第417話 ナナシキ軍、心を一つにする
「みんな集まってますか?」
「うん。いつでも出れる」
「こっちもだよ」
「私の方も大丈夫です!」
みんなからいい返事が返ってきましたね。
予定では今日のお昼ごろには鼬軍がついに国境へとたどり着くようです。
いよいよこの時が来てしまいました。
気持ちとしては、ずっと来ないでくれるのが一番でしたが、その願いは届かなかったみたいです。
「ユアン」
「はい、わかっていますよ」
シアさんが催促するように僕の名前を呼びます。
どうやらシアさんも珍しく気が逸っているみたいですね。
心なしか僕の名を呼ぶ声が少しだけピリついてる気がしました。
当然ですね。
この後、ついに戦闘へと入るのですから。
こんな場面でのほほんとしていられる人はほとんどいないでしょう。
「では、出陣の合図をあげにいきましょう」
僕達は鼬族の国境から数キロ離れた場所に野営地を構え、この日を待っていました。
いつの間にか僕たちが寝泊まりするテントが本陣となり、それを囲うようにナナシキ軍が野営地を展開する事となりました。
つまり、僕達が居るのは野営地の中心部であるという事です。
しかし、この野営地を使うのは今日が最後となるでしょう。
勝っても負けても、この場所はもう使う機会がありません。
そう考えると、ようやく慣れ始めたテントの暮らしも少し淋しく思えます。
僕達が身支度を再度整え、テントを出ると、僕達と同じように今日という日を待っていた仲間たちが僕達を待つように各部隊に二列で分かれ整列して待っていました。
「みなさん、お待たせ致しました」
みんなの視線が僕へと集まります。
うん……いい雰囲気ですね。
これから戦争になるというのにも関わらず、誰一人して目に曇りが無いように見えます。
むしろ、自分たちでフォクシアを、ナナシキを護るという気持ちが強いようで、みんなの目から強い意志が感じ取れる程です。
「これから、僕達は進軍し、アンリ様率いるフォクシア軍へと合流します」
驚きの声はあがりませんでした。
当然ながら、これからの作戦の事は伝えてありますからね。
「作戦は事前に伝えた通り、フォクシア軍が鼬軍を相手にしている間に、僕とスノーさんの合同部隊が国境へと進み、アンリ様と合流した後に、国境の扉をこじ開けます」
一番危険な役割とあってか、スノーさんが率いる予定の兵士さん達が若干顔を更に引き締めました。
アラン様とチヨリさんの部隊の人達は問題なさそうですね。
僕の話をしっかりと聞き、静かに頷き返してくれました。
「その間、シアさんとキアラちゃんの部隊には遊撃を頼み、フォクシア軍の援護または国境の別の場所から出陣した鼬族の部隊をお任せします」
自分の能力くらいは把握しています。
きっと、僕達が国境を攻め始めた時点でシアさんとキアラちゃんの部隊に細かい指示を送る事はできないでしょう。
なので、そこはシアさんとキアラちゃんの現場判断に任せようと思っています。
二人を信用しているかこそできる作戦です。
「何か質問はありますか?」
「はーい」
「どうぞ」
手を挙げたのは僕の親衛隊の人でした。
それを見て、チヨリさんが半身となって振り返り、手を挙げた人をジトっと見ています。
いつも温厚なチヨリさんが少しだけ怖いです。
まぁ、それも仕方ないですけどね。
何せ、今手を挙げた女の人はデイジーさんと言って、何かある度に獣化したチヨリさんに頭から咥えられて怒られている人ですので。
「私達の目の届かない場所から私達を無視して都へと進軍する兵がいたらどうしますかー?」
「それは大丈夫ですよ。都にはアンリ様のフォクシア軍が残っていますし、虎王であるトーマ様の軍も僕たちの背後を守ってくれています」
あくまで僕達が前線であるだけで、後方にもちゃんと兵を残しています。
全ての敵をこの場所で抑えられるなんて甘い考えは流石に持っていません。
僕達はあくまで鼬軍に深い傷を短時間で与えるために出陣するだけなのですから。
それで、鼬軍に攻める気持ちを失くさせることが出来れば上出来ですし、そうでなくても僕達と戦う事に対する恐怖を植え付ける事が出来ればいいと思っています。
「わかりましたー」
「はい。他には質問はありますか?」
「はいはーい」
うぅ……また、チヨリさんがジトーーーーって手を挙げた男性を見ています。
あの人もよくデイジーさんと一緒にチヨリさんに頭から咥えられて怒られている人ですね。
この一週間で何度かその光景を目にしました。
まぁ、デイジーさんとは夫婦みたいなので、似た者同士って事ですかね?
