第424話 ナナシキ軍、初日の戦闘を終える


 side:チヨリ




 「うーん……なんだかな~」

 「チヨリ様、次の指示を願います」

 「わかってるー」


 わかってるけどなー。

 どうしても気が乗らないなー。

 わっち達は国境の門を突破し、部隊を率いて待ち構えていた鼬軍へと突入した。

 わっち達の行動を予想していなかったのだろうなー。

 わっち達が突入すると、鼬軍は浮足立ち、隊列を乱し、すぐに軍は混乱した。

 そこをわっち達が見逃す筈もなく、混乱した鼬兵たちを次々と討ち取っていく。

 アランの部隊が蹴散らし、わっちの部隊が焼き尽くす。

 いつもの通りだなー。

 それなのに、気が乗らないなー。

 今まで戦ってきた相手ならば、混乱しても時間が経てばある程度は立て直してくる。

 しかし、この軍にはその兆しが見えない。

 それもその筈だなー。

 わっち達の前に立ちはだかる鼬軍は見るからに素人の集まり。

 剣や槍の持ち方さえも覚束ないような、わっち達から見れば赤子のような者たちばかりだなー。

 そんな相手に本気は出せないなー。


 「チヨリ様」

 「わかってるー」


 しかし、これは戦争だからなー。

 どんな経緯であれ、参加したからには仕方ないなー。

 何よりも、わっち達はユアン様の親衛隊。

 わっち達が失敗すればユアン様の顔に泥を塗る事になるからなー。

 それだけは許せないなー。

 例え、わっち達の命がここで消えようと、ユアン様の為だったら惜しくはないからなー。

 だからわっちは気が乗らないが部下に指示をだした。


 「出来るだけ派手にかませー」

 「了解」


 威力は必要ない。

 ただ、わっち達はこんな事もできるぞーという威嚇をし、相手に恐怖を植え付ける。

 わっち達と戦うとどうなるのかってなー。


 「避けなきゃ死ぬぞー」

 

 当然、手加減をしても素人には避けれないけどなー。

 だから、わっち達の狙いは一つ。

 正規兵を先に屠る事。

 正規兵がいなければ、烏合の衆でしかないからなー。


 「み、水だ! 水をもってこい!」

 「ま、間に合いません! こ、こっちにも火の手がーーーー……」


 それが最後の言葉になったなー。

 わっち達の意志で動き回る炎に包まれ、兵士が消しくずとなっていく。

 それにしても弱いなー。

 幾ら何でも弱すぎるなー……。

 これじゃ、ユアン様に褒めて貰う事も頑張ったと頭を撫でて貰う事も出来ないなー。

なら、これからどうするべきかだなー。


 「んー? なんだー?」


 いっその事、将軍首でも獲りに行こうと思った時だった。

 甲高い金属の音が戦場に響き渡った。


 「何かする気かー?」

 

 違うなー。

 あれは……。

 鼬軍の様子を少しだけ観察する。

 

 「やっぱりかー」


 わっち達は鐘の音と共に行動を開始した鼬族を見て落胆した。

 この瞬間、わっち達がユアン様に褒めて貰える可能性が潰えてしまったからなー……。

 

 

 

 

 side:ユアン





 「さ、流石に疲れてきましたね」

 「ユアンは無理はしないで、暫く私に任せて少し休んでもいいよ?」

 「いえ、まだ大丈夫です!」


 僕とスノーさんによる共闘が始まりどれくらい経ったでしょうか。

 それがわからないくらい、僕達は戦っている気がします。

 その証拠に僕達の周りには鼬族の亡骸が数え切れないほど転がっています。

 もちろん、僕達の目に入る範囲でです。

 僕達の背後を防衛してくれている兵士さん達の方に鼬兵が流れないようにしつつ、僕達は少しずつ移動しながら戦いました。

 ずっとその場で戦っていると、鼬兵の亡骸で足場がなくなってしまうからです。

 それほどの敵を僕達は倒しました。

 嫌な言い方ですが、慣れとは恐ろしいです。

 最初の数人を倒すときは心が凄く痛みました。

 ですが、今ではそれも薄くなりつつあります。

 もちろん罪悪感は拭いきれませんが、仲間を守る為には戦わなければいけない。

 自分に暗示をかけるように、僕は必死に刀を振るっていると、敵を殺すことに躊躇いがなくなってきている気がします。

 

