第412話 補助魔法使い、虎王を案内する

 「シアさん、流石にやり過ぎじゃないですか?」

 「そんな事ない。サイラスは頑張った」

 「お褒めに預かり光栄です!」


 シアさんの横でサイラスさんが晴れ晴れとした顔をしています。

 ですが、流石にやり過ぎです。

 これがやり過ぎじゃないとしたら、僕はどう表現していいのかわかりません!

 だって……。


 「そんな事ないって言いますけど、鼬軍のテントの大半を火事に見せかけ燃やして、軍のお偉いさんを数人暗殺しちゃったのですよね?」

 「はい! ですが、ちゃんと事故に見せかけてあるので問題はありません!」


 いや……そんなに元気よく報告されても困ります。

 サイラスさんが手を下したとはバレてはいないみたいですが、幾ら何でも不自然すぎますよね。

 野営をしている最中にテントが次々と燃え、軍のお偉いさんは火事に気付かずに、そのまま焼死だなんて誰も信じないと思います。


 「大丈夫。昨日は風が強かった。だから、火が回るのが早い」

 「そうかもしれませんけど、流石に火事の中で寝てるなんてあり得ますかね?」

 「鼬族は鈍い。だから仕方ない」


 まぁ、やってしまったのからには仕方ないですけどね。

 けど、問題はそこではありません。


 「けど、鼬族の進軍が完全に止まっちゃいましたよ?」

 「うん。軍を率いる人が居なくなったから当然のこと」

 

 そればかりはいいかどうかはわかりません。

 何せ、進軍が止まるという事は、鼬族がフォクシアに進んでこないという事です。

 

 「アンリ様になんて説明すればいいのか……」

 

 アンリ様はフォクシアの兵を率いて、既に出発しています。

 にも関わらず、鼬族が攻めてくるどころか、鼬領の途中でずっと止まっている事になるのです。

 それを知らずにずっと待つのは辛いですよね。


 「アンリの事は気にしなくて良いぞ。それくらいで士気を下げ、気を抜くようじゃ王を務める事は出来ぬじゃろうからな」

 「そういうものですかね?」

 「そういうものじゃよ。ユアンも私が慌てていたら不安になるじゃろ?」

 「そうですね」

 「じゃから、王である限りは何事にも動じず、下の者を不安にさせぬように努めるのも一つの役割じゃ」


 アンリ様がフォクシアの王になるための試練だと思えばいいのですかね?

 

 「むー……ユアンは納得してない? 影狼族が頑張るのはダメ?」

 「だ、ダメじゃないですよ! シアさんもサイラスさんも良くやってくれました! そこは誇っていい事です」

 「嬉しい」

 「ユアン様からそのような言葉を頂けるとは、危険を冒した甲斐があったというものです」


 実際には鼬軍に甚大な被害を及ぼした事は確かですからね。

 アンリ様が待ちぼうけになる事を除けば、悪い結果ではないのは確かです。

 例え、それで鼬王が僕達の仕業と気づき、怒ったとしても、頭に血が上った相手の方が単純なので相手をするのが楽ですしね。


 「あ……そういえば、トーマ様はどうなったのですか?」


 頭に血が上る。

 その言葉で思い出しましたが、すっかりトーマ様の事を忘れていました。

 

 「トーマなら心配ない」

 「そうなのですか? それならいいのですけど」


 アリア様の口ぶりからすると、ちゃんと今の状況を伝えてくれたみたいですね。

 まぁ、流石に幾ら何でもずっと放置している訳がありませんよね。

 トーマ様は最初から僕達の味方に付いてくれた訳ですし、流石にアリア様でもそこまで失礼なー……。


 「ちゃんとビャクレンを守っているぞ。鳥族と狼族が進軍してくるのを待ってな」


 失礼な事がありました!

 なんと、トーマ様は何も知らずに未だにビャクレンで軍を構えているみたいです!


 「ど、どうするのですか? もし、しびれを切らして、鳥族と狼族に攻めに向かってしまったら!」

 「大丈夫じゃ。トーマは馬鹿じゃが、そこまで馬鹿じゃないからのぉ。流石に勝手に攻めに転じる事はないじゃろう」

 「そうは言いますが、その保証はどこにもないですよね?」

 「まぁな。じゃが、本当に心配はいらぬ。トーマには伝えていないが、トーマの配下には伝えてある。トーマが進軍をしようとしても、全力で止めるであろう」


 そこまで伝えてあるのなら、トーマ様にも伝えてあげればいいと思うのは僕だけでしょうか?


