第407話 鼬族と魔族
「どうして、狐族は攻めてこないんだ!」
「ぽ、ポックル様、少し落ち着いて……」
「落ち着いてるよ!」
手元の灰皿を宰相に投げ、灰が舞う。
「っ……失礼致しました」
灰皿が額へと当たり、額から血を流した宰相が僕へと頭を下げる。
あー、少しスッキリした。
「それで、どうして狐族は攻めてこないんだ?」
「それは、あ奴らが我らを恐れているからではないでしょうか?」
「まぁ、そうだろうね」
宰相の言う事に一理ある。
僕の考えでは、恐怖にかられ攻め込まれて蹂躙されるより、いっその事一矢報いる為に無謀とも呼べる特攻を仕掛けていると思った。
しかし、どうやら狐族は僕が思っている以上に臆病だったみたいだね。
しかし、随分と当初の計画とは違ってしまった。
狐族へと宣戦布告をした時、僕には既に勝ち筋が見えていた。
それは今も変わらないが、予定は大きく変わってしまった。
狼族と鳥族の寝返り、転移魔法陣による急襲、そして今回の狐族の臆病加減。
どれも僕の想定を下回っているから起きた事だ。
「仕方ない。狐族に少し圧をかけよう」
「どのようになさるつもりですか?」
「フォクシアとの領地の間には国境がある。その兵を向かわせよう」
「ですが、それですと国境の防衛が……」
「馬鹿かい? 全てを送る訳ないでしょ。あくまでも僕たちが攻めてこようとしていると脅しをかけるんだ」
それだけで狐族の連中は焦るだろうね。
そうすれば、流石に臆病な奴らも動かざるを得ないだろう。
「わかりました」
「それに合わせて、兵士達も一応出陣するよ」
「それはどのような意図で?」
「人のうわさというのは不思議なもので、風のように広がるんだ。七万もの兵士が都から出兵したとなれば、それもいい脅しになるだろう」
「わかりました。では、補給部隊の選定の指示をお願いします」
「補給? そんなの知らないよ。各街で調達するなり、現地にいる野生の動物でも獲ればいいじゃないか」
「ですが、流石に七万の兵士を賄えるだけの食料があるとは思えませんが……」
「わかったよ。頃合いをみて補給部隊を都市の防衛にあたる兵士から送る。これでいい?」
「ありがとうございます」
無駄に心配性な宰相には本当に頭が来る。
そんな事をせずとも、各兵士とその部隊には数か月分の食料を持たせるようにしてある。
それで十分じゃないか。
「では、出兵はいつ頃になさいますか?」
「明日だよ明日」
「あ、明日でございますか?」
「そうだよ。いつでも出兵させれる準備は整っているよね?」
「そうではございますが、流石に食料等の準備は必要かと……」
「保存食があるでしょ。それを準備してない程馬鹿者ないよね?」
「それはそうですが、流石に保存食だけという訳にはいきませんので、出兵に合わせて新鮮な食材等を数日分は用意する必要があるかと」
「は? 出兵するのにそんな食事は必要ないよ。遊びに行くんじゃないだからさ」
宰相はまるで戦争というものをわかっていないらしい。
戦争とは命が懸かっている。
それにも関わらず、豪勢な食事をとっていたら気が緩むのは当然だ。
それに、この日の為に莫大な資金も投資してきた。
これ以上、兵士の食事の為に資金を投資するなんて馬鹿馬鹿しい。
流石に僕だって楽観視ばかりはしていない。
戦いとなれば、こちらにも被害がでる。
死ぬかもしれない兵士の為に食材を提供するなんて無駄だよね。
「わかっております。しかし、水ばかりはそうはいきません。水も時間が経てば腐ります。馬車を牽く為の馬にも必要となってきます」
「ふん。それくらいはわかっているよ。なら、今から準備させて」
「わかりました」
僕に頭を下げた宰相は頭をさげ、逃げるように部屋から出ていった。
もしかして、宰相は僕の事を馬鹿にしていたのかな?
