第447話 女神と邪神
「敬愛なる主様、お戻りになられましたか」
「うん……って、どうしたの? 何だか、随分と弱っているみたいだけど。もしかして、失敗しちゃった?」
「……想定外の者が残っていまして。しかし、次は問題ありませんよ」
「そうなんだ。ま、私には関係ないし、精々頑張りなさい」
とてもいい気分で居城へと戻ると、生気を失ったドレイクが私を待っていた。
あ、元々骸骨みたいな顔をしているし、生気はないか。
それでも随分と弱っているのはわかる。
「それよりも先ほどの会話の事ですが……」
「会話? あぁ、狐族の子のこと?」
「はい。何やら親し気に話しておられましたね」
「そうね。友達だから」
あんなに面白い子を見るのは久しぶり。
封印されてから断片的にしかこの世界を覗く事が出来なかったけど、あんな面白い子が誕生しているとは思わなかった。
何せ、女神である私を敬う素振りも見せず、畏れもせずに私に対等に話しかけてきた。
「友達ですか。ですが、あの存在は我らの敵。あまり親しくされても困ります」
「我らね。私を復活させてくれた事には感謝しているけど、私は貴方の味方ではない。一緒にしないで貰える?」
「しかし、それでは主様を復活させた意味が……」
「あるわよ? 力が欲しいのよね。それくらいならば与えてあげる」
それが条件だったから仕方ない。
私は女神。
約束を違える事はしない。
「有難く頂戴致します」
「ま、気が向いたらね」
「主様……」
「大丈夫よ。貴方たちが本格的に戦う時になった時には力を授けるから。約束通りね」
しかし、時期は指定されていない。
力を授けるのは私の自由でいいの。
「わかりました。ですが、どうして今すぐに力を授けてくれないのですか?」
「つまらないから」
「つまらない、ですと?」
「うん。今すぐ貴方たちに力を授ければ、間違いなく暴れだすでしょう。しかし、それでは意味がない」
「意味ならあります。私達の目的を果たす事が……」
「わからないですか? それがつまらないと言っているのですよ。いいですか? 今の貴方に力を授けた所で、引き出せる力はほんの一部だけ。例え力を授けたとしても、あの子達には敵わない」
魔力至上主義。
自分たちの存在が頂点であると信じて疑わない宗教団体。
女神である私を邪神として崇拝する頭のおかしい集団ね。
「私があの娘に劣っていると?」
「どこからその自信が湧き出てくるのか知らないけど、間違いなく貴方は負ける。弱いから」
「私が、弱い?」
「弱いです。一般的にみれば貴方には力があります。しかし、特別な存在にはなりえません。今のままでは」
魔力が高ければいいという訳ではない。
今までそれでやってこれたかもしれないけど、それではいずれは通用しなくなる。
要は使い方を学ばなければならない。
それは魔力だけではなく、全てに共通する事。
下級の魔物に魔剣を与えても使いこなせないのと一緒の事。
「どうすれば良いのか、ご教授をお願い致します」
「いいわよ」
素直な子は好きよ。
どんな見た目でもそれは変わらない。
「一つ。無駄な時間を費やすのをやめなさい」
「無駄な時間?」
「えぇ。どこかの街を襲撃したり、誰かを洗脳したりする。それは無駄な事」
「ですが、相手の戦力を落とすことが出来れば我らが優位に事を……」
「お馬鹿ですね。力があれば、そのような事をせずとも潰せます。そのような時間があるのならば、少しでも自分を高める事に時間を費やすのです」
国や街を落とすのに時間が掛かるのは力がないから。
圧倒的な力があれば抵抗されたところで全てを叩きつぶす事ができる。
「わかりました」
「よろしい。では、二つ目。仲間を遠ざけ一人で戦いなさい」
「それは、駆使できる魔物もですか?」
「当然です。魔物を駆使するのにかかる労力を無駄だと思いませんか? 魔物に指示を与える時間、駆使する為の魔力。それを自分の為に使うほうが効率は良い筈です」
「わかりました」
「では、最後に一つ。死になさい」
「死……ですか? それでは……」
