第515話 弓月の刻、剣の修理代金を払う
「ふへへへへ~。本当にいいんですか? 三つも頂いてしまって?」
「はい。ミレディさんがシアさんの剣を直してくれるなら……」
「大丈夫です! やるからにはしっかりやるです! ふへへ~」
何だか心配になってきました。
ミスリル鉱石を両手に持ち、その鉱石に頬ずりしている姿は狂気を感じずにはいられません。
「でも、本当に代金はミスリル鉱石でいいのですか? お金の方が良ければ、多少なら用意できますけど?」
「問題ないです! 私はミスリル鉱石がいいです!」
「それならいいのですけど、生活とかは大丈夫なのですか?」
見た所、裕福な生活をしているようには見えませんからね。
むしろ貧……いえ、これは言わない方がいいですね。何かしらの事情があるかもしれませんので。
「問題ないです! 食料ならちょっと出歩けば食べれる草があるです!」
あ、なんかミレディさんに頼んだことが心配になってきました。
ロイさんが紹介してくれた方なので、大丈夫だと思うのですが、安心できる要素が今の所一つもないように思えます。
「どうしたですか?」
「いえ、それで剣の修理はどれくらいかかりそうですか?」
「四日……いえ、三日で仕上げてみせるです!」
「え、三日でいいのですか?」
「はいです! 一から作れと言われたらもっとかかるですが、直すのなら三日もあればどうにかなるです!」
剣を作ったり、修理したりする基準がわからないので何とも言えませんが、名のある剣が出来上がるまで一か月……下手すれば一年という長い歳月をかけて完成するなどの話を聞いた事があったので、それだけの時間で済むとは正直思いもしませんでした。
「時間はもう少しかかっていい。だから、しっかり直して欲しい」
「それは無理です! 流石に徹夜は三日が限界です!」
「え、もしかして寝ずに直し続けるのですか?」
「もちろんです! そうじゃないと剣の些細な変化を見逃すです!」
鍛冶師って意外と大変な職業みたいですね。
絶対に僕には務まらない自信があります。
流石に三日の間、ずっと剣の状態を気にしている根気はないですからね。
絶対にどこかで寝ちゃう自信があります。
ですが、そこまでして本気で取り組んでくれるのならば、安心できる要素が一つ出来ましたね。
となれば、後はシアさんの気持ち次第ですね。
『シアさん、どうしますか? シアさんが不安ならば、他の人に頼むという手もありますけど』
『心配。だけど、不思議と任せていいという気持ちがある。だから、ミレディにお願いする』
シアさんも問題ないという判断ですね。
それならば、このまま話を進めても問題なさそうです。
「わかりました。ですが、無理はしないでくださいね?」
「はいです! 流石に片時も離れない訳ではないです! ちゃんと休憩は挟むです!」
良かったです。
途中で倒れられたらそれこそ本末転倒って奴ですからね。
となると、僕たちも別の事で支援をした方がいいですかね?
流石にミスリル鉱石が高い値段で取引されるとはいえ、それだけでやってもらうのは気が引けます。
なので、僕はもう一つ提案をしました。
「ミレディさん、よろしければですが、ご飯の方はこちらで用意しますか?」
「本当です!? してくれるなら嬉しいです!」
本当に嬉しいみたいですね。
今にも涎を垂らしそうな顔をしています。
「はい。流石に草だけで生活をするのは大変ですからね」
まぁ、流石にさっきのは冗談だと思いますけどね。
「そうです! 草だけでは飽きるのでたまには美味しいものを食べたいです!」
冗談ではない気がしてきました。
普段はどんな食生活をしてるのか気になってきますね。
触れると面倒な事になりそうなので触れませんけどね。
「それでは、今日の分のご飯を用意しておきますね」
「いえ! 今日はその必要はないです!」
「いらないのですか?」
「はいです! 剣を直すのは明日からにするので、今日は明日までずっと寝るです!」
「こんな時間からですか?」
この部屋に時計がないので、今の時間はわかりませんが、感覚としてはまだ十の所を回った辺りくらいだと思います。
そんな時間から明日の朝まで寝れるものなんですかね?
