第12章 龍神編~水~

第448話 閑話 補助魔法は苦手だけど、攻撃魔法は任せなさい

 「今日はこの辺で休もうかな」

 

 薬草や流水草を探していると、気が付けば日が傾き、オレンジ色の光が森に差し込んでいた。

 夜はもう近いみたい。

 

 「私の旅も順調ね」


 火龍の翼と出会い、そこで少しだけお金と倒した炎龍レッド・ドラゴンの素材を頂き、その後はザックという商人と出会い、危機を救い、そのまま護衛をしたお礼から報酬を頂いた。

 目標まではまだまだ遠いとはいえ、旅を始めてから二か月と考えれば十分な成果といえると思う。

 まぁ、冒険者としての知識は薄いせいで、これが妥当な報酬かどうかはわからないけどね。

 それでも、旅だった頃から考えれば、随分と懐は膨らんだとは思う。


 「だからといって、宿屋は勿体ないし。暫くはこんな生活が続くでしょうね」


 幸いにも私は魔法使い。野営にはなれたものね。

 生活魔法や回復魔法など、いわゆる補助魔法は苦手とはいえ、最低限の魔法は使える。

 水を生み出したり、火を起こしたりくらいならばお手の物。

 ま、これは生活魔法ではなくて攻撃魔法だけどね。


 「それに何よりも重要な保存食も大量に用意してあるし、当分は困らないかな」


 収納魔法にしまってある、大量の保存食を取り出し、私はそれを見つめた。

 

 「だけど、あまりお腹は空いていないし、何よりも大量にあるとはいえ無駄に消費するのは勿体ないかな」


 だから、今日は食事はとらずに眠る事にした。

 いつもよりも早く起きて、早めの朝食をとればいいでしょう。


 「おやすみ」


 誰に言う訳でもなく、私は呟いた。

 当然ながら返事はない。

 収納魔法から毛布を取り出し、いつ魔物が襲って来てもいいように、木にもたれかかり、毛布を羽織る。

 暖かい。

 季節も関係しているのか、森の中はとても過ごすのにちょうど良かった。

 眠りに落ちるのはすぐだった。

 一日中森の中を歩き回り、知らないうちに疲労が溜まっていたのだろう。

 私は浅い眠りの海に落ちていった。




 「ん……」


 目を覚ますと、不思議な光景だった。

 まだ日が昇る前の薄暗い中、私の目に映ったのは真っ黒い枕。

 どうしてこんなものがあるのかわからないけど、私は折角あるのだし使わせて貰おうとその枕に迷わずに頭を乗せた。

 柔らかくて気持ちいい。

 

 「起きた?」

 

 枕が喋った?

 いや、そんな筈がないか。

 きっと私の気のせい。

 

 「まだ。もうちょっと」

 

 気のせいだと思いつつ、私はそう返した。

 深い意味はない。

 ただ、起きたと聞かれた気がするからそう返しただけに過ぎない。


 「そう……おやすみ」

 「うん。おやすみ」


 もしかして、気のせいではなかったのかもしれない。

 しかし、私は柔らかい枕の誘惑に勝てることが出来ず、そのまま再び眠りについた。

 暖かい森。

 柔らかい枕。

 なんて幸せな時間なのだろう。

 




 「ん……眩しい」


 瞼をこじ開けようと、強い光が突き刺さる。

 まるで私に起きろ起きろと催促をするように光が私を襲う。

 どうやら朝みたい。


 「おはよう」

 「うん? おはよう?」


 聞きなれない声が私の耳へと届き、その声に反応するように目を開けると、目の前には女性の顔があった。


 「大丈夫?」

 「うん。平気」


 どうやら、私はこの子の足を枕に眠っていたみたい。

 その証拠に、私の頭のしたにはこの子の足がある。


 「状況、わかってる?」

 「わかってるよ。少しずつだけど思い出してきた。


 そういえば、昨夜にこんな事があったっけ。

 どこから嗅ぎつけてきたのかはわからないけど、私が木にもたれ掛って眠っていると、がさこそと草を掻き分ける音が聞こえた。

 その音に一度目を覚まし、音の方を確認するとそこにはゴブリンが数体茂みから姿を現したんだっけ。

 そして、私をみつけ襲い掛かろうとしたから返り討ちにしたんだよね。

 

