第401話 弓月の刻、鼠族の末裔を受け入れる

 「誰ですか? その子は?」


 ラディくんが帰ってきたという報告をシアさんから受け、仕事を切り上げて帰ってきた僕とサンドラちゃんでしたが、早速驚かされる事になりました。


 「私はエヴァと申します。よろしくお願いします」

 「エヴァちゃんですね。えっと、僕はユアンです、こちらこそよろしくお願いします」

 「私はサンドラー。よろしくなー」


 ニコニコとしながら、頭を下げてきたエヴァちゃんに合わせて僕とサンドラちゃんも同じように頭を下げて挨拶を返します。

 それにしても失敗しました。

 まさか、ラディくんがこんな子を連れて帰って来るとは思わなかったので、サンドラちゃんの正体はバッチリ見られてしまいました。

 流石に領主の館の中でフードを被る事はしないので、それが仇となりましたね。

 まぁ、エヴァちゃんはサンドラちゃんの事を見ても驚いた様子はないので問題はなさそうですけどね。


 「ラディ、誘拐はよくない」

 「人聞きが悪い事は言わないでよ」

 「事実。勝手に連れて帰って来たら立派な誘拐」


 まぁ、シアさんの言う通りですね。


 「大丈夫。ちゃんと同意の元だから」

 「そうなのですね……。けど、向こうで騒ぎになりませんかね?」

 

 話を聞いているうちに徐々に状況が呑み込めてきましたが、どうやらこの子は鼬族の都、アーセルという街から連れてきた子で、誰の目にも留まる事のない隔離された場所に住んでいたようです。

 

 「多分、そのうち騒ぎになるとは思う。今の所は大丈夫みたいですけど」

 「やっぱりなりますよね」


 当然ですよね。

 エヴァちゃんは所謂監禁されていた生活を送っていたようですからね。

 きっと、何かしらの意味があって監禁されていた筈なのです。

 それが急にいなくなれば、騒ぎにならない筈がありません。


 「まぁ、連れて来てしまったので仕方ありませんけど、これからどうするのですか?」

 「落ち着くまでは窮屈な生活になると思うけど、ナナシキに住んで貰おうと思っていますけど、ダメですか?」

 「僕はいいと思いますけど、みんなはどうですか?」


 特に断る理由はありませんので、僕は良いと思います。

 ですが、僕の一存で決める訳にもいかないのでみんなにも意見を求めました。


 「今更返す訳にもいかないし、いいんじゃない?」

 「私も良いと思います。ただ、何処に住むかが問題になりますよね」

 「うん。まだラディ達が住む場所は開拓できていない。住む場所があれば、私も反対はしない」


 他にも問題はありますけど、まずはそこですね。

 

 「暫くの間、ユアンさんの家で預かって貰う事は出来ませんか?」

 「僕は構いませんけど、エヴァちゃんが嫌じゃないですか?」

 

 少し会話をした所、人見知りをする感じの子ではないとは思いますけど、いきなり知らない人と一緒に住むというのはどうしても緊張すると思います。


 「私は大丈夫です」

 「なら良いと思います。けど、流石に多少は制限が掛かってしまいますよ?」

 「制限といいますと、私はまた外に出られない、という事ですか?」


 あー……伝え方が悪かったのか、エヴァちゃんがシュンとなってしまいました。

 これじゃ、エヴァちゃんが今まで暮らしていた生活とあまり変わらなくなってしまいますね。


 「あ、いえ。そういう訳ではなくて、僕達の家には本館と別館があるのですが、流石に本館には自由に入らせる訳にはいかないという事です。外に出るのは……ラディくんと一緒なら問題ないと思います」


 別館はお客さん用として使っているので構いませんけど、本館は僕達のプライベート部分なので、あまり自由に入って欲しくないなという感じですね。

 流石にそこまでの信用がないですからね。

 外に出る事に関しては、危険ではないですけど、何処に鼬族の目があるのかわかりませんし、まだナナシキの街の事も知らないので迷子になられても困ります。

 なので、ラディくんや他の人と一緒なら問題ないとは思います。


 「そういう事ですね。理解しました」

 「すみません。窮屈な生活になってしまいますが、最初は我慢してください」

 「大丈夫です。これから、よろしくお願いします」


 暫くは様子見ですね。

 ラディくんが連れてきた子なので問題はないと思いますが、近くに居れば安心ですし、リコさんやジーアさん達が接してくれるのでどんな子なのか、本当に信用できる子なのかを見極める事も出来ると思います。

