第428話 ナナシキ軍、国境での戦いを終える
「ん……」
「起きた?」
「あ……シアさん? あれ、ぼく……」
目が覚めると、いつもと違う風景に少し戸惑いました。
ですが、直ぐに昨夜の事を思い出しました。
そうか、あのまま眠ってしまったのですね。
「気にする事ない。私もユアンの事を堪能できたから」
「けど、ずっとこの体勢だったのですよね? 体の方は大丈夫ですか?」
「平気。この体勢で眠るのは前にもあったから」
「前にも……あっ!」
「そう。ユアンと初めて森で一晩過ごした時と同じ。あの時はユアンは私の足を枕に使ってたけど」
シアさんが優しく笑ってくれました。
懐かしいですね。
凄く懐かしいです!
シアさんと初めて会話を交わした時の事を思い出しました。
起きたら目の前にシアさんがいて、シアさんの腿を枕にしてた時があったのです。
「あれがなかったら今がなかったのですよね」
「うん。ユアンの図太さがなかったら今がなかった」
「むー……たまたまですよ」
「そうだった。素直がウリ、だよね?」
「そこまで覚えていたのですね」
「うん。忘れもしない」
「くぅぅぅ~」
「ね?」
あの時と同じでお腹が鳴りました。
それであの時も恥ずかしくて自分で素直とか言ってしまったのですよね。
となると、やる事は決まっていますね。
「その前に……」
「うん。ちゅっ」
お決まりとなったおはようにキスを交わします。
「えへへっ、あの時とは少し違いましたね」
「うん!」
あの時はまさかシアさんと恋人となり、さらに結婚するとは夢にも思いませんでした。
人生って本当に何があるのかわからないものです。
「それじゃ、あの時みたいに朝食をとりますか」
「うん! 昨日はお預けだったから嬉しい」
本当に嬉しそうですね。
これもあの時とは違います。
あの頃のシアさんはこんなに感情を表に出す人ではありませんでしたからね。
表情も柔らかくなりましたし、耳と尻尾もピコピコフリフリしています。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
んー!
やっぱり森の中で食べる干肉さまは格別ですね!
ゴブリン特有の臭みと僕の秘匿の技術の辛みが合わさって複雑な味を醸し出していて、一時的にですが野生に戻った感じがします。
もちろん比喩表現ですよ?
野生で生きてきた訳ではありませんからね。
何となくそう感じるだけです。
「けど良かった」
「何がですか?」
「昨日よりもいい顔してる」
「そうですかね?」
「うん。昨日は消え入りそうな顔をずっとしてた」
そんな顔をしていたのですね。
もちろん、シアさんと二人きりになった途端みたいですけどね。
「シアさんのお陰ですよ」
「そうかもしれない。だけど、それだけじゃない。ユアンが強くなければそうはならない」
「それもシアさんのお陰です。シアさんとここまで一緒に歩んでこれたからこそ、今の僕がありますからね」
シアさんと一緒に過ごしてこれなかったら、今頃どうなっていたのかわかりません。
ずっと、弱いままの僕だったかもしれないです。
「むー……そんな事言われると、ムラムラする」
「だ、ダメですからね? もう明るくなりましたし、外ですから……」
「たまには外でもいいと思う、よ?」
「ダメですよ~。ほら、みんなにも心配しているでしょうし、食べたら戻りましょうね」
「わかった」
本当にここで……その、イチャイチャしたかったのでしょうか。
凄くしょんぼりしているのがわかります。
「えっと、その代わりですが、また夜に二人きりになったらいっぱい愛してくれると、嬉しいです」
「いっぱい? どれくらい?」
「シアさんが満足するまで?」
「いいの? きっとユアン気を失うかもしれないけど」
「そ、そこまえではダメです!」
サラッと怖い事を言われました!
流石にそこまでされたら困りますよね。
「冗談。ほら、戻ろ?」
「はい」
朝食を終え、僕達はみんなが待つ野営地へと戻りました。
もちろん手を繋いでです。
「それにしても、失敗しましたね」
「何が?」
「あの体勢で眠ったせいか、腰が痛いです」
歩きだして気付いたのですが、腰がバキバキになっていました。
「大丈夫?」
「はい。問題はないですよ。シアさんこそ本当に大丈夫なのですか?」
「うん。私は平気」
普段の鍛え方が違うからですかね?
