第415話 弓月の刻、出陣する

 「ポックル様……ご報告があります」

 「何? その様子からすると、良くない事が起きたという事はわかるけど」


 報告があるとい言いながら僕の部屋へと入ってきた宰相は顔を伏せている。

 僕ほど聡明になれば、それだけで宰相がどのような報告するのかが簡単に察する事ができた。


 「はい……進軍中の軍に事故が起きました」

 「事故?」

 「はい、先日の野営時にテント付近の篝火がテントへと燃え移り、その際に指揮官を含む多数の兵が亡くなりました」

 「なんだ。そんな事か」


 どうしていちいちその程度の事を報告しようと思ったのか理解に苦しむね。


 「そんな事と申されますが、それが原因で軍の進行に遅れが出ています」

 「どうして? 僕の軍は指揮官を失ったくらいでそんな事になってしまうというのかい? それとも、いちいち僕に指示を仰がないと何もできない無能の集まりだと君は言いたいのかな?」


 馬鹿馬鹿しい。

 指揮官を失ったから何だと言うのだろう。

 指揮官が死んだのならば、代わりに指揮官を補充すればいいだけの話だ。

 そもそも、その程度の事で死ぬような指揮官ならば変わった方がいい事くらい気付いて欲しいものだね。


 「そういう訳ではありませんが……」

 「なら大丈夫だよね? きっと今頃はフォクシアの国境まで数日の所まで進軍している筈だよね? 僕の軍が今どの辺りまで進んでいるのかを僕は知らないけど、きっと明日にはそういう報告を貰えるよね?」


 軍が出発してからどれくらい経過していると思っているのだろうか。

 僕が指揮官ならばとっくに国境へと到着し、既に軍を展開している頃だろうからね。


 「と、当然ですございます! 報告は以上です、では失礼致します!」


 全く。僕の正論に何も言い返せなくなった宰相が逃げていくように部屋から出ていった。

 本当にどいつもこいつも無能ばかりで頭にくる。

 どれだけ僕の予定を狂わせれば気が済むのだろうね。

 そんな時は……。


 「ぷは~……あー、すっきりするなぁ……ゴホッ!」


 最近手に入れた煙草に火をつけ、煙を吸い込むと頭がすっきりとし、嫌な事も全て忘れられる。

 時々、煙を吸い過ぎたせいか苦しい時もあるけど、それも一つの醍醐味だろう。


 「ゴフッ……さて、どうするべきか悩むな」


 ここで僕が指揮官となり、軍を動かせば更に戦争に勝つ確率は高くなる。

 しかし、それでは美しくない。

 王である僕が動くのは全てを屈服させた後でいい。

 絶対的な王の元には自然と全てが集まってくるのだから、僕がやるべきではない。

 しかし、幾ら何でも周りが無能すぎれば、その分無駄な時間がかかる。


 「ひひっ……だけど、それもまたいいじゃないか」


 この戦争は必ず歴史に刻まれる。

 アルティカの大地を血に染め、数多あまたの屍の上にそびえたつ存在が僕になる。

 同胞の死が僕を彩るんだ……。


 「ごほっ……ふぅ、ふぅ……いひひっ」」


 それを考えただけで興奮が止まらないよ。

 どうか、僕の為にみんな死んでくれ。

 死が、私の糧となる。

 全てを私に捧げよ。

 生が、世界の為となる。

 生きるもの全てに祝福を。





 「それでは、準備はよろしいですか?」

 「問題ない」

 「私の方も大丈夫だよ」

 「私もです」

 「なー。大人しく待ってるなー」


 サンドラちゃんには申し訳ないですが、みんなの準備の方は万全のようですね。

 もちろん、みんなというのは個人ではなく、それぞれが指揮をとる部隊の準備です。

 先日、ついにラディくんから鼬族の軍がフォクシアとの国境まで数日の所まで迫ったと報告を受けました。

 なので、ついに僕たちも出陣する事に決めたのです。

 遅いと思いますか?

 実はそこは問題ありません。

 何せ、事前にキティさんの配下たちが先行し、転移魔法陣を設置してくれましたからね。

 直ぐにでも鼬族の国境付近へと移動できるようにしてあります。

 当然、鼬族にはバレないようにしてあります。

 というよりも、バレようがないという状態ですね。

 何せ、鼬族は斥候というものをこちらに送っていないみたいですので。


 「では、みんなが集まっていると思いますので行きましょう」


 あんまり大袈裟にするつもりはありませんでしたが、どうやら戦争に参加しない街の人がどうしてもお見送りをしたいという事で、集まっているみたいなのです。

 なので、僕達は暫く会えない人達の為にそれに応える事にしました。

 

 「本当に全員集まっているのですね」


 領主の館から外にでると、敷地内には今回同行してくれる人達が待っていました。

 

 「ユアン様、街の者達がお待ちです。どうか、一言声をかけてあげてください」

 「僕がですか?」

 「うむー。みんなユアン様の事を心配してるからなー」


 外に出ると、まずはアラン様とチヨリさんが出迎えてくれました。

 そして、二人の視線の先には門の外で待っている人達が大勢いたのです。

 

