第426話 補助魔法使いの未来

 戦闘が終わった直後は大丈夫でした。

 しかし、みんなも戻ってきて安心したのか、次第に手の震えが止まらなくなりました。

 それに胸に何かがつっかえるように息苦しくて、呼吸がしづらい気がします。

 だから僕は理由をつけてみんなから離れました。

 祝勝ムードを壊してしまいそうでしたからね。

 だけど、一人でいると押しつぶされてしまいそうで、不安でした。

 けど、やっぱり僕のお嫁さんは信頼できますね。

 僕が一人で森の中に入って来るとシアさんがこっそりついてきてくれました。

 なので、今は甘えさせてもらいます。

 弱い僕と一緒に居て貰います。

 シアさんに座って貰い、僕はシアさんと向き合うように抱き着き、頭を撫でて貰いました。

 シアさんの匂いは安心できます。

 シアさんの暖かさは安らぎを与えてくれます。

 いっぱい泣きました。

 溜めていたものを吐きだすように、いっぱい泣いてしまいました。

 そこから暫くして、ようやく落ち着いた僕は、今日の事をシアさんに話しました。

 僕一人ではどうしたらいいのかわかりませんでしたので。

 人を殺してしまった時の心の在り方をシアさんに聞いたのです。

 シアさんから返ってきたのは、悩むなら悩んでもいい。

 答えはないのだから。

 そう返ってきました。

 そうですよね。

 人を殺してしまった時の感じ方は人それぞれです。

 僕のように悩む人もいるでしょうが、何も感じない人もいると思います。

 だから、僕はシアさんにこんな質問をしました。


 「ねぇ、シアさん」

 「何?」

 「シアさんが初めて人を殺した時って、どんな感じだったのですか?」

 「必死だった。だから、あんまり覚えていない」

 「そうなのですね」

 「うん。だけど、罪悪感はなかった」

 「どうしてですか?」

 「相手が盗賊だったから」


 シアさんがその時の事を話してくれました。

 シアさんが初めて人を殺してしまった時は影狼族の村を出てしばらく経った頃のようです。

 

 「私がまだ未熟で、警戒心がなかったから、夜に囲まれた」


 野営をしていると、気づいたら十人ほどの男性に囲まれていたようです。


 「けど、シアさんはその時お金などは持っていなかったのですよね」

 「うん。だから、盗賊の目的は私の身体だったんだと思う」

 

 シアさんは素敵ですからね。

 男性が狙いたくなる気持ちもわかります。


 「それで、どうなったんですか?」

 「大変だったけど、殺した」

 「躊躇ったりしなかったのですか?」

 「少しだけ。だけど、躊躇ったら逆にやられると思ったから必死に戦った」


 そしたら、気づいたら全てを倒していたそうです。

 その頃からシアさんは強かったのですね。


 「そうなのですね。やっぱり色々とシアさんは強いです」

 「そんな事ない。相手が盗賊だったから平気なだけ。今回みたいに、悪人じゃないのが相手だったら私も悩んだかもしれない」

 「シアさんでも悩む事があるのですね」

 「むー……私だって悩む事くらいあるもん」

 

 シアさんが頬を膨らませています。

 それが可愛くて、つい笑みが零れてしまいました。


 「やっと笑った」

 「はい。シアさんと一緒なら僕は大丈夫なので」

 「嬉しい」

 

 ふんわりと包み込むように、シアさんが僕の背中に腕を回し、抱きしめてくれます。


 「僕もシアさんと一緒で嬉しいです。けど、少し意外でした」

 「何が?」

 「僕が悩んでいたら、気にするなと言われると思ったのに、悩むなら悩めと言われましたので」

 

 人の慰め方って色々あって、難しいですよね。

 かける言葉一つで更に傷つける事があるのを僕は知っています。


 「悩んでる人に気にするなと言うのは無神経。その痛みはその人だけの物。体の傷と同じで痛いのに気にするななんて言えない」

 

