第451話 面倒な来訪者
「終わってみると、あっという間でしたね」
「うん。けど、みんな無事で良かった」
「本当にそうですね」
こうして食卓を囲んでいると、ようやく一段落したのだと実感できます。
鼬国との戦争は終わり、僕達はようやくナナシキへと戻ってきました。
「ですが、これで終わりではないのですよね」
「うん。むしろこれから」
一つの困難を乗り越えると、また一つ困難が訪れるのは何なのでしょうね。
僕達は新たな問題に直面しています。
それも、僕達の目の前で問題が起こってしまっているのです。
「そんなに難しい顔をしてどうしたのですか?」
「どうしたって、むしろこっちが聞きたいですよ」
僕達が直面した問題。
それは目の前に女神のレンさんが座っている事です。
いつのもとおり、ジーアさんに起こして頂き、朝食をとっていると、何処からともなくレンさんが現れたのです。
そして、何故か朝食を一緒にとり始めたのです。
「聞きたい事があるのですか? いいでしょう、友人として話を聞きましょう。ですが、その前に紅茶を頂けますか?」
そして、凄く図々しいです!
朝食を食べ終えると、リコさんに紅茶まで要求しました!
しかし、リコさんも凄いです。
目の前に凄い人がいるにも関わらず、臆した様子もなく、普通に接しています。
一方ジーアさんは逃げるように居なくなってしまいましたけどね。
本来なら、それが普通の反応だと思うのですが、リコさんは何事もなかったようにいつものように過ごしています。
「ふぅ。貴女の淹れる紅茶は美味しいですね」
「そうかい? いやぁ、女神に褒められるとは人生何があるかわからないねぇ」
しかも、リコさんは相手が女神と知っていての対応ですからね。
まるで友人かのように接しています。
「ご馳走様。それで、私に聞きたい事があるのですよね?」
「当然ですよ」
「では、伺いましょう」
「えっと……普通に何してるのですか?」
「何って、朝食を頂きに参りました。悲しい事に、私の住む居城には料理人が不在の為、食事をとる事が出来ないのです」
「あの、そういう問題ではなくてですね?」
むー……。
僕の質問の意図がわかっていないみたいです!
僕が聞きたいのは朝食をとれない理由ではなくて、どうしてわざわざ僕達の家にやってきて朝食を食べているかです。
僕はその事について尋ねると、レンさんから思いもよらない答えが返ってきました。
「だって、ご飯を一人で食べるのは淋しいし、自分で作るのは面倒くさいだもん」
だもん。
じゃないですよね?
確かに、一人で食べる食事は淋しいとは思います。
だからって、人の家に……しかも、いずれかは戦うかもしれない相手の家に乗り込んでくるのは非常識だと思います!
「でも、貴女は私の友達でしょ?」
「まぁ、一応はそうですけど」
「ならば問題ありません。いずれ敵になるかもしれませんが、今は友人です。友人とは助け合うもの。違いますか?」
「違くはないと思いますけど……」
思いますけど、腑に落ちません!
「どうやら納得のいっていないようですね」
「当然ですよ。だって、助け合いという割には僕達には何も得がありませんからね」
「私と共に時間を過ごすことが出来ますよ。それとも、貴女に加護でも授けましょうか?」
「それは遠慮します!」
「どちらを遠慮するのですか? 共に過ごす時間を遠慮するというのなら、私にも考えがあります」
あれ、もしかして怒らせちゃいましたか?
それはそれでマズいです!
仮にも女神であり邪神であるレンさんは、何だかんだいって凄い力を秘めています。
そんな人がここで暴れたらとんでもない被害が出てしまう可能性があります。
「えっと、考えとは何ですか?」
「泣きますよ?」
「え、泣く……ですか?」
「はい。友に否定された私はとても悲しいですから」
案外大丈夫そうな考えで安心しました。
「それくらいなら、いいですよ」
「本当ですか? この地が永遠に太陽を拝む事が出来なくなるとしても、本当によろしいのですね?」
「あ、やっぱりダメです!」
さらっと恐ろしい事を言われてしまいました。
こうなったらレンさんを迎え入れるしかないみたいですね。
「ならば、どうしますか?」
「好きにして下さい。ご飯が食べたければ好きに食べて、部屋も空いていますから好きに使ってください」
「貴女の女神への心遣い、確かに受け取りました」
別にそういうつもりはありませんけどね。
それにしても、厄介な存在と知り合ってしまいました。
まさか、女神がこんなにも面倒な存在だとは思いもしませんでした。
しかも、この状況というのはかなり危険です。
敵に僕達の家を知られ、好きな時に来られるようになってしまったのです。
どうにか対策しなければいけなさそうです。
ですが、対策をしたらしたで、この女神の事ですから、何をしでかすかわかりません。
「安心してください。貴女の思っているような事は致しませんから」
「本当ですか? いきなり僕達の家や街に魔物を送り込んだり、魔力至上主義の人を手引きしたりしませんか?」
「しませんよ。そんなつまらない事は。それに、魔力至上主義でしたっけ? あの者たちなら暫くの間は大人しくしていますよ」
「え、本当ですか?」
「本当です。女神は嘘をつきません。たぶん」
一言余計です!
