第534話 弓月の刻、炎の龍神を探す

 「ユアン支度できた?」

 「はい。ローブを着るだけなので完璧ですよ」

 「サクヤは?」

 「この通りです!」


 ちゃんと腰に差してあるので問題ありません。

 準備万端ですね。

 シアさんもいつもの冒険者の格好に着替えて、いつでも出発できます。


 「お待たせ」

 「ユアンさん達の準備はどうですか?」

 「問題ありませんよ。サンドラちゃんはちゃんとローブを着ましょうね。ボタンを掛け違えてますよ」

 「なー?」


 サンドラちゃんのローブを治してあげ、合流したスノーさん達の準備も完璧ですね。

 

 「それじゃ、向かいましょうか!」


 僕たちは揃って宿屋を出ました。


 「それでさ、ミレディちゃんの事はどうするつもり?」

 「今の所は保留ですよ。まだ本人にどうするかは伺っていませんからね」


 というよりも、今は話を伺えない状態と言った方が正しいですね。

 何せミレディさんはシアさんが折ってしまったユージンさんの剣を直している最中ですからね。

 話をしようと思ったら後にして下さいと怒られてしまいました。


 「でも、僕としてはナナシキに来てくれたら嬉しいですけどね」


 これが僕の本心ですね。

 ナナシキには色んな種族の方が暮らしていますが、ドワーフ族の人はまだ居ません。

 ミレディさんがその一人目となってくれるのならば嬉しく思います。

 何よりもあのような生活をしていると知ってしまった以上は心配ですからね。

 

 「それに関しては私も同意だけど、ミレディって一応は王族なんだよね? 面倒ごとになったりしそうな気がするけど」

 「それは今更な話。ナナシキには王族や元王族が沢山居る」

 「それもそうだったね」


 なので、ミレディさんがナナシキに移住する事は僕たちは何も問題ないのですよね。

 まぁ、ガンディアに暮らす鍛冶師の人が困る可能性はありますけどね。

 ですが、それでもロイさんは良いと言っていました。

 この機会にこの地に引き籠るドワーフも外に出てみようと思うだろうという事で。


 「となると、ミレディさんが暮らす場所と工房を手配しないといけませんね」

 「ナナシキにはそういった施設はないのですか?」

 「今の所はないかな。というか、工房なんてその人によって勝手が違うから用意なんて出来ないし」


 それもそうですね。

 となると、やはりミレディさんに工房の設計から携わって頂かないといけませんね。


 「火を扱うのなら場所も考えた方がいいぞー?」

 「確かにそうだね」


 火を扱うのが得意だからでしょうか?

 サンドラちゃんは大事な所に目をつけましたね。

 サンドラちゃんのう言う通り、鍛冶をするための工房に火は欠かせません。

 それも、料理をする為の火とは比べ物にならないほどの規模です。

 万が一を考えると、その場所はかなり気をつけないといけませんね。

 

 「っと、それはミレディさんがナナシキへと移住が決まってから考えればいい事ですよね?」

 「そうだけど、そうでもないんだよね。これが」

 「工房に必要な資材もそうですが、ミレディさんがナナシキに住む事が決まってから家の手配などをしたら間に合わないですよ」


 ナナシキへと移住してくる人は少しずつですが増えています。

 ですが、その人たちは自分達が暮らす家などを前もって下見しに来て、移住の手続きを予めしているのですよね。

 なので、比較的スムーズに移住は済みます。

 ですが、ミレディさんが移住するとなると、その準備が出来ていないので、暫く家がない状態となってしまうみたいです。

 なので、スノーさん達の言いたい事はわかります。

 わかりますけど……。


 「それは後で考えませんか? これから龍神様の元に向かうので出来る事ならその事について色々確認しておきたいですからね」


 朝から僕たちが宿屋を出発したのは、炎の龍神様にお会いする為です。

 ノット様からミレディさんの事を話された後に、僕たちは龍神様の調査をしたいとお願いしました。

 ノット様はその事に驚いていましたが、ガンディアに危険が及ばないのならという条件がつきましたが、許可を頂けて今に至ります。


 「だけど、特に確認する事なんてないんじゃない?」

 「龍神様は個性的なので、対策のしようがないと思うの」

 「まぁ、そうですけどね。だけど、もしかしたら試練があるかもしれませんよ?」

 「どんな試練?」

 「そこまではわかりません」


 水の龍神様はフルールさん達と戦う事、風の龍神様はあの谷を降りる事が試練ですかね?

 例え違うと言われても、思い出したくない魔物と遭遇したので、あれは試練といってもいいと思います!


