第432話 補助魔法使い、鼬軍の降伏を受け入れる

 門を壊し、時間は掛かりましたがどうにか鼬族の救出に成功した僕たちは、ぞろぞろと街を明け渡すように出てくる鼬兵達の前へと立ちました。

 改めて見てもわかります。

 数だけは依然として僕達とフォクシア軍を合わせても軽く倍以上はいますね。

 なので、どうしても緊張してしまいます。

 もしかしたら降伏も偽りの可能性もありますので。

 そんな中、鼬兵を代表するように数人の兵士を引き連れた兵士が僕達の元へと歩いてきます。

 

 「この度は敵である私達を天災から救って頂きまして、ありがとうございます」


 この人が鼬軍の一番偉い人なのですかね?

 僕達の元へとやってきたその人は、敵意がないとアピールするためか、僕達の前で片膝をつけて頭を下げました。

 手には武器も握られていませんし、危険察知が働かないので完全に丸腰みたいですね。

 

 「顔をあげてください」

 

 形ばかりですが、僕は総大将ですので、鼬兵の対応は僕がすることになりました。

 なので、僕はこのままでは話が出来ないと思い、僕達に向かって頭を下げた人に顔をあげて頂きました。

 

 「あれ、貴方はあの時の……」

 「覚えてくださっていましたか」

 「当然ですよ。忘れもしません」


 驚くことに僕達に頭を下げていた人は初日に国境で戦い、ギリギリのところで鐘がなって戦わずに済んだ人でした。


 「私もです。まさか、貴女が総大将だったとは……どおりで強い訳です」

 「いえいえ、僕はそこまでですよ」


 と言ったら失礼ですかね?

 僕の事を認めてくれた人に謙遜するのは悪い事かもしれません。

 ですが、実際に戦闘能力……攻撃面に関しては僕はまだまだですので嘘ではないですよね。

 っと、言ってしまった事は仕方ありませんので、話を続けないとですね。


 「それで、貴方たちは降伏したように見えますが、その意志は変わりませんか?」

 「はい。見ての通り、私共は既に戦える状態ではありませんので」


 護衛の方でしょうか?

 その人達も頷いています。


 「わかりました。それならば、降伏を受け入れます」

 「ありがとうございます」

 「ですが一つだけいいですか?」

 「何なりと」

 「先ほど、貴方達が守っていた都市が天災に見舞われたと言いましたが、あれは違いますよ」

 「といいますと?」

 「あれは僕達がやりました」


 嘘はいけませんからね。

 そこはしっかりと伝えなければいけません。

 だって、天災というのは神様の裁きみたいなものですよね。

 つまりは、神様の意志で負けたと思っている筈です。

 それなら鼬兵も納得できるかもしれません。

 ですが、実際にやったのは僕達です。

 それなのに勘違いして降伏し、後にわかったら僕達に騙されたと思って恨まれるかもしれません。

 戦争が終わった後に、またそれが原因で鼬兵に反乱を起こされるのは困ります。

 なので、再び戦闘になる可能性があると思いつつも僕はその事実を伝える事にしました。


 「そうでしたか。では、尚更ですね」

 「いいのですか?」

 「えぇ。あの状態を生み出せるほどの戦略と力がある相手には万に一つも勝ち目がないでしょうから。無駄に兵を犠牲にする訳にはいきません」


 よかったです。

 予想とは裏腹に冷静に状況を判断できる人みたいですね。


 「それに、どちらにしても私共には戦う力は残されていません」

 「被害の方はやっぱり大きかったのですか?」

 「人的被害は確認中ではございますが、今の所はその報告はありません。しかし、食料と武器等の類は全滅です」


 やっぱりそうなっていますよね。

 見たところ、護衛と思われる人達も武器を持っているようには見えません。

 恐らくは鼬兵の大半がこの状態の可能性はありますね。

 外壁に集まっていたくらいですし、本当に行場がなかったでしょうしね。

 そんな場所で武器を持っていたら邪魔になるはずですから。


 「ですが、いいのですか?」

 「何がですか?」

 「貴方たちが負けを認めるという意味がですよ」


 これで鼬国がフォクシアへと送り込んできた兵士は全て負けた事になります。

 つまりは鼬軍がフォクシアに負けを認めた事に等しい状態ともいえるのです。


 「仕方ありません。負けは負けですから」

 「ですが、鼬王に後で酷い目に合わされませんか?」

 「正直な所、このまま帰ったら少なくとも私の命はないでしょう」

 「そうですよね」


 そうなると思います。

 鼬王がどんな人かわかりませんが、あの手のタイプの事は何となくわかります。

 全てが自分の思い通りにならなくては気が済まなくて、失敗すれば人の所為にし、その人に責任をとらせる。

 そんなタイプの人だと思ったのです。

 実際はわかりませんよ?