 「えっと、スノーさんじゃダメなのですか?」

 「総大将はユアンだからね。私が声を掛けるよりもいいと思うよ。何よりもユアンはこの街の象徴だしさ」


 スノーさんはそう言いますが、スノーさんも十分に慕われていると思いますけどね。

 ですが、スノーさんにそう言われてしまったのならば、僕がやるしかなさそうですね。


 「わかりました……みなさん!」


 うー……緊張します。

 門の外に集まった人達に声を掛けるべく、領主の館の敷地から出ると、騒いでいた声が一斉に静まり、僕に視線が集まります。


 「えっと、僕達は精一杯戦ってきます。ですが、正直ナナシキの事が心配です」


 ナナシキにはオルフェさんや兵士や魔鼠さん達が残ってくれていますが、どうしても何か問題が起きたらという不安は拭えません。


 「それでも僕達は行かなければなりません」


 僕達がナナシキに残るという選択肢はありません。

 僕達が原因で起きた事なので人に任せる訳にはいかないのです。


 「なので、僕達が安心して戦場に向かえるように、僕達が無事に戻って来る為に、みんなにナナシキを任せます!」

 

 これは未来を掴む戦いではなく、未来を護るための戦いです。

 一人ではなく、みんなで護ってこそ意味があると僕は思います。

 もちろん、残った人達に戦闘は求めていません。

 それは事前に伝えてあります。

 ですが、戦闘ではなくても護れます。

 自分たちで街を守るという意志が大事なのです。

 

 「また、笑顔で全員揃って未来を迎える為に僕達に力を貸してください!」


 僕達は頑張れという一言があれば、それだけで頑張れます。

 そうやって、幾つもの思いが繋がっていくのです。

 僕達は一人じゃない、みんなで一つなのだと僕は伝えます。

 

 「一緒にナナシキを護りましょう!」


 僕はみんなに向け、拳を突きあげます。

 えいえいおー!

 ってやつです!

 僕は知っています、こうやって僕が率先してやれば、みんなもそれに合わせて一緒にやってくれるのです!

 そうやって気持ちを一つにするのが大事なのです!


 パチパチパチパチッ!


 「ふぇ?」


 しかし、何故か返ってきたのは盛大な拍手でした。


 「あ、あの! 今は拍手じゃなくて、一緒に拳を……」

 「ユアンちゃんかっこよかったよー!」

 「がんばれよー!」

 「あ、ありがとうございます! じゃなくて!」


 何か、僕の想像していたのと違います!

 これじゃ、僕だけ一人で盛り上がっているみたいで凄く恥ずかしいです!


 「ほら、一緒にえいえいおー! ですよ!」

 「ユアンちゃん今のもう一回やってー!」

 「可愛いぞー!」

 「もぉ! 一緒にやってくださいよー!」


 うー……どうやら失敗してしまったみたいです。

 いえ、失敗ではありませんよ?

 みんな笑顔でこうやって暖かくお見送りしてくれているので、十分に嬉しいです。

 ですが、何だか折角の出陣なのに締まらない気がしてしまいます!


 「いつもの事だから仕方ない」

 「そうだね。だけど、凄くいい雰囲気だと思うよ」

 「変に気張るよりは私達らしいですしね」

 「そうだなー。あったかいなー」


 まぁ、確かにそうですね。

 今日まで色々と対策はしてきましたが、対策らしい対策というのはあまりしてきませんでした。

 今更張り切っても仕方ないですね。

 あくまで僕達らしく自然体でいること。

 これが、一番上手くいくのは確かかもしれません。

 きっと、街の人もそう思っていてくれているに違いありません!

 決して、僕が戸惑う姿を見る為ではないと思います。


 「ユアン様、そろそろ……」

 「あ、はい。そうですね!」


 アラン様が僕に出発するように促してきます。

 僕もちょうどそう思っていた所です!

 別に恥ずかしいからではありませんよ?

 ただ、転移魔法陣を起動するのは僕が一番適任なので、僕がやらなければいけませんからね!

 何せ、今回の転移魔法陣は改良に改良を加えました。

 

 「では、現地で合流しましょう!」

 「うん。それまでの間、みんな気をつける」

 「迷子にならないようにね?」

 「スノーさんが一番心配だよ……」

 「気をつけてなー」

 「大丈夫ですよ。僕達ですからね」


 用意した転移魔法陣は四つ。

 そこに、僕、シアさん、スノーさん、キアラちゃんがそれぞれの部隊を引き連れ分かれます。

 

 「合流ポイントは大丈夫ですね?」

 「問題ない」

 「何かあったら直ぐに連絡するよ」

 「魔鼠達とはぐれないようにしてくださいね」

 「大丈夫そうですね」


 僕達は分かれて国境へと向かいます。

 その意図は、各自で国境周辺を予め探るためです。

 地図を見るのと、実際に自分の目で確かめるのは違います。

 鼬族が国境へとたどり着く前に事前に調査をしておくのです。

 どこでどう戦えば、こちらが優位に立てるかを調べるのです。

 場合によっては各部隊で迎撃にあたる事も想定しています。

 みんなと別行動するのは少し淋しいですけど、一時の我慢ですし、親衛隊の人達が居てくれます。

 これくらいで弱音は吐いてはいられません。

 

 「では、それぞれの役割をちゃんと果たしましょう……起動します!」


 みんながそれぞれの魔法陣に分かれたのを確認し、僕は魔法陣に魔力を流します。

 

 「ナナシキ軍……出陣です!」


 未来を守る為に僕達は転移魔法陣の光に包まれるのでした。

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