第537話 弓月の刻、次のエリアで休憩をする
「変な場所に出ましたね」
「岩ばっかりだなー」
スノーさんとみぞれさんが危なげなく魔物を倒して先に進むと、今度は大きな岩が沢山転がっている場所へとたどり着きました。
「もしかしたら火山をイメージして作られているのかもね」
「火山をですか?」
「うん。火山のイメージはマグマと大きな岩。噴火すると、これくらいの岩がポンポン飛ぶらしい」
それは恐ろしいですね。
という事は、ここに転がっている岩は噴火した際に飛んできたものかもしれませんね。
あくまでイメージですけどね。
「幸いにも道はありますね」
「そうですね。それが救いかもしれませんね」
改めてダンジョンというのは不思議ですね。
いきなりこの場所に何も知らずに連れてこられたら普通に外だと思ってしまうかもしれません。
上を見れば本来あるはずの天井がなくて、その代わりに灰色に曇った空が広がっていますからね。
「とりあえず、この道を進めばいいのかな?」
「多分そうじゃないですか?」
「騙されている可能性はある」
「それでも闇雲に道なき道を進むよりはいいと思うの」
「間違っていたら道を戻ればいいだけだからなー」
「ならとりあえず道を進んでみようか」
スノーさんの提案に反対意見は出ず、とりあえず岩の転がっていない道を進んでみる事にしました。
「そういえば、転移魔法はまだ使えないの?」
「使えませんね。やっぱりセーフエリアじゃないとダメみたいです」
「そっかー。そろそろ一回休みたい所だけどね」
「スノー、疲れた?」
「疲れた訳ではないけど、どこかで休憩は挟んだ方がいいかなって」
「そうだね。危険な魔物が出ないうちに休むのはいいかも」
「賛成だぞー」
休憩は大事ですからね。
疲れた状態で進むと注意力が下がりますし、弱い魔物とはいえ連戦で戦えばそれだけ体力は消耗します。
「それなら、まだ進み始めたばかりですのでこの辺りで一度休憩しておきますか?」
「魔物の反応は?」
「近くにはないですね。遠くには反応がありますけど、気づいていないのか寄ってくる気配もありません」
「なら休憩しちゃおうか」
という事で、僕たちは一度休憩を挟む事にしました。
「よっこいしょ」
「スノーさん、流石にその掛け声はないと思いますよ」
「うん。おっさんみたい」
「でも、つい言っちゃわない?」
「言わないよ。恥ずかしいので人前ではやめてね?」
「そこまでかな?」
「そこまでだなー」
僕たちだけなら気にしないですけどね。
ですが、スノーさんはれっきとした女性です。
そういう所は気をつけていないと、日頃から出てしまいそうで心配ですよね。
大事な面会の時とかに言ってしまったらきっと恥ずかしい事になるでしょうし。
しかし、こうなったらスノーさんはとまりません。
「ユアン、お菓子ある?」
休憩だから構わないのですが、冒険の最中にお菓子を要求してきました。
「ありますけど、あまり食べすぎては駄目ですからね?」
「大丈夫。さっきも魔物と戦ったし、これからもまだまだ歩く事になりそうだからね」
疲れた時には甘い物が食べたくなったりしますので気持ちはわかりますけどね。
「ユアン、私は干し肉が食べたい」
ですが、休憩と言ったらこれが普通ですよね。
「わかりました。お湯も渡しときますね」
「ありがとう」
シアさんはゴブリンの干肉様が食べたいみたいなので、お湯と一緒に渡してあげました。
「私はお茶が飲みたいです」
「私もー」
「なら、僕もお茶にします」
それで僕たちはお茶を飲む事にしました。
しかし、ただのお茶ではありませんよ?
