第423話 国境での戦い2
困りました。
スノーさんの合図で進軍し始めた僕たちは、国境の門へと向かっています。
ですが、国境の門は固く閉ざされています。
このままでは、門に進軍を阻まれてその場で立ち往生してしまいます。
「どうしましょう……」
「心配はいりませんよ……チョリ婆」
「うむー。突破するぞー」
チヨリさんが走りながら獣化し、姿を変えました。
器用ですね。
獣化は集中しないと失敗して大変な事になってしまうのに、チヨリさんは簡単に獣化を成功させました。
「どうするのですか?」
「ユアン様は見てるだけで大丈夫ですよ」
「うむー。私がどうにかするぞー」
そして、それに続くようにチヨリさんの部隊の人達も次々に獣化をしていきます。
「私に魔力を集めろー」
「「「了解」」」
なんですか、これは?
チヨリさんの頭上に魔法陣が浮かび上がりました。
そこに、獣化した人達の魔力……いえ、魔法が集まっていきます。
魔力ではなく魔法なのです。
それぞれの得意とする魔法が魔法陣に放たれ、その魔法をチヨリさんが展開した魔法陣が吸収していったのです。
こんな魔法陣は見た事がありませんでした。
「ちょっとだけ、派手にいくなー」
間延びした話し方とは裏腹に、チヨリさんの展開した魔法陣は恐ろしいほどの魔力を伴っているのがわかります。
そして……。
「吹き飛べ」
チヨリさんの魔法陣から真っ黒な弾が放たれました。
魔法を扱う事に長けた人ならわかると思います。
あの魔法の弾がどれだけの質量を持っていて、どれだけ強力なのかを。
それを証明するように、放たれた魔法は真っすぐに閉ざされた門へと飛んでいき……。
弾け飛びました。
門ではなく、その辺り一帯が。
門の周りの壁だけではなく、その向こう側に居たであろう人達も居なくなっていたのです。
「道は開けましたね。ユアン様、俺達は鼬軍を荒らして参ります」
「わかりました。無理はしないでくださいね」
「無茶を言いなさりますね。これほどの規模の戦いで燃え滾る気持ちは抑えきれませんよ」
もしかして、アラン様は戦闘になると人が変わるタイプでしょうか?
いえ、アラン様だけではありません。
アラン様が獣化すると、アラン様の部隊の人達も同じように獣化し、速度を速めます。
「ユアン、少し暴れたら戻ってくるから安心して待て」
「わかりました。けど、本当に無茶だけは……」
「無理! アランと一緒に戦えるんだもん! 折角だから楽しませて貰うよ!」
あぁ……アリア様もノリノリみたいです。
これを止めるのは無理ですし、今はチヨリさんの攻撃によって混乱する鼬軍に追い打ちをかける好機でもありそうですね。
「ユアン様、私達も行ってくるなー」
「え、何処にですか?」
「アンリ達の援護に回る。この場は任せたぞー」
「あ、ちょっと!」
あれれ。
僕の親衛隊の筈が、みんな行っちゃいましたよ。
「あの、スノーさん」
「大丈夫だよ。ユアンの事は私が守るから」
「はい、よろしくお願いします」
「任せて……聞け、兵士達! 我らはこの地を防衛する。攻め込んだアラン様達が戻れるようにこの地を死守するぞ!」
「「「おぉ!」」」
残された僕達はチヨリさんが壊した門があった場所を占拠し、そこの防衛を始めました。
アラン様達が撤退する為の場所と鼬軍を攻める為の場所を同時に確保したのです。
スノーさんの指示で兵士さんが動きます。
「盾部隊は守りを固めよ! 敵の侵入を許すな! 槍部隊は盾部隊の隙間から敵を迎撃せよ!」
半円を描くように、盾を構えた人達が密集し、その後ろには槍を持った人達が配置につきました。
なるほど。
背の低い人ばかりが盾を持ち、背の高い人が槍を持っているのはこの為だったのですね。
身長差を活かし、盾の上から鼬軍を攻撃するみたいです。
まさに鉄壁ですね。
僕の防御魔法も合わさり、鼬軍は侵入できません。
これならばドーム型の防御魔法も必要なさそうなくらいです。
それを展開してしまうと、鼬兵が寄って来れないので、寄ってきた兵を倒すことも出来ませんし。
ですが、問題もあります。
「はっ!」
スノーさんが剣を鋭く振るい、鼬兵を倒しました。
「私達は後ろの敵を相手するよ」
「わ、わかりました」