ですが、それが本当ならば有難い事ですね。
だけど、どうして魔力至上主義が大人しくしているのか、その理由が気になります。
なので、僕はその事について尋ねました。
「私が異世界へと送ったからです」
「異世界ですか?」
「はい。言い換えれば私の造り上げた過酷な空間です」
流石は女神と言った所ですね。
そんな事が出来るとは思いもしませんでした。
「もちろんいつでも好きな時にできる訳ではありません。幾つかの条件が必要となります」
「条件ですか?」
「はい。女神とはいえ、謂わばこの体は借り物。全ての力を引き出すことはできません」
それはいい情報ですね。
逆を考えれば、本来の姿であった場合は止めようがないと言えますけどね。
それでも、本来の姿……というよりも力ですかね。
それを取り戻すには時間が掛かると前に言っていましたし、絶望的な状況には暫くはならなさそうです。
「それじゃ、その条件って何なのですか?」
レンさんは余程暇なのか、それとも淋しいのか僕が質問をすると全てに答えてくれます。
この機会を利用しない手はありません。
やっている事は卑怯かもしれませんが、それでも強大な存在を相手にするのなら、情報は多いに越したことはない筈です。
「一つは私の居城であること」
案の定、レンさんは僕の質問に答えてくれました。
レンさんの居城という事は、鼬国の都があった場所ですね。
「他には?」
「貴女で言うところの魔力を多大に使用する事です」
「次に使えるのはどれくらい先になりますか?」
「少なくとも一年はかかるでしょう。魔力至上主義の関係者の大半を送りましたから」
えっと、僕達の知らない所でとんでもない事をやっていますね。
ですが、有難いですね。
話を聞いていると、その異空間へと入ってしまうと、一年ほどは出てくる事が出来ないみたいです。
となると、その間は一時とはいえ、魔力至上主義による工作は行われないという事になります。
「ですが、どうしてそんな事をしているのですか?」
これは僕達にしか得がない話に思えます。
レンさんは中立の立場を表明していますが、どちらかというと向こうよりの中立ですし、何よりも魔力至上主義によって復活出来ました。
そこに恩を感じていてもおかしくないと思ったのです。
「それは、約束でしたから」
「約束ですか?」
「はい。貴女達に暫くの時、準備の期間を与えると約束しましたね?」
「そういえば、そんな約束をしましたね」
けど、三年って短いですよね。
本当にあっという間に過ぎてしまいます。
だって、僕がずっと暮らしていた孤児院を旅立ってからもう一年半を経過しようとしていますからね。
「ですが、それが限度です」
「どうしてもですか?」
「えぇ、約束をしてしまいましたから」
「約束ですか?」
むむむ?
それ以外に約束をした覚えはありませんよ?
「どんな約束をしたのですか?」
「はい。一年が経ち、異空間から戻ってきた者には私の加護を与えると約束をしました」
「え?」
もしかして、約束って僕達とではなく、話からすると魔力至上主義の人達との約束ですか?
