第514話 弓月の刻、剣の修理を依頼する

 「ここでいいのですよね?」

 「地図を見る限りはそうだと思う」


 ユージンさん達と別れ、僕たちはロイさんに勧められた鍛冶師さんが居る建物へとやってきました。


 「建物の外見は普通ですね」


 これは意外でした。

 ロイさんがお勧めするくらいですので、きっと腕のいい鍛冶師さんなのだろうと期待をしていましたが、他の建物と変わり映えがありません。

 むしろ、他の建物よりも古びているくらいです。


 「大丈夫ですかね?」

 「ロイを信じるしかない」

 「そうですね」


 まぁ、建物が古いからといって鍛冶師さんの腕が良し悪しは関係ありませんでしたね。

 

 「こんにちは」


 どちらにしても、話してみない事には始まらないと僕たちは入口の戸を潜り中に入りました。

 

 「あ、いらっしゃいです!」


 中に入ると、店番の方でしょうか?

 僕と同い年くらいの女の子がボーっとしたように椅子に座っていて、僕たちに気付くと驚いたように立ち上がり、勢いよく頭を下げました。

 ですが、油断は出来ませんよ?

 僕たちの目には少女に見えますが、少女ではないかもしれませんからね。

 これは昨日知ったのですが、ドワーフの女性の特徴はみんな小柄で、僕よりも遥かに年上でも僕たちと同い年くらいに見えるのです。

 

 「いきなりすみません。えっと、武器の修理を依頼しにきたのですが、頼む事って出来ますか?」

 「できますです! ですが、うちは誰かの紹介があった時だけ営業しているです! 紹介はあるですか?」


 紹介制があるのですね。

 

 「紹介はありませんが、ロイさんから勧められてきました」


 これで伝わりますかね?

 伝わらなかったら少し面倒ですね。

 その時はロイさんを探して紹介状を書いて貰わないといけなくなります。


 「ロイ様ですか?」

 「はい。お姉さんの想像するロイ様がどの方かはわかりませんが、身長が二メートルくらいあるドワーフの方であれば、同じ人だと思います」


 同じ名前の人が他にいないとは限りませんからね。

 もしかしたら、同じ名前でも違う人がいる可能性も十分にあり得ると思います。


 「同じお方です! 話は伺っていますです! 皆さまは弓月の刻の方達でよろしいですか?」

 「はい。一応確認のために、ギルドカードを提出しますね」


 こういう時にギルドカードは役に立ちますね。

 ギルドカードには自分の名前や所属するパーティーが記載されています。

 

 「確認させて頂くです……はい、本人様たちで間違いないようです!」


 良かったです。

 どうやら信じて貰えたようですね。


 「ようこそ【ミレディ】工房へ! 私は工房の鍛冶師のミレディです!」


 名前が工房になっているのですね……え?


 「ミレディさんが鍛冶師なのですか?」

 「はいです!」


 驚きました。

 まさか、目の前の女性が鍛冶師だとは思いもしませんでした。

 だってですよ?

 僕の鍛冶師のイメージは男性のドワーフで、どの方も凄い筋肉をしていますからね。

 実際に、兵士さんや宿屋に居た方もそうでしたが、身長は低いのに凄い筋肉をしていました。

 ですが、目の前の女性、ミレディさんは線が細く、剣を打ったりしているイメージはありません。


 「どうしたですか?」

 「意外だったもので、少し驚きました」

 「あぅ……やっぱり、女性が鍛冶師をしているのは変ですか?」

 「そんな事はないですよ。僕だってこんな見た目ですが冒険者ですからね」


 男性と女性の冒険者の割合でいえば、男性の冒険者の方が圧倒的に数は多いです。

 冒険者という職業はどうしても危険が常に付きますからね。

 ですが、僕達のように女性の冒険者は存在します。

 

 「なので、ミレディさんが鍛冶師をしていてもおかしくないと思いますよ。それに、腕が確かならば女性の方にお願いした方が僕たちも安心できますからね」

 「良かったです! 腕にはそれなりの自信があるので任せて欲しいです! では、早速ですが依頼される剣の状態を確認させて頂いてもよろしいですか?」

 「うん。これを頼みたい」


 そこまで話を伝えてくれてあるのですね。

 ミレディさんにシアさんが欠けてしまった剣を渡しました。


 「失礼するです…………ほわぁ、良い剣ですね!」

 「わかるの?」

 「わかるです! 素晴らしい剣だと思うです!」


 やっぱりシアさんの剣は業物みたいですね。

 僕にはわかりませんが、ミレディさんが剣をみて目を輝かしているのがわかります。


 「直る?」

 「直るには直るです! ですが、完全に元通りにするのは現状では難しいと思うです」

 「そう…………」


 シアさんの尻尾を垂らしました。

 やっぱり元に戻すのは難しいと言われればショックですよね。


 「現状は、ですよね? どうすれば元に戻せるのですか?」

 「まずは剣の材質を見て見ない事にはわからないです! 見た限り、鉱石の割合が複雑みたいなので、まずはそれを調べてからになるです!」


 どうやら鉄だけではないみたいですね。

 まぁ、これは予想通りでした。

 スノーさんが、普通の鉄で出来た剣がシアさんのあれだけの激しい攻撃に耐えられる筈がないと言っていましたからね。


 「時間はかかりそうですか?」

 「ちょっと待ってくださいです!」


 ミレディさんが剣を爪で剣を叩き始めました。

 どうやら、剣の音を確かめているみたいですね。

 

 「わかったです! 鉄が主ですが、黒炎石が混ざっているですね!」


 音を聞いただけでわかるものなのですかね?