国境を抜けた先は兵士さん達が守っているので問題ありませんが、問題は僕たちが来た方です。
国境の上に配置されていた鼬兵が縄を垂らし、そこから降りてきたのです。
「ユアン?」
「は、はい?」
「怖いの?」
「いえ、怖くはないのですが……」
戦うこと自体は怖くはありません。
ですが……。
「相手は二人だ! 一斉にかかれ!」
「しねぇぇぇ!」
降りてきた鼬兵が向かってきます。
手には剣や槍など、それぞれの武器を携えて僕達を殺そうと、二本の足を踏みしめて走ってきます。
そうなんです。
相手は魔物ではなく、人間。
僕は、人間相手に戦った事はほとんどありません。
「ちっ!」
動けない僕を横目にスノーさんが向かってくる鼬兵を相手にしています。
やはり実力の差は明白のようで、迫りくる鼬兵を難なくスノーさんが倒していきます。
「あ……」
スノーさんに斬られた兵士が血を流しています。
それを見て、僕は固まってしまいました。
これが……戦争、なんですね。
本当の意味での戦争を体験するのはこれが初めてです。
戦争は国と国同士の戦い。
お互いの意志を貫き通す為の戦いです。
けど、実際に戦う人は違います。
僕は今目の前にいる人達に恨みはありません。
もしかしたら、話合えば仲良くなれた人達かもしれません。
そんな人達を殺めるのを僕は……。
「ユアン」
「はい……」
「無理しなくていいよ。私が背負うから」
「でも……」
「忘れてたよ。ユアンは人を殺めた事はあまりなかったんだよね」
一度だけ。
シアさんと出会ったばかりの頃に一度だけあります。
僕達を捕まえようとした盗賊の頭を一度だけ殺めた事があります。
その感覚はまだ覚えています。
忘れもしません。
苦悶を浮かべる表情は思いだせば鮮明に思いだす事が出来ます。
でも……。
「僕は補助魔法使い。戦う事は苦手ですが……誰かに重荷を背負わせる訳にはいきません!」
補助魔法使いとはみんなをサポートする事が役目だと思っています。
それは魔法を付与するだけではなく、心を支えるのも役目だと思うのです。
それなのに、スノーさんに任せてしまったら、スノーさんだけが辛い思いをさせてしまいます。
それはダメです。
僕達は仲間です。
僕だってやらないといけません。
「わかったよ。だけど、無理はしないで」
「大丈夫です。それに、補助魔法で援護しても間接的には僕が殺したのと変わりませんから」
その事実から目を背ける事は簡単です。
ですが、実際は僕の魔法の力で敵を倒しているのも事実なのです。
結局は同じことです。
だから、僕は自身の手で戦う事を選びます。
「力を、貸してください」
収納魔法から漆黒の刀を取り出し、語り掛けるように鞘から刀身を抜きだします。
この刀は昔、アンジュお母さんが使っていた刀だと教えて頂きました。
きっと、今のアルティカ共和国の形を造り上げる時にお母さんも使っていたのだと思います。
僕のその思いに応えるように、魔力を流すと刀が呼応します。
まるで僕に力を与えてくれるような気がしたのです。
きっと、気のせいです。
ですが、勇気は貰えた気がします。
「スノーさんと一緒で本当に良かったです」
「私もだよ」
「これが終わったら、またみんなでゆっくりとしましょうね?」
「ふふっ、そうだね。だけど、戦場ではそれはダメだよ。死亡フラグってやつだからさ」
「何ですかそれ?」
「んー、戦場で夢を語るとその戦いで死ぬってやつかな?」
怖い事を言わないで貰いたいですね。
だけど……。
「そうはさせませんよ。みんなで、僕達だけではなくこの戦いに関わった仲間全員で必ず帰るのですから」
「そうだね。なら、やる事は一つ」
「はい……敵を倒します!」
僕達が会話をしている間に、また上から敵が降りてきました。
そして真っすぐに僕達の元へと敵が向かってきます。
敵も引く気はないようですね。
それならば仕方ありません。
僕達にだって引けない理由がありますから。
恨むのなら、戦争をしかけた鼬王を恨んでください。
「いくよ」
「いきましょう!」
僕とスノーさんはお互いを守るように鼬兵へと向かっていくのでした。
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