第460話 弓月の刻、囲まれる
「魔物が増えてきた」
「そうですね。それに、少しだけですけど魔素も濃くなってきましたね」
虎族の領土へと入り、僕達は更に森の奥へと足を進める事となりました。
結局の所、ナナシキとビャクレンを繋ぐ街道の方も魔物はほとんど存在せず、魔物の痕跡も発見出来なかったからです。
「あんまり奥に進んで……大丈夫かな?」
「トーマ様の許可も下りましたし、問題ないと思いますよ」
「そうですけど……」
キアラちゃんが不安そうにしています。
今の所、危険と思われる魔物の姿を確認する事は出来ていないのに、ここまで不安そうにしているのは少し気になりますね。
「それで、今ってどの辺りなの?」
「恐らくですけど、ここから東に向かえばビャクレンがあるくらいですかね?」
正確な位置はわかりませんが、野営をした日数から考えればその辺りまで来ていてもおかしくありません。
「という事は、ここはビャクレンの西側にある森なのかな?」
「その辺りだと思いますよ」
アルティカ共和国の地図を見た事がありますが、虎族の領土の西側には広大な森が広がっています。
確認した訳ではありませんが、僕達が居るのはその辺りでしょう。
「ねぇ、やっぱりそろそろ戻りませんか?」
「どうしてですか?」
「えっと、あんまりナナシキから離れ過ぎた場所を調査しても成果は得られないと思うの」
「そうですね……」
んー……キアラちゃんはどうやらこれ以上先には進みたくないみたいですね。
確かに、僕達の調査はナナシキ付近に魔物が少ない理由を調べる事なので、あまり離れた場所を調査しても意味はないかもしれませんね。
「でも、ユアンが言うには、魔素が濃くなっているのでしょ? それが原因って事もあるんじゃない?」
「十分に考えられますね」
スノーさんの言う通り、魔物は魔素の濃い場所を好みます。
ナナシキ辺りは魔素が薄いので、魔物たちはナナシキよりも魔素の濃い虎族の領土に移動している可能性も十分に考えられるのですよね。
となると、どうして同じ森でも虎族側の森の方が魔素が濃いのかが気になるところでもあります。
という訳で、僕達はもう少しだけ奥へと進んでみる事にしました。
「ふっ! ……オークまで出てきたね」
「群れじゃなくて良かったですね」
暫く歩みを進めると、明らかに魔物の質が変わってきました。
「ユアン、魔素は?」
「はい、かなり濃くなってきましたよ」
空気が変わると言えばいいでしょうか?
森の奥へ向かえば向かう程、魔素が濃くなっているのがわかります。
「でも、今の所は魔力酔いの影響はなさそうだよ?」
「そうなのですか? トレンティアよりもよっぽど濃いですよ?」
まぁ、トレンティアの魔素が濃いのは湖が原因なので、比較するのは難しいですけどね。
それでも、魔の森の入り口くらいの濃さはあると思います。
「なら、なんで魔力酔いにならないんだろう」
「ユアン、魔素を取り除いてる?」
「いえ、僕はまだ何もしていませんよ」
「んー……私の魔力の器が大きくなったのかな?」
その可能性もありますが、違うような気もします。
この辺りの魔素はとても穏やかといえばいいでしょうか?
これは感覚になってしまうのですが、魔の森の魔素はねっとりとしているのに比べ、ここの魔素は気持ちいい風が吹くような感覚なのですよね。
「止まってください」
そんな時でした。
探知魔法を展開しながら歩いていると、僕の探知魔法に反応がありました。
「魔物?」
「違います。これは……」
人の反応です。
五人ほどの青色の反応が前方から近づいてきて、僕達を囲むように分散しました。
明らかに向こうも僕達の事に気付いた行動です。
「囲まれた」
「みたいだなー」
探知魔法が使えないシアさんとサンドラちゃんも気付いたみたいですね。
「盗賊かな?」
剣を何時でも抜けるようにしながらスノーさんが辺りを見渡します。
「違うと思いますよ」
「うん。盗賊はあんな行動をしたりしない」
僕達の事を囲っている人達は統率がとれているように思えます。
それだけで盗賊ではないとは言い切れないのですが、どうも違うように思えるのですよね。
「まぁ、今の所はこちらを攻撃してくる様子はありませんし……このまま進みますか?」
監視するように囲まれているだけなので問題なさそうですからね。
「ううん。それはマズいと思うの」
囲っている人達を無視して、進もうと思った時でした。
ずっと静かにしていたキアラちゃんが首を振りました。
「どうしてですか?」
「それは……この先に私達の村が、あるからです」
「ふぇ?」
「黙っていてごめんなさい……」
キアラちゃんが申し訳なさそうに頭を下げました。
「キアラの様子がおかしかったのはそれが原因だったからか」
「それで他の場所にいくように提案をしていたのですね」
「うん。エルフ族の住処は教えちゃいけない事になってるから」
伝えたくても伝えられない状態がずっと続いていたのですね。
キアラちゃんには申し訳ない事をしました。
「という事は、僕達を囲っている人達はもしかして……」
「うん。森の警備隊の人達だと思うの」
むむむ……それってかなりマズくないですか?
