第398話 弓月の刻、アリアの昔話を聞く

 「アリア様、さっきはどうしたのですか?」

 「ん? 何がじゃ?」

 「さっき鼬族の政権を終わらせると言った時、何だか凄く怒っていたように見えたので」


 ラシオス様とクドー様をそれぞれの国へと送り、僕達だけとなったので気になった事を聞いてみる事にしました。

 どうしても、さっきのアリア様はどこかおかしいように思えたのです。


 「あぁ……すまなかったな。ちょっと、鼬族の事となって抑えが利かなかったみたじゃ」

 「何かあったという事ですか?」


 やはり気のせいではなかったみたいです。

 

 「うむ。まぁ、個人的な事でもあるがな」

 「それは、僕達が聞いても大丈夫な事ですか? アリア様が話すのが嫌だったり、辛かったりするのなら無理には聞きませんけどね」

 「平気じゃよ。むしろ、忘れる事はないが、忘れないためにも話しておこうかの」


 アリア様が昔を思い出すように遠い目をしました。

 

 「私が王となる前の話に遡るが、私には友人がいたのじゃ」

 「鼬族のですか?」

 「ううん。違う。いたち族ではなくて、ねずみ族。あの頃はまだ獅子王が政権を握っていた頃でね、王族というよりも狐族の代表者の一族という立場だったんだけど」


 僕のお母さんが狐族の代表者でアリア様はその妹として、色んな種族の元を回っていた時があったみたいです。

 獅子王の政権は横暴で、手助けしてあげないと生きていけない種族もあったみたいなので、その種族を助けるためにアンジュお母さんは色んな所を回っていたみたいです。


 「そんな時に出会ったのがその友達でさ。最初はいきなり現れた私達の事を凄く警戒してた。だけど、アンジュお姉ちゃんが物資の提供や暮らしを改善しているうちに仲良くなったの」


 その人は鼠族の代表の娘で、鼠族のために頑張る狐族の姿を見て、少しずつ心を開き、何度も足を運ぶうちに心を開くようになり友達となったみたいです。


 「そして、アンジュお姉ちゃんとナナシキの街の人が獅子王から政権を奪って、今の形に国を造ったの。正確には狐族、虎族、鳥族、狼族、鼠族の五カ国だったけどね」


 その頃にはその友達では何でも話せる間柄になったみたいで、姉妹のような関係でもあったと言いました。


 「けど、今は……」

 「うん。鼠族ではなく鼬族が実権を握っているね」

 「もしかしてですけど……」

 「うん。ユアンの言う通り。鼠族から鼬族が実権を奪ったの」


 どうして鼬族が実権を握る事になったのかはわかりません。

 わかるのですが、真実はわかりません。

 

 「恐らくは嘘ですよね、鼠族が戦争を企てていただなんて」

 「嘘だろうね。鼠族は私達に感謝していたし、交友もあった。戦争を起こす理由がなかったもん」

 「その事実は調べなかったのですか?」

 「調べようとした。だけど、調べる事が出来なかった。だって、その時にはもう……」


 王となった鼠族の一族はほぼ全員処刑されてしまったといいます。

 

 「口封じですか」

 「そうだろうね。だから、真実を調べようにも調べようがなかった」


 一応は鼬族を問い詰めたみたいですが、帰ってきた返事は。


 『恩人である狐族に対し、鼠族は戦争を仕掛けようとしていた。アルティカ共和国の平和を保つためにやむを得なかった』


 らしいです。


 「尤もらしい理由ですね」

 「だから、信じていなくても真実がわからない以上は手が出せなかった。もしそこで私達が動いてしまったら、今度は私達が悪者になるだろうからね」


 そうなると、手に入れた平和がまた崩れる事になったと思います。

 傍からみれば私怨に見えますからね。

 

 「だから、あんなに怒っていたのですね」

 「友人の無念を晴らせる時が来て、感情が抑えられなかったのかも」


 それは仕方ないですね。


 「ん? なんじゃ?」

 「何となく。アリアは頑張ってたからご褒美?」

 「それじゃ、僕からもです!」

 

 シアさんが慰めるようにアリア様の頭を撫でたので僕も同じようにアリア様の頭を撫でてあげます。


 「や、やめぬか! 昔の事じゃ、もう割り切っておる!」

 「それでもですよ。心の傷は簡単には癒せませんからね」

 