っとそれはさておき、質問があるようなので聞かなければいけませんね。
もしかしたらまた後でチヨリさんに頭から咥えられて怒られるようなふざけた内容の可能性もありますが、そんな内容でも盲点に気付く可能性もありえます。
「はい、ディアさんどうぞ」
「この野営地は一応残すと聞きましたが、その防衛はどうするのですか?」
意外な事にまともな質問が飛んできました。
まぁ……チヨリさんの目が、事前に説明したよなー? と言っているように見えますが、再度確認するのは大事ですよね。
「ここはセーラ率いる補給部たちとコボルトさん達を中心とした魔物部隊に護って貰いますので大丈夫ですよ」
「わかりましたー」
セーラは戦争についていくと前に言っていましたが、冗談ではなくて本当についてきたのですよね。
ですが、戦力的な期待は出来そうになかったので、この地に再び戻るつもりはありませんが、保険として防衛組として残って頂きました。
本人は少しだけ不服そうでしたが、僕達が撤退する事になった時、セーラたちが残ってくれれば安心して戦えますと伝えたら喜んで引きうけてくれましたね。
まぁ、そのせいでコボルトさん達が野営地に残る事になり、シアさんの部隊が少し減ってしまいましたけどね。
シアさんはそれでも問題ないと言っていたので信じるばかりです。
「他に質問はありますか?……なさそうですね」
少しだけ待ってみましたが、今度は誰も手を挙げませんでした。
大丈夫そうですね。
「では、出陣前にいつものをやりますよ」
ナナシキ軍が出陣する前にこうして集まったのには理由があります。
僕が総大将としての役目を果たすためです。
僕はこの時の為に出来る事をずっと考えてきました。
総大将として、みんなを率いるのにはどうしたらいいのかというのをずっと考えていたのです。
そして、その答えは簡単でした。
心を一つにするだけだったのです。
その方法を僕は知っています。
この日の為に準備していたかのように完璧な方法が存在したのです。
「では、みなさん少し広がってください」
僕の指示に従い、隊列を乱さないようにみんなが広がります。
みんなの準備もよさそうですね。
では、やりますか……。
「まずは、耳と足の運動ー! ピコフリ体操はじめー!」
ピコピコピコピコピコピコピコピッ
「お尻を突き出して、尻尾と腰の運動ー!」
フリフリフリフリフリフリフルリ
「もう一回耳と足の運動ー!」
ピコピコピコピコピコピコピコピッ
「尻尾と腰の運動ー!」
フリフリフリフリフリフリフルリ
うんうん。
みんなちゃんと出来ていますね!
朝の体操の成果がちゃんと出ているみたいです。
それに、この日の為に色々と改良を加えました。
ただ、耳をピコピコするだけでは勿体ないので、ピコピコに合わせて、つま先立ちをして足の運動も加えたのです!
だけど、それだけではピコフリ体操は終わりではありません!
最後が一番大事なのです!
「んーーーーーー、伸びーーーーーー!」
「「「伸びーーーーーー!」」」
耳も尻尾も両腕も、伸ばせる場所を思い切り天へと伸ばします!
その際に、つま先で精いっぱい立つのを忘れてはいけませんよ!
「ふにゃぁ……」
「「「「ふにゃ~」」」
そこまでは真似しなくてもいいですけどね。
ですが、ちゃんとみんなそこまでやってくれるのは嬉しく思えます。
「では! 気合も入った所でしゅっぱ……」
「ユアン様ー!」
「はい、どうしましたか?」
出発の掛け声をかけようとした時でした、またデイジーさんが手をあげたのです。
「領主様がやっていませんでしたー!」
「え?」
「キアラ様もやっていませんでしたよー!」
それだけではなく、ディアさんからもそんな報告を受けてしまいまさした。
「そ、それは本当ですか?」
それを確かめるために後ろを振り向くと、慌てるキアラちゃんと幸せそうな表情のスノーさんが立っていました。
「キアラちゃん、スノーさん?」
「あ、うん? いや、だって私達に耳と尻尾はないしさ」
「そうですよ。今の体操は私達じゃ出来ないと思うの」
「そういう問題ではありませんよ!」
「でも……」
「でもじゃありません。兵士さん達もちゃんとやっていましたよね?」
耳と尻尾がないから出来ないとスノーさん達は言い訳をしますが、ピコフリ体操の時にちゃんと兵士さん達もやっているのを僕は確認していました!
耳と尻尾のない兵士さん達がみんながやってくれるという事は、それだけ効果があると思ってくれたからに違いありません。
ちゃんと広めていた甲斐がありましたよね。
「そ、そうだ! シアは?」
「そ、そうですよ! 私達だけではなくシアさんもやっていなかったですよね?」
「やった」
「だそうですよ?」
シアさんもスノーさん達と一緒で僕の後ろにいたので、やっている姿は見ていません。
ですが、シアさんはちゃんとやったと言っています。
「いや、シアはこういう恥ずかしい事はやらないでしょ」
「ちゃんとやった」
「ほ、本当ですか?」
「本当。私はユアンの事を理解してる。この状況でやらなかったら、後で絶対にやらされる。だから、先にやった。そうすれば、余計に恥ずかしい思いをしなくて済む」
「確かに……」
そんな納得され方をされても腑に落ちませんけどね。
でもまぁ、シアさんは毎朝一緒に体操をしているので、嘘はついていないと思います。
それに、やっていなかったらきっとスノーさん達のように指摘が入ると思いますからね。
「という事で、やり方はわかっていると思いますので、二人もやりましょうね?」
「う……ユアンが鬼畜すぎる」
「恥ずかしいです……」
「恥ずかしくないですよ。それに、鬼畜でもありません。普段からみんなやっている事ですからね。それじゃ、ピコフリ体操始め!」
みんなに注目されながら、スノーさんとキアラちゃんがピコフリ体操を始めました。
ちょっとぎこちないですけど、それでも効果は十分にある筈です。
「はい、伸びー!」
「「伸びー……」」
「ダメですよ! 最後はしっかりと……伸びーーーーーー!」
「「伸びーーーーーー!」」
ついスノーさんに合わせて二回もやってしまいましたが、これでようやく全員終わりましたね。
これでようやく僕達は気持ちも一つになれた筈です。
「では、改めて進軍です! えいえいおー!」
「「「えいえいおー!」」」
「もう一度、えいえいおー!」
「「「えいえいおー!」」」
僕の掛け声に合わせ、みんなが応えてくれます。
前に一度失敗したので少し不安でしたが、今回は大成功のようです!
そのお陰で僕の気分も乗ってきましたよ!
「出陣です!」
僕達は野営地を離れ、数キロ先に待ち受ける鼬族の国境へと出発をしました。
いよいよ、僕達の戦いが幕を開けるのでした。
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