僕達を囲っている人達から見れば、僕達は侵入者として映っている筈です。
「えっと、それじゃ引き返しますか?」
「うん、その方がいいと思うの」
そうですよね。
それしかありませんよね。
僕達は森の調査が目的であって、エルフ族の村にはまだ用はありません。
いずれ向かう予定はしていましたが、それはキアラちゃんが事情を説明し、許可が降りてから向かう予定になっていましたので、今ではありません。
なので、僕達は来た道を引き返すことにしたのですが……世の中そんなに甘くはないみたいです。
「止まってください」
来た道を戻りはじめた時でした。
僕達の背後に回っていた人が姿を現したのです。
「えっと、こんにちは」
「はい、こんにちは」
意外な事に、挨拶をすると挨拶を返してくれました。
しかし、僕達をみる視線は厳しく良く思っていないのがよくわかります。
「えっと、エルフの方、ですか?」
「見ての通りです」
金色と緑が混ざったような光沢のある短髪に特徴的である尖った耳は紛れもなくエルフの男性ですね。
「えっと、何か御用ですか?」
「それはこちらの台詞です」
「そ、そうですよね」
向こうからすれば僕達が侵入者ですからね。
「それで? 何の目的があって、こちらに?」
「えっと、道に迷いました?」
「エルフ族の者がいるのにですか?」
流石に僕のいい訳は無理があったみたいです。
そうですよね。この辺に詳しいキアラちゃんがいるのに道に迷うはずがありませんよね。
んー……困りましたね。
この様子ですと、何を言っても嘘と思われてしまいそうです。
本当の目的は森の調査をしている事なのですが、それを伝えた所で信じて貰えないような空気が漂っています。
「理由を答えられないみたいですね」
「そんな事ない。森の調査をしているだけ」
「森の? 何の為に?」
「冒険者ギルドから頼まれたのですよ。確認をとって頂ければわかりますが?」
有難い事に、僕が困っているとシアさんとスノーさんが助けてくれました。
「申し訳ありませんが、確認のとりようがありません」
しかし、エルフ族の村には冒険者ギルドがないみたいで、それも状況を打開するには至りませんでした。
困りましたね。
謝って済めばいいですけど、事情を話すまでは許してくれそうにない雰囲気です。
かといって、その事情を説明するのにも時間が掛かりますし、信じてくれない気がします。
いっその事、転移魔法で逃げてしまいたい気持ちにもなりますが、そんな事をしたらキアラちゃんの立場も悪くなってしまいます。
「ユアンちゃん達、何してるの?」
そんな時でした。
僕達とお話しているエルフ族の人たちの後ろから救世主が現れました!
「あ、お姉ちゃん!」
現れた人物。
それはキアラちゃんの姉であり、Aランク冒険者のエルさんでした。
「何してるの?」
「えっと、これは……」
「わかった。森の調査をしていたけど、エルフ族の村の事をユアンちゃん達に伝えられず、ここまで来た」
「うん……そうなの」
流石は姉妹ですね。
キアラちゃんの様子を見て、一目で見抜いたみたいですね。
「エルリカさん、お知り合いですか?」
「知り合いよ。私達の恩人」
「そうでしたか。危険は?」
「ない。だから、後は私に任せて」
「わかりました」
エルフ族の男性が合図をすると、僕達を囲っていた人の反応が離れていきました。
どうやらエルさんのお陰でどうにかなったみたいです。
「助かりました」
「平気。ユアンちゃん達には大きな借りがあるから」
「それでもです。ありがとうございます」
エルさんが来なかったらどうなっていたのかわかりませんからね。
争いにはならなかったとは思いますけど、面倒な事になったのは間違いないと思います。
「それじゃ、行こうか」
「何処にですか?」
「私達の村。折角だし案内してあげる」
そう言って、エルさんは歩きだしてしまいました。
「えっと、キアラちゃん?」
「うん。お姉ちゃんが大丈夫と言うなら大丈夫だと思うの」
「そうなのですか?」
「うん。これでもお姉ちゃんは偉いから」
意外でした。
いえ、意外というのは失礼かもしれませんが、妹のキアラちゃんは止められたのに対し、姉であるエルさんは止められるどころか、警備隊の人を返してしまうくらいだったので、その差に驚いたのです。
ともあれ、予定にはありませんでしたが、僕達はエルフの村へと行く事になってしまいました。
受け入れてもらえるかはわかりませんが、エルさんが大丈夫というので信じるしかありませんね。
そこから一時間程歩き、僕達はエルフの村へとたどり着きました。
そこに広がっていたのは意外な光景だったのです。
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