第399話 魔鼠の王

 「失礼ですが、身分を証明できる物はありますか?」

 「これでいい?」

 「冒険者……ですね。わかりました、お通りください」

 「ありがとう…………これでいい?」

 「はい、ありがとうございます。お礼ではありませんが、よければこちらをどうぞ」

 「……助かります」


 いつか役に立つと思い、僕のギルドカードを造って貰っておいて正解だった。

 お陰で特に怪しまれる事も揉める事もなく鼬族の都へと入る事ができた。

 それにしても驚いたね。

 まさか魔物である僕が申請してもちゃんと発行してくれるとは思わなかった。

 前例はないみたいだけど、一応は魔物でも意思の疎通がとれるならば発行できるとは知らなかった。


 「それにしても酷い所」


 ユアンさん達から聞いていたけど、鼬族の国では何をするにでもお金が無駄にかかるとは聞いていた。

 だけど、まさか街に入る為とは別にお金を要求されるとは思いもしなかった。

 別に強制ではないみたいだけどね。

 けど、そこで渋って騒ぎを起こしたり、目をつけられたりした方が面倒な事にになりそうだから大人しくチップを渡す事になった。

 そして、その代わりに渡されたのがこれ。

 僕は門番に渡された地図を通行人の邪魔にならない場所で広げた。

 鼬族の都の名前はアーセルというらしい。

 

 「ここがメインストリートで、後は……」


 うん。この地図が全く役に立たないゴミだという事がわかった。

 わかった事とは言えば、城の位置と、その周辺を囲うように貴族などの上流階級の住宅区があるという事くらい。


 「城なんてここからでも見えるからね」


 まぁ、他にも宿屋の位置とかは書いてあったりはしたけど、僕が使う事はない。

 仮に使うとしてもその宿屋だけは使わないだろうね。

 もし、この地図がチップを渡した人だけに配られるのであれば、チップを渡すだけの余裕がある人がその宿屋に辿り着くという計算になっているのかもしれない。

 そこで待ち受けるのは何だろうね。

 ぼったくりかそれとも寝込みを襲われ、金品を狙われるか。

 疑いすぎかな。

 だけど、この街を見る限りは否定はできない。

 メインストリートを少し外れただけで、この街の裏の部分が直ぐに目についたからだ。


 「スライムが発生してるってどういう事だろう」


 メインストリートを外れ、少し歩くと僕の目に映ったのはスライムが当たり前のように道の真ん中を移動していて、それを特に気にした様子もなく街の人がスライムを避けて歩いている様子だった。

 それを見てナナシキと同じように共存しているのかと思ったけど、どうもそうは思えない。

 

 「なるほど。ああやって、スライムにゴミや汚物を処理させているのか」


 道端に落ちていたゴミをスライムが取り込んでいる所を目にし、何となくだけど魔物が野放しにされている理由がわかった。

 むしろわざと放ってあるともいえるのかな?

 スライムくらいならコツを掴めば子供でも対処できるし、餌となりそうなものがこれだけ沢山あるのだから無理に人を襲ったりもしないので、掃除屋として使っているのかもしれない。

 

 「けど、家に入ってきたりしたら多少は危ないと思うのだけど、その辺はどうしているんだろう」


 その時はその時って感じなのかな?

 この国からしたらこのスラム街のような場所に住む人がどうなろうと関係ないのかもしれないって感じかも。

 

 「だけど、これで一つわかったね。魔物が入れないように対策してあるのにも関わらず、魔物が街の中では自由に動ける理由が」


 魔鼠を侵入させようとしたけど、どうしても入る事が出来ないみたいだったので僕が代わりに来た。

 今の所は街の中で変な感じはしないかな。

 どうやら中にさえ入ってしまえば、対策はされていないみたい。

 まぁ、対策されていたらスライムも活動できないだろうし、それが理由なんだろうけどね。


 「それにしても、これが差別なのかな」


 メインストリートを歩いていた時は鼬族の姿を見かけていたけど、メインストリートから外れたこの場所で見かけたのは兎族や鼠族だけだった。

 そして、どの人も薄汚れたような格好をしている。

 

 『隊長、つけられてまっせ』

 『うん。わかってる』


 そんな様子を観察しながら歩いていると、街に入ると同時に呼び寄せた魔鼠から連絡が入った。

 その辺りは妨害されなくて良かったと思う。

 もし、呼ぶことが出来なかったら全て自分で確かめるしかなかったからね。

 っと、そうじゃなかった。

 

 「数は三人か……尾行も下手だし、素人かな」


 足音も気配も消し切れていない三人組がメインストリートから外れた時から僕を尾行している。

 何が目的かを調べないといけないね。


 『この先にいい場所はある?』

 『二つ先の路地を曲がった先は行き止まりになっていて、人目もなさそうでっせ」

 『わかった。三人がまだ僕を追って入ってくるようなら、逃げられないように通路を塞いで』

 

 三人くらいならどうって事なさそうだけど、一応配下にそういう指示をだしておく。

 そして、二つ目の路地を曲がると報告があった通り、そこは行き止まりになっていた。

 

