第405話 弓月の刻、久しぶりの模擬戦をする2

 「それでは、準備はよろしいですか?」

 「いつでもいいよ」

 「構わない」

 「わかりました。ルールはいつも通りで行きます……では、始め!」


 互いに剣を向け合い、シアさんとスノーさんがお互いの隙を伺い対峙しています。

 何故か、朝からスノーさんとシアさんが模擬戦をする事になったのです。

 それにしても、今日のスノーさんは良い顔をしていますね。

 何だか、今日ばかりはシアさんではなく、スノーさんを応援したくなるほどスノーさんには自信が溢れている気がします。

 普段から定期的に模擬戦をしている二人なのですが、最近のスノーさんは何処か不安に見えていたのですが、今日はその様子が一切ないのです。

 僕は気付かなかったですけど、もしかしたら昨日の夜に何かあったのかもしれませんね。

 まぁ、起きたらキアラちゃんに凄く怒られていたからそう思った訳ですけど、とにかくスノーさんの様子がいつもとは違うのです。

 

 「どちらが勝つと思いますか?」

 「個人的にはスノーが勝ったら面白いなー」

 「私はやっぱりシアさん……かな? でも、今日のスノーさんは良い戦いをすると思うの」

 「キアラちゃんがそう言うのなら期待できますね」


 最近の成績はシアさんの圧勝が続いていました。

 スノーさんには申し訳ないですが、対峙した感じだけでシアさんが勝つとわかっていたくらいに差が開いていたように感じます。

 ですが、今日はその差をあまり感じません。

 これは、もしかしたらもしかするかもしれませんよ!

 しかし、まだ二人は互いの様子を見るばかりで、攻撃を誘う動きはするものの、攻撃を仕掛けはしませんね。

 多分ですが、シアさんもスノーさんの変化に気が付いていて、慎重になっているという事でしょうか。


 「珍しいね」

 「何が?」

 「シアから来ないからさ」

 「うん。毎回同じ戦い方じゃつまらない」

 「まぁね。だから、今日は私からいかせて貰うよ……ふっ!」


 攻撃を仕掛けると宣言したスノーさんが先に動き、シアさんに鋭く剣を振るいます。


 「いつもと同じ」

 「まだ、ね!」


 スノーさんの動きに変化はあまり見られないように見えます。

 僕では防ぐのでいっぱいいっぱいでしょうが、シアさんはスノーさんの攻撃を簡単に避け、スノーさんの攻撃の間合いから外れます。


 「相変わらず、すばしっこい!」

 「それが私の武器。簡単には……んっ!」

 「当たらないって?」

 「…………うん。かすっただけ」


 惜しかった……のですかね?

 スノーさんの攻撃を紙一重で避けていたシアさんが急に大きく距離をとり、スノーさんから離れました。

 判定的には当たりではないようで、麻痺をした様子はありませんが、シアさんが体の調子を確かめています。


 「んー。まだ足りないか」

 「そんな事ない。私じゃなきゃ、今ので終わり」

 「そうだね。だけど、今はシアに勝ってこそ意味があるから……どんどん行くよ!」

 「来い」


 再び、スノーさんがシアさんとの距離を詰め、シアさんに攻撃を仕掛けます。

 それをシアさんは今度は余裕を持ってスノーさんの攻撃を躱しています。


 「何があったのでしょうか?」

 「わからないけど、シアさんはさっきよりもスノーさんの攻撃を警戒しているみたい」

 「そうだなー。シアが防戦一方だなー」

 「という事は、スノーさんの攻撃に何かがあるって事ですかね?」

 「多分そうかも?」

 「なー」


 むー……!

 悔しいです!

 僕だって、刀を使い、近接の鍛錬をしているのに、スノーさんが何をしているのか全く分かりません!

 スノーさんと戦ってもまだまだ敵わないとわかっていますけど、せめてスノーさんが何をしているのかわかるくらいにはなりたいものです。


 「大体わかった」

 「ちっ、流石シアだね……対応は早すぎる」

 「最初の攻撃で仕留めれなかったのが致命傷。今度は私から……っ!」

 「えー……これも防ぐのかぁ。ま、でも片腕は奪ったよ」


 な、何が起きたのでしょうか?