 しかし、聞いた事のない名前ですね。


 「黒炎石ですか?」

 「はいです! 馴染みのない名前かもですが、有名な武器の大半に使われている鉱石です!」

 「そうなのですね。となると、その鉱石がないと直す事はできないのですかね?」

 「そうなるです!」

 「ちなみにですが、その鉱石をミレディさんは持っていたりしますか?」

 「申し訳ないです。私は持っていないです……」


 それは困りましたね。

 持っていれば、お金を支払って譲ってもらおうかと思いましたが、それも叶わないみたいですね。


 「となると、それを採って来ないと治せませんね」

 「元の状態に戻すならそうなるです」

 「何処で採れますか?」

 「マグマの流れていた場所を探せばあると思うですが、この辺りではもうほとんど採れないと思うです」


 どうやら、昔はこの辺りでも採れたみたいですが、今は無理みたいですね。

 何でも、先人たちが採り切ってしまったみたいです。

 

 「他のお店に残っていたりはしませんかね?」

 「あぅ……他の鍛冶師にお願いしちゃうですか?」

 「いえ、鉱石だけでも売って貰えないかなという意味ですよ。武器を直すのはミレディさんにお願いしたいと思っています」

 

 ロイさんの紹介でもありますからね。

 黒炎石がないからといって、他の鍛冶師にお願いするつもりはありません。

 それはシアさんも同じのようで、僕の横で頷いています。


 「良かったです。ですが、他の鍛冶師に売ってもらうのは難しいと思うです」

 「どうしてですか?」

 「鍛冶師は素材を財産だと考えているです。お金よりも重要です。素材がなければ剣は打てないです! そんな大事な物を売ったりはしないです!」


 そんな珍しい鉱石があるのならば、自分で使いたいと思うのは当然ですね。

 となると、やっぱりどこかで鉱石を探さないといけませんね。


 「でも、この辺りで採れないのであれば、何処を探していいのかわかりませんね」

 

 マグマの流れる場所ですよね。

 そんな場所が沢山あるとは思えません。


 「んー……困りましたね」

 「困った。ミレディ、代用できる鉱石はないの?」

 「もちろんあるです!」


 あるのですね。

 てっきりないかと思っていました。

 

 「だけど、それも難しいかもです。入手自体は簡単かもしれないですが、手を出すのは難しいです」

 「手を出すのが難しいという事は、凄く高い鉱石ってことですかね?」

 「はいです。一般人ではとても手を出せる額ではないです」


 そんなに高い鉱石があるのですね。


 「一応ですが、どんな鉱石なのか聞いても良いですか?」

 「はいです! 有名な鉱石なので知っていると思いますが、ミスリル鉱石です」


 ミスリルですか。

 確かに有名…………あれ?


 「ミスリルってこれでいいのですよね?」


 僕は収納魔法から袋を取り出し、その中身をミレディさんに見せました。


 「これですこれです!」


 どうやら本物みたいですね。

 ミレディさんは袋からミスリル鉱石を取り出すと、今にも涎を垂らしそうな表情でミスリル鉱石を見ています。

 

 「あー……あの時のか」

 

 スノーさんも覚えていたみたいですね。

 まぁ、スノーさんから受け取ったので当然ですよね。


 「確か、タンザで頂いたのですよね?」

 「はい。解放者レジスタンスの方々からのお礼ですね」

 「忘れてた」


 僕も今思い出しましたからね。

 

 「これなら直せそうですか?」

 「はいです! ですが、問題があります」

 「どんな問題?」

 「黒炎石とミスリル鉱石は重さが違うです。それに混ぜる分量によっては、剣の重さが全く変わってしまうです」


 それはシアさんにとって大きな問題になりそうですね。


 「平気。少しくらい重くなっても問題ない」

 「逆です! ミスリル鉱石の方が軽いですので、前よりも軽くなるです!」

 「それなら好都合」

 「ですが、それだと前の剣とは別物になってしまうですよ?」

 

 シアさんの中で拘りがどれだけあるかになりますね。

 

 「黒炎石とミスリル。どっちが上?」

 「当然ミスリル鉱石です!」

 「なら問題ない。私のユアンが進化した事になる」

 

 何だか、凄い拘り方ですね。

 まぁ、単純に強化されるという意味でなら間違いではないと思いますが、僕ではありませんからね?

 

 「お客様が問題ないのであれば、剣は直すために頑張るです!」

 「うん。よろしく頼む」


 最終的にはシアさんは納得したみたいなので、これで決まりみたいですね。

 となると、残りの問題は……。


 「代金はどれくらいになりますか?」


 どれくらいの値段がかかるかですよね。

 ミスリル鉱石を使うくらいなので、その加工量は高くなると思います。

 ポーションで例えるのは変ですが、使っている素材が高ければ高いほど、作る手間がかかればかかるほど、値段は高くなります。

 今回は素材は自前ですが、ミスリル鉱石の加工は大変みたいなので、それなりに値段は高くなると思います。

 ですが、シアさんの為にも覚悟は必要ですね。

 ですが、きっと大丈夫です!

 僕たちだってそれなりに稼いできましたからね! 

 

 「代金ですか? それなら……」


 しかし、僕は小心者のようです。

 ミレディさんからの請求にごくりと喉をならして生唾を呑み込みました。

 そして、ミレディさんから今回の代金を告げられ驚きました。

 その値段は何と……。

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