第402話 補助魔法使い、ソワソワする

 「あ、あの……シアさん?」

 「何?」

 「いえ、本当にこんな事をしていていいのですか?」

 「問題ない。私は今、幸せ」

 「そうですか。シアさんが幸せならいいのですけど……」


 それを証明するように、隣に座るシアさんの尻尾が左右にゆっくりと揺れています。

 でも、おかしいです。

 どう考えても今の状況はおかしいです。

 先日、ラディくんが鼠族の末裔であるエヴァちゃんを連れてきました。

 そこはいいのです。

 問題はその過程です。

 僕達は今、鼬族から宣戦布告を受け、その対策の為に色々と動いています。

 今もラディくんの配下やキティさんの配下が忙しく鼬族の動向を常に監視してくれているのです。

 全ては鼬族との戦争を無事に終わらせる為に。

 ですが戦争なので、お互いに被害が出るのは避けられません。

 上手くいけば、鳥族や狼族のように戦争を回避する方法があるのかもしれませんが、今の所は鼬族は着々と戦争の準備を進め、いつ戦争が始まってもおかしくない状態で、避けるのは困難な状況になっています。

 それなのに……どうして僕はシアさんとサンドラちゃんと三人で釣り竿を構え、釣りを楽しんでいるのでしょうか?


 「なーなー?」

 「はい、どうしましたか?」

 「餌、とれたー」

 「はい。新しいのをつけてあげますね」

 「ありがとうなー」


 サンドラちゃんが餌の無くなった釣り針を見せてきたので、新しくワームをつけなおし、サンドラちゃんに釣り竿を返します。

 サンドラちゃんは釣りをするのは初めてみたいで、楽しんでくれてますね。

 ですが、どうしても僕はその気分になれません。

 なんというか、こんな事をしていていいのかとソワソワするのです。


 「ユアン、みてみて」

 「大きな魚ですね」

 「うん。やっぱりこの湖は良い魚が釣れる」

 「前も沢山釣れましたし、釣りをするならここが一番かもしれませんね」

 「うん! 後で料理しよ?」

 「そうですね。釣ったばかりの魚は美味しいですからね」


 そして、僕達がいるのはトレンティアの湖です。

 なので、余計に気になって仕方ないのです。

 だってですよ?

 戦争が起きそうになっているのはアルティカ共和国で、しかも狙われているのはフォクシアなのですよ?

 にも関わらず、ルード帝国の領地に遊びに来ているのです。

 普通に考えたらおかしいですよね?


 「平気。仕事はスノーとアンリがしている」

 「そうかもしれませんけど……どうしても、任せっぱなしでいいのかなって思いまして」

 「スノー達が良いって言った。今は言葉に甘えればいい」

 

 事の始まりは、今後について話し合っている事がきっかけでした。

 つい先日、ラディくんがエヴァちゃんを連れてきた日の夜に僕達は状況の確認と対策を話し合う事になり、アンリ様も含めて今回の戦争に関わる人が集まり、話し合いをしました。

 その時に一つの話題があがり、もしフォクシアが万が一敗れたらどうするか、という議題になったのです。


 「負ける要素はないと思いますけどね」

 「うん。絶対に負けない。だけど、絶対はない」

 

 シアさんも自分の言っている事が矛盾しているとわかっていると思います。

 ですが敢えてそういった言い方をするのは意味があります。

 不測の事態が常に付きまとうからです。

 もし、鼬族と僕達が戦う事になっても負けない自信があります。

 何せ、鼬族が気付いているのかはわかりませんが、既に鳥族と狼族は降伏を宣言し、こちら側につくことになりました。

 この時点で一対四の状態が出来上がっているのです。

 そして、もし鼬族がフォクシアに攻め込むのなら、その隙をついて守りが薄くなったところを鳥族と狼族が攻める手筈になっています。

まぁ、完全に信用はしていませんけどね。

 そこでまた鼬族と手を結ぶ可能性も想定してありますからね。

 ですが、その時はその時で、ラディくんの配下が狼族の都と鳥族の都を襲撃する手筈になっています。

 アリア様がそう脅してあるのです。

 なので、裏切る可能性は限りなく低いというのが僕達の考えで、例えそうなっても全ては想定の範囲内という訳です。

 では、想定の範囲外となるのは何でしょうか?


