第430話 弓月の刻、防衛都市を陥落させる

 「えっと……スノーさんは悪くないと思いますよ」

 「うん。スノーは悪くない」

 「そうだね。スノーさんが原因ではないと思うの」

 「なら、みんなして私の名前を呼ぶのはやめてくれない」

 「そうは言われましたも……」


 やり過ぎましたかね?

 僕達が作戦を決行してから数日経過したとある日の朝。

 僕達が目にしたのは酷い光景でした。

 

 「ユアン見て見て。鼬族が手を振ってる」

 「本当ですね! きっと鼬族の兵士達も喜んで……」

 「そんな訳ないでしょ。あれは助けを求めているの!」


 わかっていますよ。

 わかっていますとも。

 ただ、そう言っていないと罪悪感が溢れ出てきてしまうのです。


 「どうしましょうか?」

 「そうだね……鼬族も降伏しているように見えるし、助けてあげた方がいいかな」

 「私達が原因ですけどね」

 「主にスノーが悪い」

 「いや、さっきまで悪くないって言ってくれてたよね? 提案したのは私だけどさ」


 さて、そろそろ現実に目を向けなければいけませんね。

 

 「それにしても、こんなに効果的だとは思いませんでしたね」

 「対処しようがないと言うのが辛い所だと思うの」


 僕達は防衛都市から離れた場所でその様子を眺めています。

 相変わらず、不気味なほどに真っ黒な外壁は初日のままです。

 もちろん、固く閉ざされた門も健在ですよ。

 ですが、初日と違う事が幾つかあります。

 

 「本格的にやばいかもしれませんね」

 「うん。あのままじゃ流される」

 「トレンティアで見た滝みたいになってるね」

 「それも何カ所も……」

 「やっぱりスノーさんが原因ですよね」

 「いや、全員の責任でしょ」


 一つは鼬兵達が外壁にびっしりと詰まっている事。

 そして、もう一つはスノーさん達が言ったように、外壁から滝のように水が溢れている事です。

 事の始まりはスノーさんの一言でした。

 




 「あれだけ堅く閉ざされているならさ、水で攻めたらどうかな?」

 「そんな事が出来るのですか?」

 「出来ると思うよ。あれだけの街だし、上水と下水に分かれていると思うんだよね」

 「タンザみたいな感じですか?」

 「そうそう。下水の流れつく先を閉ざしたら街の中が水浸しにならないかなって」


 みぞれさんと繋がりが深まったからですかね?

 まさか、スノーさんからそんな作戦が提案されるとは思いませんでした。

 

 「まぁ、増援が到着するまでは時間がありますし、試すだけ試してみるのもいいかもしれませんね」

 「うん。逃げられないようにフォクシア軍に囲ませて、私達はその作戦をする」

 「大丈夫かな……」

 「平気平気。失敗したって私達には被害はない訳だしね」





 という事で、僕達はそれぞれ役割に分かれて行動する事になりました。

 そして、その結果が……。


 「僕は下水の先を見つけてきた岩で塞いだだけなのでそこまで悪くないですよね」

 「私はみぞれに雨を降らせて貰っただけだし……」

 「私はルークにみぞれさんの手助けをして貰っただけだから」


 責任の擦り付け合いになりました。

 ではなくて、防衛都市が見事に水没してしまいました。


 「造りが悪い」

 「そうですね。まさか外壁があそこまでしっかりしているとは思いませんでした」

 

 普通の外壁ならば、岩を四角く加工し、それを積み重ねて造ったりするので、僅かな隙間があります。

 なので、水攻めにしたとしても、その隙間から少しずつ水が漏れる事になります。

 しかし、あの外壁は違いました。

 どうやって造ったのかまではわかりませんが、見事に隙間がなかったのです。

 

 「やっぱり下水の出口を塞いだのが原因じゃない?」

 「まぁ、それが始まりでしたからね」


 直接は見ていないので、実際にはどうなったのかわかりませんが、偵察に出ていた魔鼠さん達の報告だと、僕が下水の出口を塞ぐと、至る所からまるで噴水のように水が溢れてきたみたいなのです。


 「だけど、それだけじゃ限界がありますので、やっぱりスノーさん達がやり過ぎたのだと思いますよ」


 そこに追い打ちをかけたのは間違いなくスノーさん達ですからね。

 スノーさんはみぞれさんの力を借りて、部分的にですが雨を降らす事に成功しました。

 その時はまだポツリポツリと大した雨ではなかったのです。

 しかし、そこに協力したのがキアラちゃんの精霊であるルークくんです。

 二人は相方同士という事もあり、相性が良かったのかもしれませんね。

 ルークくんがみぞれさんに協力し始めると途端に雨がザーザーと振り出したのです。

 

 「けど、それを言ったらチヨリさん達の悪乗りもいけないんじゃない?」

 「そうですね。まさかあそこに魔法を打ち込むとは思いませんでした」


 チヨリさん達はナナシキの精鋭魔法使いですので、色んな事が出来ます。

 しかし、ここでチヨリさん達がやったことは単純でした。

 チヨリさんが国境での戦いで見せた魔法陣を展開し、みんながそこに魔力を集め、チヨリさんが集めた魔力を発生した雨雲に放ったのです。

 簡単に説明するならば、僕が魔力を増加させる『フェアリーウィンド』を付与したみたいに、みぞれさん達の精霊魔法を強化したのです。

 その結果。

 防衛都市は昼間なのに太陽の光が届かない程の真っ黒な雲に覆われました。

 その時点で魔鼠さん達は撤退してきたので、それ以降の状況はわからなかったのですが、数日たってその雲が晴れるとこんな事になっていました。


 「私は何もしてないから無実」

 「いえ、シアさんにも原因はありますよ?」

 「そうですよ。シアさんが門を開ける為の装置を壊しちゃったのも原因ですからね?」

 

 防衛都市にもちゃんと門があるといいましたよね?

