第461話 弓月の刻、エルフの村へと案内される
「わー! 綺麗な場所ですね」
エルさんに案内され、村へとたどり着いた僕たちは、村の美しさに足を止める事になりました。
まず目に映ったのは、村の中心にある綺麗な泉でした。
お昼時という事もあってか、陽の光が反射して、キラキラと輝いているのです!
そして、その泉から幾つもの川が伸びていて、幾つもの水路の間に木造のお家が建てられているのが特徴ですね。
トレンティアとはまた違う美しさ。
森の自然と共に暮らすと言われるエルフ族を象徴するような村だと僕は思いました。
「ようこそ、エルフの村【リーン】へ」
立ち止まった僕達にエルさんが村の名前を教えてくれました。
名前からしても綺麗な響きですね。
「それで、僕達はどうすればいいのですか?」
「どうする? もちろん警備兵に届けるよ」
「ふぇ? ど、どうしてですか?」
「エルフ族の土地を無断で歩いていたから当然」
「で、でも案内してくれるって……」
それに、僕達には大きな借りがあると言っていたのに……すっかり騙されてしまいました。
エルさんの冗談に。
「ふふっ」
「もぉ、お姉ちゃん!」
「ごめん。つい、ユアンちゃんが可愛いから」
エルさんが僕の顔を見ながら口元をピクピクさせていたので途中で気付きました。
それがなかったら最後まで騙された自信があります。
何せ、エルさんも普段から表情をあまり変えない人ですからね。
話してみると気さくな人ですけどね。
「それで、本当はどうするのですか?」
「まずは長に挨拶。それをしない事には何もできない」
いきなりこの村の一番偉い人にご挨拶をするのですね。
まぁ、仕方ありませんね。
ここは人族や獣人の村ではありませんので、そういったしきたりがあるのならば、それに従わなければいけません。
「それにしても、静かですね」
「うん。まるで龍人族の街みたい」
「ユアンちゃん達は、龍人族の街に行った事があるんだ」
「はい。というか、エルさんも一緒に行きましたよね?」
「え? いつ?」
「覚えていませんか? ほら、シアさんを一緒に取り返しに行った時に……」
「ユアン、それ言っちゃダメなやつじゃない?」
「あ……そういえば、そうでした」
懐かしくてつい言っちゃいました。
そういえば、龍人族の街にエルさん達、火龍の翼の皆さんと一緒に行った事があったのですが、あの場所の事は一応は秘密にしておいたのでした。
ただ不思議な場所として説明してあったのです。
で、でも……龍人族の街の話題を出したのはシアさんですし、僕だけが悪い訳ではないですよね?
「私はその時の事を知らない。ユージン達がいたから、全部知ってると思った」
「という事は、僕のミスですね」
そうでした。
シアさんはあの時、イリアルさんに操られていたのでした。
それまでの経緯を説明していなかったので、知っている筈がありませんよね。
「えっと、エルさん……今のは内緒でお願いしますね」
「いいよ。その代わり、ユアンちゃんが獣化したら毛をくれるなら」
「ちょっと、対価が高すぎませんか?」
「そんな事ない。龍人族の街は冒険者ならば見つけたいと思う人も少ない。その情報は高く売れる」
そう言われると、そうかもしれませんね。
あの場所には珍しい
むむむ……だからと言って毛を毟られるのも嫌ですけどね。
「冗談だよ。別に言いふらしたりしないから安心して」
「よ、良かったです」
どうやら冗談だったみたいです。
まぁ、エルさんに限ってそんな事をしたりしないと思っていましたけどね。
火龍の翼の皆さんとは何かと縁が深く、みんな信用していますからね。
「ここだよ」
そんな会話をしながらエルさんと歩いていると、辿り着いた場所は泉から離れたポツンと佇んでいる一件の家でした。
「ボロイ」
「シアさん、そういう事は言っちゃダメですよ」
「ごめん。だけど、ボロボロ」
言い方を変えればいいってものではないです。
ですが、シアさんの言う通りですね、僕達が案内されたのは、今にも朽ちそうな程に傷んだ家でした。
「えっと、本当にここですか?」
「私が冗談を言っているように見える?」
「えっと……申し訳ないですが、見えます」
だって、このエルフ族の村に入ってから既に二回も冗談を言われていますからね。
それなのに、そんな質問をされたら、見えるとしか言いようがないです。
「残念。だけど、これは本当。長は中にいる」
またエルさんの冗談かと思いましたが、今回は本当みたいです。
ですが、どうしてこんな場所に?