 「それでゴブリンの死体が転がっている訳か」

 

 動くのが面倒だから倒すだけ倒し、そのまま再び眠りについた事を思い出す。

 もちろん、血の匂いに引き寄せられ、他の魔物が現れないように血を流さずに倒す方法で仕留めた。

 我ながらいい判断だったと思う。


 「怪我はしてない?」

 「平気。心配してくれてありがと」

 

 んー……。

 良く寝たわね。

 

 「それで、貴女はリンシアだっけ?」

 「そう」

 

 良かった。間違っていなかったみたい。

 ギルドで一度顔を合わせたけど、あくまで合わせただけなので、少しだけ心配した。


 「それで、犬のお嬢ちゃんはここで何をしていたの?」

 「む……犬じゃない。狼。それに、貴女よりも多分年上。お嬢ちゃんは不服」

 

 犬じゃなくて狼なのね。


 「気を悪くした? ごめんね」

 「別にいい。それより、貴女は?」


 何をしていたのかは答えないか。

 まぁ、それも当然か。

 まだ私達は出会ったばかり。

 互いの事も知らないのに、自分がやろうとしている事を教える訳がない。

 何せ、私もリンシアも冒険者。

 冒険者とは時に協力し、時には競い合う職業だから。

 自分の依頼を奪われるのは避けるし、極秘の依頼を受けている事もある。

 それを聞くのは禁忌タブーだったね。


 「私はユアン。Eランク冒険者よ」

 「Eランク? 本当に?」

 「本当だよ」


 まさか疑われるとは思わなかった。

 なので、私は自分のギルドカードをリンシアに見せた。


 「ね?」

 「うん。確かに本物。びっくり」

 「驚くほどでもないと思うけどね」

 「そんな事ない。ユアンはこんな場所で一人で寝てるし、私の足を枕に使う程図太い。だから、もっと高ランクかと思った」


 驚いたのは逆に低ランクだったからなのね。

 それにしても、図太いとかほぼ初対面の相手によくいえたものね。


 「事実だから仕方ない。それよりも、ユアンは獣人?」

 「獣人か……私の事を獣人といっていいかはわからないけど」


 やっぱり気付いていたか。

 ギルドで出会った時、リンシアは私の頭と腰のあたりに視線を移した。

 ならば、隠しても仕方ない。

 私はフードを外し、正体を隠すのを辞めた。


 「狐の獣人」

 「違うよ。私は人族と獣人の間に生まれたとされる忌み子」


 獣人とは獣人と獣人の間に生まれた子を差す。

 逆もしかり。

 人族と人族の間に生まれた子が人族となる。

 なので、その間に生まれた子はどちらでもない。

 どちらにもなれない忌み子なの。


 「気にする事はない。それは人族がそう言っているだけ」

 「気にしてないよ。別に私は私だから」

 「それでいい。ユアンが獣人と思うなら獣人。それを誇りたければ誇ればいい」

 「ありがと」


 そう言ってくれるのは嬉しいね。

 私は人族にない耳と尻尾を持っている。

 ぱっと見は獣人にみえるからね。

 だけど、獣人にはあり得ない特徴も兼ね備えている。

 それは、この髪の色。

 銀色にも見えるこの真っ白の髪は、人族と獣人の間に生まれた子供の特徴といわれている。

 だからこの髪の色がある限り、私は獣人にはなれない。

 だけど、リンシアは私の事を受け入れてくれた。

 それが私の目指す獣人の国、アルティカ共和国なのかもしれない。


 「くぅ~~~」


 そんな時だった。

 リンシアのお腹から可愛らしい音が響き渡った。


 「お腹すいたの?」

 「うん。空いた。昨日の夜から何も食べてない」

 「もしかして、私が原因?」

 「違う」


 違うというけど、どう考えても私が原因だよね。

 私をみつけ、私の事を見守っていたら私が勝手に足を枕に使ったんだもん。

 身動きをとれないからね。

 当然、食料を探すこともできなかっただろうから。

 なら、お礼はしないとね。

 借りをつくったままというのは良くないから。


 「今から朝食をとるつもりだけど、一緒にどう?」

 「いいの?」

 「いいよ。ただ、味は保証はしないよ? 保存食だからね」

 「平気。保存食は私も慣れてる」


 冒険者なら当然の事。