キアラちゃんがエルフのお茶っぱを持っていましたので、それを頂く事にしたのです。
このお茶は普通のお茶よりも疲れがとれるような気がしますので、休憩にはもってこいですからね。
「なんだか平和ですね」
「そうだなー」
「そうですねー」
こうしてお茶を飲んでのんびりしていると、ダンジョンを進んでいる事を忘れてしまう程に平和に感じます。
これがもっと空が晴れていたら良かったと思うのは贅沢かもしれませんが、それでもみんなでピクニックでもしている気分になってきてしまいました。主に、スノーさんがお菓子を要求してきた事がきっかけとなって。
「でも、そうはいかないのですよね」
もちろん、こうしている間もずっと警戒はしていました。
なので、遠くにあった魔物の反応が近づいて来ている事はちゃんと把握しています。
「匂いに釣られてきたのかな?」
「声の可能性もある」
みんなもちゃんと気づいているみたいですね。
魔物の反応が近づいてくると、自然とスノーさんとシアさんの手が止まり、静かに剣へと手を伸ばしました。
「どうしますか?」
「襲ってくるようなら倒しましょう」
幸いにも近づいて来ている魔物は一匹ですし、反応もそこまで大きくないのでそこまで脅威ではありません。
もしかしたら、ちょっと脅かしてあげれば逃げ行く可能性もあるので、無理に倒す必要もなさそうです。
休憩の邪魔になりそうならサクッと倒しますけどね。
「一応、私が撃退できるようにしとく」
「手伝いますよ」
「平気。私一人で十分」
「油断はしないようにね」
「スノーとは違う。安心する」
干し肉を片手に握っていると格好はつきませんけどね。
まぁ、それだけ余裕があるという事でしょうし、実際にシアさんに任せれば問題なさそうなので、近づいてくる魔物はシアさんに任せる事にしました。
もちろん、防御魔法は展開していますので、よほどの事がない限りは問題ないようにはしてあります。
「来た」
「どれどれ……げっ!」
スノーさんが凄い声を出し、あからさまに嫌そうな顔をしました。
まぁ、それもその筈です。
あの手の魔物はスノーさんが一番苦手とするタイプですからね。
その魔物は僕たちの様子を伺っているのでしょうか?
姿を隠すことなく、大きな岩に登ると、触角をピコピコと動かし、大きな黒い二つの目で僕たちをジッと観察しているように見えます。
「ユアンは平気なの?」
「はい? 僕は平気ですよ」
「なんで!?」
「何でって言われても……蟻ですよね?」
「蟻じゃん! 気持ち悪いでしょ!」
そうですかね?
別に蟻なんて何処にでもいますし、普通に生活していれば何時でも見かけます。
まぁ、僕たちが普段目にする蟻に比べれば遥かに大きいので驚くかもしれませんけどね。
ですが、蟻は蟻なのでそこまで怯える必要はないと思います。
「その理屈で言ったら蜘蛛は蜘蛛」
「あれはまた別ですよ! あれは普通に怖いですからね!」
「私からしたら大差ないんだけど!」
「ありますよ!」
蟻と蜘蛛は全然違います!
うまくは説明できませんが、怖さが全然違うのです!
っと、とりあえずその違いは今はどうでもいいですね。
「それで、どうするのですか? 襲ってくる感じはしませんけど」
「うん。この蟻はこっちが手を出さない限りは襲ってこないから平気」
「そうなのですね」
蟻型の魔物と遭遇するのは初めてですが、そういう種類もいるのですね。
蟻といえば、集団で狩りをするイメージがありますので、獲物がいれば襲ってきそうなものですけど、どうやらこの蟻は違うみたいです。
「だからといって、見られているとちょっと不安になるかも……」
「そうだなー。何もしてこないのは不気味だなー」
そういう意味では怖いと思えてきますね。
シアさんは襲ってこないといいますけど、その確証はありませんし、急に向かってきたらあの大きさだと流石にびっくりします。
何せ、全長でいえば人と同じくらいの大きさがありますからね。
「大丈夫。蟻はただ待ってるだけ」
「何をですか?」
「直ぐにわかる」
そう言ってシアさんは蟻に向かって片手をあげました。
すると、蟻はシアさんを見て、前足といえばいいのですかね?
シアさんに挨拶を返すように顔の横に足をあげました。
「これでいい」
「えっと、何をしたのですか?」
「挨拶」
やっぱり挨拶だったのですね。
「って挨拶なの!?」
同じ突っ込みをしようと思いましたが、スノーさんに先を越されました。
まぁ、当然の反応ですよね。
まさか蟻に挨拶をしたら返って来るなんて誰も思いませんよね?
