第438話 侵入者
「久しぶりですね」
「お前は……」
突如として目の前に現れた存在には見覚えがあった。
「どうですか、気分の方は?」
「別に。お前には関係ないでしょ?」
「関係ありますよ。私達は仲間。そうでしょう?」
「仲間? 今更私の前に現れて仲間とは笑わせるわね。そもそも私に仲間なんていない。いつでも個人主義。そうでしょう?」
私の力を抑える特殊な牢獄の前で羽ばたく奇妙な生き物。
こいつを見るのは実に百年ぶりくらいになるわね。
「そうですね。ですが、個人主義でも時には協力する事もありますでしょう」
「必要ないわ」
「そう言わずに。ここから出たいでしょう?」
「別に。この場所の生活には慣れたから」
「ですが、貴女の野心は消えていない。そうでしょう? オメガさん?」
何が目的かわからない。
私がここに捕らわれて過ごした時間はそれなりにある。
にも関わらず現れた私を魔力至上主義へと誘った使い魔。
今更何の用なのか、私には理解できなかった。
「腑に落ちないといった感じですね。どうやら何も知らされていないといった所でしょうか?」
「そうね。ここに居ると、情報は入って来ないから」
「そうでしょうね。では簡潔にお教え致しましょう。現在、アルティカ共和国では戦争が起こっています」
それくらいは知っている。
情報は少ないとはいえ、私を倒した黒天狐やハルちゃんが教えてくれたから。
だけど、私は敢えて知らない振りを決め込んだ。
「通りで最近慌ただしかった訳ね。それで? 戦争が起きようが私には関係ないわよ」
「ありますよ。今ならば、脱出する好機です」
「確かにそうね。だけど、脱出して何になるのからしら」
「貴女の目的を果たす時が来たのですよ。今も貴女はこの世の全てが憎い。壊したい。その事に変わりはない。違いますか?」
「えぇ、全てが憎いわ」
「ならば共に参りましょう。まずはこの地を壊しましょう。今ならば、この地は手薄ですから」
なるほどね。
私に協力して欲しいわけか。
確かにその事をハルちゃんから聞いている。
黒天狐が軍を率いて出陣し、残りの者達は他の街の防衛。
残っているのは戦闘が苦手な老人達がほとんど。
他にも腕の立つ冒険者がいるみたいだけど、その者達も今は街から離れて迎撃に向かっているらしい。
「わかったわ。だけど、その前に姿を現しなさい」
「えぇ。居ますよ、目の前に」
使い魔が消え、代わりにフードを深く被った男が目の前に現れた。
「お前は……」
「おや、覚えていたのですか?」
「忘れもしないわ……今すぐに殺してやるっ!」
「おっと、無駄ですよ? 今の貴女は捕らわれの身。制限された力で自力で脱出できる訳がありませんよね?」
「ちっ!」
忘れもしない。
この男の事は片時も忘れた事がなかった。
そして、同時に笑いが止まらなくなる。
「何が可笑しいのですか?」
「可笑しいわよ。ずっと、憎んでいた相手に踊らされていただなんてね」
使い魔との関係をみれば理解できる。
この男が原因で、アルファードは滅んだ。
にも関わらず、この男が送った使い魔の言葉を信じ、これまで過ごしてきた。
何も知らないまま、ずっとこの男の為に生きてきたという事。
その事実が面白くて仕方ない。
面白くて、不愉快で、馬鹿らしくて、愚かな自分が笑えてくる。
「憎いですか?」
「えぇ、今すぐ殺したいくらいに」
「いいですよ。私を殺すために全力を尽くしなさい」
「面白い事を言うわね」
「そうですか? 貴女が私を殺すために必死になればなるほどこの街は壊れる事になる。私にも利があっての事ですから」
「そういう事ね」
この男と私の実力の差はどれほどあるかはわからない。
しかし、私の事を何とも思っていないという事くらいはわかる。
舐められたものね。
「なら、お望み通り、殺してあげるわ」
この場所から私が脱出できない?
とんだ勘違いね。
確かに、この牢獄は私の力を抑える事が出来る。
だからといって、脱出できない訳ではない。
「おっと、そこまでにしてもらおうか」
「誰ですか?」
「名を名乗るほどの者ではないさ。ただ、みんなからコハクと呼ばれている」
私が目の前のガラスを壊そうとした時、部屋に気配もなく現れた人物がいた。
人物?
いや、ぬいぐるみ?
「何の用ですか? 私は忙しいのです」
「忙しいのはこっちも一緒さ。何せ、侵入者が目の前にいるからな」
「私の事でしたか」
「そうだ。大人しく立ち去るというのなら見逃してやろう」
狐のぬいぐるみがお座りをしながら、目の前の男へと話しかけている。
「笑わせますね。ぬいぐるみ風情が何を出来るというのですか?」
「試してみるか?」
「どうぞご勝手に」
何なの。
あの自信は。
しかし、漂う風格は王者のそれ。
可愛らしい見た目に反して、佇まいはただ者ではない。
「仕方ないな。後悔するなよ?」
そう言って、ぬいぐるみはゆっくりと歩きだした。
一歩一歩、歩みを確かめるように四つの足を動かし男の元へと近づいて行く。
「くらいなっ」
ぽふん。
男の足元まで近づいたぬいぐるみが男の足へと腕を振るうと、可愛らしい音が響いた。
「何の真似です?」
「わからないか? 俺の攻撃だ」
何なのこれは。
状況がまるで理解できない。
「…………汚らしい手をどけなさいっ!」
「うぉっ!」
男がぬいぐるみを蹴飛ばすと、ぬいぐるみは受け身をとる事も出来ずに壁へと叩きつけられた。
「や、やるな。しかし、この程度で俺がやられる訳が……」
ぬいぐるみなだけあるわね。
激しく壁に叩きつけられたにも関わらず、ぬいぐるみは何事もなかったように立ち上がった。
しかし。
「ねぇ、コハクさん? お腹から何か出てるわよ?」
「腹から? あ、やばいやばい! 腹から綿が飛び出しちまってるじゃねえか! これが本当のハラワタか!」
何がしたいのかわからない。
ぬいぐるみが飛び出したお腹の綿をしまおうと必死になっている。
「もうよろしいですか?」
「まだだ。俺の力はこの程度では……」
「わかりました。ならば、いっそのこと直ぐに終わらせてあげましょう。その体はよく燃えそうですね?」
男の手に炎が浮かび上がる。
「ちょっと待て! そんなの喰らったら俺は……」
「えぇ、消し炭になりなさい」
男の手から躊躇いなく炎が放たれる。
そして、その炎はぬいぐるみへと真っすぐに向かっていった。
終わりね。
そう思った矢先だった。
「何をやってるのさ」
煙が立ち籠る場所からぬいぐるみを抱えた少女が姿を現した。
「すまねぇ、助かった」
「ホントだよ~。あんまり余分な事はしないで欲しいよ」
その少女は不思議な恰好をしていた。
「何者ですか?」
「私かい? 私はただのメイドさんだよ。あ、今は料理長だったかな? まぁ、私の事はどうでもいいんだよ、私は貴方の方が気になるからね~」
メイドと名乗る少女がぬいぐるみを床に降ろした。
「それで、ここで何をしていたのかな?」
「貴女には関係ありませんよ」
「それがあるんだよね~。ユアンちゃんに任されちゃったからさ」
「ならば、どうするおつもりですか?」
「ん~? 止めるしかないよね?」
「私をですか?」
「そうそう。ま、逃げてくれるなら追いはしないよ?」
あの娘は正気なのかしら?
本気でこの男に勝てると思っているようね。
「面白い事を仰いますね」
「確かにね。私は戦いは苦手だからさ」
「ならば去りなさい。いえ……どうせ同じですね。遅かれ早かれ貴女は死ぬことになります。面倒な手間が増える前に先に始末して差し上げましょう」
「それは困るな~。ま、やるだけやってみようかね? 私の本気、見せてあげる!」
「ならば、私も遠慮は……なに? 魔力が抑えられて……」
「どうしたんだい? ほら、早くしないと私から攻撃しちゃうよ~?」
この脱力感……まさか、
いや、違う。
魔力は抜かれた感じはしない。
だとしたらこの力は一体……。
「小娘、一体何を……」
「さぁ? なんだろうね~。もしかしたら、龍神様が力を貸してくれているのかもね~?」
「龍神だと? お前は一体……」
「私はユアンちゃん達のメイドさんさ。さっきも言ったでしょ?」
一歩一歩、男へと少女が歩いて行く。
それに合わせて、男は一歩一歩逃げるように下がっていく。
しかし、ここは狭い牢獄。
男の逃げ場は直ぐになくなった。
「どうやら分が悪いようですね。今日はここらで退かせて頂きましょう」
「そうかい? ま、今後はないと思うけどね。また訪れるようなら丁重におもてなしをさせて貰うよ」
「えぇ、その時は是非に。では、失礼……」
魔力が抑えられた状態にも関わらず、男は消えた。
もし、私が戦ったとしても勝てなかったわね。
何せ、私は一歩も動くことができなかったのだから。
それだけの実力の差があの男とあった事が証明されたも同然だから。
しかし、その男を抑えた目の前の少女はそれ以上に……。
「さて、私の役目は終わりだね。っと、オメガさんに聞かなければいけない事があったね」
「…………何かしら?」
思わず私は身構えてしまった。
先ほどの話は聞かれていた筈。
私があの男と共にこの街を壊そうとしたことは気付いている。
実際はあの男に復讐を果たす為だとはいえ、この街に住む少女からしたら同じことに違いない。
「あのさ……ご飯はちゃんと食べてくれるかな? 折角作ったのに勿体ないんだよね」
「へ?」
「だから、ご飯ちゃんと食べてないでしょ? だから、これからはちゃんと食べてね?」
「わ、わかったわ……それだけなの?」
「うん。あ、後だけど今日の事は内緒でお願いね? ユアンちゃん達に心配はかけたくないからさ……ね?」
「わかったわ」
「ありがとうね~。それじゃ、後で夕飯を運んでくるから、またね~」
そういってぬいぐるみを抱えた少女は何事もなかったように去って行った。
「本当に、この街は不思議な所ね……」
私はその少女の後姿を見送る事しかできなかった。
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