第421話 影狼族出陣

 「始まった」


 ユアン達の姿はここからでは確認はできない。

 だけど、ユアンの気持ちはここまで伝わってくる。

 あれは戦う覚悟を決めた気持ち。

 わかっている。

 本当はユアンは戦争なんてしなくない。

 それは、みんな一緒。

 一緒だけど、ユアンはその気持ちが人一倍強い。

 ユアンは無駄に命が散っていくのを嫌うから。

 しかし、それは矛盾。

 私達が戦うとなれば、敵は死ぬ。

 もちろん、味方も死ぬかもしれない。

 それがわかっているからこそ、ユアンは嫌がった。

 優しい主。

 その主を支えるのが、私達の役目。

 

 「長、俺達もそろそろ準備を」

 「出来てる。むしろ、この時点で準備が出来ない奴は邪魔だから野営地に戻れ」

 「大丈夫です。そのような者は一人もいませんよ」


 私が率いるのは影狼族。

 戦闘民族とみんなから言われている部族。

 けど、実際は違う。

 戦闘を得意としない人だっている。

 ただ、全体的に戦闘が得意な人が多いというだけ。


 「シア、どうするの?」

 「どうするもない。私達の役目はユアン達の元に援軍を送らせない事」

 「それはわかってるよ。だけど、本当にこの人数で敵の援軍を抑えるつもり?」


 集まった影狼族は三十人ほど。

 確かに相手との数はまさに桁違い。


 「そのつもり」

 「ま、シアが言うのならやるけどさ」

 「怖いの?」

 「怖くはないよ。ただ、私に何かあったら孤児院の子供達が少し困るかなって」

 「なら、無事に勝って帰ればいい」

 「簡単に言うね」

 「うん。簡単。だって、敵の兵士を見る」


 身を潜めた森の中から、国境の上に立つ兵士をみんなに見てもらう。


 「見ての通り、相手は最初から疲れ切っている」

 「あの状態で戦おうだなんて無謀ですね」


 うん。

 サイラスの言う通り。

 鼬軍はラディ達が食料を荒らしたり、サイラスがテントを燃やしたりと、此処まで来るまでに様々な妨害を受けてきた。

 そして、辿り着いて休む間もなく開戦。

 疲労が溜まった状態。

 それに比べて私達は万全。

 数は及ばなくても、そこで十分に埋める事ができる。


 「けど、どうしてマナまでついてきたの?」

 「どうしてって、シアの命令でしょ?」

 「うん。だけど、強制ではない。マナはユアンの事を良く思っていないのは知ってる。だけど、それでもついてきた」

 

 ユアンとマナの関係は良好とはいえない。

 マナはユアンを避けている節があるし、ユアンはマナに対して苦手意識を持っている。


 「それは勘違いだよ。あの子の事は認めている」

 「そう? ならなんであんな態度をとる?」

 「みんなあの子に親切で優しいから」

 「嫉妬?」

 「違うよ。あの子の昔の事は孤児院の子達から聞いた。大変だっただろうとは想像できる。だからって、みんなが優しくするのは違うと思うんだよね。一人くらい、私みたいな人が居た方があの子の為でしょ?」


 マナはマナで考えがあるらしい。

 

 「わかった。そういう事なら何も言わない」

 「別に仲良くしろって言うのならするけどね」

 「何も言わない。マナの意見は尊重する。だけど、度が過ぎないように気をつける」

 「はいはい」


 マナが今言った事に嘘がないのは血の契約でわかった。

 しかし、マナがユアンの事を最初は良く思っていなかったのも事実。

 マナは色々とやり過ぎる事があるから気をつけさせないといけない。


 「長、鼬軍が動き出しましたよ。あの部隊はユアン様達が戦っている方に向かうようです」

 「わかった」


 少し無駄話をし過ぎたのかもしれない。

 国境は長い。

 どうやら、向こうにも門があったようで、そこから兵士が向かって来ている。


 「でますか?」

 「まだいい。先にキアラが動く」


 キアラとは別行動している。

 この森を抜けた先には川がある。

 深さは私の腰ほどの流れの緩い川だけど、幅が二十メートルほどある。

 キアラはそこに布陣した。

 遮るものがないので、キアラ達の軍は鼬軍に見つかっているだろう。

 だけど、それも作戦。


 「鼬軍がキアラ達を無視してユアン達の方に向かうなら、キアラが矢の雨を降らせる。その混乱に乗じて私達は暴れる」


 仮に先にキアラ達を潰そうとしても同じ。

 むしろ、そっちの方が鼬軍に痛手を負わせることが出来るだろう。

 何せ、川を渡るのは浅くても大変。

 思ったように進めない。動くにも負荷がかかり、それこそキアラ達にとって恰好の獲物になるだろう。

 

 「軍を分けたらどうするつもりですか?」

 「どうもしない。川の方はキアラに任せ、森の前を通る敵は私達が相手するだけ」


 難しい事はない。

 私達の仕事は単純。

 目の前の敵を倒すだけ。


 「上から私達も狙われるよ?」

 「問題ない。ユアンの魔法はあと半日は続く。それまでは防御を気にせず、ただ攻める」

 「りょーかい」

 「ただ、敵に捕まらない事だけ気をつける。そればかりは防げない」

 「気をつけますよ」


 後は鼬軍の行動次第。

 私達はユアンの防御魔法が切れる頃には引く手筈になっている。

 流石にそこまで無茶をする気はない。

 その時は、キアラがこっちに合流し、私達が殿となってユアン達と合流することになるだろう。


 「長、敵が来ますよ!」

 「見えてる」


 どうやら、鼬軍はキアラの事を無視して進む事を決めたらしい。

 そうなると、この後の展開は決まっている。

 