 なので、水をそこから抜けばここまでの被害は出なかった筈です。

 ですが、シアさんが退屈と言い始め、イルミナさんと二人でこっそりと深夜に出陣してしまったのです。

 まぁ、流石に鼬兵達を襲ったりはしなかったのですが、その代わりに外壁に設置されていたバリスタやカタパルトなどを次々と壊してしまったのです。

 そして、そのついでに門を開ける為の装置も一緒に壊してしまったのです。

 

 「むー……攻めるのが楽になると思っただけなのに」

 「まぁ、こんな状況でなければ有難かったと思いますけどね」


 ただ、余分な事をしてしまっただけです。

 という訳で、僕達が色々とやった結果、こうなってしまいました。


 「やってしまった事は仕方ないとして、問題はどうやって鼬兵達を救出するかですね」

 「ロープで外壁から降りられないかな?」

 「厳しいと思います。下手すれば滝のように溢れる水に呑まれてしまいますので」


 水の勢いって凄いですからね。

 浅い川でも流れが速かったら簡単に人を流してしまいます。

 それが上から下に流れている訳ですので、とてもではありませんが、体力の失った鼬兵では無理だと思います。

 

 「せめて万全だったら可能だったかもしれないのにね」

 「そうですね。まぁ、それも僕達のせいですけど」


 鼬兵たちはみんな疲弊しているのがわかります。

 理由は簡単です。

 単純に食料と水不足だからです。

 

 「食料は水の底」

 「水もとても飲めたものではないと思うの」


 当然ですよね。

 もちろん全ての食料が駄目という訳ではないと思いますが、持ちだせた食料は少ないと思いますし、ぎゅうぎゅう詰めなので炊き出しも出来ないと思います。

 そして、水に関しては溢れるほどありますけど、下水が逆流した事で汚れているでしょうし、浸水した事により色んなものが浮かんでいる状態だと思います。


 「それに加えてあの状態じゃ満足に眠れないだろうしね」

 「鼬兵達が降参するのも無理はありませんね」


 僕達だったら転移魔法で逃げますけど、鼬兵はそうもいきませんからね。


 「で、どうやって救出する?」

 「やっぱり、水の逃げ道を作るのが手っ取り早いですよね」


 流石に降伏したとはいえ、完全に信用できないので僕があそこに行って、転移魔法陣を起動して助けるのは危険です。

 捕まる事はないとは思いますが、万が一を考えて行動するならば却下です。

 というか却下されました。

 一応は総大将なのだから、もっと慎重になれとみんなから怒られてしまいました。

 なので、別の方法を模索している感じですね。

 そこで、浮かんだのがこの案です。

 水の逃げ道を造れば解決するだろうという案です。


 「でも下水の出口を再び開いたとしても時間がかかると思うの」

 「うん。大量の水を放出するようには造られていないから当然」

 「となると、やっぱりあの門を壊すしかないですね」


 開かないなら壊してしまえばいい。

 単純で効果的ですよね。


 「問題は誰が壊しに行くかですけど……」


 みんな露骨に視線を逸らしました。


 「濡れるのはいや」

 「ユアンさんの付与魔法を貰っても弓じゃ無理だと思うの」

 「私だと逃げ遅れそうでちょっと怖いかな」


 シアさん以外の理由は納得ですね。

 ですが、シアさんがあの水を被るとなると僕も嫌です。

 防御魔法で防げるとは思いますが、危険には変わりありません。

 門を壊した拍子に物が一緒に流れてきてその下敷きになったら救出するのは大変ですしね。


 「となると、適任は……」


 僕でも無理ですね。

 根本的に火力が足りません。


 「おかーさん」

 「あ、イリアルさんならいけるかもしれませんね!」


 シアさん程ではありませんが、イリアルさんは機敏ですし、物の下敷きになっても転移魔法が使えるので脱出もできます!


 「残念だけど、イリアルさんならアーリィにもう向かったよ」

 「え、何でですか?」

 「ユアンちゃんに怒られる前に逃げるって言ってましたよ」


 やられました!

 まさか、既に居ないとは思いもしませんでした!

 むむむ。となると、適任の人が他に……。


 「あっ! そういえば適任の人がいるじゃないですか!」

 

 何で直ぐに思い浮かばなかったのか不思議なくらい適任の人がいる事に気付きましたよ!

 何でも無難にこなせて、僕に凄く協力的な人がナナシキに居るのです!


 「ちょっと、迎えにいってきますね!」

 

 きっと、あの人ならば快く引き受けてくれる。

 僕はそんな確信をもってナナシキへと飛びました。

 そして、僕の予想通り二つ返事で嬉しそうに一緒に来てくれました。

 やっぱり繋がりって大事ですよね。

 僕達は期待を込めて、その人を門の破壊に送り出しました。

 そして、予想以上に僕達の期待に応えてくれました。

 ちょっと違う方向ででしたけどね。

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