 けど、一緒に住むのにあたり、聞いておきたい事が一つありますね。


 「そういえば、エヴァちゃんは……」


 僕が質問しようとした時でした、僕達のいる部屋を勢いよく開け、中に入って来る人がいたのです。


 「魔鼠から連絡を受けたのじゃが、鼠族の王族が来ているというのは本当か?」

 「あ、それを今から聞こうと思っていた所です」


 慌ててやってきたのか、珍しくアリア様が息を切らしてやってきたのです。


 「うむ……そちらの、娘か」

 

 アリア様は部屋の中を見渡し、エヴァちゃんの所で視線が止まりました。


 「お主、名前は何と申す」

 「エヴァです」

 「エヴァか……家門名はあるか?」

 「それは、忘れてしまいました」

 「そうか」


 家門名?

 それを聞いた瞬間、僕は変に思いました。

 確か、アルティカ共和国では家門名をつける習慣がなかったはずなのです。

 なので、アリア様は狐族のアリア様なのですよね。

 

 「それには理由がある。昔、鼠族はルード帝国に住んでいた。その時にルード帝国から爵位を賜ったのじゃが、訳あってアルティカ共和国に移住してきたので、その名残じゃな」


 そうなのですね。

 まぁ、ルード帝国は実力主義の国ですしそう言う事があっても不思議ではありませんね。

 移住してきた理由が気になりますけどね。


 「そこはいい。お主、母の名は何と申す?」

 「お母さんですか? お母さんの名前はイヴです」

 「やはりそうか。お主にはイヴの面影を感じる。名を知っていた事から、娘と考えて間違いないじゃろう」


 その人がアリア様が前に言っていた鼠族の友人ですかね?


 「それで、母はどうした?」

 「わかりません。私が小さなころに、連れていかれてしまいました。それ以降はお会いしていません」

 「そうか。辛い事を聞いたな。すまぬ」

 

 けど、これでわかりましたね。

 予想はしていましたけど、エヴァちゃんは王族の末裔である可能性が高くなりました。


 「それで、これからどうするつもりじゃ? お主が望むのならば、再び鼬族から実権を取り戻すために協力するが?」

 「実権ですか?」

 「うむ。お主は王族の末裔じゃ。その権利はあるじゃろう」

 「え? 私が王族の末裔?」

 「なんじゃ、知らなかったのか?」


 キョトンとした顔でエヴァちゃんはアリア様を見ています。

 わかります。

 その気持ちは凄くわかります!

 僕もアリア様から同じような事を言われましたが、その時は理解が追い付きませんでした。

 だって、いきなり自分が王族である事を伝えられても意味がわかりませんよね。

 ましては、ずっと忌み子と呼ばれ育ったのです。

 それがいきなり王族なんて言われても困りますからね。

 そう考えると、エヴァちゃんは僕と少し似ているような気がします。

 

 「知りませんでした。けど、それが本当だとしても私はその道は選べません」

 「どうしてじゃ?」

 「あまりにも世間の事を知らなすぎるからです。私はあの場所で、ほとんどの時間を一人で過ごしてきました。外の世界がこんなに広く、こんなに色んな種族の人がいる事さえ知りませんでした」


 ここが特別かもしれませんけどね。

 

 「なので、私はもっと外の世界を知りたい。知らない事を沢山知り、色んな体験をしたいと思っています」

 

 何となくですが、エヴァちゃんと仲良くなれるような気がしました。

 その気持ちがよく分かるのです。

 

 「そうか。ま、色んなことを経験してからでも遅くはない。お主の気が変わったらいつでも相談に乗るぞ」

 「ありがとうございます。私からも一つお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」

 「うむ? なんじゃ?」

 「お母さんの事を知っているみたいですが、えっと……」

 「アリアじゃ」

 「はい。アリア、様? はお母さんとどういったご関係なのですか?」

 「友人じゃよ。かなり昔になるがな」

 「そうでしたか」


 それで納得したみたいで、エヴァちゃんが頷きました。

 ですが、僕はそこで一つの疑問を持ちました。


 「そういえば、エヴァさんは幾つになるのですか?」


 アリア様とエヴァちゃんのお母さんが友人という事ですが、それは僕のお母さんがまだアルティカ共和国に居た時代です。

 となると、凄く昔の事になりますよね?

