第427話 さくら

 「母上、一体何をなさるつもりですか?」

 「む? わからぬか?」

 「わからないから聞いているのです」

 「なに。ちょっとばかし鼬共を苦しめてやるくらいじゃよ」

 「母上の悪い顔を見ていればそれくらいわかります。ですが、その方法がわからないのです」

 「何でも私に聞くのはアンリの悪い癖じゃ。私が何をしようとしているのかくらい見て学ばぬか」

 「母上がそう仰るのであれば……」


 どうも察しが悪いのぉ。

 昔から思っていたが、アンリは察しが悪いというか真面目というか。

 いい所ではあるのじゃが、些かそれでは王としてやっていけぬであろうな。

 腹芸の一つでも覚えさせねばならぬな。

 まぁ、今はそれは置いておく。

 私にはやらねばならぬことがあるからな。


 「皆の者! 今日の戦は見事であったぞ!」


 私はアンリが率いる兵士達の前に立ち、今日一日の労いの言葉を兵士達に送る。


 「アリア様万歳!」

 「アンリ様万歳!」

 「「「フォクシア万歳!!!」」」


 良き良き。

 今日の戦が大勝だとわかり、皆の者も高揚しているみたじゃな。


 「その感謝……という訳ではないが、ささやかじゃが宴の場を設けた! 酒を飲み、食事に楽しみ、今日一日を振り返り楽しむとよい! 今日は無礼講じゃ!」


 兵士達から歓声が巻き起こる。

 当然じゃな。

 アンリの率いる軍はナナシキの者達よりも先に出発し、ここ暫くは旨い物を口にしておらんからな。

 暖かい食事に振舞われる酒。

 私だって同じ立場じゃったら気分も高まるというものよ。

 こうして始まった宴会。

 大いに賑わっておるな。


 「母上」

 「なんじゃ?」

 「どういうおつもりですか?」

 「どうもこうもない。それよりもお主も少しは飲んだらどうじゃ?」

 「それは出来ません」

 「何故じゃ?」

 「決まっているでしょう。私達が今いる場所を考えれば当然のことです」


 アンリが鋭い視線を送る先には、私達の宴を羨ましそうにみる鼬族達がいる。


 「なんじゃ、怖いのか?」

 「怖いとかそういう問題ではありません。今、鼬族が攻めてきたらどうするおつもりですか?」

 「攻めては来ぬよ。それがアルティカ共和国のルールじゃからな」

 「わかっています。ですが、相手は鼬族です。そんなルールはあって無いようなものだと理解していない母上ではないでしょう」


 うむ。

 当然ながら鼬族の事は信用をしていない。

 ないとは思うが、十分に攻めてくる理由はあるな。

 

 「しかしな? お主が酒を飲まなければ、お主が率いる兵士達も飲む訳にはいかぬぞ?」

 「それは……」

 「それともアンリは兵士達の期待を裏切るつもりか? 逆に士気に関わって来るぞ?」


 フォクシア軍を率いているのは私ではなくアンリ。

 現段階では私がまだ王ではあるが、軍をアンリに任せた以上は軍の方針を決めるあくまでアンリ。

 私が飲んで言っていいと許可をだしても、それに従うのは軍律違反にあたる。


 「しかし……」

 「まだ渋るか。本当にしょうもないのぉ」

 

 そんなに鼬族の兵士達が気になるのか。

 肝っ玉の小さき男よ。

 アランなら豪快に飲んで見せるところなのにね。

 アンリにはそうなって貰いたいけど、まだ早いみたい。

 じゃが、どうしてそこまで鼬族の事を気にしているのにも関わらず気付かないのじゃろうな。

 そこまで鈍い男ではないと思うのじゃが。

 まぁ、仕方ないな。


 「アンリ。今は飲め。これは命令じゃ」

 「申し訳ありませんが……」

 「いいから飲め。宴を開いた意味がなくなる」

 「どういう事ですか?」

 「飲めばわかる」

 「わかりました……」


 ようやくアンリが一口だけ酒に口をつけた。

 

