第403話 スノー、夜の散歩に出かける

 「ん……んん?」


 ぺちぺちと何かが顔にあたる感覚で私は目を覚ました。

 

 「ん……サンドラの翼か」


 どうやら私を起こしたのは私とキアラの間に挟まれて眠るサンドラの翼だったらしい。

 ユアンやシアの耳や尻尾と同じように、この翼も自分の意志とは別に動くみたいだね。

 

 「んー……まだ少しだけボーっとするな」


 ローゼ様との対談が終わり、私達はアリア様と共に束の間の休息を楽しむ事にした。

 楽しかったな。

 私は一匹しか釣れなかったけど、それでもみんなで何かをするというのは凄く楽しかった。

 そして、その後はアリア様とアンリ様と一緒に食事を楽しみつつお酒を呑んだんだっけ。

 久しぶりだったから直ぐに酔っちゃったけど、それがまた楽しかった。


 「それで、気づいたらベッドね……」


 正直、そこまでの記憶は全然覚えていない。

 みんなにまた迷惑かけていなければいいけど……。


 「まぁ、まだ日が昇るには早いし、もうひと眠りでも……」


 外を確認すると、湖面に月が写っているのが見えた。

 まだ起きるには随分と早い時間だし、もうひと眠りしようと起こした体を再び横にした時だった。


 「ごふっ!」


 お腹に鈍い衝撃が走った。


 「ごほっ、い、った……」


 息が出来ないほどの衝撃に再び落ちかけた意識が一瞬で呼び戻される。


 「ふーふー……」


 横になっていたベッドから離れて蹲り、短い呼吸を繰り返し、痛みに必死に耐え、痛みが引くのを静かに待つ事数分。

 自分の身に何が起きたのかをようやく理解する事が出来た。


 「サンドラの尻尾……危なすぎでしょ」


 キアラに抱き着くようにして眠っていたサンドラの尻尾がさっきまで私が寝ていた場所をペタンペタンと叩いている。

 どうやら翼と同じように尻尾が勝手に動いていたみたいで、あの尻尾が私のお腹へと直撃したらしい。

 私が目を覚まし、サンドラから少し離れて横になったから尻尾が自由に動いてしまったみたいだね。


 「普段はユアンに防御魔法をかけてから寝ているけど、今日はかけてもらわなかったのかな?」


 そういえば、少しだけその記憶はある。

 昼間からシアが熱を帯びた目でユアンの事を見てたっけ。

 それで、早々に先に眠ると言って部屋に二人で入って行ったような気がする。

 んー……今日はお楽しみだったのかも。

 

 「目、覚めちゃったな……折角だし、たまには一人で散歩でもしようか」


 こんな機会は滅多にないし、これも息抜きになると思い、私はキアラとサンドラを起こさないようにこっそり着替え、万が一の時の為に剣を携帯し、外へと出る。


 「たまには一人の時間ってのも悪くないなぁ」


 静寂の広がる森を歩きながら、空を見上げると、自然とそんな思いが込み上げてきた。

 もちろん、誰かと過ごす時間というのも悪くない。

 だけど、此処の所は常に誰かしらが隣に居る事が多かった。

 一番多いのは当然ながらキアラだけど、領主という立場なのでキアラが居ない時は誰かしらが護衛となり私を護っていた。

 部下のシエンとかね。

 一人でも平気だと言っても、仕事だからと言って必ずついてくるんだよね。


 「変だよね。本当なら私が誰かを護る立場なのにさ」

 

 私は騎士として生きてきた。

 常にエメリア様を第一に考え、エメリア様を護る事が生きがいとなっていた。

 しかし、人生というのは何が起こるかわからない。

 騎士だった私が今ではナナシキの領主やっている。

 一年前の私に話しても信じないだろうね。

 今でもふと不思議に思う事があるのだから。


 「けど、私が領主なんてやっていて、本当にいいのだろうか」


 今の生活に不満がある訳ではない。

 むしろ、幸せだと実感する時の方が多い位。

 だけど、ふとした疑問に自分が領主をやっている事が不安に思える事がある。

 

