第420話 国境での戦い

 「あの……誰か出てきましたよ」

 「……そうだね」


 鼬軍に気付かれないように、こっそりと先制攻撃を仕掛けてきた僕達は、自分たちの部達の元へと帰ってきました。

 下からでも鼬軍に被害を与えた事は見えていたようで、僕達が戻ると、無事に戻った事と目に見える形で被害を与えた事を祝われました。

 ですが、まだ戦いは始まったばかりなので喜んでばかりはいられないと気を引き締めなおした時でした。

 突然国境の門が開き、鼬族にしては珍しい大柄な男性が現れ、再び閉められた門の前で仁王立ちをしたのです。


 「罠……ですかね?」

 「じゃないかな?」


 しかも、たった一人でですよ?

 僕達はその意図がわからず、眉をひそめました。

 手には太くて重そうな長い槍が握られていますし、男性の表情も自信に溢れているように見えますので、降伏宣言をするようにも見えません。


 「あいつ、馬鹿だなー」

 

 チヨリさんが仁王立ちした男性を見て、呆れたように呟きました。


 「何が馬鹿なのですか?」

 「うむー。見てればわかるぞー」


 どうやら、あの仁王立ちした男性の行動には何かしらの意味があるようですね。

 なら、もう少し様子見ですかね?

 と思った矢先でした。


 ドン ドン ドン


 重低音のお腹に響くような音が聞こえ始めました。

 

 「あ、この音って……」

 「太鼓の音だね」


 懐かしいですね。

 僕もこの音の正体は知っていました。

 僕達がまだアルティカ共和国についたばかりの頃に、フォクシアでは天狐祭というお祭りが開かれました。

 僕達もそのお祭りを楽しませて頂いたのですが、その時に東西南北の区がこの太鼓を使って戦っていたのです。

 その印象は結構強かったので、音を聞いただけで僕も太鼓の音だと直ぐにわかりました。


 「けど、何のためにでしょうか?」

 「あれはなー。戦場で戦う兵士に太鼓のリズムで指示を与えているなー」

 「太鼓のリズムでですか?」

 「うむー。昔ながらの方法だなー」


 よくわからなかったので、首を傾げていると、その補足をアラン様が続けてくれました。

 そこでようやく理解したのですが、鼬軍は数が多いので、指揮官からが指示を出してもその伝達が遅れてしまう為、戦場に響き渡る太鼓の音で指示を出しているみたいです。

 

 「なるほどです。叩き方によって、進軍や撤退などを兵士に伝え、素早く行動に移せるようにしているのですね」


 他にも、戦い方によっては陣形の入れ替えなども行えるようです。

 そう考えると、一筋縄ではいかない気がしてきました。

 

 「ですが、どうしてチヨリさんは馬鹿だと言ったのですか?」

 「一人で現れたからだなー」

 「それの何処が馬鹿なのでしょうか?」


 流石に騎士をやっていたスノーさんもわからなかったみたいですね。


 「見てればわかるぞー」


 ですが、やっぱりチヨリさんからは同じ答えが返ってきました。

 まぁ、直ぐにわかるという事ですね。

 僕とスノーさんはチヨリさんの言葉を信じ、暫く見守る事にしました。

 そして、太鼓が一層激しくなった時、今度は金属を叩いたような、ゴーンッという音が一回だけ響きました。

 それと同時に太鼓の音が止み、戦場が静寂に包まれます。

 そして……。


 「俺の名前は、ポムリン! 誰か腕の立つ者はおらぬか!」


 何だか可愛い名前の人が名乗りをあげると、鼬族の兵士達が高らかに歓声を送り始めました。


 「なんか……」

 「見ていて痛いね」


 何か、言葉に表せない感情になってきました。

 ポムリンと名乗りをあげた男性は味方の兵士からの歓声をうけ、凄く気持ちよさそうな表情をしています。

 あー、俺ってかっこいいな。

 そんな顔をしている気がするのです。


 「なー? 馬鹿だろー?」

 「そうですね。ですが、あれって何の意味があるのですか?」

 「昔……流行ったのですよ。ああやって、敵軍の前に一人で立ち、敵軍を挑発し、一騎討ちを申し込んで、自分の力を誇示する事を」

 

 そうなのですね。

 あれにはそういう意図があったとは思いませんでした。

 そういえば、確かにあの人は腕の立つ者がいないかって言っていましたね。

 あれは、どうやら一騎討ちを申し込んでいるみたいですね。


 「でも、どうしてそんなのが流行ったのでしょうね」

 「何でだろうなー? アラン、何でだろうなー」

 「さ、さぁ……何でだろうな」


 むむむ?

 アラン様が顔を露骨に背けましたよ?

 

 「アラン様?」

 「ユアン、そっとしてあげて」

 

 理由を尋ねようとしましたが、スノーさんに止められてしまいました。

 まぁ、誰にも触れられたくない過去はきっとありますからね。

 スノーさんの言う通り、そっとしておいた方がいいのかもしれません。

 それよりもです。


 「どうしますか?」

 「わざわざ付き合う必要もないと思うよ」

 「だけど、あんな事を言っていますよ?」


 放っておいてもいいかなと思いましたが、それはそれでむかつきます。

 だって、さっきからあの男性は僕達の事を言いたい放題なのですから。


 「どうした! やはり、狐族は臆病者ばかりか! それならば、早々に軍を引き、我らの王に土地を献上するのだな!」


 ポムリンの罵声に賛同するように、国境の兵士達もそうだそうだと野次を飛ばしてきます。

 それだけでなく、自分が戦う訳でもないのに、僕達の事を弱虫だの雑魚だのと、言いたい放題なのです。

 

 「むー……」

 「ユアン? 挑発だから気にしなくていいよ」

 「わかってますよ。わかってますけど……」


 かといって、あそこまで言われて黙っているのは情けないです!


