第528話 弓月の刻リンシア、ユージンと模擬戦をする

 「では、審判は僕が務めるという事でいいですか?」

 「構わない」

 「公平にお願いする」

 「勿論ですよ」


 シアさんには勝ってほしいとは思います。

 ですが、僕の判定がシアさんに有利に働いて勝ったとしても、シアさんは絶対に喜んだりしません。

 なので、僕は心の中ではシアさんを応援しつつも、二人の模擬戦の行方を見守る事に決めました。


 「では、準備はいいですか?」

 「構わないぜ」

 「いつでもいい」

 「わかりました」


 二人の準備は整っているようですね。

 むしろ早く戦いたいとうずうずしているようにも見えます。

 先延ばしは出来ませんね。

 

 「それでは、これよりシアさんとユージンさんの模擬戦を始めます。ルールは事前に伝えた通りです……試合開始!」


 



 「まずは小手調べだな」


 ユアンの合図と同時に先に動いたのはユージンだった。

 小細工はなし。

 真っすぐに私へと向かってくる。


 「遅い」


 本当に私を試したみたい。

 ユージンの剣からは攻撃の意志を感じられない。

 ただ目的もなく私に振り下ろされた剣を軽く体を捻り躱す。


 「どうしたの? やる気ない?」

 「どうだろうな」

 「無駄口を叩く余裕がある」

 「それは嬢ちゃんも同じだろう」


 今のやり取りで少しやりにくさを感じた。

 何がとはわからない。

 だけど、何となく嫌な感じは伝わってくる。


 「ふっ! それも躱すか」

 「狙うならちゃんと狙えばいい」

 「狙ってるさ」


 攻撃は単調。

 フェイントの類もなく、ただ私の身体を目掛けて剣を振るってくる。

 

 「嬢ちゃんは攻撃しないのか?」

 「する。ただ、直ぐに終わってもつまらないから先手は譲ってあげてるだけ」

 「それはどうもっ!」

 「んっ!」


 ユージンの剣筋が少し変わった。

 挑発に乗ったからか、少しだけ剣を振るう速度が鋭くなった。

 だけど、まだ平気。

 私はユージンの間合いからギリギリの所まで飛び退き、それを躱す。


 「やっぱり速いな。普通ならあれで終わるんだけどな」


 なるほど。

 わざとゆっくりと剣を振っていたのは、私の油断を誘うのと、その剣の速度に慣れされる為。

 だけど、そんな簡単な手には引っ掛からない。


 「そういうのは格下にしか通用しない」

 「だろうな。だから言っただろ、小手調べだって」

 「うん。わかってるならいい。本気できて?」

 「当然だ。俺も負けるわけにはいかないからな」


 片手で振るっていた剣を両手で握った。

 どうやらようやく本気になったみたい。

 だけど、それは不服。

 来るなら最初から本気で来るべき。

 だから、次は私が動いた。

 侮っていた事を後悔させる。


 「っと! 更に速くなったな」

 「まだまだ」

 

 いきなり首を狙ったけど、簡単に防がれた。

 だけど、それは想定内。

 私とユージンの戦い方には大きな違いがある。

 私の剣は二本。

 一本の剣では二本の剣は捌けない。

 

 「まぁ、そうくるだろうな」


 だけど、ユージンは簡単に私の剣を受け止めた。

 首を狙って意識を上に逸らしたのにも関わらず、動きを封じるために狙った足への攻撃を鞘で受け止めた。

 しかも、それだけではなかった。

 私の攻撃を受け止めた剣を滑らしながら弾き、そのまま私へと攻撃に移ってきた。


 「速さだけでなく、反応もいいな」

 「それが私の生命線。だから、攻撃は当たらない」

 「そりゃ面倒だな」


 それはお互い様。

 正直、舐めていた訳ではないけど、ユージンはラインハルトと同じで器用貧乏だと思っていた。

 速さと反応なら私が上。

 力はユージンの方が上でも、受け止められない程の力ではない。

 オークやオーガの方が強いと思えるほど。

 だけど、ユージンの強さはまた違う。

 全ての基準が高く、それでいて隙がない。

 何よりも面倒なのが……。


 「どうして、それが読めるの?」

 

 フェイントに絶対に引っ掛からない。

 狙いすました一撃だけを見抜いて何度も防がれる。


 「どうしてだろうな? まぁ、俺の方も攻撃が当たらないみたいだけどな」


 当然。

 攻撃を受けた時点で私の負け。

 だから、当たる訳にはいかない。

 

 「それじゃ、次は俺からいくぜ」


 そう言って、ユージンがゆっくりと動き出す。

 動きは決して速くない。

 だけど……。

 

 「……重い」


 ユージンの攻撃を剣で受け止める事になった。

 剣は見えていたのに、避ける事が出来なかった。


 「何か、してる?」

 「かもな。まぁ、それは自分で見つける事だ。敵は情報をくれたりはしないぞ」

 

 ここにきて、やりにくさが格段に上がった。

 やっぱり、ユージンは強かった。

 Aランク冒険者というだけはある。

 だからといって、恐れる事はない。

 私はもっと凄い人を知っている。


 「守りの技術ならスノーの方が上」


 私が幾ら攻撃を仕掛けても、スノーの体勢を崩すのは難しい。

 それに比べれば、ユージンにはつけ入る隙はある。

 スノーとの模擬戦で培った感覚で、ユージンの防御が僅かに遅れた。


 「正確性ならキアラの方が危険」


 キアラの弓は私の急所を的確に狙ってくる。

 避けたあと、防いだあと、その先を見据えて三連の矢を撃ち込んでくる。

 キアラとの模擬戦で培った危険察知がユージンの攻撃を防ぐ。

 

 「意外性ならサンドラの方が驚かされる」


 龍化できたり、転移魔法をいつの間にか使えたり、私の想像を上回る成長を常に遂げている。

 それが潜在能力や元々備わっていた力だとしても、いつもみんなを驚かせている。

 サンドラとの生活で広がった視野がユージンの行動を読み取れる。


 「それで、可愛さならユアンが遥かに上!」

 「それは関係ないだろっ!」


 あるっ!

 私はユアンの剣!

 ユアンとの出会いで私は変わった。

 その想いはユージンの背負ったものよりも遥かに重い!





 最後は私らしくない戦いをした。

 私は速さを生業にして戦っている。

 しかし、ユージンに勝つためにはそれだけでは足りない。

 だから、みんなから貰ったものを全てぶつけることにした。

 悔しいけど認める。

 ユージンは私よりも少しだけ強い。

 だけど、その強さは簡単にひっくり返る。

 だって……。


 「私は、みんなが大好きだから」

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