 「私って必要なのかな?」


 ナナシキという街は凄く特殊だ。

 私はエメリア様の視察に同行し、色んな街を見て回る機会が多かった。

 しかし、今まで見てきた街でナナシキのような街は一つも存在しなかった。


 「狐族がまだ中心だけど、魔族が居て、精霊族が居て、魔物も居て……しまいには龍人族。そんな街聞いた事もないよ」


 色んな種族が集まっている街。

 それがナナシキ。

 しかも、ナナシキはそれだけではない。

 

 「いつの間にか凄い人が集まってきちゃってるよね」

 

 私達のリーダーのユアンは黒天狐様の娘だから王族の血を引いているし、そのおばさんにあたるアリア様は引退するとはいえ、まだフォクシアの王だし、その旦那さんのアラン様もいる。

 そこに、元ルード帝国皇子のシノさんと宰相をしていたアカネさん。

 アルファード王国の末裔のラインハルト。

 そして、鼠族の末裔のエヴァ。

 

 「王族や元王族が集まり過ぎでしょ」


 そんな場所の領主が私でいいのか不安になる。

 まぁ、そのうちユアンが王となるココノエ王国になるから、私がナナシキで一番ではなくなるだろうけど、それでも私の立場はそれなりにある訳で、どうしても気が引ける。


 「それに、シアともかなり差が開いちゃったしね」


 実は私としてはそっちの方がショックが大きい。

 影狼族の一件を境に、シアは更に強くなった。

 その前までだったら、五分とまではいかないけど、それくらいに渡り合える自信はあった。

 しかし、今は違う。

 百回戦ったら一回勝てるかどうか。

 しかも、運よく一回勝てるかどうかくらいの差が開いていると思う。


 「私が動いていないってのもあるけど、それを踏まえても勝てないだろうな」


 そうなると、弓月の刻での私って何が出来るのだろうか?

 相手の数が多くて手の足りない時くらいしか、私はやれる事がないような気がする。

 前線は今のシアで事足りるし、みんなを護る役割はユアンが出来る。

 そこに、後衛からキアラとサンドラの攻撃。これで大体の敵は倒せるだろうね。 

 しかも、ユアンは前線で戦えるようになってきている。

 ますます私の出番がなくなっているように思えるよね。

 現に、ここ最近の活動を見ればよくわかる。

 ダンジョンでもルード帝国の防衛でもこの間のサンケでも、私がやれた事はほとんどなかった。


 「私って、本当に必要なのかな……」


 色んな部分でそう思えてしまう。

 それが、凄く悔しかった。


 「不審者発見!」

 「きゃっ!」

 「あら、可愛い声も出すのね」

 

 溜息を洩らしつつ、森の中を歩いていると突然、私の身体が蔦で拘束された。

 油断していたとはいえ、こんなにあっけなく捕まるなんて相当鈍っている証拠だろう。


 「誰だ!」

 「私よ私。昼間も会ったでしょ?」

 「あ……フルール様でしたか。驚かさないでください」

 「別に驚かしたつもりはないけどね」

 「なら、いきなり捕まえないでください」

 「ふふっ、不審者かと思ってね?」


 敵かと思ってかなり焦ったけど、私を拘束したのがフルール様と知り、安堵のため息が思わず漏れてしまった。


 「それで、どうしたのよ?」

 「どうもしませんよ。ただ、夜に目が覚めてしまったので、少し散歩をしていただけです」

 「こんな森の奥まで? この先にはトレントしか生息していないわよ」

 「え?」

 