 「こんにちは坊ちゃん。迷子ですか?」

 「こんにちは。どうやらそうみたい。何せ、この街には初めてきたもので」


 行き止まりとなった場所から引き返そうとすると、尾行していた三人が堂々とナイフを手に立ち、僕が逃げられないように通路を塞ぐようにして立っていた。


 「良かったらご案内しましょうか?」

 「有難い申し出だけど、遠慮するよ」

 「そうですか……それはそうと、坊ちゃんは鼠族ですね?」

 「そう見えますか?」

 「うん。見える見える」


 それは有難いね。

 魔物ではなく、人として見られるのは僕としては嬉しい事。

 こんな人達に認められても嬉しくはないけどさ。


 「では、僕はこの辺で」

 「失礼します? それは出来ないなぁ」

 「どうして?」

 「坊ちゃんが鼠族だからだよ。この街のルールは知らないだろうけどな」

 「ルール?」

 「うん。見た所、服も綺麗だしいい所の育ちかもしれないけど、この街では鼬族は鼠族に何をしてもいいというルールがあるんだよね」


 随分と理不尽なルールが存在するものだね。


 「そうなんだ。だけど、僕はこの街の住人じゃないよ」

 「それは関係ないよ。この街に入った瞬間からね。ルールは適応されているんだよ」

 「それは兎族も?」

 「当然」


 なるほどね。

 それで、兎族も鼠族もこんな場所でその日暮らしを強いられているのか。


 「それ以上は近寄らないで貰える?」

 「それは出来ないな」

 「うーん……。先に忠告して置くけど、僕はこれでも冒険者。それ以上近づいたら敵意があると判断するよ」


 随分と小物みたいだね。

 僕が冒険者だと伝え、ナイフを取り出すと、三人の足が止まった。

 しかし、三人はお互いの顔を見合わせて頷くと再びにたりと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 

 「坊ちゃんに何ができるのかな? まさか、冒険者と知って、俺達が怖がるとでも思ったのかな?」

 「実際に歩みを止めたじゃないか。本当は怖いんでしょ? 冒険者が。それと傷つくのが」

 「うんうん。怖い怖い。そこまで言われたら生きて身ぐるみだけ剥ぐつもりだったけど、もう止められそうになくて怖いな」

 「変な趣味だね。男の身ぐるみを剥いで喜ぶとか」

 「その余裕がいつまで続くか楽しみだ。それと、坊ちゃんが俺達に手を出すようなら覚悟をした方がいいよ? それだけで坊ちゃんは犯罪者だからね。もう一人の仲間が直ぐに衛兵に報告しに向かうから」


 随分と余裕があると思ったら他にも仲間がいるみたいだね。

 だけど、それは脅しだと直ぐにわかった。

 付近に仲間らしき人はいないと既に配下から報告は受けている。

 それにしても、この街の身分格差は随分と酷いみたいだ。

 この人達の話しぶりからすると、例えこの人達が犯罪者であっても、僕が手を出した時点で僕の方が悪くなるみたいだね。

 

 「わかった。けど、死人に口なしって言うよね」

 「死人に口なし?」

 「知らないみたいだね。それじゃ、窮鼠猫を噛むは知ってる?」

 「どこの言葉ですか? それは」


 知らなかったか。

 まぁ、それも仕方ないか。

 これは僕の国の言葉だし。


 「知らないならいいよ。ただ、追い詰められた鼠には気をつけろって事」

 「なるほど。勉強になります」

 「うん。勉強した所で……意味はないけどね」

 

 注目を浴びるようにわざとらしく僕はナイフを持っていない右手を頭上に掲げる。

 ほら、もっと僕の事を注視して。

 直ぐに楽にしてあげるから。


 「何をする気……え?」


 三人のうち二人が何の前触れもなく、突如その場で倒れ込み、僕と喋っていた男が二人を見た。


 「何をした……?」

 「僕は何もしていないよ」

 「な、何もしていないのに二人が倒れる訳ないだろう!」


 僕が何かをした。そういう風に僕と喋っていた人には見えただろうね。

 だけど、違う。

 僕はただ合図を送っただけ。

 そして、その合図に従い、僕の配下が二人にそっと近づき、静かに噛みついた。

 ただそれだけの事。

 麻痺と毒を二人に噛みついた時に注入した。ただそれだけの事をしたまで。

 僕は何もしていない。


 「さて、どうする? これで、表面上は一対一な訳だけど」

 

 実際は一対……んー、数がもう数えられないな。

 どんどんと魔鼠の数は増えている。

 スライムが居るくらいだから居ると思ったけど、魔鼠もちゃんと暮らしていたみたいでだね。

 どんどんと周りに集まってくるのがわかるよ。


 「仕方ない……今回ばかりは見逃してー……あ、あれ?」

 「どうしたのかな?」

 「か、壁が……ひぃ!」


 典型的な捨て台詞と共に仲間を置いて逃げようとしたみたいだけど、そうはさせない。

 まるで組体操のように積みあがった魔鼠が壁となり、逃げようとした男を行く手を阻んだ。


 「これぞ袋の鼠ってね。立場は逆だけど…………さて、おしゃべりのおじさん」

 

 魔鼠の大軍を見て、腰を抜かしたおじさんの背後に立ち、僕は首元にナイフを突きつける。

 そして、三つの選択肢を与えた。


 「死ぬか、戦うか、ビッチみたく……じゃなくて、有意義な情報を僕にくれるか……さぁ、選んでくれる?」

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