第422話 キアラと精霊
「キティ! 網を投下したら、その場はシアさん達に任せてすぐに戻って!」
「畏まりました」
「ラディは川を渡ってこようとする敵を迎え討って!」
「わかった」
私は今、ラディとキティを部隊長にした、魔物の軍団を指揮して鼬軍と交戦している。
キティとラディに色々とお願いをする事はあったけど、こういった形で戦闘の指示を出すのは初めてかもしれない。
それがこんなに大変で難しいとは思わなかった。
もし、ラディとキティが私の簡単な指示で意図を読み取ってくれなかったら今頃は鼬軍に川を渡られていたかもしれない。
そう考えると、改めてスノーさんて凄いと思うの。
スノーさんはエメリア様の元親衛隊の副隊長だった。
こういった事を当たり前にやっていただろうから。
「主様、ただいま戻りました」
「うん。えっと、次は……」
弓を番えながら、戻ってきたキティに指示を送ろうとするけど、次の事は考えていなかった。
ううん。
本当は考えてあったのだけど、ラディに指示を送ったり、川を渡ろうとしている敵を狙っている間に、頭から抜けてしまった。
「主様」
「ちょっと待って……あ、そうだ! キティは部下を率いてラディの援護をお願い!」
「畏まりました」
「ふぅ……」
ようやくキティとラディに指示を出し終わり、一息がつける。
しかし、手は止められない。
今も川を渡ろうとしている鼬軍は私の目に映っている。
「あの部隊はキティが対応するとして、あっちを私が狙わなきゃ」
よし。
次にやる事は決まった。
キティとラディの部隊の位置と行動を常に把握しつつ、私がやらなければいけない事をやる。
「報告。更に増援です」
「位置は?」
「かなり迂回した部隊がいるようで、既に川を渡り終えたみたいで、こちらに向かって来ています」
「わかったありがとう」
どうしよう。
その報告を受けて、遠くの方をみると鼬軍の増援の姿が見えた。
流石にあんな場所まで注意してみれないよ……。
だけど、弱音は吐いていられない。
私だってみんなの役に立てる。
一人じゃ何もできなかった頃とは違う。
みんなに信頼されてこの場所を任されたのに簡単に突破させる訳にはいかない。
「けど、これ以上の人手は……」
キティとその部隊は川を渡る兵士を上空から弓を使って狙っている。
ラディとその部隊は川を渡らせないために、配下に槍を持たせて上陸しようとする兵士を食い止めている。
鼬軍の数は多い。
今でもギリギリな状況なのに、これ以上は人手を割く訳にはいかないよ……。
「となると、動けるのは私と伝令用の魔鼠達だけ」
「ヂュッ!」
任せてと伝令の魔鼠が鳴いてくれた。
だけど……。
「ダメだよ。君たちは戦闘には向いていないから」
魔鼠や魔鳥達には役割がある。
人間と同じように得意不得意があるの。
「ヂュッ!」
「無茶言わないで? お願い」
それでも魔鼠たちは行くと言ってきかない。
わかってるよ。
この子達はみんな私達の為に、ナナシキの為に頑張ろうとしている事は。
「ヂュ~……」
「ごめんね」
魔鼠を撫でると、ようやく落ち着いてくれた。
だけど、周りの魔鼠はみんな落ち込んでいる。
だから、謝った。
私がもっと強ければこの子達が落ち込まなくても済んだのに。
もっと強ければ、みんなに無茶をさせずに済んだのに……。
そんな時だった。
『力が欲しいか?』
「え?」
私の頭の中に直接話しかけるように声が響いた。
『力が欲しいか?』
気のせいではない。
確かに聞こえる。
だけど、それは当たり前のことなの。
「もぉ、精霊さん! こんな時にふざけちゃダメ!」
声の主は直ぐにわかった。
私と契約を交わしてくれている風の精霊さん。
『ごめんごめん! だけど、困っているみたいだったからさ』
「困るよ……。どうしていいのかわからないの」
『だったら僕を頼ればいいのに!』
「頼ってるよ?」
川を渡ろうとしている兵士を狙うのにさっきから沢山力を借りているから。
『そうじゃないよ。力が欲しいんでしょ?』