 「ユアンが頑張ってくれているお陰で敵の勢いは緩くなったね」

 「ありがたい限りですね」


 体力的にもそうですが、僕達を恐れ、攻めてこないならば僕たちも無理に敵を斬る必要はありません。

 僕達の役割は、鼬軍へと突入していった僕の親衛隊であるアラン様とチヨリさん達が戻る場所をつくるためです。

 あくまでこの場を防衛するのが僕達の目的なのです。

 その為に、アラン様とチヨリさん達は無理とも思える強襲をしてくれているのですから。

 まぁ、僕の防御魔法も健在ですし、アラン様達の実力からすれば無理ではないですけどね。

 仮に僕たちがここで引いたとしても、無事に帰って来るという確信があるほどに。


 「だけど、そうは言っていられません!」


 親衛隊の人達が頑張ってくれているのに、僕達だけが何もしないというのはありえません!

 誰かに辛い役割を押し付ける訳にはいかないのです。

 戦争で綺麗ごとなんて言ってはいられないのです!


 「ていっ!」

 

 勢いが緩くなってきたとはいえ、鼬兵は僕達を倒すために向かってきます。

 素人でしょうか?

 それとも、僕の腕が上がったのでしょうか?

 わかりません。

 ですが、鼬兵の動きが凄くゆっくりに見えました。

 僕に向かって振るわれる剣が、何処を狙っていて、どうやって避けるか、どうすれば防げるのかがわかり、自然と体が動きます。

 それと同時に、どうすれば相手が苦しまずに済むかもわかるのです。

 僕は刀を振るいます。

 すると、鼬兵の頭と胴体が分かれました。

 きっと、何が起きたのかわからないうちに終わってくれたと思います。

 

 「んぐっ……はぁ、はぁ……次です!」


 倒した鼬兵は見ません。

 次の相手が次から次へとやってきますので、そんな暇はありません。


 「ユアン……」

 「だい、じょうぶです!」


 大丈夫です。

 僕は大丈夫。

 まだやれます。

 そう言い聞かせ、僕は握る刀に力を込めます。

 そんな時でした。


 カーンッ、カーンッ、カーンッ


 僕の頭上で鐘の音が響き渡りました。


 「な、なんですか?」

 「わからない……油断しないで!」

 「はい!」


 僕達のいる場所は、敵軍の最前線です。

 なので、この鐘を鳴らしたのは鼬軍だという事はわかります。

 そして、鐘を鳴らすという事には意味があります。

 何かの指示を出した筈なのです。

 僕とスノーさんは自然と寄り添うように距離を縮めました。

 何かが起るだろうと察したからです。

 そして、僕達の予想通り、鼬兵は鐘の音に合わせ行動を始めました。

 なんと、いきなり武器をしまいはじめたのです。


 「な、何をする気でしょうか?」

 「わからない」

 

 鼬族の行動は、僕達にとって予想外の行動でした。

 武器をしまう行為……それを意味する事が何なのか理解できなかったのです。

 考えられるとすれば……獣化でしょうか?

 それなら納得がいきます。

 獣化すると、剣や槍などは握れませんからね。

 今日一番の警戒を僕達はしました。

 きっと、何かが起きる。

 僕達は何が起きても大丈夫なように身構えたのです。

 そして、武器をしまった鼬族が行動に移しました。


 「今日はここまでだ、みんな帰るぞー!」

 「「「ほーい!」」」

 「ふぇ?」


 鼬族の行動に、僕は思わず間抜けな声が漏れてしまいました。


 「おい、どうした? お前たちも早く帰れ」

 「え? で、でも今は戦闘中では……?」

 「だから終わりだって。さっき合図があっただろ」


 合図?

 も、もしかしてあれは今日の戦いの終わりを告げる合図だったのですか?


 「えっと、スノーさん?」

 「ごめん。私も理解が追い付かない」

 「そ、そうですよね」


 当然です。

 敵を目の前にして、合図があったからいきなり戦闘が終わりだなんて普通に考えたら理解できないと思います。

 

 「ほら、そこを塞いだら帰れないだろ? 早くどいてくれ」

 「で、でも……僕達は敵同士です」

 「そうだな。だが、続きは明日にしてくれ。それともお前たちは丸腰の俺達を一方的に攻撃するつもりか?」

 「そんなつもりはありませんけど……」

 「なら通してくれ」

 「わ、わかりました……みなさん、鼬兵さん達が終わりというので道を開けてあげてください!」


 もちろん、警戒態勢はとったままです。

 もし、これが罠だった時直ぐに反撃に出られるように武器を構えたまま、僕達の間を通る鼬兵を見送ります。

 しかし、その心配は杞憂だったようで鼬兵はそのまま武器を取り出すことなく、自軍へと戻っていきました。


 「本当に今日は終わりみたいですね」

 「よくわからないけど、そうなのかな? アンリ様達も軍を引いているし」

 「本当ですね」


 ある意味これは好機な筈です。

 鼬軍は背を向けて撤退をしています。

 ですが、アンリ様達はそれを追撃しようとはせず、大人しく兵士を下げています。

 むむむ……本当に意味がわからなくなってきましたよ?


 「ユアン様、戻りました」

 「わっち達も戻ったなー」

 「二人の部隊も戻ってきたのですね」

 「うむー。時間だからなー」

 「時間?」

 「えぇ、アルティカ共和国では戦闘の時間は決められていますので……伝えていませんでしたか?」

 「聞いてませんよ!」


 初耳です!

 そんなルールがあるなんて全然知りませんでした!

 

 「でも、どうしてそんなルールがあるのですか?」

 「夜は危ないからだなー」

 「昔は今ほど灯りがありませんでしたから、同士討ちを避けるためにも夜戦は控えるようにしていたのです」

 「それに、夜襲は卑怯だからなー」

 「そ、そういう事なのですね」

 「これも一つの文化なんだね」


 改めて文化の違いというのを実感しました。

 アルティカ共和国は自国の力を誇示する事が誇りのようで、正面から敵を打ち砕くことに意味があるようです。

 なので、戦闘が繰り広げられるのは日が昇っている間のみのようです。

 もちろん、夜襲とかはあるみたいですよ?

 ですが、それをすると卑怯者と呼ばれ他の国から蔑みの目で見られるようなのです。


 「という事は、今日は終わりって事でいいのですか?」

 「そうだなー」

 「そうなのですね……わっ!」

 「ユアン!?」


 戦闘が終わりと聞いて、気が緩んでしまったみたいです。

 急に足の力が抜けてしまいました。

 スノーさんが支えてくれたのでどうにか転ばずに済みましたが、情けないですね。


 「大丈夫?」

 「大丈夫ですよ……僕達も戻りましょうか」

 「そうだね」


 ここに居ても仕方ないですからね。

 僕達も撤収する事に決めました。

 ですが……。

 

 「えっと、スノーさん?」

 「何?」

 「いえ、どうして僕はこんな格好を?」

 「だって、まともに歩けないでしょ?」


 みんなに撤収する事を伝えると、僕はスノーさんに抱えられてしまいました。

 しかも、背中と膝の裏に腕を回され、僕が横になるような状態で抱えられたのです。

 これってお姫様抱っこという状態ですよね?


 「いえ、頑張れば……」

 「こんな時に頑張らなくていいよ。ほら、戻るよ」

 「わかりました……」


 うー……恥ずかしいです。

 それに、こんな姿を見られたらシアさんに何て言われるか……。


 『平気。今だけは許す』


 あ……バッチリ見られていたみたいですね。

 シアさんから念話が届きました。

 という事は、そっちの方も終わったのでしょうか?

 僕がそれを確認すると、シアさんから終わったという連絡が返ってきました。


 『キアラちゃんも無事ですか?』

 『うん。だからユアン達も早く戻ってくる』

 『わかりました。直ぐに戻りますね』


 シアさんもキアラちゃんも無事なようで良かったです。

 となると、みんなで今日の報告をする必要がありますね。

 戦闘が中途半端に終わったような気がして変な感じですが、僕達の初日は終わりを迎えました。

 いえ、そう思ったのはこの時だけで、まだ終わりではありませんでした。

 この後、戻る事のないと思っていた野営地に戻ったのですが、色々と大変な事が起きてしまったのです。

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