第504話 影狼族の長、ぐずる
「困った……」
「どうしたのですか?」
「これ、見る」
「これは……シアさんの剣ですね」
みんなでお昼寝をしたその日の夜の事、お風呂も夕食も終え、後は寝るくらいしかやる事がなくなった僕とシアさんはその準備をする為に部屋へと戻ってきました。
すると、シアさんがいつもの通り剣の手入れをしようと鞘から剣を抜くと、今にも泣き出しそうな顔をしたのです。
「どうしよう……」
シアさんが悲しそうに剣をジッと眺め、剣のある部分を爪の先でカリカリと擦っています。
「えっと、もしかして昼間の模擬戦でやっちゃったのですか?」
「多分そう。前に手入れした時は何ともなかった」
お昼寝から起きたのは日が暮れる前でした。
すると、珍しくみんな揃っているので、スノーさんがいきなり模擬戦をしたいと言い始めたのですよね。
「だから僕はやめた方が良いって言ったのですよ?」
「うん。忠告を聞いておくべきだった」
シアさんが子犬のように耳と尻尾をペタンとさせ、シュンとなっちゃいました。
ちょっと、言い過ぎましたかね?
ですが、僕は間違っていないと思います。
寝起きなので体がちゃんと動かないかもしれないので、危ないですよって模擬戦を始める前に忠告をしたのです。
ですが、シアさんは……。
『冒険者は寝込みを襲われる事もある。そのそれを想定しておく事も大事』
と、僕の忠告を無視してスノーさんの提案に乗って、スノーさんと軽い模擬戦を始めてしまったのです。
まぁ、気持ちはわからなくもないですけどね。
スノーさんと模擬戦をするシアさんはいつも楽しそうですし、みぞれさんが水の龍神様から加護を頂いたので、前よりも強くなっていますからね。
それを見たいという気持ちをシアさんが我慢できないのはわかっていました。
そうなると、ちゃんと止めなかった僕も悪いですね。
「それで、どうするのですか?」
「わからない。ユアンはどうすればいいかわかる?」
「えっと、僕もわからないです」
正直、剣の手入れなんてまともにしたことはなかったりします。
僕も刀を持っていますが、お母さんが昔使っていた刀らしく、とても不思議な刀で鞘へと納めるとそれだけで綺麗になっているのです。
なので、刀の手入れをする必要がないため、ここまで来てしまいました。
そもそも、魔力を通さないと物はまともに斬れないので、刃の部分はあまり関係ないようですしね。
「そもそも、こうなるのは初めてなのですか?」
「うん。こんな事は初めて。刃の切れ味が落ちる事はあっても、欠ける事はなかった」
「そうなのですね」
逆に考えれば、小さい頃からずっと使っている剣がここまで持った事が凄いと思えますけどね。
だって、この一年だけでもシアさんは沢山戦ってくれましたからね。
「となると、そろそろ替え時ですかね?」
「ダメ! これは、ユアンと契約した剣! 一生大事にする!」
珍しくシアさんが大きな声を出しました。
そうでしたね。
これは僕とシアさんを繋いでくれた剣でした。
欠けてしまったのは白い方なので、僕と契約した剣ではありませんが、シアさんが言うにはその剣は対になっていて、どちらの剣も同じくらい大事だと言います。
もしかしたら、黒い剣が僕で、白い剣がシアさんと剣に僕たちを投影しているのかもしれません。
そう考えると、僕の言葉はあまりにも軽はずみでした。
僕がその剣だったら、離れ離れになるのは絶対に嫌ですからね!
「なんか、大きな声が聞こえたけど、何かあった?」
「あ、すみません。驚かせてしまって」
「ううん、大丈夫ですよ」
「それで、何があったんだー?」
シアさんの声がみんなにも聞こえてしまったようで、僕たちの部屋にみんなが集まってきました。
「シアさん、いいですか?」
「うん…………」
もしかしたらみんなには知られたくないと思うかもしれないので、一応シアさんに話していいのかを確認すると、シアさんは力なく頷きました。
そして、シアさんはみんなに剣を差し出し、スノーさんがそれを受け取りました。
「あー……見事にやっちゃってるね」
「一目でわかるのですか?」
「そりゃね? これでも騎士だし、剣の不具合には目がいくよ」
それが剣を使う人にとっての普通なのですかね?
まぁ、自分の命を預けるので当然と言えば当然ですね。
僕が少し無頓着過ぎるのかもしれません。
「それじゃ、喧嘩をしていた訳ではないのですね?」
「はい。喧嘩はしてないから大丈夫ですよ。というか、シアさんと喧嘩なんかしませんよ」
「そうだったね。だけど、安心しましたよ」
どうやらキアラちゃんは僕とシアさんが喧嘩していると思ったみたいですね。
ですが、それに対しシアさんは首を横に振りました。
「良くない……私のユアンが欠けちゃった……」
「えっと、僕は欠けてませんからね?」
もしかして、ではなく本気で剣を僕とシアさんに投影していそうな気がするのは気のせいですよね?