 攻撃を躱し、シアさんが攻めようとした時でした、シアさんが握っていた剣を落とし、左手をだらんと垂らしたのです。

 つまりは……。


 「攻撃が避けれなかったという事ですかね?」

 「それ以外はなさそうだね?」

 「んー? 攻撃が見えなかったぞー?」


 キアラちゃんもサンドラちゃんもよく分かっていないみたいですが、僕と同じ答えに辿り着いたようです。

 ですが、どう見てもスノーさんの攻撃は当たっていないように見えました。

 ですが、その答えは直ぐにシアさんによって明かされました。


 「むー……精霊を使うのはわかりにくいからずるい」

 「ずるくないよ。これが私とみぞれの戦い方だからね」


 みぞれ?

 何の事でしょうか?


 「もしかして、スノーさん……精霊さんに名前をつけたのかも」

 「え? もしかして、みぞれって精霊さんの名前なのですか?」

 「うん。多分だけど、そうだと思うの。じゃなきゃ、あんなに自由に精霊さんを操る事なんて出来ないと思うから」


 なるほど。

 キアラちゃんの説明があってようやくスノーさんの攻撃の正体がわかりました。

 よく見れば、魔剣ではない筈のスノーさんの剣に魔力が微弱ながら流れている事に気付きました。

 あれは精霊さん、いえ……みぞれさんがスノーさんの攻撃をサポートしているからなのですね。

 そして、水は透明です。

 それでスノーさんから離れていた僕達は見えなかったのですね。

 そして、水というのは形を自由自在に帰る事ができるので……。


 「んっ!」

 

 距離をとっていたシアさんがスノーさんから更に距離をとりました。

 恐らくですが、スノーさんの攻撃が槍のように伸びたのだと考えられますね。


 「厄介な技を身につけた」

 

 シアさんの言う通りですね。

 離れた位置からでも攻撃が出来て、攻撃してもスノーさんの持ち味である守りの技術に加え、水の羽衣という自動防御オートディフェンスのようなものもスノーさんは使えるのです。

 攻撃も守りも、今のスノーさんには隙がないようにみえます。

 ただし、問題は……。


 「はぁ、はぁ。流石に、まだきついかも」


 スノーさんの体力が追い付いていない事でしょうか。

 それでも、以前よりも遥かに長い時間みぞれさんを操っているように見えます。

 しかも、水の羽衣も同時に使用しているので、前よりも複雑な精霊魔法を同時に展開しながらです。

 あれならば、どちらかに絞ればもっと長い間戦えそうですね。

 でも、敢えてそうしないのは……。


 「きつくても、みぞれと一緒にシアに勝つ!」


 自分の持てる全てを駆使してシアさんに勝つためですね!

 きっと、スノーさんの中でシアさんは友であり、強敵ライバルと認識しているからだと思います。

 片手を奪ったとしても、油断せずに防御と攻撃を最大限に発揮して勝つつもりでいるみたいです。


 「私はそんなに甘くない。スノーは強くなった。だけど、私はもっと強い!」


 シアさんに勝つ事だけを考えたスノーさん、そのスノーさんを認めているシアさん。

 うー……どっちも応援したくなります!


 「どっちも頑張れー!」

 「勝った方が勝者ですよ!」

 「なー。そのままだなー」


 そのままですけど、勝った方が勝ちなのは確かですからね!

 間違ってはいないと思います!

 それよりも、模擬戦の行方です!

 今までに二人の模擬戦は何度も見てきましたが、初めてやった時くらいに手に汗を握る展開です!


 「分身アバター 消失バニッシュ


 むむむ!

 シアさんも精霊魔法に対抗して、魔法を使いましたよ!

 しかも、姿を消すと同時に影に潜りました!

 シアさんと繋がっているから僕はわかりますけど、普通はこれをやられたらわからないコンボです!