 僕はそれが有難かったです。

 一番言われたくない言葉が気にするなという言葉です。

 昔からそうでした。

 僕がまだ忌み子と思っていた時、僕と親しくしてくれる人はいました。

 ですが、みんな揃って言うのです。

 忌み子と呼ばれる事は気にするなって。

 それが本当に辛かったのです。

 気にしてる事を気にするなと言われても、僕にとって重大な事で、僕が向き合わなければいけない事なのです。

 だから、シアさんの言葉は嬉しかったです。

 悩むなら納得するまで悩めと言ってくれたのです。

 その代わり、私は僕の傍にいると、こんな所まで一緒に居てくれたのです。


 「けど、根本的な解決は出来ていないのですよね」

 「うん。戦いは続く。明日も鼬族と戦う事になる」

 「はい。怖いです」

 

 僕の一番の悩みと言っていいかもしれません。

 

 「戦っているうちに、僕は人を殺すこと少しずつ躊躇いがなくなっていきました」

 「うん」

 「もし、何も感じなくなってしまったらどうしようと思ったのです」


 今日はまだ躊躇いはありました。

 でも、明日明後日と今日のような戦いが続いたらどうでしょうか?

 もし、人を殺すことに何も感じなくなったらと思うとそれが凄く怖いのです。


 「そう思うのなら、ユアンも野営地で待っていればいい」

 「それはダメです。責任を押し付けているのと同じですから」


 だからこそ難しいのです。

 僕がやらなくても、他の人がやる事になります。

 それに、僕がやらなくても同じことなのです。

 考え方によっては、僕の補助魔法で強くなったみんなは多少の無茶はできます。

 間接的にですが、僕の補助魔法が人を殺しているのと変わりないのです。


 「なので、今日人が死んだのは大半が僕の所為だと言っても……」

 「確かにそう。だけど、同時に仲間を守ったのもユアンのお陰」

 「そうです、よね」


 それもわかっています。

 大事な物を守ったという事実もあります。


 「だから悩めばいい。これには正しいはない。自分の気持ちとどう折り合いをつけるかが大事。ユアンがどうしたいか、考える」

 「結局はそうなのですよね」


 具体的な対策はありません。

 けど、一つだけ強い思いはあります。


 「僕は、この戦争を止めたいです」




 