 「シア……なんか、飛んでるけど」

 「うん。何か、飛んでる」


 しかし、ここで予想外の動きがあった。

 私達の横を通過しようとしている鼬軍の頭上に、鳥の大群が集まってきた。

 しかも、その鳥たちは何かを掴んでいる。

 

 「あれは……網ですかね?」

 「みたい」


 キアラの指示かもしれない。

 もしくはキティの指示か。

 私達がその様子を見守っていると、鳥の大群は一斉に掴んでいた網を鼬軍へと投下しはじめた。


 「な、なんだこれ!」

 「おい! 誰か、この網を外せ」

 「だめだ、粘着性があって外れねーぞ!」


 一瞬で鼬軍が混乱に陥った。


 「キアラちゃんに頼まれて作ったのだけど、こういう使い道をするつもりだったのね」

 「イル姉が作ったの?」

 「そうよ。お陰で寝不足よ」

 「その割には元気」

 「そう見えるかしら?」


 寝不足といいつつ、イル姉は怖いほどの笑顔を浮かべている。

 それにしても人選をしている時にイル姉が立候補してきたにのは驚いた。

 イル姉は興味ない事には足を踏み込まない性格。

 争いごとも好まないのも知っている。

 それなのに、進んで参加すると言ってきた。

 しかし、その理由を聞いて納得もした。


 「それじゃ、私達にもやらせて貰うわよ?」

 「好きにする。それはイル姉の部隊。ただ、危なくなったら引くことは大事」

 「その辺は大丈夫よ……ね?」


 当初の予定では、私の部隊は影狼族とコボルトの部隊だった。

 しかし、今は違う。

 コボルトは念の為に野営地に留まらせている。

 その代わりに私の部隊に参加したのがこの人達。


 「オーナー、早くやりましょうよ~」

 「待ちくたびれたましたよ~」

 

 体に不釣り合いなハンマーを持った兎族の女達がイル姉の後ろで物騒な事を言っている。

 ララとルル。

 ララはイル姉のお店で働く従業員で、ルルは私とユアンのドレスを見繕ってくれた、変態二人組。


 「そんなに慌てないで頂戴。好きなだけやっていいからね」

 「約束ですよ~」

 「あの、ララさん……私達にも譲ってくださいね?」

 「当然ですよ~。ここはみんなで力を合わせて積もり積もった恨みを晴らすときですからね~」


 そんな二人に話しかけているのは、ララと同じイル姉の従業員達。

 これが、イル姉が参加した理由だった。

 

 「長、あの人達はいったい何者なのですか?」

 「元冒険者でイル姉の愛人」

 

 人の過去を語る必要はない。

 だから、サイラスにはそれだけを伝えた。

 当たり前。

 誰だって、奴隷だった過去を知られたくはない筈。

 イル姉が救ったとはいえ、その傷は未だに心の何処かで抱えているかもしれないから。

 しかし、これも今日で終わるかもしれない。


 「それじゃ、行きなさい」

 「はーい! ド派手にやっちゃいますよ~!」

 「みんな、行きますよ~」

 「「「おー!」」」


 流石元冒険者。

 ブランクはあるとはいえ、その動きに迷いはない。

 たった十人ほどのイル姉の従業員がそれぞれの武器を手に、意気揚々と森から飛び出していった。

 

 「長、俺達も行きましょう」

 「当然。イル姉に全部いい所を持っていかれる」

 

 それではユアンに面目が立たない。

 

 「シアちゃん、私もやっていいんだよね?」

 「好きにする」

 「やった! それじゃ、私は上の兵士と遊んでくるね」

 「任せる」


 おかーさんもやる気みたいで、一人で敵の元へと向かっていった。


 「シア、私達の軍ってどうなってるわけ?」

 「うん。ちゃんと機能してる」

 「どうみてもしてないでしょ」

 「大丈夫。機能してる」


 軍を率いて戦う事を自分なりに考えてみた。

 そして、辿り着いた答えがこれ。

 元々、個人で戦う事を好んできた私たちが、今更連携をとって戦うのは無理。

 なら、各自で好きなように戦う。

 ただし、攻める時と引く時だけはみんな一緒。

 これさえ守れば後は自由。

 これが私達の軍の形。

 

 「ま、その方が助かるけどね」

 「うん。それじゃ、手柄を全部奪われる前に私達もいく。ついて来い」


 気合を入れるための掛け声は不要。

 私達はやれる事をやるだけ。

 

 「目の前の敵は無視。キアラ達が応戦している敵を討つ」


 網にかかった獲物はイル姉の従業員達に任せ、私達はキアラが矢で応戦している敵を狙いに向かう。

 敵はキアラを先に狙う事を決めたらしく、川を渡る為に列をなしている。

 

 「好きにやれ」


 私達は鼬軍の中へと飛び込んだ。

 ナナシキの勝利のために。

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