第439話 弓月の刻、包まれる

 「視界が悪いですね」

 「そうだね。こっちに来るのは初めてだけど、鼬国の領土っていつもこんな感じなの?」

 「そんな事ないと思う。たまたま?」

 「そうですね。キティからの情報だと急にこうなったみたいなの」


 霧ってやつですね。

 アンリ様が率いるフォクシア軍に後の事を任せ、僕達ナナシキ軍は少数で鼬王と鼬国の都を確認しに向かっていると突如として濃い霧に包まれました。

 


 「もしかしたら敵が潜んでいるかもしれないので気をつけてください」


 そして、この霧に包まれてから何故か探知魔法が働きません。

 理由はわかりませんが、凄く嫌な予感がします。

 

 「ユアン」

 「はい。ここまで来たらわかりますよ。これは僕の気のせいではありません」


 確実におかしなことが起こっている。

 これがただの霧だったら疑いの余地はあったかもしれませんが、探知魔法が働かない時点で不思議な力が作用している事は間違いないのです。

 そしてこんな事を鼬王がやれるわけがないと思うのです。

 となれば、この霧に関わっているのは魔力至上主義なのか、龍人族なのかはわかりませんが、どちらにしても警戒しなければいけません。


 「シア、鼬国の都までどれくらいかかるかわかる?」

 「正確にはわからない。だけど、今日中にはたどり着くと思う」

 

 それはそれでマズいですね。

 今の時刻はお昼を回った辺りです。

 このまま進むとなると、下手すれば都へと到着するのは日が沈むころになってしまうかもしれません。

 こんな状況ですし、遅い時間に都を探索するのは得策ではないと思うのです。

 かといって、この霧の中で一晩過ごすというのも危険が伴います。

 

 「ユアンさん、どうするの?」

 「難しい判断ですね」


 悩みます。

 こればかりはどうするのが最良なのか判断がつきません。

 これが僕達だけだったら話合って決めればいいと思いますけど、今は僕達以外にも人が大勢います。

 どうしても僕の目の届かない場所が出来てしまう可能性があります。

 

 「とりあえず様子見を見ながら進むしかないんじゃないかな?」

 「そうですね。みんなの事を信じるしかないですね」

 

 もちろん、ここで引き返すという選択肢もありますけどね。

 ですが、僕達が進む理由はこの戦争を終わらせるため。

 その為には、鼬王の存在を確かめなければいけません。

 戦争に勝利する条件は曖昧かもしれませんが、鼬王が降伏を認めるか、都を落としさえすれば、勝利みたいですからね。

 日を改めてもいいですけど、早ければ早いほどみんなが安心できると思います。

 しかし、進むにつれて色々と問題が発生してきました。


 「ユアン、悪いけど進軍を中止できる?」

 「何かあったのですか?」

 「うちの兵士達が魔力酔いになってるみたい」

 「わかりました」


 気付きませんでした。

 スノーさんに言われて気付きましたが、都へと進むにつれて、どうやら魔素が濃くなっているみたいなのです。

 確かに、霧が出始めた場所に比べると、魔素が濃いですね。

 僕達は大丈夫ですが、魔力をほとんど持たないスノーさんが率いる兵士さん達にはちょっと辛いかもしれません。

 

 「大丈夫ですか?」

 「申し訳ありません……」

 「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。むしろ、無理をさせてしまっていたみたいで申し訳ないです」


 兵士さんに搾取ドレインを使用し、体内に溜まってしまった魔力を抜き、どうにか魔力酔いは解決できそうですね。

 

 「どうしようか」

 「そうですね。魔の森を進んだようにドーム型の防御魔法を使って進んでもいいですけど、出来る限り魔力は温存しておきたい所ですね」

 

 マナポーションを使って魔力を回復する手段もありますけど、出来る限りそれも避けたい所です。

 飲めば飲むほど効果が薄くなるという訳ではありませんが、無理やり魔力を回復しているのと同じですし、何よりも飲み過ぎるとお腹がタプタプになって動きが鈍くなってしまいます。

 なので、あまり沢山は飲めません。

 かといって、魔素を搾取ドレインで回収するようにしながら動くのも効率が悪いですからね。


 「仕方ない。私の兵士はナナシキへと戻そう」

 「そうですね。安全を考慮するならばその方がいいと思います」


 兵士さん達を休ませる間に話合いをした結果、兵士さん達はナナシキへと戻る事が決まりました。

 本人たちは問題ないと言っていましたけど、ナナシキに戻ったならば、それはそれでやる事がありますので、それでどうにか納得して頂きました。

 

 「今日はここまでですね」

 「うん。ここまでくれば十分」


 そして、何度か休みを挟んだ結果、日が傾いてきました。

 このまま進んでも都へと到着するのは日が完全に沈んだ頃になりそうです。


 「色々と不安な要素はありますが、今日はここで野営をしましょう」

 