「えっと、それは本当ですか?」
「本当です」
これは困った事になりましたね……。
このままですと、一年後には魔力至上主義の人達が再び活動を開始する事になってしまいます。
しかも、レンさんの加護を受けて恐らくは更に厄介な存在となって戻ってくるのです。
「加護を与えると、どれくらい強くなるのですか?」
「大した変化はありません。貴女達の人の強さを測る判断基準にランクというものがございますね? せいぜいランクが一つ上がる程度と考えて頂ければ良いでしょう」
また曖昧な表現ですね……。
EランクからDランクに上がった所で、大した差はありませんが、BランクとAランクでは大きな差があります。
ですが、確実に強くなって帰って来るというのは間違いなさそうですね。
ですが、それくらいならばどうにかなりそうにも思えます。
「しかし、少しだけ失敗をしてしまいました」
「何がですか?」
「もし、異空間から戻ってきたときの事を考慮していなかったのです」
「といいますと?」
「はい。先ほども言いましたが、私の創りあげた異空間はとても過酷な場所です。生きて戻れる可能性も低いでしょう」
つまりは戻ってこれない可能性が高いのに送ってしまったという事ですね。
それを後悔していると。
「しかし、もしそこから戻って来れた場合……貴女達でいうランクが二段階ほど強くなって戻ってくる事になるのです」
「え? 冗談ですよね?」
「本当です。それほどあの環境は過酷ですから」
とんでもない事を聞いてしまいました。
となると、もし魔力至上主義の人が戻って来たら、冒険者ランクでは表せない程の状態で戻ってくる可能性があるという事になります。
それこそ伝説の冒険者と称されるSランク並みの人が敵になる事になりえるのです。
「えっと、それですと……僕達と約束した三年の猶予はありませんよね?」
「そんな事はありません。それは私が力を取り戻し、世界を滅ぼす為の猶予ですから」
「という事は、魔力至上主義の人達が戻ってくるのは別という事ですか?」
「そうなりますね」
全然約束が守られていません!
いえ、一応は約束は守ってくれていますよ?
ですが、それと同じくらい厄介な事をしでかしてくれました。
これでは猶予が猶予ではなくなってしまいました。
「安心してください」
「何をですか?」
「これは貴女達への試練。これを乗り越えれば、きっと正しい世界の形へとたどり着けますから」
「いい話にしようとしていますけど、絶対に誤魔化していますよね?」
「……そんなことありませんよ?」
露骨に顔を逸らしましたね。
これは絶対に誤魔化しているに違いありません。
「レンさん?」
「はい?」
「本当は?」
「…………ごめん。そこまで考えてなかった」
やっぱりです。
誤魔化しきれないと悟ったのか、レンさんは素直に謝りました。
「だけど……貴女達ならきっと大丈夫だと思うよ」
「その根拠は何なのですか?」
「なんとなく、そう思うかな?」
全く宛になりませんね。
ですが、こうなってしまった以上は仕方ありません。
それに、この情報得られただけでも大きな収穫でもあります。
「まぁ、どうにか頑張ってみます」
「はい。その心意気です。では、その心意気を称え、私の祝福を……」
「いりませんよ?」
それだけは断らせて頂きます。
加護を頂ければ強くなれるとしても、僕はそれだけはいりません。
どうしても、不吉に感じてしまうのです。
みんなから僕はトラブルを引き寄せると言われているのに、更にトラブルを引き寄せるような気がするのです。
サンケから移住してきた魔族の人達に称えられたりしそうですしね。
ただでさえ、僕の事を聖女様と呼ぶ人もいるくらいですし。
これ以上の面倒ごとは勘弁です!
「仕方ありません。気が向いたらいつでも願いなさい」
「はい。どうしようもなくなったらお願いしますね」
「わかりました。では、また夕食をご馳走になりにきますので、また」
「え、夕食もですか?」
「はい? 何か問題でも?」
問題だらけです。
むしろ問題しかないような気がします。
ですが、好きにして下さいと言った手前、断る事も出来ません。
結局、レンさんは夕食時にまた来ると言って帰っていきました。
何でもこの後はお昼寝をするみたいです。
「シアさん、女神って何なのでしょうね」
「わからない。わからないけど、面倒な存在」
「そうかい? 私は面白いと思ったけどねぇ」
僕もそう思えたら凄く気が楽になると思いますけどね。
「ま、考えても仕方ありません。僕達もやる事をやりましょうか」
「うん」
今日は予定がありますからね。
余分な時間を過ごしてしまいましたが、本来ならばこんな時間を過ごしている場合ではありませんでした。
「では、行きましょうか」
「うん。今頃みんな待ってる」
「はい」
まぁ、遅れた理由が理由ですから仕方ないですよね。
僕達は急いで領主の館へと向かいました。
集合時間に三十分ほど遅刻してしまったので、既に領主の館にはみんなが揃っていました。
僕達は遅れた理由を話しつつ、先に始めていた話し合いに参加しました。
鼬国の戦争の事後処理の話合いと報告をする為に。
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