第443話 ナナシキ軍、新たな時代を待ちわびる

 「わっちらの役目は時間稼ぎ。無理はするなー?」

 「わかっている。チヨリも無理はするな」

 

 しかし、色んな意味で驚いたな。

 最初の攻撃はそれなりの威力があったようで、ユアン様の防御魔法を破壊してみせた。

 正直、あれだけの威力があるとなれば、直撃したら俺でも無事でいられる保証はない。

 それに加え、近づいてみたら大きさがよくわかる。

 

 「フォクシアの城門よりも背が高そうだなー」

 「あぁ。そうだな」

 

 顔までの高さはざっと十メートルくらいありそうだな。

 それに加え、元が鼬というだけあってか、鋭い牙と前足に鋭い爪を持っている。

 

 「だが、つまらないな」

 「そうだなー。鼬王なだけあるなー」


 一番の驚きというよりも、ある意味落胆か。

 楽しめると思った戦いは全く持ってつまらない展開になった。

 あれだけの体を持ちながら、まるで戦い方がなっていない。

 俺達が戦いにくくするために動いているというのも理由の一つでもあるが、それにしても動きが散漫だ。


 「後ろ足を重点的に狙うぞ」

 「了解」

 「わっちらはアラン達の動きを助けるぞー」

 「わかりました」


 俺が鼬王の足元へと潜り込み、右足を重点的に狙い、一か所にダメージを蓄積させていき、チヨリは俺達が狙われないように鼬王の顔へと魔法を次々に放っていく。


 「敵の口元だけには気を付けろー。さっきの攻撃が来るからなー」

 「俺達は尻尾の動きにだけ気をつけろ」


 それぞれ気をつける事は決まっている。 

 もちろん他に危険な攻撃は存在する。

 例えば、俺達が攻撃をしている足による踏みつけ攻撃とかな。

 しかし、そんな攻撃を喰らうような間抜けは俺の部下にはいない。

 そんな奴がいたらとっくの昔に死んでいる。

 

 「それにしても……幾ら何でも弱すぎるな」

 

 何度も攻撃を繰り返せば繰り返すほど、呆れが止まらなくなる。


 「くそっ、ちょこまかと……卑怯なやつらめ!」


 一つの敵に標的を絞る事ができないようで、俺達が攻撃をすれば俺達を狙い、チヨリ達が攻撃を加えようとすれば、直ぐに意識がそっちへと向く。

 タフな事は認めるが、それを差し引いても弱すぎる。

 手加減されていると思う程に。


 「しかし、なんだこの違和感は」

 

 手ごたえはある。

 現に攻撃を幾度も加えるうちに鼬王の動きが鈍っている。

 日ごろから体を動かしていなかったのか、それとも今の体に馴染んでいないのが原因なのかはわからないが、一つ一つの動きがあからさまに遅くなっている。

 にも関わらず、鼬王には焦りはみえない。

 このまま続ければ確実に鼬王は俺達の手によって葬る事ができる。

 流石にそれが分からない程に馬鹿ではないだろう。

 

 「はぁ……はぁ……どうして、攻撃が当たらないんだ!」

 「単純に動きが遅いからだよ。もっと動いてみたらどうだ?」

 「僕に指図をするな! くそっ」


 そんな大振りが当たる筈がない。

 鼬王が後ろ足で立ち上がり、俺達を前足で切り裂こうとするが既にその場には誰一人も残ってはいない。


 「腹に打ち込めー」


 そこにチヨリ達が魔法を放つ。


 「ぐふっ、よくも……」

 「立ち上がっている今が好機だ。通り抜けながら右足を狙え」

 

 チヨリ達の攻撃により、立ち上がった鼬王がバランスを崩した。

 そこを見逃すはずがない。

 俺達は最初から狙い続けた右足に重い攻撃を叩きこむ。


 「くそぉ……どうしてだ、どうして僕がこんな目に」


 後ろ足に攻撃を加えると、蓄積したダメージのせいか、体を支えられなくなった鼬王が転倒をした。


 「アラン様、ユアンさん達が準備出来たとの事です。ここは僕達に任せてお下がりください」

 「わかった」

 

 転倒した鼬王が倒れると同時に、ユアン様の仲間であるキアラルカ殿の使い魔が現れた。

 どうやら俺達の役目は終わりのようだ。


 「直ぐにユアン様の攻撃が来る。下がるぞ!」

 「了解!」


 チヨリの部隊は先に撤退を始めたみたいだな。

 

 「アラン」

 「どうした?」

 「気をつけた方がいいかも」

 「そうだな。俺もそう思う」

 

 戦力という点ではアリアは俺達の部隊では数段劣る。

 しかし、アリアを戦場で共に行動する事を許可したのは俺の嫁だからという理由ではない。

 アリアの洞察力は俺達にはない。

 最初こそ俺達の動きに遅れる事はあったものの、今はすっかり順応し、それどころか俺達の頭脳にありつつある。

 そのアリアが何かを感じ取ったのだ。

 素直に聞いておいて損はない。

 

 「アリア、鼬王の事はどう見る?」

 「わからない。ただ、違和感がある」

 

 俺と同じ意見か。

 しかし、アリアなら俺とは違う事も見えているだろうな。


 「例えば?」

 「魔力。あんな姿になったからかもしれないけど、獣人にしてはあまりにも魔力が淀みすぎてる」


 なるほど。

 それは俺にはわからない感覚だな。

 むしろ、人の魔力の質を見る事ができるアリアだからこそわかる事だろう。

 