 まぁ、保存食と言っても、私の保存食は少し変わっているけどね。


 「それじゃ、食べましょうか。普通の保存食よりも堅いから、よくお湯にふやかして食べるといいよ」

 「わかった。それにしても、ユアンは凄い」

 「何が?」

 「お湯も出せて、収納魔法もつかえる。魔力が高い証拠」

 「ありがと。だけど、それは私が人間と獣人の子供だからだよ。それに、私は補助魔法は苦手だからこれが限界だしね」


 もっと補助魔法が得意だったら便利だったと思うけどね。

 どうしても才能がないみたい。

 

 「そんな事ない。収納魔法が使えるのは凄い事」

 「割と使える人は多いけどね。っと、そろそろいいんじゃない?」

 「うん。いただく」


 リンシアと会話をしているうちに、いい感じに保存食の干し肉が柔らかくなってきたのがわかる。

 もう少し柔らかい方が食べやすいだろうけど、私はこれくらいが好き。

 なので、リンシアにも今の状態をお勧めしてみた。


 「美味しい」

 「本当?」

 「うん。これはただの干し肉じゃない」

 「ふふっ、わかるんだ」

 「わかる。ただの干し肉だと、ここまで複雑な味は生まれない」

 

 リンシアが美味しそうに干し肉へと齧り付いている。

 そして、アッという間に干し肉を平らげてしまった。


 「なくなった……」


 空になったカップを見つめるリンシアはとても悲しそうな顔をしている。

 

 「もっと食べる?」

 「いいの?」

 「いいよ。美味しいって言ってくれるのなら私も嬉しいしさ」


 本当ならこんなサービスはしないけどね。

 今日は特別。

 私の事を守り、私の存在を否定どころか誇っていいとまで言ってくれたからね。

 

 「次はもっと堅い状態で食べるといいよ」

 「うん。私もそう思ってた。噛み応えがある方が好き」

 

 少しだけ湯に浸け、リンシアは再び干し肉へと齧り付く。

 

 「これも美味しい。ユアンは料理が上手」

 「これでも孤児院で料理を担当してたからね」

 「そうなの? ユアンは孤児?」

 「そうだよ」

 「なのに冒険者になった。淋しくない」

 「平気。二度と会えない訳じゃないから」

 「ならいい」


 心配してくれたのかな。

 初めて見た時は不愛想な人かと思ったけど、話してみたら随分と印象が変わった。

 相変わらず表情はあまり変わらないけどね。


 「ごちそうさま。ありがとう」

 「いいえ」


 結局の所、リンシアは五杯もおかわりをした。

 そのお陰もあってか、満足そうな顔をしている気がする。

 ほとんど変化はないけどね。


 「それじゃ、私は仕事にいく」

 「うん。気をつけてね」

 「平気。ユアンはどうする?」

 「私は新しい依頼が出ていないか一度街へと戻ろうかな」


 ついでに集めた薬草と流水草の納品を終わらせたいし。


 「わかった。だけど、森の奥には近づかない方がいい。オークが集まってる」

 「そうなんだ。それがリンシアの仕事?」

 「そう。あの村には高ランクの冒険者がいない。だからCランクの私がギルドマスターから頼まれた」


 Cランクか。

 私よりも二つランクが上なんだね。

 しかもソロでCランクとなるとベテランと呼ばれる域。

 腕も悪くないみたいだし、私が心配するのは失礼だったかもね。


 「気にしない。ランクは飾りだから」

 「確かにね」

 

 世の中にはお金の力で高ランクの冒険者となった人もいると聞くし、実際はそこまで宛にならないのが現実。


 「それじゃ、またね」

 「うん。また街で。今度は私がユアンに奢る」

 「いいの?」

 「うん。ユアンの事、少し気に入った」

 「ふふっ、それじゃ楽しみにしてるね」

 「うん。気をつけて帰るといい」


 そう言い残し、リンシアは森の奥へと消えていった。

 どうやらあっちの方角にオークが集まっているみたいね。


 「それじゃ、私も戻るか」


 今日はいい一日になりそうだ。

 もしかしたら今日はいい依頼に出会えるかも。

 そんな気持ちを胸に私は村へと戻るのであった。

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