなく生きている筈ですよ」

 「でも、動かないんだよなー?」

 「そうなのですよね。どうしてでしょうか?」


 ここまでくると逆に不安になります。

 魔物は何かを狙っているように思えてしかたないのです。


 「平気。あれは本当に固まってるだけ」

 「もしかして、自分の意志ではなくて、何らかの影響を受けてああなっているという事ですか?」

 「そうなる。ユアンがソティスを治した病気を更に重くした感じかもしれない」


 ソティス様の病気というと、魔石粉塵病ですね。

 あれは、砕かれた魔石を吸い込み、それが体の中で固まったのが原因の病気です。


 「それが外にも現れたという事ですかね?」

 「うん。足元がぬかるんでいる。これは雨が降った証拠」

 「あー……もしかして降り注いだ火山灰が体に付着して、雨が降って固まったとかかな?」

 「十分にありえると思うの」

 「火山灰を払えばいいのになー」

 「無理。火山灰はずっと降り注いでいる。払っても直ぐに付着する」


 やっぱり自然って怖いですね。

 もし防御魔法で火山灰を防げていなかったら、僕たちもああなっていた可能性はあったともいえます。

 

 「油断はできない。ユアンの防御魔法にも火山灰は付着する」

 「確かに。その状態で雨が降ったら固まってしまうかもしれませんね」

 「それは大丈夫だよ。私とルークがみんなの周りを風の結界で覆っていますので、火山灰が付着する事はないですから」

 

 気づきませんでした。

 やっぱりまだ精霊魔法を感知するのは苦手みたいです。

 何か魔力を感じるなとは思っていましたが、まさかキアラちゃんの精霊魔法だとは思いませんでした。


 「ですが、油断だけはしないように進みましょう。何があるかはわかりませんので」

 「そうだね。さっきの階層に傭兵蟻やワイバーンが居たくらいだし、危険な魔物が潜んでいてもおかしくないからね」


 そんな状態で一時間程歩いたでしょうか?


 「魔物の数が増えてきましたね」

 

 探知魔法で捉える魔物が明らかに増えてきました。


 「けど、相変わらず動かないよね」

 「凄く不気味だなー」


 空を見上げたまま固まっている魔物や火山灰を落とそうとしたのか、自分の体を触っている状態で固まっている魔物が増えてきました。


 「けど、動く魔物もいるのですよね」

 「うん。ちょっと鬱陶しい」

 「そうなの?」

 「はい。僕たちに気付いていて、後ろからついてきていますね」

 「何の魔物ですか?」

 「そこまではわかりません」

 「どうするんだー?」

 「今の所は襲ってくる気配はないので様子見でいいと思いますよ」


 何か目的があるかもしれませんからね。

 もちろん直ぐに倒してしまっても問題はありませんが、これが集団の魔物で斥候の役割などを担っているのであれば、あえて泳がすのもいいと思います。

 そうすれば、相手の意図を汲み取り、逆に罠を仕掛ける事も出来ますからね。


 「まだ居るの?」

 「はい。ずっと追ってきていますね」


 しかし、僕の予想とは反し魔物は一定の距離を保ちただついて来るだけでした。

 もしこれが斥候ならばとっくに仲間に知らせてもいい頃合いだと思うのですがね。

 そう考えると、相手は単独の魔物と考えるべきでしょうか?

 

 「面倒だから倒しちゃわない?」

 「そっちの方がいいかもしれませんね。とりあえず、どんな魔物なのか確認しましょうか」


 他の魔物が固まっている中で、動いている魔物がどんな魔物かも気になりますからね。

 僕たちは一度足を止め、その魔物が近づいてくるのを待ちました。


 「来ないぞー?」

 「相手の感覚は鋭いみたいですね。僕たちが足を止めると、一緒に止まりましたね」

 「何それ。気持ち悪いんだけど」

 「ストーカーみたい……」


 大きな街などでそういった人が居ると聞きますね。

 気に入った相手の後ろをつけて、家の位置を探ったり、人気のない場所で襲ったりする犯罪者が。


 「逆に近づいてみる?」

 「逃げるんじゃないですか?」

 「逃げたら放っておけばいい」

 「それもそうですね」


 という訳で、僕たちは後ろをついて来る魔物に逆に近づいてみる事にしました。

 しかし、僕たちの予想とは裏腹に、僕たちが近づいても逃げるそぶりは一切ありませんでした。


 「あいつですね」

 「あれは……ガーゴイル?」

 「あんな見た目をしてるのですね」


 遠目からは見た事はありましたが、間近で見るのは初めてですね。

 顔はちょっと犬っぽいですが、背中には蝙蝠のような羽が生え、手足は猿っぽい見た目をしていて、頭には二本の角が生えていて、背丈は男性と同じくらいなので、意外と大きいですね。

 

 「あの、何か用ですか?」

 「…………」

 

 んー……。

 僕の気のせいですかね?

 話しかけても、何の反応も示しません。


 「固まってるのかな?」

 「そんな事ない。さっきまで動いている気配はあった」


 シアさんも感じ取っていたのなら気のせいじゃないみたいですね。

 ですが、シアさんが剣でツンツンと突いても動かないのですよね。


 「まぁ、ここまで近づいても動かないという事は、直ぐに危害を加えてくる事はないので放っておきますか?」

 「倒さないの?」

 「敵意がないのなら放っておけばいいと思います。その代わり、まだ追ってくるようなら倒しますけどね」


 言葉が通じているかはわかりませんが、一応忠告だけはしておきます。


 「それじゃ、いきますか」

 「うん。また何かあったら教えて」

 「わかりました」


 本当に何がしたいのかわかりませんね。

 結局、僕たちはガーゴイルを無視して進む事にしました。

 しかし、暫く進むとガーゴイルは再び僕たちの後をつけるように動きだしました。

 忠告したのですが、言葉が通じなかったのですかね?

 それか、僕たちが気付いていないと思っているのかもしれませんね。

 となると、やっぱり放っておくことは出来そうにありません。


 「ユアン。私に任せる」

 「何かいい方法があるのですか?」

 「うん。ユアンにも協力して欲しい」


 シアさんが作戦を念話で送ってきます。


 『それは面白そうですね!』

 『うん。早速やる?』

 『はい!』

 『それじゃ、準備する』


 シアさんが新たに影狼を出現させました。

 それと同時に僕はシアさんの前を歩き、ガーゴイルの死角となる場所へと移動をします。

 これで準備は完了ですね。

 あとはタイミングを計るだけですね……。

 僕とシアさんはその時を静かに待つのでした。

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