 アリア様の正確な年は知りませんが、少なくとも五十は越えている訳なので、エヴァちゃんのお母さんもそれくらいはあると思います。

 ですが、そうなると色々とわからない事があります。

 エヴァちゃんのお父さんが誰なのかもわかりませんし、いつ生まれたのかもわかりません。

 聞いた話が正しければ、エヴァちゃんの一族……鼠族の王族はほとんど処刑されてしまったらしいですからね。

 お父さんが当時の王様だという保証もない訳です。

 

 「正確な歳はわかりませんが……少なくともあの場所には三十年くらいは居たかと思います」

 「さ、三十年もですか?」

 「はい。多分ですけど……あの場所にいると時間の感覚がわからないですけど」

 

 驚きました。

 僕と同い年くらいだと思っていたエヴァちゃんがまさかそんなに年上なのだとは思いもしませんでした。

 しかし、僕以上に驚いている人がこの場にいました。


 「ラディが固まってる」

 「相当驚いたのでしょうね」

 

 えっと、ラディくんて何歳ですかね?

 魔鼠の寿命は短いと言われていますので、生まれてから二、三年くらいだとは思いますが、まさかそんなに年が離れているとは思わなかったのだと思います。

 なにせ……。


 「ラディ。年は関係ない。好きならそれくらいの壁、乗り越える」

 「そうですよ。エヴァさんは若く見えるので関係ないですよ!」


 きっと、ラディくんにも春が訪れようとしているのです。

 獣人と魔物といった関係で年も離れていますが、そこに愛があればきっと関係はありません!


 「あ……そうだよね。じゃなくて、僕とエヴァはそんな関係じゃないよ」

 「そうですか? その割には仲良さげに手を繋いで戻ってきたと聞きましたけど」

 「それは……」


 ラディくんの顔が赤くなりました。

 いいですね!

 自分の事となると恥ずかしいですけど、人の恋愛事情は見ていてワクワクします!


 「ラディくん、私じゃだめなの?」

 「いや、ダメという訳じゃないよ。ただ、お互いの事をまだ知らなすぎるというか……」


 それに、この様子だとエヴァちゃんもラディくんには好意を寄せているようにも見えますね。

 それなのに、ラディくんは恥ずかしいのかハッキリとしません。

 これではダメですね。


 「ラディくん、エヴァさんはまだナナシキに来たばかりですので、僕の家に行く前にナナシキを案内して貰えますか?」

 「僕が?」

 「うん。勝手に出かけて迷子になられても困る。ラディはこの街を一番知っている。適任」

 「そうだね。ラディにならエヴァを任せられるよ」

 「ふふっ、エヴァちゃんの事を頼んだからね?」


 こういう時は周りが後押ししてあげるのが大切です!

 まぁ、それで前に失敗した事があって、シアさんと大変な事になりましたが、今回は違います。

 僕から見てもラディくんとエヴァちゃんはお互いに好意を寄せあっているように見えるのです!


 「わかった」

 「けど、夕飯までには戻ってくださいね? 今日はラディくんも一緒にご飯を食べましょう!」

 

 色々と聞きたいですからね!

 エヴァちゃんの話も色々と聞きたいですし、ラディくんの心境も聞きたい所です。

 

 「わかりました。それじゃ、ラディくん案内してくれる?」

 「あ、うん。案内するよ」


 エヴァちゃんがラディくんの手をとり、ラディくんも優しく手を握りかえるのがわかりました。

 

 「では行ってらっしゃい」

 「報告楽しみにしてる」

 

 僕達に見送られ、ラディくんとエヴァちゃんを見送ります。

 それにしても、嬉しいですよね。

 誰かが幸せになろうとしてる瞬間ってやっぱり良いものだと思います!


 「さて、私達はラディが得た情報をまとめようか」

 

 けど、いつまでも浮かれていはいれませんね。

 エヴァちゃんの事で忘れそうになりましたが、本来集まった理由は別にあります。

 ラディくんが得た鼬族の情報を共有し、対策を練らなくてはいけません。

 僕達は気を引き締めなおし、今後の事について話し合うのでした。

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