第404話 スノー、夜の散歩に出かける2

 「この地でそんな事があったのですね……」

 「今となってはそれも良い思い出よ。その出来事があったから今に繋がった訳だからね」


 フルール様が昔の事を赤裸々に語ってくれた。

 その話を聞いて、私はとても驚いた。

 

 「でも、どうして私にそんな話をしてくれたのですか?」

 「なんでだと思う?」

 「私の話を聞きたいから、ですか?」

 「それもあるけど、違うわよ」

 「ならどうして?」

 「貴女はまだ若い。しかし、これからの時代を築き上げるのは私達ではなく、若い貴女達だからよ」

 「私達がですか?」

 「えぇ。だから、貴女の悩みがどんな事かは知らないけど、立ち止まっている暇はないの。小さなことでね?」

 「私にとっては小さなことではないですけどね」


 小さなことはいちいち気にするタイプではないと自分では思っている。

 だからこそ、今の自分が凄く嫌だった。

 自分と他人と比べてしまっているのがわかるから。


 「そう? それじゃ、約束通り次はスノーの話を聞かせて貰おうかしら」

 「わかりました……約束してしまいましたからね」


 けど、私の悩みはフルール様から聞いた話に比べれば小さいのは確かかもしれない。

 そう考えると、少し恥ずかしいけど私の悩みをフルール様に打ち明ける事にした。


 「なるほどね」

 「すみません。こんな事でフルール様に相談に乗って貰う形になってしまいまして……」

 「いいのよ。聞きたがったの私だから。それに、貴女の悩みはわかるわよ。私だって無力だと思った事は何度もあったから。私の場合は比べる相手が居なかったけどね」

 

 フルール様が包み隠さず話してくれたので、私も同じように今の悩みを正直に話した。

 フルール様の話よりも小さく、しかも自分の個人的な妬みともいえる内容だったのにも関わらず、フルール様は笑わずに聞いてくれた。


 「私はどうすればいいのでしょうか?」

 「どうって?」

 「このままだと、みんなに置いていかれてしまうような気がして……」

 「仲間が信じられないのかしら?」

 「いえ、そうではないのですけど……みんなの足手纏いになるのは嫌だというか……」


 何て言ったらいいのかわからない。

 力の差が開いてもみんなは私を見捨てたりしないとは思う。

 みんなが優しいのは知っているから。

 だけど、それに甘えたくない自分が居る。

 けど、どうやったらまたみんなと肩を並べる事が出来るのかもわからない。


 「なら、強くなればいいだけじゃない」

 「簡単に強くなれるのなら苦労はしませんよ」


 強さとは鍛錬の繰り返しだと思っている。

 勿論、短期間で急成長する人もいるだろうけど、私は天才ではない。

 厳しい反復練習を繰り返し、自分を追い込んで始めて成長していくタイプだろう。


 「確かに貴女の考えは間違っていない。だけど、成長ってあなた一人だけがするものかしら?」

 「そりゃ、私の問題ですから、私が成長しないと強くはなれませんよね?」

 「そうでもないわよ。ハッキリと言って、貴女は弱くはない。貴女の周りの人がちょっと異常なだけよ」

 「それもわかりますけど……どうにかして私もそこに加わりたいと思ってしまいます」

 

 けど、私にはその方法がわからない。

 領主の役目を担ってから、一時期は鍛錬を怠っている時期もあったけど、最近は合間をみて剣を振るい、己を高める為に様々な事に取り組んできた。

 昔に比べればその時間は遥かに少なくなったかもしれないけど。


 「なら、貴女もそうなればいい」

 「そんな簡単にいきませんよ」

 「そうでもないわよ。さっきも言ったけど、成長は一人でするものではない」

 「けど、私の問題なので……」

 「だけど、貴女は一人ではない。共に成長を願う者が居る事に気付いていないの?」

 「共に、ですか?」

 「えぇ、今も貴女の直ぐ傍にいるじゃない」


 私の傍に?

 そんな時だった、私の肩をトントンと叩くように触れる存在がいた。


 「もしかして、君か?」


 私の肩を叩いているのは、私と契約をしている精霊だった。


 「私が見る限り、貴女は成長している。だけど、貴女と契約を交わした精霊は前と変わっていない。少しも成長していないのよ。何故だかわかる?」

 「どうしてですか?」

 「貴女の周りに良い見本となる人が居るじゃない。ユアンとリンシア、キアラと風の精霊。リンシアとキアラの二人が成長した理由がわかるかしら?」

 

 ユアンとシア……あまり意識していなかったけど、二人は契約を交わしていたんだっけ。

 

 「そうか……私は本当の意味で信頼関係が結べていなかった、という事ですね。精霊と」


 フルール様に言われて理解した。

 シアが一気に成長したのはユアンとの仲が深まってからだった。

 キアラもそうだ。

 キアラは良く精霊と会話をしている事がある。

 戦う時も常に精霊と協力していたっけ。

 それに比べ、私はどうしていた?

