第411話 影狼族の刺客

 「ユアン、アンリ様が一足先に出陣したよ」

 「みたいですね」


 僕が総大将と決まり、一週間経過した頃、ついにアンリ様が五千の兵士を率いて軍を動かしたようです。

 いよいよ、鼬族との開戦が間近に迫っている事を肌で実感するようになってきました。

 心なしか、ナナシキの街も盛り上がっているような気がしているのです。

 普通はもっとピリピリすると思うのですけど、何故かみんな楽しみにしているような気がするのです。


 「またユアンさんと一緒に戦える日を心待ちにしているみたいだね」

 「そうですね」


 僕が仕事をしていると、街の人が集まってきて、色んな世間話をするのですが、最近は戦争に関する話題ばかりです。

 

 「影狼族も同じ。みんなこの街の為に戦えると張り切っている」

 「士気が高い事はいいですけど、みんな張り切り過ぎて先に疲れなければいいですけどね」

 

 今の心配事はそこですね。

 鼬族が国境へと到着するのはまだかかります。

 あまり早くから気合をいれていても、無駄に疲れてしまい、いざ戦闘の時に本領を発揮できないのは困りものです。


 「なら、いっその事ナナシキの兵だけで鼬族に強襲を仕掛けてみる? 今なら相手も油断しているし、それなりに被害を与える事ができると思うよ」

 「危険は伴いますが、悪くはないですね」

 「うん。常に狙われていると思うのは精神的に追い詰めるのに最適」


 昼も夜も、安心できる時間がないというのはかなり辛いですよね。

 それが一週間も続けば、きっと鼬族の兵士の士気もどんどんと低下するでしょう。


 「問題は誰を狙うかですよね」

 

 これは戦争なので甘い事を言ってはいられませんが、鼬族の兵士はほとんどが強制的に参加させられた兵士で、その中には戦闘能力の低い、一般人とも呼べる人も混ざっています。

 流石にその人達を狙うのは心苦しいです。


 「なら、狙いを絞って被害を与えればいいんじゃない?」

 「そうですね。ラディからの報告ですと、正規兵は甲冑に身を包んでいるようですし、徴兵された兵と区別するのは簡単なようです」

 

 しかも、正規兵は無駄にプライドだけは高いようで、正規兵だけで固まり行軍しているみたいです。


 「それならなら、今夜少しそっちにちょっかいを出してみましょうか」

 「それなら、影狼族に任せて欲しい。闇に紛れて行動するのが得意な人がいる」


 シアさんの話では、その人はナナシキへと来る前は暗殺者みたいな仕事をしていたみたいですね。

 まぁ、暗殺者といっても一般市民を狙うのではなく、指示を受けて単独で盗賊のアジトに乗り込み、偵察や盗賊の頭などを密かに倒したりしていたみたいです。


 「わかりました。ですが、無理はさせないでくださいね?」

 「うん」

 「一応サポートにラディの配下をつけますね」

 「助かる」


 さて、僕達の襲撃をうけて、鼬族がどんな反応をするのかが見ものですね。

 まぁ、流石に行軍の足が止まるとは思いませんけど、それで疲弊してくれれば僕たちとしては有難いと思います。

 そうすれば、僕達と戦う時に万全な状態ではなくなると思いますので。



 


 ユアン達が襲撃を決めた夜。

 鼬族の野営地に蠢く影があった。

 

 「野営をしているのにも関わらず、見張りを立てないとは、随分と楽観してるみたいだな」


 全身を黒の衣服で染めた男は鼬族の野営を目にし、半分呆れかえっていた。

 それと同時に、リンシアから授かった任務の成功を確信していた。


 「わかりやすいな」


 男の目にしているのは鼬族の広大な野営地。

 七万もの兵士が休むのならば必然と野営地が広がるのは当然だ。

 その中から正規兵を探し、要人だけを狙うのは骨が折れると任務を授かった時はそう思った男だったが、いざ野営地にやってくればその思いは直ぐに消えていた。

 

 「ヂュッ……サイラスさん、テントの中に軍を指揮する者がいるみたいです」

 「やっぱりそうか」


 お供についた魔鼠から報告を受け、男は予想を確信へと変えた。

 どうやら、鼬族の野営は身分によってわかれているようだ。

 草原に横たわり眠る兵は徴兵された兵であり、テントを張り、その中で身を休める兵士達は正規兵のようだ。

 

 その中でもひと際目立つテントにサイラスは目をつけた。

 魔鼠から報告を受けていた事もあり、どうやらそのテントの中でこの軍の指揮官が休んでいるようだ。


 「どうしますか?」

 「どうもこうもない。長からの指示は虐殺ではなく、鼬族に混乱をもたらす事。痕跡を残さず、指揮官だけを狙い、撤退する」

 「了解です。しかし、テントの前だけには見張りがいるようです」

 「数は?」

 「二人」


 問題ないなとサイラスは呟いた。


 「移動する。懐へはいれ」

 「ヂュッ!」


 魔鼠を漆黒のローブへとしまい、サイラスは音と気配を殺し、静かに駆け出した。

 野営地へと密かに侵入を果たしたサイラスはその光景に呆れてしまった。


 (ここには規律が存在していないのだろうか)


