第535話 弓月の刻、ダンジョンに挑む2

 「まぁ、浅い階層はこんなものか」


 スノーさんを先頭に隊列を組み先へ進むと、まるで僕たちを試すようにゴブリン数体が現れました。

 しかし、その程度では何の障害にもならず、スノーさんは簡単にゴブリンを倒すとそう呟きました。


 「スノーさん、油断はだめだよ」

 「そうだぞー。ダンジョンは何があるかわからないからなー」


 サンドラちゃんが言うと重みが違いますね。

 何せ、サンドラちゃんは元ダンジョンマスターだったのですから、この中では一番ダンジョンに詳しく、同時にその恐ろしさも知っていると思います。

 そして、どうしてこの場所がダンジョンだとわかるかというと……。


 「油断はしないよ。それより、魔石はどうする?」

 「特に要らないですけど、一応拾っておきますね。何かに使える日が来るかもしれませんので」


 ゴブリンの亡骸があった場所に落ちていた魔石を収納へとしまいます。

 これがダンジョンである証明ですね。

 ダンジョンで生まれた魔物は倒すと魔石へと変わりますので。


 「だけど、スノーの気持ちはわかる。魔物が弱すぎる」

 「だよね。どこのダンジョンもやっぱりこんな感じなのかな?」

 「どうなのでしょうね」

 「サンドラちゃんはわかる?」

 「なー? 私もわからないぞー。他のダンジョンには入った事はないからなー。だけど、中には一階層目からオーガが出てくるようなダンジョンがあるとは聞いた事はあるなー」


 オーガですか。

 僕たちでは問題ありませんが、初心者パーティーでは厳しい相手ですね。

 そんな相手が一階層から出現するとなるとかなり難しいのでしょうか?

 そう考えると、ダンジョンには色々と難易度があるのかもしれませんね。


 「ですが、一階層目から出現する魔物がゴブリンと考えれば、このダンジョンは優しいのかもしれませんね」

 「そうとも限らない。大変なのは魔物だけとは限らない」

 「迷路には散々苦労させれたしね」

 「精神的に疲れるのは嫌ですよね」


 確かに。

 サンドラちゃんが居たダンジョンで一番大変だったのは迷宮でしたね。

 代わり映えのない道をただ歩くというのはかなり疲れました。


 「でも、僕的にはお屋敷の方が嫌でしたね」

 「ユアン凄い怖がってた」

 「実際に怖かったですからね」


 思い出しただけでも震えます。

 扉をあけたら髪の長い女性みたいなのが居て、にたーって笑ったのです。

 あれには腰を抜かすかと思いました。


 「私達はシノさんに連れられて直ぐに脱出してしまったのですが、そんな事があったのですね」

 「私はちょっと見たかったかも」

 

 そういえば、スノーさんとキアラちゃんはあの場には居ませんでしたね。

 先に進んだセーフエリアで仕事をしていたのを思い出しました。

 

 「ちなみに、アレは何だったのですか?」

 「なー? そんなものを用意した覚えはないぞー?」

 「え? そうなのですか?」

 「うんー。そもそもあのエリアの管轄はシノだったからなー。私は関係ないぞー」


 という事は、シノさんが仕込んだ悪戯だったのですかね?

 ですが、シノさんは知らないと言っていましたし……まぁ、シノさんの事ですからまた僕たちを驚かして、しらばっくれてるだけだと思いますけどね。

 というか、そうじゃなかったら怖すぎます!


 「今回はあるのかな?」

 「あったら面白そうだと思うの」

 「全く楽しくないですよ!」

 「うん。鬱陶しいだけ」

 「今度覗いてみるかなー」


 サンドラちゃんは怖いもの知らずですね。

 