 「鼬族と龍人族が繋がっているのかどうかはまだわからないのですよね?」

 「うん。ラディの配下が探ってるけど、今の所はみつからない」

 「このまま繋がりがなければいいのですけど」

 「でも、繋がっていたら大変だなー……なー! また取られてるぞー!」

 「そうですよね」


 サンドラちゃんの釣り針にまた新しく餌を付け替えながら、もし、鼬族と龍人族が繋がっていた時の事を事を考えます。

 今回の戦争にはサンドラちゃんは参加しません。

 むしろ、参加させません。

 というのは、サンドラちゃんが龍人族であり、それに参加すると、戦争の意味が変わってくるからです。

 サンドラちゃんが参加すると、龍人族との戦いに変わってしまうからです。

 ですが、それはあくまで僕達の考えであって、向こうはどう考えているのかはわかりません。

 もし、相手側に龍人族がついていて、戦争に加わってくるようだったらどうなるか。

 その時は正直な所はわかりません。

 何せ、龍人族の規模がわかりませんからね。

 四カ国が一緒になって戦って勝てるという保証がないのです。

 つまりは龍人族の強さ、軍の規模、戦う場所など全てが想定の範囲外となる訳です。

 もしかしたら、フォクシアやナナシキだけを狙って龍人族が攻め込んでくる可能性だってある訳ですので。

 その事を話し合った結果、僕達はここにいます。


 「交渉が上手くいけばいいですけどね」

 「ローゼなら大丈夫」

 「そうね。今の所は好感触よ」

 「そうなのですね……ってフルールさんじゃないですか」

 「いらっしゃい。楽しんでる?」

 

 いつの間にか、フルールさんが僕達の会話に参加していました。

 久しぶりにいきなり現れたので全く気付きませんでしたよ。

 むー……悔しいです。

 だいぶ慣れて、気付けるようになっていたのに完全に油断していました。

 まぁ、油断する方が悪いですけどね。

 けど、フルールさんの事を知っていれば油断するのも仕方ないと思います!

 だって……。


 「いいのですか? ローゼさんの傍にいなくて?」

 「居るわよ? 私の分身を残してあるから」

 「そんな事が出来るのですね」

 「出来るわよ。あぁ、そういえばユアンは知らなかったわね」


 そんな事が出来ると聞くのは話は初耳です。

 けど、その言い方ですと、他の人は知っているという事でしょうか?


 「実際に見せた事があるからね。スノーとキアラには……それと、リンシアにもね」

 「え、いつですか?」

 「ふふっ、ユアンとリンシアが恋人になった日よ。覚えているでしょ? ユアンが一人で不貞腐れて森の中を歩いてた日の事は」

 「わ、忘れました!」


 あの時でしたか!

 思い返せばシアさんの登場は不自然でしたね。

 僕はシアさんに行き先を告げずにトレンティアにやってきましたが、シアさんは僕がここに居るのを知っているかのように現れましたね。

 あの時は他の事に夢中でどうやって僕の事を知ったのかを疑問に思う事もしなかったので考えもしませんでしたが、フルールさんが分身とやらを使ってシアさん達に居場所を伝えていたのですね。

 その事については忘れていましたが、シアさんとの事は思い返せば懐かしいですし、忘れもしません。

 あの時は凄くモヤモヤしてて、辛かった記憶が今でもあります。

 ですが、シアさんとちゃんと向き合って話をし、解決をして恋人になれましたね。

 あの件があったからこそ今があると思えます。


 「むー……ユアン、忘れたの?」

 

 そんな感傷に浸っていると、僕の隣でシアさんが拗ねたようにしていました。


 「あ、いえ……忘れる訳ないじゃないですか」

 「本当?」

 「本当ですよ! だって、この場所で……シアさんと初めて……」

 「初めて?」

 「も、もう! 言わなくてもわかるじゃないですか!」


 シアさんもフルールさんもにやにやしているからわかりますよ!

 わかっていて僕をからかっているのです!


 「それよりも、フルールさんは何しに来たのですか?」

 「そりゃ、話の内容を伝えに来たのよ」

 「どうしてわざわざ伝えに来たのですか?」


 スノーさん達から後で聞くことになると思うので、今知っても後で知っても同じだと僕は思います。


 「どうしてって、今貴女は楽しめてないでしょう?」

 「そんな事ないですよ?」

 「そんな事あるわよ。眉間に皺を寄せて、考え事ばかりしてるじゃない」

 「そりゃ、考え事くらいしますよ」


 色々と気がかりがありますからね。

 ですが、それでもシアさんとサンドラちゃんと一緒に釣りをしているのでちゃんと楽しんではいるつもりです。


 「私が言っているのは、純粋に楽しめていないって事よ」

 「まぁ、そうかもしれませんけど……」

 「だから私は来たのよ。貴女たちが純粋に楽しめるようにね」


 どうやら僕に気を遣ってくれたみたいですね。


 「だから先に報告しておくわ。フォクシア、及びナナシキの願いを受け入れる事をローゼは承諾したわ」

 「本当ですか!?」

 「えぇ、貴女達に何かあった時はトレンティアが受け皿になるわよ」


 良かったです。

 本当に良かったです!

