第434話 一方その頃、ナナシキでは

 「行っちゃったわね」

 「そうだな」

 「私達はどうする?」

 「そうだな。自由にやっていいと言われたしな」

 「それじゃ、私達もやっちゃいましょうか」

 「あぁ、シノ君達は陸の相手だったな」

 「となると、私達は海の相手がいいかしら」

 「そうだろう」

 

 折角来たのに、何もしないで終わるのはつまらない。

 鼬兵との戦いは正直面白くなかった。

 戦う意志がほとんどなかったからね。

 だけど、リアビラ軍は違う。

 旦那の報告では戦う意志がないのではなく、戦うために生み出されたような存在と言っていた。

 きっと血の契約みたいな状況のようね。

 戦うために何らかの操作をされているのかもしれない。

 だからこそ面白い。

 死を恐れずに、本気で向かってくる相手こそ戦いがいがある。


 「イリアル。お前の悪い癖がでているぞ」

 「そう?」

 「あぁ、少しは落ち着け」

 「無理よ。ここ最近は本気で戦える機会もなかったから」


 ずっと我慢してきたからね。

 シアちゃんと戦った時からずっと抑えていた。

 もっと、もっと本気で戦いたい。

 その思いが溢れかえっている。


 「嫌いになった?」

 「いや、俺はお前のそういう所も好きだ」

 「私も。カミネロの優しい所が大好きだよ」

 

 これ以上の旦那はこの世には存在しないわよね。

 私の我がまま全てを許してくれる。


 「それじゃ、行きましょ」

 「あぁ。イルミナ、イリアルの事は俺に任せ、お前はレジスタンスと共にこの街を頼む」

 「はいはい。羽目を外さないようにね」

 「わかってる」

 「はやく~」

 

 もう待てない。

 私達と旦那は向かう。

 

 「それにしても海か……」

 「どうしたの?」

 「いや、どうやって戦おうかなってな」

 「簡単よ。船に乗り込んで殲滅」

 「そういう訳にもいかないさ」

 「どうして?」

 「海は危険だからだ」

 「そうなの?」

 「そうだ。まぁ、お前と一緒なら問題ないだろう。だけど、いつでも脱出できるようにしておいてくれ」

 

 こんなに慎重な旦那は初めてかもしれない。

 私に比べれば慎重な方だけど、それでも戦う前からこんなに心配するのは珍しい。


 「わかったわ。貴方を連れて脱出できる分の魔力は残しておくわね」

 「頼んだ。俺の方も娘達から貰った転移魔法陣を起動できるようにしておく」

 「うん。それじゃ、行きましょ?」

 「そうだな」


 旦那の心配ごとは気になる。

 しかし、私達も止まる訳にはいかない。

 ナナシキは私達だけでなく、これからの時代を繋ぎ、築き上げる場所。

 そこを壊させる訳にはいかない。

 

 「ねぇ、終わったらさ……」

 「なんだ?」

 「また欲しいなって」

 「何をだ?」

 「子供。今度こそ二人でゆっくりとね?」

 「悪くはないな。まだ一つ残っているからな」

 「うん。約束だからね」

 「わかった。約束だ」


 そして、新たな時代を築き上げるのは、娘達だけではない。

 この先も時代は続く。

 それに向かって私達は海を眺めた。

 




 「なーなー?」

 「どうしましたか?」

 「オルフェは何もしないのかー?」

 「していますよ」

 「そうなのかー?」

 「そうですよ」


 まさかこんな事になるとは思いもしませんでした。

 この街に来たばかりの私がこの街を守る事になるとは誰が予想をするでしょうか。

 それも、大半の兵士はユアンやシノが連れていき、残った者達は普段戦闘をしないであろう老人や子供ばかり。

 そこに元アーレン教会の魔族やAランクの冒険者が残っているとはいえ、ナナシキへと進軍をしているリアビラ軍を相手にするのは少しばかり不安が残ります。

 このままではですが。


 「なーなー?」

 「どうしましたか?」

 「やっぱり私も手伝おうかー?」

 「ダメですよ。ユアン達との約束でしょう?」

 「なー……」


 そこに一番頼りになる龍人族のこの子は宛てにしてはいけないという制限付き。

 信頼されているとはいえ、一体私を何だと思っているのでしょうか?


 「なーなー?」

 「どうしましたか?」

 「大丈夫なのかー?」

 「大丈夫ですよ。やるからにはやりますので」

 「危なくなったら言えなー?」

 「その時は頼らせて頂きますよ」


 その時は仕方ありませんからね。

 全てを失ってしまえば、それこそ無意味。

 相手が龍人族と繋がっていようがいまいが関係がなくなります。

 なので、その時は頼らせて頂こうと思います。

 ですが、その心配は無用です。

 

 「では、私もそろそろ動こうと思います」

 「どこにだー?」

 「リアビラ軍をお迎えにですよ」

 

 街で戦えばそれだけ危険が伴います。

 私だけでなく、街の人々が危険です。

 何よりも私の魔法に巻き込んでしまっては忍びないですから。


 「一人で行くのかー?」

 「はい。その方が邪魔が入らなくて助かります」

 「そうなのかー。気をつけてなー?」

 「はい。子供達の面倒は任せましたよ」

 「わかったー」


 ユアンにもずっと隠していた事がありました。

 それは私がハイエルフという存在という事。

 では、ハイエルフとは何なのか。

 エルフとの違いは何なのか。

 実際の所、大した違いはありません。

 ですが、決定的な違いが幾つかあります。


 「この地に眠る精霊よ、私に力を貸しなさい。これは命令です」


 一つは格。

 エルフは精霊と対話し、お互いに協力する関係でもあります。

 しかし、ハイエルフは違います。

 精霊を従えるのです。


 「この地に生ける動物達よ。私と共に戦いなさい。これは使命です」


 一つは調和。

 エルフは自然と共に生き、共存していく種族です。

 しかし、ハイエルフは違います。

 自然に生ける全てを掌握するのです。


 「この地に留まる魔力よ、私に集え。これは願いです」


 一つは魔力。

 エルフは魔力の高い事で知られています。

 しかし、ハイエルフは魔力が高いのではなく、魔力を操る術を知っている。

 魔力が高いのではなく、魔力を自在に操る事が出来るのです。

 つまりは、魔素がある限り私は魔力が途切れる事はありません。


 「これは運命です。私が私である由縁。恩人に救われた命の借りをここで返すのです」


 ハイエルフとエルフの違いは何か?

 大した違いはありません。

 違いはありませんよ。

 しかし、そこには大きな差があります。

 

 「詠いなさい、躍りなさい、嗤いなさい、鳴きなさい、叫びなさい、愚かな者達に女王に逆らった罰を下すのです……幽幽迷宮」


 深き森は人を惑わすでしょう。

 暗き森は人を欺くでしょう。

 一欠けらの光を求め、私の元へとやってきなさい。

 簡単ですよ。

 この森は一本道になっていますから。

 数多の試練を乗り越えれば私の元へと必ずや到達できます。


 「未だかつて二人しか到達できた者はいませんけどね」


 それが恩人となったあの二人。

 またこれも運命なのでしょう。

 

 「悪くはありませんね。恩には恩を。仇には仇を返すのです」

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