「はいです! 寝溜めしておくです!」
鍛冶師としても習慣なのかもしれませんね。
僕の心配を余所に、ミレディさんは自信満々に答えてくれました。
「そういう事なら、明日の朝にまたお邪魔しますね」
「はいです!」
「それじゃ、これを頼む」
シアさんが欠けてしまった剣を机に置きました。
ですが、ミレディさんは何故か首を傾げました。
何か問題があったのですかね?
「どうしたのですか?」
「こっちの台詞です! どうして片方の剣だけを置いて行こうとするです?」
「欠けたのはこの剣。こっちは問題ない」
「問題あるです! 片方だけミスリルだなんて剣が可哀想です!」
そういう事でしたか。
ミレディさんはシアさんが片方の剣だけを置いていこうとしたから首を傾げたみたいですね。
確かに、片方だけミスリルですと、バランスも悪いですし、可哀想に思えますね。
「でも、それだと倍の時間が掛かってしまいますよね?」
「掛からないです! 最初から二本ともやるつもりです!」
「三日間で二本ともやるという事ですか?」
「そうです! むしろそっちの方が手の空く時間が少なくて集中できるです!」
どうやら一本も二本もミレディさんにとっては変わらないみたいですね。
「どうしますか?」
「ミレディがやれるならお願いする。私も思ってた。片方だけミスリルだと、剣の重さに誤差が生じる。同じの方が助かる」
「任せるです! その代わり、微調整までは本人が居ないと出来ないので、手の空いた時に来てくれると助かるです!」
「わかった。明日は朝から立ち会う」
「よろしくです!」
結局の所、シアさんは黒い方の剣もミレディさんに預ける事にしました。
「では、明日から頑張る為に私は寝るです!」
「はい。朝食を持って、また明日の朝に来ますね」
「寝ている間に盗まれないように気をつける」
「大丈夫です! そんな事をする輩がいたら私がギッタンバッコンにするです! 命に代えてもです!」
頼もしいですけど、命は大事にしてほしいですね。
なので……。
コクン。
キアラちゃんに目配せするとキアラちゃんが小さく頷いてくれました。
魔鼠さんを見張りをしてくれるように頼んでくれたと思います。
「では、おやすみなさい」
「おやすみです!」
ミスリル鉱石を抱えたミレディさんに見送られ、僕たちはミレディさんの工房を後にしました。
「なんか、凄く元気な人でしたね」
「うん。だけど、信頼できると思った」
「どの辺りがですか?」
「感覚?」
シアさんの感覚ならば問題なさそうですね。
ですが、その気持ちはわかります。
ミスリル鉱石を見る目は少しヤバい人でしたけど、それ以外の事は真っすぐな人という印象を持ちました。
「でも、今の状態は不安」
「そうですね。シアさんが外を出歩く時に武器がないのは珍しいですからね」
「うん。ユアンを護れない」
そんな事ないと思いますけどね。
シアさんは武器がなくても体術で戦えます。
ですが、それでも不安と言うならばそれを取り除いてあげればいいだけです。
「大丈夫ですよ。シアさんが僕を護ってくれるように、僕もシアさんを護りますから」
「そうだよ。私達も居るからね」
「頼りないかもしれませんが、任せてくださいね」
「シアの敵は私が蹴散らすぞー」
「うん。頼りにしてる」
お互いを支え合うことが出来るのが僕たちですからね。
当たり前のことかもしれませんが、その当たり前を自然に出来るのです。
ですが、僕にしか出来ない役目ももちろんあります。
「シアさん、手が淋しそうなので僕が繋いであげますね!」
「うん。これで淋しくない」
「なー! なら反対の手は私が繋ぐー!」
「なら、ユアンの反対の手は私が繋ごうかな」
「それなら私はサンドラちゃんの手ですね」
むー……僕だけの役目なのにサンドラちゃんにもとられちゃいましたね。
ですが、気にしませんけどね。
何せ、僕たちは仲間であり、家族のようなものですからね!
「では、一度宿屋に戻りましょうか」
人が少なくて良かったです。
これならば誰の邪魔にもならずみんなで帰れますからね。
そんな風にして僕たちはみんなで手を繋いで宿屋へと戻るのでした。
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