 「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」


 その瞬間に今日一番の歓声が兵士達からあがった。

 うむうむ。

 楽しそうで何よりじゃな。


 「それで、どういう事ですか?」

 「まだわからぬか。鼬族を見るが良い」

 「鼬族を……なるほど」


 効いておるな。

 鼬兵共が私達の事をとても羨ましそうにみているな。

 当然じゃろう。

 奴らは我らよりも長い日をかけてようやくここまで辿り着いた。

 しかもじゃ。

 食料などの物資を荒らされ、まともな食事にもありつけていない状態。

 今の我らがとても羨ましく見えるじゃろうな。


 「わかったか?」

 「わかりました。母上は鼬軍の士気を下げる為に……」

 「違うぞ」

 「え?」


 何て間抜けな顔をしておる。目が丸くなっておるではないか。

 こんな姿をエメリアに見せてやりたいのぉ。

 しかし、どうやら本当にアンリは私の意図を理解していないみたいじゃな。


 「いいか。今更あ奴らの士気を下げた所で何になる」

 「という事は、別の意図があると?」

 「そうじゃな。これからはちと面白い事になる」


 国境で戦うという事がどういう事なのか、ポックルはわかっていないみたいじゃな。

 さて、これで準備は整った。

 後はじっくりと待つだけでよい。

 

 「さて、後はアンリに任せたから」

 「へ? 母上?」

 「何変な顔してんの」

 「いや、いきなりそんな口調で話されても……」

 「いいの。それじゃ、私は旦那の元に戻るから、後は頼んだよ。またね」

 「は、母上! せめてもう少しだけ説明を……」

 

 この期に及んでまだそんな事を言うのね。

 仕方ないな。


 「さくらだよ」

 「さくら? さくらってあの……」

 「ヒントはここまで。それじゃあね!」


 これでわからないようなら、また一から鍛えなおす必要がありそうかな。

 けど、今はアランとの時間が大事。

 アンリと共に行動を起こしたのは可愛い姪の為に一肌脱いだだけに過ぎない。

 昼間の様子だとかなり傷ついていたから。

 だけど、私だって愛する人と一緒に過ごす時間は大事にしたい。

 

 「あ、それと一つ。明日は私達は戦わないから」

 

 正確には戦う必要はないから。

 流石にここまでヒントを与えればわかるかな。

 きっと、この後に鼬軍に混ざった鼠族が面白い事をしてくれる筈だからね。

 

 




 「見ろよ……狐族のやつら」

 「あぁ、随分と楽しそうだな」


 僕達の目と鼻の先でアリアさん達が宴を開き、それを鼬軍の兵士たちが見ている。


 「暖かい食事か……」

 「美味そうだな……」

 「酒まであるみたいだぞ」

 「それに比べて俺達の食事は……」


 兵士達の手にはカチカチの携帯食のパンと堅い干し肉が握られている。

 僕達が悪いとはいえ、その光景は少し可哀想に見えてくるね。

 いや、主に悪いのはサイラスが原因か。

 サイラスがテントを盛大に燃やしたせいで、無暗に火を焚くことを禁止された。

 そのせいで、本来ならば湯につけ、柔らかくしてから食料をそのまま食べる事を強いられている。

 何せ、火が使えないという事は湯を沸かす事も出来ないから。

 中には灯りの篝火で湯を沸かそうとする人も居たけど、上の人間に見つかって罰を与えられていたっけ。

 

 「ねぇ、みんなの家族はどうしてるの?」


 僕は昼間の戦闘で手に入れた鼬族の甲冑を拝借し、どさくさに紛れて鼬軍へと忍び込んだ。


 「都に残っている」

 「俺もだ」

 「そういうお前はどうなんだ?」

 「僕には家族がいない」

 「そうか、辛い事を聞いたな。あの愚王のせいか?」

 「うん……」


 まさか愚王なんて言葉が聞けるとは思わなかった。

 まぁ、当然か。

 今僕が集まっている集団はいたち族の集団ではなく、無理やり連れてこられたに等しいねずみ族の集団。

 鼬王に立場を奪われた種族の集まり。

 