 「どちらにしても、何があるかわかりませんし、警戒だけはしといた方がいいと思いますよ」

 「まぁね。だけど、一応は国の中心だし警戒する事はないと思うけどね」

 

 そうなのですけどね。

 ですが、一筋縄ではいかないのが龍神様だと僕は思っています。


 「ちなみに、道はこっちで合ってるの?」

 「はい。地図通り進めていれば間違いないと思います」

 「でも、不思議ですよね」

 「何が?」

 「どうして龍神様が居るのにノット様は知らなかったのでしょうか?」

 「んー……普通はこんな場所に居ないと思うからではないですか?」

 「そうかもしれないですけど、地図まであるのですよ?」


 確かにそう言われるとそうですね。

 僕たちはまた迷路のような道を歩いています。

 この街に入るときに通った枝分かれした道を進んでいるのです。

 どうやらその先が龍神様の居る場所に繋がっているらしいのです。


 「そこまでわかっていて知らないというのは変だと思うの」

 「となると、知っていてとぼけていたのかもしれませんね」

 「それか、私達が龍神の存在に気付いた事に驚いたのかもしれない」

 「その方が可能性としては高いかもなー」


 そう言われると、隠し事がバレてしまった時の反応だったようにも思えますね。

 

 「考えるだけ無駄じゃない? いつものようになるようになってその時に細かい事を考えればいいんじゃないかな?」

 「スノー。ミレディの時と逆の事を言ってる」

 「さっきまで細かい段取りを決めようとしていましたね」


 それが打って変わってこれですからね。


 「あれはナナシキの事だからね。だけど、今は私達の事だし、気楽にやりたいかな」

 

 その気持ちはわかりますけどね。

 だけど、気を抜くのは違いますよね。


 「そうやって失敗するのですから、少しは考えないとダメだよ?」

 「大丈夫だよ。その辺りはユアンがしっかりしてるからね」

 「まぁ、リーダーとしての役目でもありますからね。だからといって、全て僕に任せるのは困りますからね?」


 みんなで行動する時はいつも僕が提案を出したり指示を出したりしているので今更ですけどね。


 「それだけ板についてきた証拠。誇るといい」

 「誇りはしませんよ。僕はみんなが無事ならそれで十分ですからね」


 間違った選択をする時だってありますからね。

 それでもどうにかやってこれたのは、成長した証拠ですかね?


 「お止まり下さい」


 結局の所、龍神様への対策や準備の話は進展せず、雑談をしながら目的地へと歩いていると、僕たちは頑丈そうな扉がある通路へとたどり着きました。

 しかし、そこにはなぜか二人の兵士さんが居て、止まるように言われました。


 「この先に何か御用ですか?」

 「はい……えっと、ノルティス様より伺っていませんか?」

 「弓月の刻の方々でよろしいですか?」

 「はい。これが身分証です」

 「……確かに」


 良かったです。

 ちゃんと話は通っていたみたいですね。

 

 「では、通ってもよろしいですか?」

 「構いません。ですが、一つだけよろしいですか?」

 「はい?」

 「この先からは魔物が出没します。もし、準備が整っていないようでしたら、準備を整えてから通る事をお勧めします」

 「魔物がですか?」


 びっくりしました。

 まさか、こんな場所に魔物が出るとは思いもしませんでした。

 だって、僕たちが通ってきた通路は迷路のように複雑ですが王室に繋がっているのです。

 言ってしまえば、お城の中に魔物が住んでいるのと変わらない状態なのです。


 「もしかして、兵士さん達がここに居るのはその魔物が出てこないようにする為ですか?」

 「いえ、逆です。魔物が出没する場所に人が入らないようにする為です」

 

 検問みたいな感じって事ですかね?

 

 「でも、危険じゃないのですか?」

 「それは問題ないと思われます。理由まではわかりませんが、魔物はこちら側にはやってこれないみたいなのです」

 「そうなのですね」


 それなら安心、ですね……?


 「どうかなさいましたか?」

 「いえ。準備の方は問題ありませんので、通らせて頂けますか?」

 「はい。どうかお気をつけて」


 一応はその扉が万が一に備えで、魔物の対策となっているみたいですね。

 僕と会話していた兵士さんがもう一人の兵士さんに目くばせすると、兵士さんは頷き、ゴゴゴゴゴッと重いものを引きずるような音をさせながら扉を開けてくれました。


 「お帰りの際は、内側からドアを叩いてください」

 「わかりました」


 どうやら僕たちが通った後は扉を閉めてしまうようですね。

 まぁ、それは安全対策の為なら仕方ありませんね。

 

 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「さっきの話、聞いてたかー?」

 「聞いていましたよ。魔物の話ですよね」

 「うんー。それってさー……」


 サンドラちゃんも兵士さんの話を聞いてピンときたみたいですね。

 そして、みんなもわかっているようでさっきまでと顔つきが変わっていました。


 「隊列はいつもの通りでいいですね?」

 「うん。私が先頭をいくよ」

 「私はスノーさんの後ろについて、罠とかを探ります」

 「私は真ん中だなー」

 「私は最後尾。後ろは任せる」

 

 大丈夫ですね。

 みんながサッと隊列を組みました。

 それだけでみんなが真剣になったとわかります。


 「この先に何があるかわかりませんが、油断だけはしないでいきましょう。何か異変を感じたら些細な事でも構わないので、報告をお願いします」


 みんなは僕の言葉に頷きます。

 

 「では、挑みましょうか。ダンジョンに」


 兵士さんの話が本当ならば、この先に続いているのはダンジョンだと思われます。

 まだ、確信はありませんが魔物が出てこないとなればその可能性は十分にありえると思うのです。

 そして、僕たちはこの場所がダンジョンだと気づく事になります。

 やっぱり、龍神様が居る場所に行くには一筋縄ではいかないのですね。

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