 「でも、トーマ様は王様ですよね? トーマ様の一声で攻める事になったりなんか……」

 「せぬよ。トーマは何だかんだで、個人的な事は我を通しても、国の事となれば家臣の意見は尊重するからな」


 それは意外でしたね。

 てっきり何でもかんでも自分の言う事を聞けというタイプかと思いましたが、どうやら違うみたいです。

 あ、でもそう言われてみると思い当たる節もありましたね。

 ビャクレンとナナシキの街を結ぶ道を造り始めてからは一度もナナシキへと来ていませんでした。


 「なら、問題ないですかね?」

 「問題だらけだっ!」


 トーマ様の話題はそこまでにし、別の話題にしようとした時でした。

 いきなり僕達のいる部屋のドアが勢いよく開かれ、大きな声が響き渡りました。

 どうやら噂の張本人が現れたようです。


 「もぉ! もうちょっと静かに入ってください! びっくりするじゃないですか!」

 「あぁん? あぁ……それは済まなかったな」


 一瞬だけ怖い顔をトーマ様がしましたが、注意したのが僕だとわかり、トーマ様は素直に謝ってくれました。


 「なんじゃ。ユアンの言う事も聞くようになったのか」

 「当り前だ! 俺の嫁を探してくれている恩人だからな……ってそうじゃねぇ! おい、ババア、これはどういう事だ!」

 「何がじゃ?」

 「なんでいつの間にかクドーとラシオスがこっち側に寝返っているのかって聞いているんだよ!」


 どうやらとうとうトーマ様に伝わってしまったようで、それを知ってわざわざナナシキへとやってきたみたいですね。

 かなり急いで来たのか、また体のあちこちに葉っぱを沢山つけています。


 「トーマ。葉っぱが落ちる。せめて、外で落としてくる」

 「あぁ……わかった。ちょっと待ってろ」


 偉いですね。

 ちゃんとシアさんの言う事も聞いてくれています。

 この分ですと、サンドラちゃんの言う事も聞いてくれそうですね。

 何せ、僕を含めた三人がトーマさんのお嫁さん候補を探しているのですからね!

 あの一件で、すっかりと仲良くなれた気がしますよ!


 「これでいいか?」


 暫くすると、綺麗になったトーマ様が再び戻ってきました。


 「うん。それで?」

 「あん? あぁ、そうだったな……おい、ババアこれはどういう事だ!」


 戻ってきたトーマ様は一瞬、何に怒っていたのかを忘れていたようでしたが、怒っていた理由を思い出し、仕切りなおしてアリア様に詰め寄ります。


 「見ての通りじゃよ。狼族と鳥族が寝返っただけじゃ」

 「そんな事は言われなくてもわかる。問題はどうしてそんな重要な事を俺に伝えないかだ!」

 「簡単じゃ。トーマの事は信用している。じゃが、寝返ったばかりのあの二人はまだ完全に信用はしていない。そんな中でトーマが警戒をしていれば、あ奴らも不用意な行動をとれぬじゃろう?」


 なるほど。

 アリア様にはそういう意図があったのですね。

 もし、ラシオス様もクドー様も演技だとしたらそれはそれで面倒です。

 敵を懐に招き入れる事になるのですから。

 それに、一応は色々と脅しつけてありますけど、何かの気の迷いで裏切る可能性もあるので、抑止力としてトーマ様を利用した訳ですね。


 「それならそれで俺に言えばいいじゃねぇか!」

 「阿呆。お主が演技などできる訳ないじゃろ。お主は何も知らず、目の前の事だけに集中している方が良い」

 「ああん? その割には臣下共は全て知っていたぞ?」

 「当然じゃ。そっちにはちゃんと伝えておいたからな」

 「どうしてだよ!」

 「当り前じゃ。いつか攻めてくる相手を待つのは精神が削られる。それを避ける為に決まっているじゃろうが」

 

 敵の存在がハッキリしているのかしていないかでは全然違いますよね。

 アリア様はトーマ様の配下の配慮はしてくれていたみたいです。


 「おい、それだと俺は精神的にやられてもいいって言ってみたいじゃねぇか!」

 「お主が精神的にやられる訳がないじゃろう。むしろお主にとってはご褒美だと思うのじゃが?」


 そんな事をされて喜ぶわけがないと思いますけどね。


 「待つのと待たされるのはちげぇよ! 俺は待たされるのはいいが、待つのは嫌なんだよ!」


 よくわかりません……。

 僕からしたらどっちも同じだと思うのですが、トーマ様の中では違うみたいです。


 「まぁ、そこは良い。それで、何の用じゃ?」

 「決まってんだろ。確かめに来たんだよ」


 まぁ、当然ですよね。

 狼族と鳥族が本当にこちら側についたかどうかを知っておくのは大事です。

 もしかしたら、報告を受けた事が敵の偽情報で策略の可能性はあります。

 なので、トーマ様の判断は決して……。


 「なぁ、本当に俺の嫁を探してくれてるんだろうな?」


 間違っていました!