どちらにしても、心配になってきました。
このままだとシアさんはずっと落ち込んだままのような気がします。
「スノーさん、治せそうですか?」
「私は無理だよ」
「それはわかってますよ」
スノーさんが鍛冶屋じゃないことくらいみんな知っていますからね。
僕が知りたいのはシアさんの剣が元通りに治せるのかと誰か治せる人が居るのかを知りたいのです。
「この欠け具合ならどうにかなるんじゃないかな?」
「本当ですか?」
「多分ね。だけど、特殊な材料が必要になったりしたら流石に元通りになるかはわからないよ?」
「えっと、それは鉄じゃないのですか?」
「鉄だと思うけど、目利きができる訳じゃないから確実に鉄とも言い切れないかな。シアのあれだけ激しい攻撃に耐えるくらいだし」
「そうだなー。ただの鉄ならとっくにダメになっているだろうしなー」
「ユアンさんの補助魔法で強化されてるとはいえ負荷はかかると思うの」
僕の補助魔法にも限界はありますからね。
これがミスリルなど魔力伝導率が高い武器であれば更に強化はできましたが、確かめた所、そこまで魔力伝導率は高いとも思えませんからね。
「それで、スノーさんやキアラちゃんに治せそうな人は居ないのですか?」
「私は居ないですね」
「居るには居るけど……その人が治せる保証はないかな。どちらかというと、兵士が使うような量産できる武器を作っているような人だったからさ」
それはちょっと不安ですね。
いえ、鍛冶を出来るだけ凄いと思いますが、シアさんの武器は量産されているような武器ではないので、もっと凄い人に見てもらった方がいいと思うのです。
「そうなると、やっぱりドワーフの人に見てもらうのがいいんじゃない?」
「確かにそうですね」
鍛冶で有名と言えばやっぱりドワーフの人が浮かびますね。
問題はドワーフの人と繋がりがないって事ですかね?
んー……ナナシキは色んな種族の人が集まっていますが、ドワーフの人だけは繋がりが全く…………ないわけではないですね。
「そういえば、忘れていましたがロイさんってドワーフですよね?」
「あぁ、そういえばそうだね」
「イメージと全然違うので私も忘れてました」
「小さいイメージがあるからなー」
僕もドワーフの人にはそんな印象を持っています。
なので、二メートルを超す高い身長のロイさんがドワーフという事をすっかりと忘れていました。
まぁ、サンドラちゃんに小さいと言われるのはドワーフの人は納得いかないかもしれないですけどね。
噂によれば、背は小さくても筋肉が凄いムキムキの種族らしいですし、きっと僕たちよりも背は同じくらいでも大きく見えると思いますから。
「となると、ロイさんに相談してみるのがいいですかね?」
「うんっ! それしかない! 行ってくる!」
「ちょっと、シア!」
しょんぼりしていたシアさんがいきなり立ちあがると、部屋から出ていきそうになり、それをスノーさんが体を張ってどうにか止めました。
「スノー離す」
「ダメだって。もう遅い時間だよ」
「知ってる。だけど、待ってられない」
「だから、迷惑かかるって!」
「でも……」
「あぁもう……ユアンからも言ってあげて」
「そうですね…………シアさん、人に物事を頼む時は礼儀が必要ですよ。親しき中にも礼儀ありです」
これは大事ですからね。
といっても、僕は意識していても失敗してしまう事があるので言える立場ではなかったりしますが、それでも大事なのは気持ちだと思うのです。
「わかった……スノーもごめん」
「別にいいよ。シアの気持ちはわかるから。私だって、エメリア様から頂いた剣が同じことになったらへこむと思うからね」
スノーさんもいつも使っている剣にそれだけ思い入れがあるって事ですね。
むむむ……それだとやっぱり、僕ももっとお母さんから受け継いだ刀を大事にしないといけない気がしてきました。
というよりも、大事にしなければいけないですね。
っと、それは置いといて、今はシアさんの剣が優先ですね。
「では、明日の朝にロイさんを訪ねてみますか?」
「うん。お願いする」
「ちなみにだけど、ロイさんはナナシキにいるよね?」
「ちょっと待ってくださいね…………うん、大丈夫みたいだよ」
良かったです。
キアラちゃんがラディくんに確認をしてくれたようで、ロイさんはナナシキに居る事がわかりました。
「なら、明日はロイさんの元へと行きましょう。シアさんは明日まで我慢できますか?」
「うん。我慢する」
剣を治せる見通しがついたお陰か、少しだけシアさんの元気が戻った気がします。
でも、それでも普段に比べればまだまだです。
僕にしかその違いはわからないと思いますけどね。
「それじゃ、後はユアンが慰めてあげてね」
「ふふっ、あまりはしゃぎすぎて朝起きれないとかはやめてくださいね?」
「二人で楽しんでなー」
そう言い残し、スノーさん達が部屋から出ていきました。
そういう事でいちいち茶化さないで欲しいですよね?
「ユアン……」
「はい、大丈夫ですよ。今日はいっぱい甘やかしてあげますからね」
「うん。お願いする……寝よ?」
シアさんに手を引かれベッドまで連れて行かれ、一緒にお布団へと潜り込みました。
「よしよし」
「もっとー……」
「はい。きっと直りますから安心してくださいね」
「うん……」
まるで子供のようにシアさん僕の胸に顔を埋めてきます。
僕はシアさんが眠りにつくまでずっと頭を撫でてあげました。
少しでも安心できるようにと。
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