 僕達が今回来た理由はそこにありました。

 もし、フォクシアとナナシキが敗れた時は僕達の居場所がなくなります。

 その時に、どうするかというのが僕達の議題でした。

 戦争で敗れれば、下手すれば土地も財産も全て失う事になります。

 いえ、鼬族が相手ならばほぼ確実となるでしょう。

 戦争の賠償として多額な請求をしてくると思いますからね。

 その時に土地などを渡す事を想定していました。

 そうなった時、僕達は冒険者なのでいいですが、他の人が困ります。

 土地がなければ生きていくのはとても大変で困難です。

 その人達が路頭に迷ったり、鼬族に奴隷にされたりと考えたら、心が痛みます。

 ですが、その時にトレンティアが受け皿となってくれるのなら、少なくとも戦争に関わっていない街の人達はどうにかなると思ったのです。

 土地だけで納得しないのなら僕達が責任をとればいいですからね。

 流石にルード帝国に亡命した人まで鼬族が狙うとは思いませんからね。

 そうなったらルード帝国とも再び戦争になる事に繋がりますので。


 「けど、本当に大丈夫なのですか?」

 「平気よ。こっちも条件をつけたからね」

 「まぁ、当然ですよね」


 ただ受け皿になるなんて都合のいい話がある訳がありません。

 例え、ローゼさんとは親密的な付き合いがあるとはいえ、個人の問題ではないので当然です。


 「それで、その条件というのは?」

 「そうね……一つは、フォクシアが敗れ、トレンティアが受け皿となった時にポーションの制作をトレンティアで今後は引き受ける事よ。つまりは技術提供ね」


 という事は、チヨリさんの引き抜きって事ですかね?

 

 「チヨリさんの判断次第になってしまいますね」

 「そうね。それを納得させるかが貴女たちの役目よ?」

 「わかりました……相談してみます」

 「まぁ、それは駄目なら駄目で構わないみたいだけどね。その代わり、その場合は引き続きどこかでポーションを作って貰う事になると思うけど」

 

 どちらにしてもチヨリさんに相談してみる必要がありますね。

 僕でも出来ますけど、僕達がどうなるかわかりませんので今は返答できない内容です。


 「それで二つ目は、逆の立場になった時、フォクシア、またはナナシキがトレンティアの住民の受け皿になること」

 

 僕達が勝った時の条件って事ですね。

 それなら問題はなさそうな条件だと思います。

 むしろ、そうなった時は進んでナナシキが受け皿になりたいくらいです。

 

 「それで三つ目、これが最後の条件だけど……」

 「ど、どうして溜めるのですか?」

 「そりゃ、一番重要な条件だからよ?」


 こ、怖いです……。

 フルールさんが怪しく笑っています。

 絶対に凄い条件を提示してきたに違いありません。


 「ごくり」 


 緊張のあまり、喉が鳴ってしまいました。


 「そ、それで……最後の条件は何なのですか……?」

 「それはね……ユアン。貴女がローラの第一夫人になることよ」

 「ふぇ? そ、そんな事が条件、なのですか?」

 「そうよ。だけど、そんなって言うけど、隣を見ても同じことを言えるかしら?」

 「え? あ、シアさん?」

 

 隣を見ると、シアさんの毛が逆立っていました。

 耳も尻尾も今までに見た事のないに、ぶわーってなっていたのです。


 「ダメ。ユアンは私の嫁! 一番は私!」

 「だけど、これは条件よ?」

 「わかってる! だけど、それはダメ!」


 シアさんが凄く怒っているのがわかります。

 今まで見た中で一番怒っているのがわかりました。

 そうですよね。

 僕も同じ条件を出されたら凄く怒ると思います。

 それなのに、そんな条件なんて思える筈がありません。

 これは国と国との条件で、個人的な私情は挟む事は出来ませんが、それでも嫌なものは嫌です!