 side:リンシア


 改めて落ち着いたユアンから話を聞いた。

 やっぱりユアンは今日の事をすごく悩んでいた。

 そして、ユアンは言った。

 戦争を止めたいと。

 しかも、今回だけではなくこれから戦争のない世界にしたいと凄く大きな目標を語っていた。


 「それは難しい」

 「わかっています。だけど、どうにか出来ませんかね?」

 「今は無理でも方法はある」

 「あるのですか?」

 「うん」


 ユアンの言っている事はみんなの願い。

 戦争がなければ人が無暗に死ぬことはない。

 少なくともアルティカ共和国では。


 「ルード帝国を見習えばわかる」

 「ルード帝国を?」

 「うん。ルード帝国内で戦争がなくなったのは何で?」

 「わかりません」

 「簡単。絶対的な王がいるから」


 アルティカ共和国の問題点は、幾つもの王が存在する事。

 その王たちが何かを主張すれば、反発は何処かしらで起きる。

 それが戦争に繋がる。


 「でも、ルード帝国だって昔は戦争がありましたし、アルティカ共和国だって、今の形になる前は獅子王が絶対的な王だったとアリア様が言っていましたよ?」


 確かにユアンの言う通り。

 だけど、決定的に今と違う事がある。


 「ルード帝国の現帝王であるクジャになってからは戦争は起きていない。獅子王が潰れたのは独裁だったから」

 「つまりは王がまともかまともじゃないか、って事ですか?」

 「簡単に言えばそう言う事、だと思う?」


 実際には違うかもしれない。

 だけど、クジャが帝王になってからルード帝国が安定し始めたのは確か。

 この一年で色々あったけど、それは魔力至上主義が関係しての事。

 クジャは何もしていない。


 「シアさんの言いたい事は何となくわかりました。ですが、肝心の王が駄目ならまた同じことが繰り返されちゃいます」

 「うん。なら、絶対的な王がまともなら問題ない」

 「けど、そんな人は……」

 「いる。私が知っている中で一人だけいる」

 「誰ですか?」

 「ユアン」

 「うー……シアさんならそう言うと思いました」


 予想していたようで、ユアンが困った顔をしている。


 「だけど、僕は無理ですよ。そんな大国を纏められる自信はありませんし、やりたくないです」

 「うん。だけど、いつまでも変わらない」


 歴史は繰り返すもの。

 ここで鼬王を潰しても、またいずれかは同じことが起きる可能性は高い。


 「わかってます。だけど、それは他の人でもいい筈です。絶対的な王がちゃんとした良識のある人なら大丈夫なはずです」


 それでもいいと思う。

 でも、それでは意味がない。

 私が大事なのはアルティカ共和国ではなくて、ユアンなのだから。

 こんな事で立ち止まる嫁ではない。


 「なら、他の方法をとる」

 「他の方法ですか?」

 「ユアンがココノエ公国の正式な王となり、睨みをきかせる」


 今回の事で、ナナシキがどれだけ敵に回すと恐ろしいのかを各王は理解した筈。

 そして、鼬族と同じような事をすればどんな末路になるのかを知る事になる。

 

 「それなら出来る」

 「僕が王ですか……」

 「大丈夫。今と変わらない。ユアンが王って変だから」

 「むー……馬鹿にしてますよね」

 「してない」


 ユアンもわかっているから拗ねたふりをしている。

 だけど、ユアンが王っていうのは変。

 だけど、人を惹きつける何かを持っているのは確か。

 ユアンを信じて集まってくれる人、協力してくれる人がいる。

 私達だってそう。

 アランやチヨリ達だってそう。

 ローゼだって……。

 数えたらきりがない。

 現にナナシキには色んな人が集まっているから。


 「だから、ユアンは形だけの王で十分」

 「けど、王って事はそれなりにやらなければいけない事がありますよね」

 「ある。だけど、任せればいい。アリアは言った、土台があれば国は勝手に回ると」


 当然、その中でもやる事は沢山あると思う。

 だけど、ナナシキ、ココノエ公国に限ればそこまでユアンの負担にならないと思う。

 だって、ナナシキには優秀な人達が集まっているから。


 「仮にですよ? 僕が王となったら本当に戦争はなくなるのですか?」

 「わからない。だけど、無暗に戦争は起こさなくなると思う」


 鼬族みたいな馬鹿が現れない限りは平気な気がする。

 現に鳥族も狼族も直ぐに降伏をした。

 それは私達の力を恐れているから。


 「出来る事なら脅したりしないで、仲良くしたいですけどね」

 「うん。だけど、甘い事は言ってられない」

 「わかっています」

 「それに、どちらにしてもユアンはココノエ公国の王となるのは時間の問題」

 「本当に困りますよね。僕はそんなつもりはなかったのに」


 私もそう思う。

 ユアンとのんびりと暮らす予定だった。

 けど、それは無理だとわかっている。

 ユアンがユアンだから。

 ユアンだから、色んなことに巻き込まれる。

 それだけの影響力がユアンにはあるから。


 「よく考えるといい」

 「そうですね。戦争がなくなるのなら、それも選択肢の一つですね。だけど、明日の事は……」

 「平気。多分だけど、明日は戦闘にならない」

 「どうしてですか?」

 「アリアとアンリが動いた」

 

 アリアはユアンの事を気にしていた。

 だから祝勝会にも参加せずにアンリの所に向かった。

 あれは何かをするつもり。

 アリアの事だからきっと……。


 「だから、今は休む。私にいっぱい甘えるといい」

 「わかりました。どうなるにしても、今日は疲れました。休みたいです」

 「うん。そのまま寝ていいよ」

 「はい……」


 ユアンの力が抜ける。

 全身を私に預けてくれた。

 寝息が聞こえないからまだ起きているとわかる。

 私はユアンが眠りに落ちるまでずっとユアンの背中を撫で続けた。

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