 「ふふっ、シアの戦い方は私も知ってるよ。それで私を撹乱しようだなんて無駄だよっ!」


 ですが、スノーさんは見抜いていたようで、迫りくる分身を囮にし、消失魔法バニッシュで消えたように見せかけ影から飛び出したシアさんに剣を振るいました!

 そういえば、スノーさんは騎士時代から暗殺者対策などもしっかり積んでいて、不意打ちは効かない事を忘れていました!

 

 「なっ! こっちが偽物なの?」

 「うん。スノーなら見抜くと思った」


 しかし、実際は迫りくる分身アバターの中に紛れていたのが本体のようで、影から飛び出したシアさんは分身アバターでした。

 うー……僕は騙されました。

 いえ、途中までは影の中にいたのですが、いつのまにか入れ替わっていたのです。

 流れがスムーズすぎて、僕もそれに気付かなかったのです。

 

 「けど、簡単に攻撃をあてさせはしないよ」

 「知ってる。それも厄介」


 スノーさんに攻撃を仕掛けたシアさんでしたが、スノーさんは水の羽衣でその攻撃を防ぎました。

 一進一退の攻防ですね!

 ですが、シアさん……ずるいです!

 流石にずるいと思います!


 「あ、あれ……力が入らなくなってきた……」

 「魔力と体力切れ」


 一進一退の攻防を繰り広げる事、ニ十分ほどでしょうか、スノーさんがついに片膝をつきました。


 「ごめん。もう、戦えないや」

 「私の勝ち」

 「むー……勝者、シアさん」


 ずるい勝ち方ですが、スノーさんが負けを認めたので、仕方なく僕は勝者としてシアさんの名前を宣言します。

 ですが、僕は納得しませんよ?

 途中まであんなにいい試合をしていたのに、こんな勝ち方をするなんて、流石に納得できません!

 だって……。


 「シアさん。スノーさんの体力が尽きるまで分身アバターで時間を稼いで、僕の影に隠れるのはずるいと思います!」


 そうなんです!

 シアさんは途中から自分で戦わずに分身アバターに任せ、安全な所に避難していたのです!


 「ずるくない。気づかないスノーが悪い」

 「そうかもしれませんけど……」

 「私は本番を想定して戦っている。最善の勝ち方があればそれを選ぶ。あのままスノーと戦っても負ける可能性が少なからずあった。スノーを認めてるからこそ、勝ちに拘っただけ」


 そう言われてしまうと何も言い返せません!


 「けど、スノーさんはそれでいいのですか?」

 「良いも悪いもないよ。私はシアに及ばなかった。ただそれだけだし、負けを受け入れるよ。私だって、シアと同じことが出来るなら同じ方法を選んだだろうからね」

 

 うー……スノーさんが納得しているのなら、いいのでしょうか?

 

 「それにね。今回は勝てなかったけど、シアにも簡単には負けないってわかったしさ、今はそれで十分だよ……だって、みぞれと一緒に戦うのは初めてだったけど、ここまでやれると思わなかったから」

 「はい。次はスノーと共に必ずリンシアさんを倒しましょう」


 あ、あれ。

 気づいたらスノーさんの横に綺麗な女性が立っていました。

 もしかして、あれは……。


 「改めまして、ご挨拶をさせて頂きます。私は、みぞれ。スノーと契約をしている精霊です」


 やっぱりそうでしたか!

 半透明だったのでそうかと思いましたが、スノーさんの隣に立っているのは精霊さんでした。

 でも、どうして人の姿で、しかも僕達にも見えているのでしょうか?


 「みぞれに名前をつけてあげたら急に成長してね。なんでもフルール様と一緒で大精霊になったみたい」

 「え、大精霊……ですか?」

 「まだフルール様には遠く及びはしませんけどね。あの方は大精霊の域を越えていると言っても過言ではありませんから」


 みぞれさんは謙遜しますが、改めて見てみるとみぞれさんが凄い……人?

 だとわかります。

 だって、精霊を上手く感知できない僕が目だけではなく魔力でもみぞれさんと感知できるのですからね!