「うん。だけど、今は……」
今更自分を鍛えるにはもう遅いと思うの。
人はそんな簡単には成長はしない。
成長するのは何事も積み重ねないといけないから。
『人はね。だけど、僕は違う』
「あ……」
『わかってくれた? ね? 僕にも名前を頂戴。きっと、役に立てると思うよ」
「名前……」
スノーさんはシアさんと対等に戦えるくらいまで急に強くなった。
それはスノーさんと契約する精霊さんに名前を授け、お互いの信頼関係が深まったから。
名前を授けた事によって、精霊さんが……みぞれさんが大精霊に成長したからだった。
「私にもできるかな?」
『僕の事、信用してない?』
「ううん。してるよ。ずっと傍に居てくれて、沢山助けてくれたから……許してくれる?」
『怒ってなんかいないよ。ずっと悩んでいた事は僕も知っているから」
それなのに私は保留していた。
本当は覚えていたよ。
だけど、忘れたふりをしていた。
だって、それは私の力ではなくて、精霊さんの力だったから。
私自身が成長している訳ではないと思ったから。
だけど、それが間違いなんだね。
私自身が強くなるのは大事な事だと思うの。
けど、それ以上に大事な事がある。
「私はみんなを護りたい!」
スノーさん、ユアンさん、シアさんだけじゃない。
エルフである私を受け入れてくれた街の人達。
ラディやキティ。
私の為に命を賭してくれるこの子達。
全ては大事な私の宝物。
それを、護りたい。
「だから、力を貸して……ルーク」
『ありがとう。僕の名前はルーク……契約主の力になる事を誓うよ!』
黄緑の球体が形を変えていく。
球体から手が生え、足が生え……徐々に人の形に形成されていく。
凄く不思議な光景だった。
「君が、ルーク何だね?」
「そうだよ。キアラお姉ちゃんよろしくね?」
「え……私がお姉ちゃん?」
「そうだよ? キアラお姉ちゃんは妹でいたいけど、弟も欲しかったよね?」
人の形となったルークは私と少し似ていた。
ううん。
顔や背丈は全然違うの。
だけど、私達エルフ族特有の尖った耳を生やしていた。
魔力を感じ取れる人ならば違いに気付くかもしれないけど、そうじゃない人はきっとルークを見たらエルフだと思うの。
「確かにそうだけど……」
内緒にしていたのに……。
「えへへっ、よろしくね? お姉ちゃん」
けど、凄く可愛いと思うの!
はにかんで笑うルークを見てると凄く甘やかしたい気持ちが出てきてしまう。
今すぐぎゅーってしたいほどに。
けど、今は我慢しなきゃ。
それよりも気になる事があったから。
「けど、ルークって男の子だったんだね」
「違うよ? 僕達精霊に性別はないから。これはお姉ちゃんの望みを叶えた姿なんだ」
「そうなんだね」
あれ、という事はみぞれさんの姿もスノーさんが望んだ姿?
もしかしてスノーさんのタイプって……。
「それよりもお姉ちゃん、敵が迫ってきているよ」
「あ、そうだった!」
戦闘中にボーっとしてしまうなんて駄目だと思うの。
これじゃ、ユアンさんの事を言えなくなってしまう。
「それじゃ、ルーク……力を貸して?」
「任せて!」
ルークが私の手を握ってくる。
暖かい。
やっぱり精霊さんも生きているんだね。
その暖かさを感じると同時に、自然と私は何をすればいいのかもわかった。
いつもと何も変わらない。
私は敵に向かって矢を放つだけ。
後はルークが手伝ってくれる。
それを証明するように、ルークから魔力が流れ込んでくる。
私は矢を番えずに弓を引いた。
だけど、大丈夫。
この矢は必ず命中する。
私達へと向かってくる兵士の大群に必ず命中する。
そんな確信があった。
「降り注いで!」
薄い緑色の矢が空へと昇っていった。
そして、それは雨となり、大地に降り注ぐ。
私はこの時の事を最後の時まで忘れないと思う。
隣には嬉しそうに微笑む弟の姿があった事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます