第436話 ナナシキ軍、鼬族の都へと向かう
「わっ!」
「地震」
鼬国の都へと進んでいると、激しく地面が揺れました。
「久しぶりでびっくりしたね」
「あの時以来ですね」
「そうですね」
地震を体験するのは初めてではありません。
懐かしんでいいのかわかりませんが、封印された魔物と戦う前に何度も体験しました。
「鼬国では地震は頻繁に起こるのですかね?」
「そんな事ないと思う。私が影狼族の村に居た頃はそんなに体験した事はない」
「そういえばシアの故郷はこっち方面だったね」
「確か狼族と鼬国の間でしたよね?」
「うん。もう誰も住んでいないけど、その辺り」
ここから更に北に進み、年中雪が積もる場所でしたよね。
という事は偶然でしょうか?
ですが、嫌な予感がしますね。
「ユアン?」
「あ、大丈夫ですよ。ちょっと今の揺れが気になっただけですので」
「んー……ユアンが気になったなら警戒しておいた方がいいのかな?」
「そうだね。ユアンさんが気にするって事はそれなりの理由があると思うの」
そんなに僕の勘を宛にされても困りますけどね。
本当にたまたまかもしれませんし、聞いた話で狼族の都から北西に向かうと火山があるみたいですし、その活動の影響だって考えられます。
「どちらにしても今は進むしかありませんし、進みましょう」
「そうだね」
という訳で、揺れも治まり、フォクシア軍も落ち着きを取り戻したみたいで進軍開始です。
そんな感じで進む事数日が経過した頃でした。
「んー、やっぱり地震が気になりますね」
「そうだね。たまたまとは考えられないね」
鼬国へと日に日に近づくにつれて、地震の頻度が増えたように感じます。
小さい揺れが多いですけどね。
それでも数だけは確実に増えています。
そんな時でした。
「ユアン」
「はい。見えていますよ」
僕達が進軍する方向から大軍が迫ってきたのです。
「報告通りですね」
「うん」
こちらへと向かっている集団の事はキティさんから報告として受けていました。
なので、そこまで驚くことではありません。
「けど、どういう事でしょうね」
「わからない」
報告は受けていましたが、改めてその集団を目にするとどうしても戸惑いと緊張が広がります。
何せ、こちらへと向かってくる集団は見るからに兵士ではないからです。
「だけど、兵士も混ざっている」
「そのようですね」
だからこそ意味がわからないのです。
兵士が統率して移動をしているのなら、あれは市民を使った軍だと思えます。
しかし、兵士も市民も入り乱れ、統率されていないような様子に見えるのです。
まるで何かから急いで逃げるように。
「どうしますか?」
「放置はできないよね」
「そうだね。いきなり襲い掛かって来られる可能性も考えられるの」
「戦闘準備だけしとく」
それが正解ですね。
どうやらアンリ様の方も同じ決断を下したようで、兵士達が隊列を組みなおしています。
そして、火車狐に乗りアンリ様が数人を引き連れて進んでくる集団へと向かっていきました。
「僕達も行った方がいいですか?」
「いや、あまり多くの人数で行っても混乱させるだけだから任せればいいと思うよ」
「わかりました」
なるほど。
沢山の人で向かうと市民からすれば向かっている先から僕達が現れて、襲い掛かったように見える可能性もあるのですね。
そして、アンリ様が集団へと向かい暫くした後に、僕達の方へやってきました。
「ユアン殿、見ていましたね」
「はい。一体何があったのですか?」
「それが……私にも理解できないのですが……」
そういって、アンリ様が状況を教えてくれました。
「えっと、兵士も含め、都にいた人全員が追い出されたのですか?」
「はい、彼らの言う事が正しければ間違いないでしょう」
にわかには信じられませんね。
「キティ、実際に鼬国の都はどうなってるの?」
「上空から確認しただけではありますが、人の姿は確認できません」
となると、彼らの話は本当のようですね。
どういう事でしょうか?