 「明日からは、僕達も戦う事になるよね……」

 「そうだな。今日は正規兵を中心に戦っていたが、今日の戦いでその数は減った。明日は俺達も戦う事になるだろうな」


 今日の戦いで主に戦っていたのは鼬族の兵士ばかりだった。

 どうやら、初戦という事もあり、鼬族の力を見せつけたかったのかもしれない。

 結果は僕達の圧勝だったけどね。

 

 「生き残れると思う?」

 「無理だろうな。数は多くても戦闘力に差があり過ぎる」


 素人が見ても一目で差がわかるようで、鼠族の男が震えている。


 「ねぇ、どうして逃げないの?」

 「そりゃ、家族をとられているからな」

 「でもさ、僕達が死んだら残された家族はどうするの?」

 「それは……」


 返答に困るよね。

 どうなるかくらいはわかっているだろうから。

 人質をとる理由は、単純に言う事を聞かせるため。

 その相手がいなくなれば、当然ながら人質は必要なくなる。

 そうなるとどうだろう。

 そのまま解放するか、それとも奴隷に売り飛ばすか。

 別の事をするかもしれないけど、鼬王なら後者を選ぶ可能性の方が高いだろうね。

 返答に迷ったのは、それをこの男達も理解しているからだろう。


 「でも、俺達はどうする事も……」

 「出来るよ。ここは国境だから」

 「国境だから何だよ」

 「他国へと亡命ができる」


 声を抑え、男達にひっそりと伝える。


 「僕には家族はいない。だけど、この戦争に参加したのはこの為だ」

 「逃げるというのか?」

 「うん。このまま鼬軍に居ても死ぬだけだから。だったら、生き残る道を少しでも広げたい。死んでしまったら全てがそれまでだから」


 当然、残してきた家族もね。

 

 「しかし、俺達みたいなのを受け入れてくれるのか……狐族は」

 「平気だと思う。戦争が始まる前に連絡をとっていた友人が狐族の都にいた。その友人が言うには、僕達鼠族を差別したりしないって……本当かどうかはわからないけど」


 敢えて不安を煽る事も混ぜていく。

 まずは両軍に不信感を持たせるのが大事だから。

 その上で判断させればいい。

 どっちにつくのが正解なのかを。


 「だから、僕はいくよ」

 「今からか?」

 「うん。もう、お腹が空いた。これ以上は無理だよ」


 本当にお腹が空いたからね。

 昼間から何も食べてない。

 何せ、主と共に戦闘をしてそのままこっちに忍び込んできたからさ。


 「それじゃ、お元気で」


 僕の事を見守る鼠族の男達の前で、僕はこっそりと国境を脱出する。

 向かうはアンリさんの所。

 僕の事、覚えていてくれるかな。

 何度も顔を合わせているから大丈夫だと思うけど、格好が恰好だけに少し不安。

 フォクシア軍に近づくと案の定、兵士達に槍を突きつけられた。

 しかし、アンリさんが僕の事に気付き、全てを察したように迎え入れてくれた。

 アリアさんも人が悪いよね。

 僕が忍び込んでいた事をアンリさんに伝えておいてくれないんだから。

 まぁ、結果的には無事に戻れた。

 そして、アンリさんから食事を渡される。

 しかも、鼬兵や鼠兵が僕の事を注目する中で。

 アリアさんの意図を理解したみたいだね。

 さて、僕の姿はどう映ったかな?

 アリアさんの作戦がうまくいくのなら、これから僕達にとっても鼬族にとっても大変な事が起こるだろう。

 

 『キティ、そっちの方は?』

 『はい。今の所は順調です。今、トーマ様と接触を果たしました』

 『わかった。直ぐに行動に移して貰うように頑張って」

 『お任せください』


 うん。大丈夫そうだね。

 これで、これからの準備も整った。

 後はじっくりと待つだけ。

 こうなってくれば思った以上に、この戦争は早く片が付きそうだ。

 そしたら、僕も暫くはゆっくりできる。

 家族はいないと言ったけど、大事な人が僕にも出来そうだからね。

 僕の事を心配してくれたあの子の元に早く帰ってあげたい。

 そしたら、その次は……。

 少し忙しくなるかもしれない。

 もちろん戦争が終わった後の話だけどね。

 

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