「もちろん死とは実際の死ではありません。死ぬほどの出来事を何度も体験するのです。そして、己の無知、弱さを噛み締めるのです。それが達成できた時、貴方は今の貴方より遥か高みに到達できるでしょう。それが出来ないようであれば、貴方に加護を与える資格はありませんよ」
「わかりました。主様の期待に必ずや応えてみせます」
「いい応えね。それじゃ、早速送って差し上げましょう」
「主様?」
下げていた頭をあげ、ドレイクが私を見つめる。
窪んだ眼玉の奥に恐怖が浮かんでいる。
なんていい表情なのかしら。
「一年後。無事に還って来られたらその時に加護を授けましょう。それまでお元気で」
「あ、主さ……」
異空間へと繋がる場所へと強制的にドレイクを送り込む。
随分と怯えていたけど、これも世界の為。
「そんな事をするから邪神と呼ばれるのよ」
「仕方ないじゃない。約束したんだから」
ドレイクを異空間へと送り込み、静寂が広がった広間にコツンコツンと足音が響き、暗闇の中から少女が姿を現した。
「約束ね。どうしてあんな約束をしたのかしら?」
「面白そうだから」
「それだけ?」
「それだけ。それ以外に理由はいる?」
「いらないわね。どうせ滅びる世界であるのならば、最後の余興は必要かもね」
「よくわかっているじゃない」
暗闇から姿を現した少女は黒髪の龍人族。
私を復活させるためにドレイクに協力をしていた存在。
「でも、ちょっと長すぎない?」
「そう? それくらいあれば、貴女も十分に準備ができるでしょう?」
「そうね。だけど、その分あの子達も厄介な存在へと成長していく」
「それが面白いのよ。私は世界を滅ぼして新たな世界を造っても、新たな可能性を見出してもどちらでも構わないのだから」
「自分だけ楽しめればいいって事ね」
「そういう事よ。だって、私は女神ですから」
「邪神の間違いだけどね」
人によって私の呼び名は違う。
世界に光をもたらせば私の事を女神と謡い。
世界に闇をもたらせば私の事を邪神と謳う。
私は女神であり、同時に邪神でもある。
それを決めるのは人。
人が私を女神と呼ぶのならば祝福を与え。
人が私を邪神と呼ぶのならば天罰を下す。
「だからどっちでもいいのよ。私はただ行く末を見守るだけだから」
「見守った結果、どっちにも転がらなかったら?」
「その時はこの世界を最初からやり直すまで」
「龍神が黙っていないわよ?」
「平気。龍神だって力を失っている。私に対抗する術は残されていないから。呪いによってね」
私を封印した代償は大きい。
龍神たちもまた深い眠りについている。
「あの子達が解放するわよ」
「嫌なの? 怖いの?」
「別に。私には関係ないから」
「その割にはあの子の夢に割り込んだじゃない」
「見てたの?」
「女神ですから」
「ふんっ」
それも仕方ない。
彼女もまたあの子に対して思う事があるのでしょう。
「それじゃ、私はやる事があるから」
あら。
どうやら機嫌を損ねちゃったみたいね。
「貴女は私に加護を求めないの?」
「必要ない。私は私の力で全てを通す」
「強情ね。貴女になら加護を与えてあげてもいいと思ったのだけど、残念」
「いいのよ。それもまた余興でしょ」
「そうね。ま、頑張りなさい。応援くらいはしてあげる」
「ありがとう。それじゃ、さよなら」
行っちゃった。
人間ってよくわからないですね。
あれでは、何のために私が復活したのかわからなくなる。
「ま、私は私で楽しむだけ」
世界は今、光に傾いている。
明るい未来、溢れる笑顔。
一時の幸せが世界を包もうとしている。
しかし、闇は根深く呑みこむもの。
世界は少しずつ闇に蝕まれている。
バランスが崩れてしまったのだから、もう止まらない。
これからは光と闇が互いを侵食していく時代に移り変わっていく。
その先に私の答えが待っている。
私は女神として願いましょう。
世界が幸福に包まれる瞬間を。
私は邪神として願いましょう。
世界が絶望に支配される瞬間を。
全ての応えを人に委ねます。
どうか私に…………を見せて下さい。
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