「アンリ、あの軍団の中に鼬王が紛れてなかった?」
「そこまでは確認していませんが、恐らくはないかと」
「どうしてそう思うのですか?」
「ポックル殿がそのような真似をするとは思えないからです」
「でも、どうしようもない状態だと思ったらやる可能性はゼロではありませんよね?」
僕らに勝てないと理解しているのなら、どうにかして逃げようとするはずです。
「そうでしょうね。ですが、ポックル殿は魔族との繋がりがありますので、逃げるとしたらそちらの方へと逃げるでしょう」
「確かにそうですね」
もしくは転移魔法陣などを所持している可能性も十分にありえますし、あの中に紛れるというのは考えにくいと思えますね。
「という事は、私達の注意をそっちに移すための時間稼ぎかな?」
「その可能性は十分にありえるかと」
それが作戦ならばかなり面倒ですね。
あの集団は着の身着のままやってきたようで、食料などを所持しているようには見えません。
馬車なども見えますが、流石にあれだけの数を賄える程の食料や水はないように思えます。
「無視はできませんね」
「えぇ。あの集団には老人や子供も含まれていますので、国境に辿り着く前に倒れる者も少なくないでしょう」
となればやる事は決まっていますね。
「まずは水の配給だけでもしますか」
「そうですね。私の方は食料の提供を指示して参ります」
僕達にもそれだけの余裕があるかと問われれば、正直きついです。
何せ、あれだけの数です。
五万人もの人はいるように思えます。
「フォクシア軍の帰りは平気なのかな?」
「どうでしょう。ですが、アンリ様が食料の配布を行うと決めた以上は大丈夫だと思いますけど……」
でなければこんな事しないでしょうからね。
けど、保険は必要ですよね。
「キティ。トーマ様に連絡して、補給の方を増やして」
「既に手配してあります。私の配下が今日中にも物資を届けるでしょう」
「ありがとう」
助かりますね。
キティさんの配下に
まぁ、造ったのはイルミナさんですけどね。
本当に色々とお世話になりっぱなしで申し訳ないですけど、お陰でフォクシア軍の食糧事情も解決しそうです。
「けど、困りましたね」
「うん。鼬国の都に向かう理由がなくなった」
「けど、本当に逃げたのか確認しないといけないよね」
「そうだね。キティたちが入れない以上は私達が行くしかないと思うの」
ラディくんは以前に鼬国の都へと侵入した事はありますが、あれは堂々と冒険者として門を潜ったからです。
ですが、その門は固く閉ざされ、上空には魔物が侵入できないように結界のようなものが張られています。
「地下水路から遡っても無理ですか?」
「それが無理みたいなの。魔鼠達との連絡が途絶えたって」
「魔鼠さんと言うと、ラディくんがあの街で従えたという魔鼠さんですか?」
「うん」
むむむ?
どういう事でしょうか?
ラディくんの従えた魔鼠さん達に何かあったという事ですかね?
「となると、僕達の目で確認するしか手段はなさそうですね」
「そうなるね。どうする? 私達だけでいく?」
「その方がいいかもしれませんね」
色々と問題が重なっていますからね。
この先に潜むのは罠の可能性だってあります。
そこに大勢で向かうとなれば、それだけ危険が大きくなる可能性もあります。
もちろん少ない人数の方がいいという保証もありませんが、少ない人数であれば僕の目も届きますし、どうにかなるような気がするのです。
そして、都からきたあの集団をそのままって訳にもいきませんからね。
暴動が起きたりした時に抑える人が必要になってきます。
「では、都には僕達で行きましょう」
「ラシオスとクドーは?」
「そういえば、都へと向かっているのでしたね」
「フォクシア軍に合流して貰ったらどう?」
「そうしますか」
邪魔というわけではありませんが、嫌な予感がして仕方ありません。
どうしても、封印されていた魔物の事が頭によぎるのです。
あの時は、大軍が迫る事が目覚めの原因でした。
今回は違うとは思いますけど、何らかの条件があるとしたら、出来るだけ危険は冒さない方がいいような気がします。
「考えすぎかもしれませんけどね」
「ユアン?」
「あ、いえ。何でもないですよ」
「わかった。だけど、ユアンの心配は正しい。間違いなら笑い事で済むから」
嫌な予感はただの気のせいであって欲しい。
そういう願いから僕は誤魔化しました。
ですが、シアさんなら僕が何を気にしているのかを察しているみたいですね。
この後、アンリ様とも相談し、僕達ナナシキ軍だけが鼬国の都へと進む事が決まりました。
しかし、気のせいだと思っていた不安は的中する事になりました。
まさか、戦争の結末がこのような形で訪れるとは思いもしなかったのです。
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