「長、客人をお連れ致しました」
そんな疑問を持ちましたが、僕がエルさんに質問する暇もなく、エルさんは長の住む家の扉を叩きました。
ノックではなく、ダンダンッと扉が壊れるのではないかと思うくらいに強く叩いたのです。
「反応、ありませんね」
ですが、あれだけ強く叩いたのにも関わらず、中からは返事どころか物音一つもしませんでした。
もしかして、出かけてしまっているとかですかね?
「大丈夫。長なら中にいる」
そういって、エルさんは長の返事を待たずに扉を開けてしまいました。
「ほらね」
エルさんが呆れたように肩を竦めたので、失礼ながらも中を覗くと、そこには布団に横たわっている男性がいました。
「もしかして……病気ですか?」
「うん。ある意味病気と一緒」
どうやら、死んではいないみたいですね。
微かにですが、お腹が膨れたりへこんだりしているので、呼吸をしているのがわかります。
ですが、これだけの騒ぎに起きないというのはおかしいです。
それに、エルさんは病気と一緒と言いました。
とてもではありませんが、挨拶をするタイミングではないと思います。
「大丈夫なのですか?」
「心配しなくても平気」
それでもエルさんは問題ないと言います。
でも、病気は辛い事です。
治せるのなら治した方がいいですよね?
「治せるの?」
「はい。症状を見てみなければ何とも言えませんが、症状次第では治せる可能性はあります」
「なら、試してみる?」
「いいのですか?」
「うん。ユアンちゃんの事は信用してる。あれを治せるのなら是非とも治してほしい」
「わかりました。とりあえず診察してみますね!」
エルさんはこの村で偉いとキアラちゃんが言っていましたし、そのエルさんから診察をする許可を頂けましたし、まずは診察をしてみる事にしました。
「みなさんはここで待っていてください。もしかしたら、伝染病の可能性もありますので」
「わかった。気をつける」
「無茶しないでね」
「頑張ってなー」
「あ、あの……」
「どうしましたか?」
「あ、いえ……何でもないです」
キアラちゃんの反応に首を傾げつつも、僕はエルさんの付き添いの元、横たわる長に近づきました。
「エルさんは大丈夫なのですか?」
「平気。移る人には移るけど、私は移らないから」
「そうなのですね。ですが、異変があったら直ぐに言ってくださいね」
「わかった」
移る人には移るというので、一応は僕も気をつけた方がいいですね。
今までに病気とかはしたことないので、体は丈夫な方ですが、何があるかわかりません。
そして、僕は細心の注意をしながら長の容態を確かめたのですが……。
「寝てる、だけですね」
「うん。その通り」
毒に侵さていないか、体に異物が混入していないかを確かめたりする魔法があるので、僕はそれを試しましたが、特に体には異変を感じる事が出来ませんでした。
むしろ健康そのものです。
「えっと、もしかして僕の感知できない精霊魔法とか呪いの類だったりしますか?」
「違う。本当にただ寝てるだけ」
もしかしたら違う可能性があるかと思い、エルさんに尋ねてみましたが、本当に寝ているだけみたいです。
「でも、移るのですよね?」
「うん。怠け癖は移る。村の様子を見ればわかるでしょ?」
「そういえば、驚くほどに静かでしたね」
雰囲気が龍人族の街みたいと思ったくらいですからね。
それほどに人の気配がほとんどなかったのです。
という事は……?
「もしかして、村の人の姿は見えないのも……」
「うん。若い人を除き、みんな寝ているから」
「冗談、じゃないのですよね?」
「うん。本当の事」
嘘か本当かわかりません。
ですが、長と村の様子を見る限り、エルさんが嘘を言っているようには見えません。
「それじゃ、僕達はどうすればいいのですか?」
「ちょっと、待ってて」
そう言って、エルさんは右手を長の顔の前にかざしました。
そして……。
「起きて」
右手から水が零れ、零れた水がまるでスライムのように長の顔へと纏わりつきました。
「ごぼごぼごぼっ……」
だ、大丈夫なのでしょうか?
長の口から空気が漏れ、泡が水の中から浮き上がってきています。
しかし、それも長くは続きませんでした。
「ごぼっ? ごばばばばばっ!?」
長の目がカッと見開き、水の中で何かを喋り始めました!
「起きた」
「起きた、じゃないですよ! は、はやく水を……」
「大丈夫」
焦る僕に対し、エルさんは冷静に長の事を見ています。
むしろ、ちょっと笑っているようにも見えます!