 必要な時以外、精霊に頼ることなく自分の力でどうにかしようとしていたじゃないか。


 「仕方ない事かもしれないけどね。貴女は魔力の器が小さい。だから、精霊を頼りたくても頼りにくいからね」

 「はい。体力を消耗してしまいますので、無暗に精霊に頼ってしまうと、戦いに支障が出てしまいます」


 精霊の力を借りるとどうしても、その後は疲労と息切れで動きが鈍ってしまう。

 連続した戦闘の最中ではそれは致命傷とも言えるだろう。


 「そればかりは仕方ない。だけど、それを解決する方法もあるのよ?」

 「本当ですか?」

 「えぇ。私をみればわかるでしょ? 私はローゼと離れてこうして貴女と二人で話している。それは、自我が芽生えているから。だから、一人でも、ローゼの力を借りなくても魔法を使える」

 「それは、大精霊だから、ではないのですか?」

 「それもあるけど、貴女と契約交わしたその子達も同じことが出来るのよ?」

 「そうなの?」


 頷くように、私の近くでブンブンと精霊が飛び回っている。


 「けど、どうしてそうしないかはわかるかしら?」

 「私が頼らないから、ですか?」

 「そうよ。貴女は優しすぎるからね。その子に負担が掛からないようにしているでしょ?」

 「はい……私が精霊の力を借りると、精霊も私と同じように疲労しているのがわかりますから」


 私に魔力があまりないのが原因かもしれないけど、精霊も私と同じように疲弊しているのがわかる。


 「だから、貴女はその子を出来るだけ頼らずに戦おうとしている。だけど、それは悪循環なの」

 「いつまでも契約が深まらないという事ですか?」

 「そういう事ね。だけど、簡単に解決する方法もあるわよ」

 「本当ですか!?」

 「ふふっ、やっといい顔をするようになったじゃない」


 当然だ。

 私だって、精霊と共に戦えればもっと戦いの幅が広がると思っていたから。

 だけど、それが出来なかった。

 それを解決する方法があるのならば、知りたいと思うのは当然の事だろう。


 「フルール様、どうすればいいのですか?」

 「簡単よ。ねぇ、私の名前は何?」

 「え? フルール、ですよね」

 「そうよ。それじゃ、その名付けの人は誰かわかるかしら?」

 「名付け? もしかして、契約者であるローゼさんですか?」

 「正解よ。ローゼと出会い、契約を交わすまではただの大精霊でしかなかったの」


 ただの大精霊って言うけど、大精霊というだけで凄い存在だけどね。

 そこは良いとして、そんな簡単な事でいいのだろうか。


 「もしかして、簡単だと思ったのかしら? それは大きな間違いよ。そもそも精霊と契約を交わせること自体が珍しく、難しい事だからね」

 「そうなのですか?」

 「えぇ。私が貴女達を気に入り、精霊に呼び掛けたから貴女達は契約を交わせたのだから」

 

 確かにそうだった。

 フルール様が協力をしてくれなかったら、私は精霊をこの目で見る事すら出来なかっただろう。

 

 「けど、その子が貴女の事を気に入ったのも事実。だからこそ、貴女と共にいる。それに、いつまでも精霊何て呼ぶのは可哀そうでしょ?」

 「確かに、ずっと悪い事をしてきましたね」


 精霊というのは種族であり、名前ではない。

 ずっと傍に居てくれたのに、どうしてそんな事に気付かなかったのだろう。


 「今からでも、間に合うかな? 君に名前をつけたいと思うのだけど、許してくれるかな?」


 精霊が嬉しそうにブンブンと私の周りを飛び回る。

 これでも精霊とは繋がりがあるので気持ちが伝わってくる。

 早く早くと、感情が伝わってくる。


 「ふふっ、私はもう不要ね。後は二人で語り合いなさい」

 「あ……」


 お礼を言う暇もなく、フルール様は消えてしまった。

 後でちゃんとお礼を伝えなければいけないな。

 だけど、今は目の前の子と向き合いたい。

 それにしても、名前か……。

 最近やたらと名前に関する事に縁がある。

 気に入ってくれるかな?


 「君の名前は……」

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