 野営とは人が無防備になる瞬間である。

 夜襲という言葉があるように、野営をするからにはそこを警戒しなければならない。

 にも関わらず、鼬族の野営は夜襲を警戒していないようだった。


 (テントは乱雑にたてられ、至る場所に死角が出来上がっている。これでは侵入し、好き勝手やってくれと言っているのと同じだ)


 夜襲をするのは何も人間だけではない。

 人間の食料を狙い、野生の魔物が狙ってくる事だって当然ながら考えられる。

 

 (数が多ければ魔物が襲ってこないと思っているのだろか?)


 その考えは強ち間違ってはいない。

 魔物は小規模な村などを襲ったりはするが、街など人が多い場所を狙う事は滅多にない。

 もちろん魔物対策が施してあるというのが理由の一つに挙げられるが、実際の所は人が多く存在している事を魔物も警戒している。

 魔物は狩る側の立場であり、同時に狩られる立場でもある。

 街を襲うという行為がどれだけ危険かという事を本能で理解しているのであろう。

 しかし、魔物は常に人を狙っている。


 (この軍はもうすぐ魔の森の横を通る。その時に同じことをしているようであれば……)


 ユアン達も通った事のある魔の森はとても広大で、魔物が数えられない程生息している場所である。

 ユアン達が通ったのはほんの一部で、北を目指せば魔族領まで繋がっている。

 それは鼬領も同じで、一時は封印されし魔物の影響で数を減らしていたが、今は魔物の数も増え、魔の森から魔物が溢れるのも珍しい事ではなくなっていた。

 本来の姿を取り戻しつつあるのだ。

 サイラスが予想をした通り、鼬族がこのまま進み、今宵のような野営をするのであれば、守りの薄い鼬族の軍は魔物からすれば格好の餌となるであろう。

 

 (ま、俺には関係ないか。俺は俺の仕事をしよう)


 サイラスはこれからの鼬族の軍の事を考えたが、すぐに頭を切り替え、魔鼠から報告のあったテントへと足を進めた。


 「この先です」

 「あぁ、見えた」


 ローブから顔だけ出した魔鼠がラシオスだけに聞こえる声で静かに場所を伝えると、ラシオスもそれに応えるように静かに返事を返した。

 

 「大丈夫ですか?」

 「問題ない。この程度の任務はお手の物だ」


 サイラスはリンシアから腕を買われ、ナナシキの警備隊長補佐の役職を任されている。

 性格は仲間思いで、冷静である事から、リンシアからの信頼も厚い。

 同時にサイラスも自分よりも遥か高見に存在するリンシアの事は尊敬していた。

 

 (長より授かった任務。必ず成功させてみせる)


 サイラスは不安や緊張からではなく、リンシアから期待されている喜びからくる震えを抑え込むように、強く手を握りしめた。

 

 「何か手伝う事はありますか?」

 「俺がテントに入ったら、辺りのテントに火をつけて回ってくれ」

 「わかりました。篝火を倒して回ります」

 「頼んだ。俺は俺で脱出する。お前は火をつけたら先にユアン様より授かった転移魔法陣で脱出してくれ」

 「了解です。お気をつけて」


 サイラスの懐から飛び出した魔鼠が闇へと消えていく。

 それを見届け、サイラスはフードを深く被り、顔を隠すように、覆面で口元を覆った。


 「さて、俺もやるか」


 ラシオスの目には形ばかりの見張りが二人映っている。

 それに狙いを定め、ラシオスは自身の得物である小さなナイフを取り出し、強く握りしめた。


 「…………影移動」


 サイラスの体が影へと沈んでいく。

 そして、次の瞬間には見張りの後ろへと移動をしていた。

 しかし、見張りはサイラスが背後に立っている事に気付いていていない。

 

 (お前たちには恨みはないが、これが戦争だ。安らかに眠れ)


 一人の見張りの首から勢いよく血しぶきが上がり、そこでようやくサイラスの事を視認した見張りが声をあげる為に、口を大きく開いた。

 しかし、見張りの声は響くことはなかった。

 サイラスは見張りの口へと布を詰め、それと同時に首へとナイフを走らせる。

 

 「影よ呑み込め」

 

 サイラスにより、首を裂かれた見張りが崩れ落ちる瞬間、サイラスは魔法を展開し、見張りは倒れる事もなく、影の中へと呑み込まれていった。

 

 (後で葬ってやるから安心しろ……残るは)


 サイラスがテントの中へと我がもの顔で入って行く。

 長の命を果たすために。

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