 辺りを見渡すと、気づけば獣道に外れてしまっていたらしい。

 おかしいな。

 さっきまでちゃんとした道を歩いていた筈なのに……。


 「それで、貴女も相方と喧嘩でもしたの?」

 「してませんよ。キアラとは毎日仲良くしています」

 「そう。ならどうしたのよ?」

 「どうもしませんよ」

 「そうなの? ま、折角だしお話でもしましょうか」


 流石は大精霊だね。

 宙に浮いていたフルール様は私の隣へと静かに降り、私の隣を歩き始めた。


 「しかし、こうやって貴女と二人で話すのは初めてね」

 「そういえばそうですね」


 ローゼ様との付き合いはそれなりに深くなってきたけど、思い返せばフルールさんとちゃんと会話した事はなかった気がする。


 「それで、何をそんなに悩んでいるのかしら?」

 「悩みと言えるほどの悩みではありませんよ。個人的な問題ですから」

 「それを人は悩みと言うと思うのだけど?」

 「まぁ、確かにそうですけど」


 けど、これって人に相談する事なのかな。

 自分がどうしたいかというのは自分で決めなければいけないと思う。

 

 「懐かしいわね」

 「何がですか?」

 「私も貴女みたいに悩んでいる時期があったから、それが懐かしいのよ」

 「精霊でも悩む事があるのですね」

 「当然よ。精霊だって生きているのだから」


 それもそうか。

 私の傍にいつも居てくれる精霊もちゃんと自分の意志を持ち、生きている。

 と考えると、さっきまで一人になれたと思ったけど、一人じゃなかったのか。

 まぁ、だからといって今の悩みが解決する訳ではないだろうけどね。


 「けど、今のフルール様はとてもそうは見えませんよ」

 「今はね。だけど、そういう時期が私にもあったのよ」

 「そうなのですね」

 「そうよ……ねぇ、貴女から見て、私は強い、それとも弱い?」

 「強いと思いますよ」


 一対一で戦ったら勝てる要素を見いだせない程に実力差があると肌で感じる。

 条件次第では一矢報いる事が出来る可能性もあるだろうけど、普通に正面から戦ったら無理だと思う。

 誰かを逃がす時間稼ぎくらいは出来そうな気がするけど。


 「そうよ。私は貴女よりも強い。だけどね、私は昔、何度も死にかけた。そう言ったらあなたは信じるかしら?」

 「とても信じられませんが……事実なのですよね?」

 「そう。それは事実。私は何度もこの地で命を散らす寸前まで追い詰められた事があるの」


 それだけの事がここであったという事かな?

 けど、トレンティアは凄く落ち着いた場所だと思う。

 そんな事が昔にあったとは到底思えなかった。

 

 「ふふっ、何があったのか知りたい?」

 「知りたいですよ。そこまで言われたら気になりますから」

 「いいわよ。ただし、条件があるわ」

 「条件ですか?」

 「えぇ、貴女の悩みを私に話してみない?」

 「うーん……それは」


 どうしようか悩んだ。

 別に話した所でって感じの話だろうし、フルール様の過去に比べれば悩みとも思えない話になりそうだからなぁ。


 「いいのよ。私はただ暇だから貴女の些末な悩みを聞きたいだけだからね」

 「些末って……自分の中では小さい悩みじゃないんだけど」

 「なら、私の話と釣り合うって事でいいかしら?」

 「構いませんよ。フルール様の話こそ大した話じゃないかもしれないしさ」

 「それじゃ、どっちが悩んでいたのか勝負でもしましょうか」


 あー……やっちゃったな。

 途中から煽っているのはわかっていたけど、思わずフルール様の話に乗ってしまった。

 まだもしかしたら酔いが抜けてなかったのかもしれない。

 普段だったら、こんな簡単な誘導に引っかからない自信があるのにね。

 それとも、私が本当は誰かに相談に乗って貰いたかったのかな?

 どちらにしても、フルール様の昔話を聞けるからいいとするか。


 「そうね……あれはローゼと契約を結んだばかりの事だったかしら」


 フルール様が遠い昔を思い出すように立ち止まり、夜空を見上げながら話し始めました。


 「あれは、今日のようにとても静かな夜だったわ……」

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