「うん。これは傭兵蟻。何故か人間に友好的で、色々と手伝ってくれる」
「そんな蟻が居るのですね」
「居る。スノー、試しにユアンから干し肉を貰ってあげてみるといい」
「やだよ! 近づくの怖いし!」
「別に近づく必要はない。投げるだけで平気」
「まぁ、それならいいけど……ユアン、干し肉を貰える?」
「いいですよ」
ゴブリンの干肉様をあげるのは勿体ない気がしますが、僕も傭兵蟻がどんな行動をするのか気になりますからね。
今回だけと決めて、スノーさんにゴブリンの干肉様を渡してあげました。
「ほら……お食べ」
ゴブリンの干肉様を受け取ったスノーさんは嫌々と言った感じで、蟻に向かってゴブリンの干肉様を投げました。
すると、干し肉を受け取った傭兵蟻は嬉しそうにキーキーと鳴きました。
どうやら傭兵蟻もゴブリンの干肉様の偉大さに気付いたみたいですね。
「ユアンもあげる」
「僕もですか?」
「うん。お願い」
「んー……わかりました」
さっき今回だけを決めたばかりですが、シアさんにお願いされましたし、傭兵蟻も嬉しそうにしていますので、少し悩みましたが僕も傭兵蟻にゴブリンの干肉様をあげる事にしました。
「特別にですからね?」
「シャーッ!」
頭のいい魔物みたいですね。
僕が声をかけると傭兵蟻はお辞儀をするように何度も頭をさげてくれます。
「私もあげたいです!」
「なー! 私もあげるぞー!」
今の行動が可愛かったのか、それとも面白かったのかわかりませんが、キアラちゃんとサンドラちゃんまであげたいと言い始めました。
ですが、流石にこれ以上はゴブリンの干肉様をあげる事はできません。
なので、二人にはオーク肉を渡して、それで我慢して貰う事にしました。
ですが、不思議な事にオーク肉を受け取った傭兵蟻はさっきよりも嬉しそうにしているように見えますけど、気のせいですよね?
「それで、シアは何がしたいの?」
「見てればわかる」
その言葉通り、干肉様とオーク肉を受け取った傭兵蟻は不思議な行動をとり始めました。
「キィィィィィィィッ!」
傭兵蟻は干し肉とオーク肉を順番に並べると、いきなり空を見上げ、まるで遠吠え……いえ、笛をならすように大きな声で鳴き始めたのです。
そして、異変は直ぐに起こり始めました。
「みなさん! 気をつけてください! 魔物が集まってきます!」
もしかしたら今のは仲間を呼ぶ合図だったのかもしれません!
傭兵蟻が鳴き始めた瞬間、遠くから小さな点が僕たちに向かって移動を始めたのです。
「平気」
「でも、魔物が集まってますよ!」
「大丈夫。私を信じる」
ですが、シアさんに慌てた様子は微塵もありません。
そして、そうこうしている間に赤い点は僕達の元に集結してきてしまいました。
「群れだったのですね」
最初にやってきた傭兵蟻はもしかしたらリーダーだったのかもしれません。
その証拠に傭兵蟻の足元には二回りほど小さい、中型犬ほどの傭兵蟻が隊列を組んで集まっています。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫。みてて」
そう言うと、シアさんは再び傭兵蟻に向かって手をあげました。
すると。
「「「キキッ!!!」」」
大きな傭兵蟻を筆頭に、小さな傭兵蟻が揃って手をあげました。
「ね?」
「ね? じゃないよ! どういう事なの!?」
「見た通り。傭兵蟻を雇った」
「雇ったのですか?」
「うん。傭兵蟻は名前の通り、餌などを与えるとその報酬として色々と手伝ってくれる。だから危害を与えない限りは危険はない」
そういうことだったのですね?
といっても、とてもじゃありませんが信じられない光景です。
ですが、目の前で起きている事は事実ですので信じるしかありませんよね?
その後、休憩を終えた僕たちは再びダンジョンを進む事になりました。
後ろに傭兵蟻の大軍を引き連れて。
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