本当にシアさんは平気だったみたいです。
「お、帰ってきたね」
「はい、ただいま戻りました」
「良かったぁ。心配しましたよ?」
「申し訳ないです」
日が昇った頃だったのにも関わらず、既にみんなは起きていました。
野営地に入ると、みんなから心配の声を掛けられました。
当然ながら、スノーさんにもキアラちゃんにも心配をかけてしまったみたいで、僕達が寝る予定だったテントに入ると、二人が寄ってきて、キアラちゃんがシアさんと反対の腕をとり、スノーさんが正面から抱きしめてきます。
「むー……スノー」
「今はいいでしょ。仲間を心配してるだけだしさ。それともシアもして欲しい?」
「私はいい」
「遠慮はしなくていいですよ。私がシアさんにハグしてあげますね」
「いいって言ってるのに」
僕の腕を離すと、シアさんにキアラちゃんが抱きつきました。
僕のシアさんですけど、キアラちゃんなら許せますね。
だって、こんなに心配してくれる仲間ですからね。
「それで、ユアンはもう大丈夫なの?」
「大丈夫かはわかりませんが、落ち着きました。だけど、正直怖いのは確かです」
「そっか……。だけど、今日は戦わないみたいだよ」
「そうなのですか? シアさんも昨夜そう言っていましたけど」
「うん。アンリ様から先ほど通達があって、今日は戦闘しないって」
アンリ様の決定なのですね。
「だからナナシキもそうしようってなったんだよね。まぁ、総大将のユアンが戦うというのなら私達だけでも戦うけどね」
「いえ、戦わないのならそれでいいと思います」
話を聞いている限り、アリア様とアンリ様が何かをやっているみたいですからね。
きっと意味のない事をする筈がないので、見守るのが得策だと思います。
問題は何をしているかですけど……。
「失礼します」
「どうした?」
「はっ、ご報告があります」
「話せ」
僕達が今日の事を話合っていると、スノーさんの兵士が報告にやってきました。
あの様子だと、アンリ様からの伝令ではなさそうですね。
「鼠族が投降をしてきました」
「鼠族がですか?」
「はい、何でも鼬族のやり方にはついて行けないとの事らしく」
「武器は?」
「持っていません」
なら、罠って訳でもなさそうですね。
「目的はわかるか?」
「恐らくは食事かと……」
「食事か……」
昨日戦ったのは鼬族の人ばかりでしたが、その中に混ざっていた鼠族の人達はみんな痩せていましたからな。
まともな食事をとっていなかったことがわかります。
「ナナシキ軍の食糧事情はどうだ?」
「今の所は問題ありませんが、これから増えてくるとなると……」
「ふむ。しかし、投降してきた者達に食事を与えないとなるとマズいな」
「どうしてですか?」
「ないとは思うけど、また裏切られても面倒だし、何よりも評判に関わるからね」
ナナシキの連中は投降してきた者に酷い扱いをするって思われてしまうって事ですかね?
んー……そんな事で嫌な印象を持たれても嫌ですし、今後のナナシキにも影響してしまいそうですね。
あの街はよそ者には酷い所だから行かない方がいいと誰も来なくなってしまう事もありえそうです。
実際は来るものは拒まずで色んな種族がいますけど、噂とは変に広がりますからね。
「なに、その事なら問題ない」
「あ、おはようございます」
「うむ。おはよう」
僕達が鼠族の事で話合っていると、アリア様が僕達のテントにやってきました。
「けど、問題ないってどういう事ですか?」
「トーマが向かっておる」
「トーマ様がですか?」
けど、それがどう繋がるのでしょうか?
「ユアン達もフォクシアの中央に都があるのは知っておるな?」
「はい。獣王会議をする場所ですよね?」
「うむ。それ以外にもあそこには役割があるのじゃよ」
「役割ですか?」
そう言われてもわかりません。
何せ行った事もありませんからね。
どんな建物があるのかも知りません。
「あそこにはな、大量の食糧を保管しているのじゃよ」
「何の為にですか?」
「今回の為のような……とは違うが、アルティカ共和国の歴史を繰り返さぬためじゃよ」
「戦争って事ですか?」
「まぁ、そうなるな」
と言われてもピンと来ませんけどね。
食料と戦争がどう繋がっているのかが僕にはわかりません。
「簡単。飢饉」
「そうじゃな」
「わかりました。つまりは、食料がなくて他の場所から奪うために戦争が起きたって事ですね」
「そう言う事じゃ」
なるほど。
それを繰り返さないためにも、中央の都には大量の食糧を備蓄してあるってことですね。
それをトーマ様が運んできてくれているみたいです。
「随分と準備がいいですね」
「うむ。鼬軍の編成を聞いた時に思いついたのじゃよ。国境ならば鼠達も逃げる事ができるとな」
しかし、問題がありました。
それが食料で、逃げた所で飢えが凌げなくなると。
そこでアリア様は中央の都から食料を持って来させたみたいですね。
「となるとこれから鼬軍は……」
「うむ。放っておけば鼠族がどんどんと逃げ行くだろうな」
「けど、他にも問題がありますよね」
人質に取られた鼠族の家族たちが残っています。
その人達をどうにかしない事には行けませんよね。
「その心配もいらぬよ」
「どうしてですか?」
「クドーとラシオスが動いておる。鼠族や兎族の受け入れを始めてくれたからな」
「それは有難いですね。ですが、人質ですよね? 逃げる事は出来るのですか?」
「問題ないじゃろう。鼠族と兎族とて身柄を拘束されている訳ではないからな」
それもそうですね。
数千から万単位の人間を捕まえておけるはずがありません。
「まぁ、それでも多少の被害は出るだろうがな」
「出来る限り無事に逃げて欲しいですけどね」
都から逃走しようとすれば、当然ながら妨害が入る筈です。
何せ鼬領には三万の兵士が残っているとの事ですからね。
その人達が逃げないように動いたら簡単には逃げれないと思います。
「まぁ、直ぐにという訳ではない。動くのは鼬軍がこちらに増援を送ってからでも十分間に合うじゃろう」
「どうしてそう思うのですか?」
「鼠族の兵士が減っていくからじゃよ。数で戦うのが鼬軍のやり方。その数が減っては戦えぬじゃろうからな」
鼬軍は増援するしか僕達と対等に戦う手段がないという事ですね。
となると、都に残した兵を送る事に繋がるみたいです。
「なんだか、すごいやり方をしていますね」
「うん。アリアはせこい」
「そう言うな。戦わずして勝つのが最善じゃからな」
アリア様に同意ですね。
戦わなくて済むのならそれが一番だと思います。
そして、アリア様の予想は当たりました。
日を追うごとに鼠族の兵士の投降は増え、国境を守る兵士の姿が鼠族ではなく鼬族の姿に変わっていったのです。
そして、一週間が経過した頃、ついに鼬軍に動きがありました。
夜の間に撤退を開始したのです。
そして、向かった先は難攻不落と呼ばれた防衛都市。
戦いの場所が移る事になったのです。
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