 霧の中で野営をするのは初めての経験です。

 それがこんなに大変なのだとは思いもしませんでした。


 「現時点で居なくなった人とかはいませんよね?」

 「問題ありませんよ。俺の部隊もチヨリの部隊にも欠員はいません」

 「わかりました。もし異変があったら直ぐに報告してください。それと、ドーム型の防御魔法を展開しますので、その中から絶対に出ないようにお願いします」


 移動しながら防御魔法を展開するのは大変ですけど、固定できるならばあまり苦労はしなくても済むので、僕達はできるだけ纏まり最小限の防御魔法を展開し、その中で一晩過ごす事になりました。

 なので、今日はテントを張らないで野営ですね。

 しかし、大変なのはここからでした。


 「陽が落ちると余計に視界が悪いですね」

 「うん。数メートル先のスノーの姿が見えない」

 「ちゃんといるよ」

 「私もいますよ」


 居るのはわかっていても、実際に姿を確認できないというのは怖いです。

 こんな状況ですと、誰かが居なくなっても絶対にわかりませんよね。


 「平気。こうしてれば離れる事はない」

 「そうですね。今日は一晩中こうしていましょうね」


 シアさんが僕の手を握ってくれます。


 「ずるいです! 私もユアンさんと手を繋ぎます!」

 「えっと、キアラちゃんはスノーさんと手を握れば……」

 「握りますよ。だけど国境ではスノーさんとユアンさんは手を繋いでいましたし、今度は私の番です」

 

 そう言って、キアラちゃんが空いている手を握ってきます。

 両手が塞がってしまいましたね。

 まぁ、安全の為と思えば構いませんけどこれはこれで大変です。

 ですが、それだけでは終わらないみたいですね。


 「ユアン様ー」

 「はい? どうしましたか?」

 「私も引っ付いていいかー?」

 「チヨリさんもですか?」

 「うむー。ユアン様に何かあったら困るからなー」

 「まぁ、構いませんけど」

 「ありがとうなー」

 「わっ!」


 至近距離で大きな影が現れました。


 「チヨリさん、もしかして獣化したのですか?」

 「うむー。鼬国の方はナナシキよりも冷えるからなー。私で暖をとるといいぞー」

 

 それは助かりますね。

 霧も影響しているのか、少しだけ肌寒く感じていました。

 

 「それならば、チヨリと俺で囲むようにしましょうか」

 「獣化して疲れませんか?」

 「問題ありませんよ。俺とチヨリは三日はこの状態でいられますから」

 「問題ないのならお願いしたいと思います」

 「お任せください」


 なんか凄く安心できますね。

 僕達を囲む状態でアラン様とチヨリさんが寄り添ってくれました。

 

 「ユアン様ー。寒くないかー?」

 「はい! チヨリさんの尻尾がお布団みたくて暖かいですよ」

 「うむー。寒かったら言ってくれなー?」


 お家のお布団並みに気持ちいいですね。

 確か、シノさんが用意した帝都でかった最高級のお布団みたいなのですが、それに劣らない気持ちよさがあります。

 顔に触れると少しだけチクチクしますけど、手触りはそれ以上に気持ちいいです。


 「ふふっ、アラン様の尻尾が布団代わりとか贅沢すぎるんだけど」

 「こらー! スノー、アランに変な事をするでないぞ!」

 

 あ、近くにアリア様もちゃんと居たのですね。

 まぁ、アリア様は本当にアラン様の事が大好きなので当然といえば当然ですが、気づきませんでした。

 それだけ視界が悪いという事ですけど。

 

 「ですが、本当にこの霧は何なんでしょうね」

 「わからない。わからないけど、よくない事だとは思う」

 「そうですね」

 「明日にはわかると思いますよ」

 「そうですね」

 「ま、気にしても仕方ないし今日は早いけど休もう」

 「スノーさんはアラン様の尻尾を堪能したいだけですよね?」

 「否定はしないよ。だって、本当に気持ちいいんだもん」

 

 この状況でもブレないというのは凄いですよね。

 

 「私もブレない。ユアンの事堪能する」

 「今日は私も一緒ですからね!」


 この二人もですね。

 となると、僕も考えすぎるのはよくないかもしれません。

 

 「そうですね。みんながいれば何も怖い事はありませんし、今日は寝ちゃいましょうか」


 明日には全てがわかる。

 そんな気がします。

 それと同時に、鼬国との戦争は、終わる。

 そんな気もするのです。

 その為にも今は出来る事は一つ。

 

 「みなさん、おやすみなさい」


 よくよく考えれば、テントで休む時は灯りがないので真っ暗でしたからね。

 霧が出ていようが夜は暗いので一緒です。

 それに今日はみんなが僕達を中心に団子のように一つに固まっているのでいつもよりも密集していて安心できます。

 その分、どこかから大きないびきが聞こえてきますけど、気にはなりません。

 こうして僕達は決戦の朝を迎えるのでした。

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