 「仕方ないなー。アランー、ユアン様の為に一肌脱いで来いー」

 「仕方ないな……ユアン様、私が行ってきますが、よろしいですか?」

 「いいのですか?」

 「はい。ユアン様の鬱憤を必ずや晴らしてみましょう」

 「ありがとうございます……って、アラン様!」


 アラン様の申し出に感謝していると、アラン様は武器も何も持たず、丸腰で行ってしまいました。


 「大丈夫ですかね?」

 「問題ないぞー? アランは獣化しない時も武器を使わないからなー」


 そうなのですね。

 けど、相手は大きくて長い槍を手にしています。

 大柄なアラン様よりも長い槍なのです。

 あれではリーチに差があり過ぎます。


 「いや、ある意味アラン様は正しいよ」

 「どうしてですか?」

 「懐に入ってしまえば、槍は扱えないからね。まぁ、流石に丸腰は不安だけどさ。アラン様なら問題ないとは思うけど」


 槍って遠い間合いで安全に相手と戦う武器ですので確かに一理ありますね。

 それに、アラン様の強さは良く知っています。

 信じるしかなさそうですね。

 

 「ようやく来たな、臆病者め!」


 まだ煽るのですね。

 アラン様がポムリンの所へとゆっくりと歩いて行くと、アラン様に向かってまた暴言を吐きだしました。


 「すまないな。雑魚の相手を誰がするか話合っていたら遅くなった」

 「おい、俺が誰だか知らないのか?」

 「知らないな。覚える気もない。どうせ、この戦いが終わった頃には誰もお前の事は覚えていないだろうしな」


 アラン様が煽り返しています!

 いいですね、口でも負けていないのはすごくいい事だと思います!


 「ユアンってさ、こういう時に楽しそうな顔をするよね?」

 「そ、そんな事ないですよ! まぁ、僕の代わりに言い返してくれると少しスカッとしますけどね」


 そればかりは仕方ないですよね?

 誰だって嫌な事を言われたりしたら、気分は悪くなります。

 それを言い返してくれれば、嫌な気持ちは払しょくされるものです。

 っと、それよりも今はアラン様とポムリンとの戦いです。


 「ユアン様ー」

 「はい?」


 ですが、もう少しで戦いは始まるという時でした。

 チヨリさんが僕の名前を呼んだのです。


 「アランの戦いが終わると同時に攻めるから、準備した方がいいぞー?」

 「そうなのですか?」

 「うむー。アンリの方も動きがあるからなー」


 本当です。

 アンリ様の率いるフォクシア軍にも動きがありました。

 アンリ様が火車狐に乗り、兵士さんの間を行ったり来たりしているのが見えます。

 あれは恐らく、兵士さん達に何かしらの指示を与えているに違いありません。

 

 「けど、決着はそんなに早くは……」

 「いやー? もう終わるぞ?」

 「え?」

 

 アンリ様とフォクシア軍の様子を見ていると、戦いの合図なのか、太鼓の音が数度鳴らされました。


 「あ、あれ?」


 目を疑いました。

 太鼓の音で再びアラン様の方へと目を向けると、状況が一瞬にして変わっていました。


 「降ろせーーーー!」

 「言われなくとも、直ぐに降ろしてやるよ」


 どういう状況なのでしょうか?

 アラン様がポムリンの槍を掴み、ポムリンを宙に吊り上げています。

 そして、子供が棒きれを振り回すように、軽々と槍を振り回し、その勢いに乗せ、アラン様が槍を離しました。


 「も、もう終わりですか?」

 「うむー。行くぞー?」

 「は、はい!」


 振り回されたポムリンはそのまま国境の壁まで投げ飛ばされ、壁に激突しその場に崩れました。

 どうやら、何の危なげなくアラン様が勝利を収めたようで、それを見ていた鼬族の兵士達は呆気にとられています。

 それを見て、一騎討ちの効果がようやく理解できました。

 強者……だったかはわかりませんが、鼬軍の中ではそれなりに腕の立つであろうポムリンが簡単にやられ、鼬軍は明らかに士気が落ちているように見えます。

 ああやって、敵の心を折る事も狙いなのですね。

 確かに、僕達の方も万が一にもアラン様がやられたら、その精神的ショックは大きかったと思います。

 ですが、アラン様は無事に勝利を収めました。

 ならば、この勢いに僕達も乗らなければいけませんね。


 「ユアン。アンリ様達が動いたよ」

 「はい! では僕たちも行きますよ……みなさん、準備はいいですか?」

 「ナナシキの兵士よ、準備はいいか!」

 「「「はい!」」」


 スノーさんと顔を見合わせて、頷き合います。


 「では、スノーさん合図を」

 「うん……全軍、突撃!」

 「「「おぉ!」」」


 僕達の狙いは、再び閉ざされてしまった門の突破と、拠点の確保です。

 僕達が駆けだすと、直ぐにアラン様も合流を果たしました。

 アラン様のお陰で鼬軍はまだ対応できていません。

 それに、僕とスノーさんの魔法の効果も影響しているみたいですね。

 これは、みんなで造り上げた好機。

 それを繋げてみせます。

 僕達ナナシキ軍は、一直線に門へと向かうのでした。

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