 「ふふっ、まだわからないの?」

 「何がですか?」

 「その条件が嫌ならば、どんなことがあっても、どんな手を使ってでも負けるな。ローゼからの貴女達に対するメッセージなのよ」

 「あ……そういう、事なのですね」

 「そうよ。ま、ローラが喜ぶのなら、私としては歓迎だけどね」

 「させない。ローラが第二夫人になるのはまだ許せる。だけど、一番は私!」

 「そうですね。一番はシアさんしか考えられません!」


 僕としてはローラちゃんには悪いですけど、第二夫人も考えられませんけどね。


 「なら、そうならないように手を尽くしなさい。私からの話は以上よ。それで、今は何をするべきかはわかるわよね?」

 「わかりますよ! 今すぐ戻って、鼬族に負けない戦力と戦略を……」

 「違うわよ。今は英気を養いなさいって事よ」

 「え、そんな暇は……」

 「あるわよ。此処だけの話、私達も鼬族の事は警戒し、情報を集めている。だからわかるのよ。鼬族はまだ攻めては来ないわ」


 トレンティアはアルティカ共和国に尤も近い街……今は国でしたか。

 なので、鼬族の事を常に調べているみたいですね。


 「それじゃ、僕達はどうすれば……」

 「今を大事にしなさい。愛には色んな形がある。リンシアとの愛も、仲間との愛も全て大事にしなさい。それが、必ず結びつくから」

 

 その幸せを噛み締め、忘れず、奪われないようにしろって事ですかね?


 「ま、そう言う事よ。やるべきことはわかったわね?」

 「はい……僕達は今は遊べって事ですか?」

 「それは任せるわ。これ以上私が口を出してしまうと、国の方針を変えてしまうからね。私がローゼに怒られちゃう。だけどもう一つだけ教えとくわ……今、ローゼとの対談が終わり、スノー達がこっちに向かっている。手に釣り竿を持ってね?」

 「という事は……」


 スノーさん達も、もしかしって……。


 「そんな中、ユアン達がつまらない顔をしていたらどうかしら?」

 

 楽しい空間の中につまらない顔をしている人がいたら当然つまらなくなってしまいますね。


 「それじゃ、私は戻るわね。ローゼに怒られないうちに……まぁ、もうすでに少し怒っているけど」

 「あ、すみません……」

 「いいのよ。今は貴女たちが楽しんでくれればね。それじゃ、また遊びに来てね」


 にこりと微笑み、フルールさんの姿が消えました。

 改めて、フルールさんって凄く親切で優しい人ですよね。


 「で、私達はどうするんだー?」

 「決まっていますよ。ね、シアさん?」

 「うん。今はいっぱい遊ぶ」

 「いいのかー?」

 「今はいいんですよ。それとも、多分これから競争になると思いますが、サンドラちゃんは見てますか?」

 「なー! 競争なら負けないー!」

 「なら、サンドラちゃんと勝負ですね! どっちが大きな魚を釣るか、沢山釣るかで勝負です!」

 「わかったー!」


 フルールさんの登場でいったん中止となっていた釣りをサンドラちゃんが再開しました。

 改めて釣りをするサンドラちゃんを見るとわかりますね。

 今を全力で楽しんでいるという事が。

 

 「これを守らなければいけないのですね」

 「うん。楽しい時間を知っているからこそ、失う辛さがわかる」

 「そうですね。それをもっと僕達は知らなければいけませんね」

 「うん。たくさん知る。昼も、夜も、ね?」


 シアさんがにたーっと笑いました。

 この笑いを僕は知っています。


 「お手柔らかに、お願いしますね?」

 「無理。この場所も特別。今日はがんばろう、ね?」


 あぁ……。

 ダメです。シアさんのスイッチが完全に入ってしまいました!

 けど、それを期待している自分も……。

 っとそうじゃありません!

 まだ挽回できます!


 「とりあえず、釣りを楽しみましょ?」

 「うん!」


 そうです。

 きっと、他に楽しい事があればシアさんもそっちに気がとられる筈です!

 




 その後、スノーさん達も合流し、みんなで釣りの勝負が始まりました。

 意外な事にアリア様もアンリ様も釣りは初めてみたいで一から教える事になりましたけど、勝負とあってか二人とも張り切っていました。

 それを聞いてスノーさんが小さく「今日は勝てる」と呟いていましたけど……結果は、言うまでもないですね。

 そして、釣り勝負は終わり、アリア様とアンリ様は釣ったばかりの魚を料理し、食事をとった後に先に帰りましたが、僕達はここで一泊する事になりました。

 そして案の定夜は……。

 うん。

 シアさんがいつも以上に張り切っていて大変でしたとだけ。

 何がとは言いませんよ?

 ただ、幸せだとだけ言わせて貰います。

 そして、僕達はまた新しい朝を迎えました。

 強い決意を持って。

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