 「他には?」

 「痛覚が鈍すぎる」

 「それは俺も思った」


 痛覚を感じない生物は存在する。

 だが、鼬王は痛みなどを感じているように見えた。

 むしろ、痛みを堪えているとも思える反応だ。


 「俺はあいつの事を知らない。アリアからみて、あいつは我慢強い方か?」

 「それはないと思う。ポックルの性格はそれなりに把握してるけど、我慢強いとは正反対の性格だよ」

 「そうか、なら俺達が感じ取っている違和感は間違いないだろう」

 

 しかし、その違和感がわからない。

 戦いが始まってから感じ取っていたそれが何なのか。

 気のせいで済めばいいが、どうしてもそうは思えない。

 得体の知れない不気味さ。

 鼬王の強さよりも俺はそれが気になった。

 

 「まぁ、気にする必要もないだろう」

 「うん。ユアン達が間もなく攻撃に入る。ユアン達に後を任せれば終わるだろうから」

 「そうだな」


 仮に終わらなかった場合は、ユアン様達には悪いが、止めを刺させて貰う。

 どうあがいても鼬王は終わりだ。

 

 「しかし、あいつらもなかなかやるなー」

 「そうだな。よく統率されている」


 ユアン様の攻撃範囲がどの程度かはわからないが、鼬王からは十分に距離をとった。

 そして、俺達も一息をつくため、または俺達と入れ替わりで攻め込んだ魔物の群れが失敗した時に備える為に、一度部隊の足を止め、鼬王の様子を伺った。


 「邪魔だ! どけっ!」

 

 無駄に大きな声が響いている。

 

 「足止めとしては最高の役割を果たしているな」

 「うむー。同じことをされたら鬱陶しいだろうなー」


 鼬王が声を荒げる理由はよくわかる。

 数多の魔物が鼬王に殺到し、攻撃を加えている。

 それも敢えて人化をせずに鼬王へと群がっているのだ。

 鳥は鼬王の顔の周りを飛び回り、隙があれば毛を引っ張り、魔鼠は毛の中に潜り込んでいるのだろうか、嫌がるように足をバタバタとさせている。

 まぁ、コボルトの方はあまり役にたってはいないようだが、それでも踏みつぶされないように気をつけつつもどうにか攻撃を繰り返している。

 まるで獲物に群がる蠅や蟻のようにみえる。

 俺達だって数百、数千の蟻が体を這い、皮膚を噛まれれば痛みは多少ながらあるだろうし、目の前に蠅がブンブンと飛び回れば気になる。

 今の鼬王はそのような状態だ。

 痛みこそないのかもしれないが、感覚はあるようで体を魔鼠が這う感覚や目の前を魔鳥が飛びまわるのは我慢できないようだな。

 そのせいで、無視して俺達を追うどころか、着々と大規模な魔法の準備を進めるユアン様に気付く様子もない。

 完全に冷静さを失っているようだ。

 しかし、それも長くは続かなかった。


 「なるほど。コボルトの役割はそこにあったか」


 突然、鼬王の動きが落ち着いた。

 それと同時に、地面を黒く染める影のようなものが幾つも浮かび上がった。

 リンシア殿が得意としている影魔法だ。

 そこに魔鼠が次々と飛び込み消えていく。

 それと同時にコボルト達も俺達の方へと駆け出し、魔鳥たちも上空へと飛び去って行く。


 「ついにその時がきたようだな」

 「うむー。我らの王の力を見せて貰うぞー」


 心躍る気分だ。

 俺達はこの時を待っていた。

 王に仕え、王の為に身を捧げ戦うのは俺達の使命。

 しかし、使命を果たす事よりも喜びを得られる瞬間がある。

 それは。


 「目に焼き付けろ」

 「心に刻めー」

 「あれが我らが王の力だ」


 王の力を間近で感じる事。

 自分の信じた道がそこにある事を証明できる瞬間。

 それが俺達の喜び。

 アンジュ様とは違う戦い方。

 ユアン様は仲間の力を引き出し、仲間を活かした戦いを得意とする。

 だが、それだけではない。

 失礼な言い方をすれば、アンジュ様よりも緻密に魔法を扱う事ができ、魔法の活かし方をよく知っている。

 あの白天狐、ユーリの力を引き継いでいるのだろう。

 だからこそ、ユアン様にしか出来ない戦い方がある。

 アンジュ様とユーリ。

 お二方の良い所と悪い所を上手く噛みあわせた戦いをユアン様はできる。

 何とも感慨深い。

 ユアン様を初めてお目にした時はそれほどの力を感じ取ることは出来なかった。

 しかし、今のユアン様はあの時よりも遥かに成長なさっている。

 お二方の子の成長をこの目で見る事が出来る事に、涙腺が緩みそうになるほどに。

 

 「アラン」

 「大丈夫だ。戦場で涙を流すほど、落ちぶれちゃいない」

 「昔のアランに聞かせてやりたい言葉だなー」

 「泣き虫アランだっけ? にわかには信じられないけどね」

 「あぁ。チヨリの嘘だからな」

 「嘘じゃないけどなー」

 「なら人の事を言う前に、自分をどうにかしろ」

 

 チヨリの頬には一筋の雫が伝っている。

 チヨリもまた俺と同じ気持ちだったのだ。

 いや、チヨリだけではない。

 俺の部隊もチヨリの部達も、あの時代を生きてきた者ならばみんな同じ気持ちだろう。

 だから、俺達は静かにその時を待った。

 ユアン様の魔法が発動されるその時を。

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