 ですが、この様子ですと間違いはなさそうです。


 「これから貴方はどうするのですか?」

 「私は都へと戻ります」

 「どうしてですか?」

 「それが軍を率いたものの責任ですから」


 重い責任ですね。

 

 「今なら亡命する事もできますよ?」

 「そうですね。ですが、それは出来ません」

 「どうしてですか?」

 「例え王がどんなに愚かでも、ここが私が育ってきた場所ですから。私は最後まで鼬国の一人として生きたいのです」


 愛国心というやつですね。

 やっぱり、鼬族の人が全員悪い人ってわけではないとわかりました。

 ただ、鼬王が怖いから従っているのではなく、中には自分の生まれ育った国の為に戦っている人もいたのですね。


 「その気持ちは変わりませんか?」

 「はい。変わりません」

 

 覚悟ができているという顔をしていますね。

 なら、仕方ないです。


 「申し訳ありませんが、貴方を此処で逃がせば再び僕達と戦う事になる気がします」

 「そうですね」

 「なので、申し訳ないですけど貴方の事は暫く捕縛させて頂きます」

 「……わかりました」


 凄く悔しそうにしています。

 ですが、これは仕方ないのです。

 さっきも言いましたが、ここでこの人を逃がせば必ず残してきた兵と合流して再び戦う事になると思います。

 そうでなくても、鼬王に何らかの処罰がくだされるはずです。

 そして、その先に待っているのは死。

 この人が望んで身を捧げる事になると思いますが、助かった命を無駄にさせる訳にはいきません。


 「なので、これからの事を見届け、それからどうしたいかをよく考えてください」

 

 きっと、この後に待ち受けるのは鼬国との最終決戦です。

 そしてそれが意味するのは鼬国の滅亡です。

 その時にこの人はどうするでしょうか?

 この人だけではありません。

 この人と同じような気持ちで戦場へと立った人はどうするのか。

 そればかりはわかりません。

 ですが、今この場で母国を守れなかったからといって命を捨てる必要もないと思うのです。

 確実にこの人達の誇りを傷つける事になってしまいますが、もしかしたら考えを改め新たな道を見いだせる可能性が十分にあると思います。

 それにこれは勝者の特権ですしね。

 勝ったからには僕達の言う事を聞いてもらう必要があります。


 「何かそちらから要求はありますか?」

 「ユアン殿」

 「アンリ様、わかっていますよ。僕達が要求を聞くことがおかしいという事くらいは」

 「わかりました。わかっているのならば、私は黙っていましょう」

 「ありがとうございます」


 良かったです。

 もし本気でアンリ様に怒られたらどうしようかと思いました。

 だって、アンリ様が怒ったとしてもそれが本来ならば正しいですからね。

 だって、僕達はこの戦いの勝者でありますから。

 勝った側が負けた側の要求を呑むのはおかしいです。

 ですが、これは僕のやり方です。

 敵だからといって、降伏した相手の人権を無視するようなことは出来ません。

 みんな仲良く協力し、差別のない街。

 これがナナシキの方針です。

 ここで自分たちの要求だけを通してしまったら全てが嘘になってしまうような気がしたのです。


 「変わっておられますね」

 「そうですかね?」

 「えぇ。ですが、好ましく思います。私共の王も貴女みたいな人だったら良かったのですがね」


 まぁ、僕が王様だったらとんでもない事になっていると思いますけどね。

 鼬王は僕と違って形だけの王ではなく、正真正銘の王様です。

 幾ら愚かでも王様は王様。

 きっとそれなりに苦労はしてきた……筈ですから。

 っと、鼬王は関係ありませんね。

 

 「それで、要求は何もないのですか?」

 「…………そこまで言って頂けるのなら二つほどお願いがあります」

 「何ですか?」


 少し躊躇ったみたいですが、やっぱり僕達に要求があったみたいで、申し訳なさそうな顔をしながらも僕に要求を伝えてくれました。


 「一つはみんなに食料の提供をお願いしたい」

 「そこは問題ありませんよ。既に準備は進めていますので」


 味は保証できませんが、食べられる物は用意しています。

 僕達も鼬兵達がここ数日間の間、まともに食事をとれていないと思っていましたので。


 「ありがとうございます」

 「いえ、それともう一つは何ですか?」


 多分、こっちが重要な要件なのだと顔をみて理解しました。

 申し訳なさそうな顔が一転して、キリっと戦いに挑むような顔つきへと変わったのです。

 そして、ゆっくりと口を開き、僕達にこう告げました。


 「鼬王を倒してくれ」


 まさか、その言葉が出てくるとは思いもしませんでした。

 しかし、冗談を言える状況ではありません。

 これが本気のお願いだとわかりました。

 なので、僕もその思いに応えるように、目を見て伝えます。


 「任せてください。鼠族だけではなく、鼬族も鼬王から解放させてみせます」

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