 「っとここで終わりか」

 「階段があるなー」

 「ボスエリアは……なさそうですね」

 「という事は、まだ一階層なのかな?」

 「進めばわかる」


 やっぱりダンジョンによって違うみたいですね。

 前のダンジョンでは階層の終わりにある階段を降りればその先に扉があって、その先がボスエリアとなっていました。

 しかし、このダンジョンは階段を降りても扉はなく、まだ道が続いていました。

 そして、そのまま隊列を組みながら進むと、僕たちの視界にとんでもないものが映りました。


 「なにこれ」

 「マグマだなー」

 「あの赤いボコボコした奴ですか?」

 「落ちたら危なそうだよ……」

 「危ないじゃ済まない。死ぬ」


 通路の先に広がっていたのは赤い海でした。

 まるでつり橋のように道が続いていて、その下がマグマの海になっている場所だったのです。


 「どうする?」

 「どうすると言われても、進むしかないですよね?」

 「そうだけど、大丈夫なのかな?」

 「平気だぞー。これくらいなら落ちても大丈夫ー」

 「それはサンドラちゃんはですよね? 私達は無事じゃないと思うの」

 「ユアンの防御魔法があれば平気」

 「流石に自信はありませんよ」


 マグマというものを見るのは初めてですが、体感では防御魔法ではどうにもならないなと感じました。

 防げるには防げると思いますけどね。ですが、流石にあの海の中に落ちたら無理なような気がするのです。


 「まぁ、とりあえず進んでみようか。道幅は広いし、ふざけなければ落ちる事はないと思うから」

 「そうですね。シアさん、ふざけちゃダメですからね?」

 「なんで私?」

 「何となくですよ」

 「むぅー……そんな事しないもん」


 しないとは思いますけど、一応確認だけはしておくのは大事ですからね。

 

 「それにしても、アツいね」

 「マグマが下にあるからなー」

 「砂漠とはまた違ったアツさですよね」


 暑いじゃなくて熱いくらいですね。

 なんというか、ずっと火の近くに居る感じでアツいのです。

 

 「でも、魔物はいないようで良かったですね」

 「そうですね。というか、こんな所に生息できる魔物なんて流石に……」

 「どうしたの?」

 「いえ? えっと、魔物の反応、ありますね」

 「どこに?」

 「僕たちの足元にです」


 足元と言っても、僕たちが歩いている道ではありませんよ?

 だって目に映る場所には魔物どころかその痕跡もありませんからね。

 となると、反応は更に下になります。

 つまりは、マグマの中?


 「いやいや、流石に無理でしょ……あっ」


 マグマから何かが跳ねるように飛び跳ねました。


 「何かいましたね」

 「うん。魚が居た」

 「魚でしたか? 僕には岩が跳ねたようにしか見えませんでしたけど」

 「ううん。背びれがあったから魚だと思うの」

 

 目のいいシアさんとキアラちゃんが言うのなら間違いなさそうですね。


 「襲ってきますかね?」

 「あれは襲ってこないと思うぞー」

 「そうなのですか?」

 「うんー。魔力を持ったただの魚だからなー」


 ただの魚がマグマに居る訳がないと思いますけどね。


 「釣りたい」

 「釣ってみたいですね」

 「いや、流石に糸も餌も燃えてしまうと思うので無理だと思いますよ」

 

 湖ではありませんからね。

 まぁ、燃えない糸と餌があれば可能かもしれませんが、流石にそのようなものは手持ちにはありません。


 「だけど、マグマに住む生物って居るのですね」

 「いっぱいいるぞー。あれは魚だけど、危険な魔物だっているからなー」

 「そうなのですね」

 「今の所は大丈夫そうだけどなー」


 今の所は、ですね。

 ですが、マグマはまだ先に続いていますしこの先に潜んでいる可能性は十分にあり得ますね。


 「スノーさん、慎重に進みましょうね」

 「わかってるよ。何か異変を感じたら直ぐに教えてね」

 「はい。念のためにシアさんは影狼を先行させて貰っていいですか?」

 「とっくにやってる。今の所は何もないから平気」


 流石ですね。

 どうやら、ダンジョンに潜った時から既に先行させているみたいです。

 ですが、その範囲も決まっているみたいで、更にはダンジョンの効果なのかわかりませんが、範囲が制限されているらしく、あまり進めないみたいです。

 それなら僕の探知魔法の方が範囲は広いですね。


 「なら、協力して危険は探しましょうか」

 「うん。共同作業」


 それが一番安全そうですからね。

 

 「では、僕が怪しい場所を察知して伝えますので、シアさんは影狼でその場所を探ってください」

 「わかった」

 「魔物は刺激しないようにお願いね?」

 「無駄な戦いは避けた方がいいと思うの」

 「そうだなー。足場は広いとはいえ自由に動けないからなー」


 何よりも魔物を倒しても手に入るのは魔石ですからね。

 珍しい魔物の素材なら欲しいですが、魔石ならそこまで必要はありません。

 

 「では、進みましょうか」


 安全に安全を重ね、僕たちは先へと進む事にしました。

 時々、僕たちを観察するようにマグマから飛び跳ねる魚に少しだけ不気味さを感じながら

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