水が必要な事くらいは僕にだってわかる。
しかし、水は水だ。
街の住民に手伝わせれば、水を樽に移す作業くらいは直ぐに終わる。
「ふぅ……馬鹿の相手は疲れるよ」
「その通りでございますね」
「なんだい。また来たのかい」
宰相と入れ替わるように気づけば骨と皮の男が立っていた。
「えぇ、私共にも何か手伝える事があるかと思いまして」
「何もないよ。君たちはただ僕の覇業を見届ければいい。それよりも、リアビラはどうなったの?」
「その件に関しては問題はございません。ポックル様の事情を省みり、特に気にしないとの事です。むしろ、良ければ無償で手伝うと申しておりますよ?」
「無償で?」
あのリアビラが?
流石にその話は怪しいな。
「疑っておられるのですか?」
「当然だよ。君たちが僕を信じていないように、僕も君たちの事は信用していない。利益があるから協力関係を結んでいるだけだからね」
でなければ、見るからに怪しいこの男と顔を合わせるのはごめんだね。
「その通りでございます。私共の提案はポックル様の為ではなく、私共の利益を思っての事ですから」
「ふぅ~ん。この機会に僕を利用しようって事だね」
「えぇ。私達が協力し、鼬族が勝利を収めたの際にはリアビラに奴隷を送る数を暫くの間増やして欲しいと思いましてね」
ずうずうしいやつだね。
人の戦争を利用しようだなんてさ。
「一応、話は聞こうか。リアビラは何をするつもりだい?」
「鼬族が狐族の目を引いている間に、リアビラが南から攻め上がります」
「そんな事できると思っているのかい? リアビラとフォクシア領との間には国境があるけど?」
「問題ないでしょう。国境に配備された兵士達の大半はポックル様の息がかかったものでしょう?」
「知っていたんだ」
知っていても驚きはしないけどね。
でなければ、アルティカ共和国からリアビラに奴隷を送る事はできないから。
「けど、奴隷ね……。正当な値段で買い取ってくれるのかな?」
「それは当然です。リアビラには腐るほど金がございますので」
「なら、協力して貰おうかな」
対価が奴隷ならば僕にとって痛い事は一つもない。
戦争に勝ってしまえば、戦争に敗れた国は僕に従うしかない。
奴隷を差し出す事を要求しても断る事は出来ないだろう。
だって、その頃にはアルティカ共和国の王は僕だからね。
奴隷の販売も合法にすればいいだけだから。
それにしてもこの男は宰相よりもずっと有能だね。
正直、幾つかの戦略で躓いてしまったけど、リアビラが協力してくれるのであれば、全て取り返すどころか、それ以上の戦果となるだろう。
「ちなみにですが、ポックル様は戦地に赴かれるのですか?」
「行くわけないじゃん。僕はここで高みの見物だよ。それとも、僕に行って欲しい理由でもあるのかい?」
「滅相もございません。むしろ、ここに居てくださった方が私も連絡がとりやすいので助かります。私どもの使い魔が得た情報を流すのが少々手間になりますので」
「という事は、情報もくれるって事かい?」
「えぇ、同盟国ですから。それくらいはさせて頂きますよ。万が一にも負けて貰っては困りますからね」
随分と羽振りがいいね。
それだけ、奴隷を期待しているって事かな。
「問題ないよ。リアビラには直ぐに利益をもたらせてあげるよ」
「ふふっ、それは楽しみですな」
うんうん。
僕も楽しみだよ。
何せ、この僕がなるべくして王となるのだからね。
きっと、民衆も喜ぶことになるだろう。
絶対的な王が存在するだけで繁栄する事が約束されているんだからね。
「では、私はこれにて」
「情報は忘れずにね」
「えぇ、折を見てまた顔を出します」
君の顔は見たくはないけどね。
そこばかりは気が利かないね。
どうせなら、僕が喜ぶような美女を寄越してくれた方がいいのにさ。
いや、魔族にそれを期待するのは無駄か。
どうせ、あの男のようにみすぼらしい奴が来るだろうし。
「ま、美女が欲しければ今後幾らでも手に入るだろうし、焦る必要もないか」
さぞかし賑やかで華やかなで、僕に相応しい日々となるだろう。
しかし、万が一はあるな。
「リアビラの動きも考えて、もう少し戦略を練り直そうか」
念には念を。
出来る事なら無傷で勝利を収めたいからね。
王の戦いを見せつける為にもね。
僕は、頭の中でこれからの戦いを思い浮かべ、兵を駒にみたて、地図の上で踊らせるのだった。
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