ですが、エルさんが大丈夫と言った理由が直ぐにわかりました。
突如、長の顔に纏わりついていた水が拡散したのです!
「こ、殺す気か!」
「おはよう。おじいちゃん」
「おじいちゃん?」
僕の聞き違いでしょうか?
そう思いましたが、どうやら聞き間違いではないようで、エルさんは何事もなかったように、話を続けました。
「おじいちゃん、お客さん」
「お客様だと? ……おっと、これは失礼致しました。ようこそエルフの村、リーンに!」
そして、長の方も何事もなかったように、僕へと頭を下げました!
そして、見た目は初老くらいのお爺さんという見た目にも関わらず、何故か歳を感じさせないほどの笑顔だったのです。
いま一つ状況を呑み込めないままも、僕は挨拶をしなければいけないと思い、笑顔の長へと頭を下げました。
「あ、えっと、ご丁寧にありがとうございます。僕はユアンと申します」
「ユアン様ですな! 私は、リーンの長をさせて頂いているブリットと申します。親しみを込めてリットとお呼びください」
「リット様ですね……」
随分と腰の低いお方ですね。
キアラちゃんからエルフ族は仲間意識と誇り高い種族と聞いていたので、凄い威厳のある怖い人かと思っていましたが、今のやり取りでそのイメージが一瞬にして崩れました。
「それで、ユアン様は……」
「おじいちゃん。その前に、顔拭いて」
「おっと、そうでしたね。お客様の前でみっともない真似を…………ところで、この水は誰がやったんだ?」
エルさんがタオルをリット様に渡し、そのタオルで顔を拭いていると、ふと思い出したようにリットさんはエルさんに顔が濡れている原因について尋ねました。
「ユアンがやった」
「ふぇ!? ぼ、僕ですか!?」
そして、何とエルさんは僕の仕業だと言い切ったのです!
「なんと……これは、ユアン様がおやりになられた、のですね?」
「ち、違いますよ! 僕はただ……」
見ていただけ、と伝えようと思いましたが、エルさんを止めなかったので、ある意味僕も同罪かと一瞬考えて言葉に詰まりました。
「ただ、なんですかな?」
さっきまでの気さくな雰囲気が一転。
リット様のこめかみには青筋が浮かんでいるように見えます。
いえ、実際にはそんなものは浮かんでいないのですが、にっこりと微笑む顔の奥に、虎が重なって見える気がします!
「えっと……エルさんがやって、僕は見ていました」
困ったあげく、僕は真実をリット様へと伝えます。
しかし、それでは怒りは収まらなかったみたいです。
「うるさい! えぇい、問答無用じゃ!」
リット様の両手に魔力が集まりました。
しかも、割と本気で魔力を練り上げているのがわかります!
「あっ、ちょっとそんなのをここで使ったら!」
「黙れ! 消し飛ぶが良いっ!」
話を聞いて貰える雰囲気は最早なくなりました。
このままでは、ここら一帯がどうなるかわかりません!
もちろん、リット様もです!
こうなったら仕方ない。
私も対抗するしかないか。
「ごめん、安全の為に、抜き取らせてもらうわね」
リットと私を包むようにして、闇魔法を混ぜたドーム型の防御魔法を展開し、リットの両手へと集まった魔力を
そして、ついでに危険な魔法を使えないように魔力を少しだけ抜き取っておいた。
「これは……」
「どう、落ち着きましたか?」
「儂に攻撃したな!」
「ち、違いますよ! 今のは……」
「問答無用!」
一難去ってまた一難。
リット様は収納魔法が使えるようで、いきなり鞘に収まっていない状態の剣を取り出しました!
そして、ここからは大混乱でした。
エルさんはクスクス笑っていますし、シアさんは怒って乱入してきますし、キアラちゃんがあわあわしていますし、スノーさんは状況を呑み込めないのか、サンドラちゃんを抱き寄せながら何か言っていますし、サンドラちゃんは抗議するようになーなー言っていますし……。
とにかく大変でした。
結局の所、僕を守る為にシアさんが乱入して暴れはじめたリット様を踏みつけて事なきを得ましたが……。
本当に事なきを得たのかはわかりませんが、とりあえずは混乱は一時的に治まりました。
どうしてこんな事になったのでしょうか?
僕はシアさんに背中を踏みつけられるリット様を見ながら、ただため息をつくのでした。
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