 「それでスノーさんは自信に満ち溢れていたのですね」

 「結果的にはシアに負けたけどね。だけど、確かに自信にはなったよ。またやる時はもっとみぞれと連携取れるだろうし」


 そうですね。

 みぞれさんと共に戦うのは初めてなのにシアさんを追い詰める所あたりまでいきましたからね。

 初めてでこれなのですから、もっと息があえばシアさんにだって負けてないと思います。


 「むー……ユアン、スノーの味方」

 「そういう訳ではないですよ。僕は審判でしたので、平等に見ていましたからね」


 そこはシアさんを贔屓する訳にはいきませんからね。

 審判なのに、どっちかに肩入れするのは真剣に戦っている二人に失礼ですから。

 まぁ、最後の方はちょっとだけスノーさんを応援していたかもしれませんが、それは仕方ないと思います。

 ともあれ、今回の模擬戦はシアさんが勝ちました。

 けど、スノーさんは本当にすごかったと思います。


 「なんだか、僕もやる気になってきました! スノーさん、少し休んだら僕ともやりませんか?」

 「ユアンと? それは遠慮したいかな」

 「ど、どうしてですか?」

 「だってねぇ……」

 「はい。ユアンさんに魔力を抜かれたら一たまりもありませんから。前にキアラさんとの模擬戦は私も見ていたので知っていますので」


 そ、そんな……。

 折角やる気になったのに、断られてしまいました。


 「それじゃ、シアさん……」

 「私はスノーとの戦いで疲れたからまた今度にする」


 むー……。


 「キアラちゃん?」

 「わ、私も今日はいいかな」

 「サンドラちゃん」

 「朝早かったからお昼寝したいなー」


 み、みんなして断られてしまいました!


 「わかりました……また今度やってください……」

 「なら、私とやってみる?」


 誰も相手してくれないので諦めたその時でした。

 なんと、突如現れたフルールさんが僕の相手を申し出てくれたのです!

 でも……。


 「フルールさんは僕の魔力を抜くためだけに全力を出してきそうなので遠慮します!」


 何か、嫌な予感がしたので断りました。

 今なら、フルールさんともいい勝負が出来そうな気がしたのですが、正攻法で来ない可能性が高そうな気がしたのです。

 

 「残念ね。だけど、周りを見ても同じことが言えるかしら?」

 「ふぇ? え、えっと、どうしてそんなに期待した目で僕を見ているのですか?」


 フルールさんに言われ、周りを見渡すとじーっと僕の事をみんなが見ていました。


 「ユアンもたまにはやられる側になった方がいい」

 「そうですよ! 私達がやられた事をユアンさんもちゃんと体験するべきです!」

 「そうだね。私達は魔力酔いだけど、たまにはユアンが苦労するとこも見たいかなって」

 「なー。対策になるからなー。学んでおいた方がいいと思うー」

 「だ、そうよ? それじゃ、やりましょうか」


 え、ちょっと……。


 「あ、あの? まだ始まってませんよ」

 「あら? そうだったの。ま、どうせならこのままやりましょう……いくわね?」


 まだ始まりの合図もないのに、フルールさんの蔦が僕の足に絡みつきました。

 

 「ん、んにゃぁ?」

 「ふふっ、やっぱりいい声で鳴くのね」

 「ちょ、ちょっとずるいですよーー」

 「敵は待ってはくれないわよ」

 「今はまってくだしゃいーーにゃぁぁぁ!?」


 この後、僕はフルールさんに魔力を沢山吸われました。

 当然、ただで負ける訳にはいかないので、同じように搾取ドレインを使って対抗しましたけどね。

 結果は負けませんでしたよ?

 ですが、勝った気にもなりません。

 だって、散々魔力を吸われる僕をみて、みんなが楽しそうにしていたのですから。

 なんだか色々と大事な物を失った気分になったのです。

 まぁ、当然その後はわかりますよね。

 僕はみんなと無理やり模擬戦をしました。

 結果は…………。

 ちょっと、やり過ぎましたかね?

 悶えてぐったりと横たわるみんなを見て、僕は少しだけ後悔をするのでした。

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