 トーマ様が確かめに来たことは狼族と鳥族の事ではなく、お嫁さん候補でした!


 「えっと、今はそれどころじゃないと思いますよ?」

 「ああん? けど、約束しただろうが」

 「しましたけど、今は戦争中です。流石にそっちを優先する訳にはいきませんよ」

 「って事は、まだって事なのか?」


 そ、そんなに悲しそうな顔をされても困ります!

 さっきまでの威勢が嘘のようにトーマ様がへこんでしまいました!

 冗談ではないとは思っていましたが、まさかここまで本気だとは思いませんでした。

 流石にそこまでへこまれると、凄く申し訳ない気持ちになってきますね……。

 仕方ありませんね。

 この件は後回しにしようと思っていましたが、今後の虎族の士気にも関わってくる可能性もありますので、先に片付けてしまいましょうか。


 「いえ、一応は候補は思い浮かんでいます」

 「本当か!?」

 「はい。ですが、まだ本人に確認をとっていないので、どんな返事が返って来るのかはわかりません」

 「構わねぇ! むしろ俺が直接会いに行く!」

 

 んー……それはそれで困りますね。

 何せ、僕が紹介できそうな人は特殊な場所に住んでいて、凄く変わった人なのです。

 正直な所、トーマ様を紹介してどんな反応をするのか見当もつきません。

 全く相手にされない可能性もあるのです。


 「んなもん会ってみなければわかんねぇだろ」

 「まぁ、そうですけどね」

 「だから、な? 頼む、頼むから俺に紹介してくれ!」


 トーマ様が本当に本気みたいですね。

 僕に両手を合わせ、頭まで下げてくるのです。


 「どうしましょうか?」

 「紹介するだけなら構わない」

 「ですが……場所が場所ですよ」

 「うん……トーマ、目隠ししていい?」

 「どうしてだ」

 「そいつが居る場所は私達にとって大事な場所。あまり知られたくない」

 「口なら堅いぜ?」

 「本当ですか?」

 「それは本当じゃよ。こやつは馬鹿じゃが、人を陥れたり売ったりはせぬよ」

 「馬鹿は余計だ!」


 んー……アリア様がそう言うのなら大丈夫ですかね?


 「わかりました。僕はトーマ様を信じます。なので、トーマ様も僕達を信じて目隠しを受けてくれますか?」

 「会わせてくれるなら構わないぜ!」


 了承は得られましたね。

 けど、これで今日の予定は崩れてしまいました。

 本当はサイラスさんや魔鼠さん達が頑張ってくれたのでその労いをしたかったのですが、今日の所は出来なさそうです。


 「私の事は気になさらずに結構です! 長に褒めて頂けましたので、それで十分ですから!」

 「うん。サイラスはよくやった。だけど、それだけじゃダメ。後日、改めて場を用意するから楽しみにしてる」

 「わかりました! では、報告はこれまでにし、本来の仕事へと戻ります」


 綺麗な敬礼を決め、サイラスさんが部屋から出ていきます。

 本当にハキハキと真面目な人なので好感が持てますね。

 シアさん曰く、戦闘になると人が変わるみたいなので、それはそれでどう変わるのか気になりますね。

 けど、今はそれを気にしている場合ではなさそうです。


 「では、移動しますがいいですか?」

 「おう! いつでもいいぜ!」

 「ユアン、トーマの面倒は頼むな」

 「はい。まぁ、もしかしたらすぐ帰って来るかもしれませんけどね」


 そればかりは今から会う人次第ですし、トーマ様も気に入らなければそれまでです。

 ですが、何となくですが二人は気が合うような気がするのですよね。

 むしろ気が合わな過ぎて、空回りした結果上手くいくような気もしますけど、そればかりは二人の相性次第といった所でしょうか。

 とりあえず、一つ言えるのは変人同士、上手くやってくださいって感じですね。

 きっとそれも愛の形の一つですからね。


 「では、移動します!」


 目隠しした状態で、僕は転移魔法陣を展開し、トーマ様ととある場所へと向かいます。

 もしこれで二人が上手くいけば、僕も愛というのがわかってきた証拠かもしれませんので、実は少し楽しみです!

 本当はこんな事をしている場合ではないと頭ではわかりつつも、僕とシアさん、そして主役となるトーマ様を連れ、僕達は転移魔法陣で移動をするのでした。

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