 それに、割り切っていると言いましたが、鼠族の友人を語っていた時の目は悲しみに染まっていました。

 アリア様に自覚はないみたいですけど、きっと心の何処かではまだ鼠族の友人の事は割り切れていなかったのだと思います。

 恐らくですけど、それから暫くしてアンジュお母さんがユーリお父さんと旅に出てしまって、アリア様が王の座に座り、色々とやってきたので考えている暇がなかったのだと思います。


 「問題ない。私は幸せじゃ。旦那のアランが居て、息子もいる。そして、心許せる街の者が周りにいる。だから、心配はいらん。それに、鼬族の国の何処かに鼠族の王族は残っているという噂もある」

 「処刑されたのではないのですか?」

 「うむ。じゃが、全てが処刑された訳ではない。王族の末裔という事で、利用価値を見出していたのかもな。じゃか、もしかしたらまだ生き残っている可能性も……まぁ、私の事なんて覚えていないじゃろうがな」


 けど、可能性が低くても可能性があるのなら諦めるのは早いですね。

 となると、それも調べてみる価値はありそうですね。

 協力出来れば、鼬族に対し、優位に事が運べるかもしれません。

 

 「鼬族の動向はどうなっていますか?」

 「ラディが探ってくれていますよ。今の所は動きはないみたいだけど」

 「そうなのですね」

 「うん。だけど、都の中はまだ探れていないみたい。魔鼠を送り込もうとしても妨害されちゃうみたいなの」

 「妨害ですか?」

 「うん。魔法道具マジックアイテムかわからないけど、魔物が入れないようにしてあるみたい」


 そんな魔法道具マジックアイテムがあるのですね。

 いえ、そこまでの効果があるのなら古代魔法道具アーティファクトでしょうか?

 どちらにしても、それは厄介ですね。


 「という事は、鼬族の都の様子までは探れないという事ですね」

 「それは大丈夫。ラディが直接向かうと言っているから」

 「え、でもラディくんは魔物ですし、中に入れないですよね?」

 「それが大丈夫みたいなの。僕なら大丈夫と言っていたから」


 むむむ?

 魔物が入り込むのは妨害できるのに、ラディくんは大丈夫というのはどういう理屈でしょうか?

 

 「あれかな? 人化すれば魔物ではなくて人という扱いになるとかなのかな?」

 「その可能性もありますね。色々と実験してみない事にはわかりませんけどね」


 何にせよ、鼬族の動向はラディくんが調べてくれているみたいです。


 「なら、鼠族の事も探って貰えるように頼んで貰えますか?」

 「うん。伝えておくね」

 「すまぬな。仕事を増やして」

 「いえ、今までアリア様には色々と協力して貰いましたし、返せるところで返さないといけませんからね」


 といっても、頑張るのはラディくんですけどね。


 「なので、ラディくんが戻ったら労ってあげてもらえますか?」

 「うむ。どちらにしても緒戦の戦果を称えねばならぬからな」

 「こちらでもラディ殿達に褒美を用意致しますよ」


 敵だった狼族と鳥族を味方につける事が出来たのは大きいですからね。

 被害をほぼ出さずに、勝利しただけではなく味方も増やす事が出来たのです。それなのに、ご褒美も何もなしというのは可哀想ですよね。


 「僕達もご褒美をあげないとですね。あの話はどうなっていますか?」

 「ラディ達魔物の人権だよね。今、話をオルフェさんと進めている所だよ」

 「後は家ですね。一応、ラディ達の希望により、森の開拓を進める事になっているかな」


 それにしても、予想外のお願いをされましたね。

 ラディくん達のお願いは、魔物たちにも人権を与え、魔物たちが人の姿で暮らせる村が欲しいとの事でした。

 

 「場所はどの辺りですか?」

 「リコさん達の村との間くらいかな? 開拓はラディ達がやると言っているから権利だけ貰えれば大丈夫だと言っているよ」

 「その辺りなら問題なさそうですね」


 ジーアさんのお父さんには伝えておかないといけませんけどね。

 いきなり魔物が近くに村を造っていたら驚くでしょうし。

 まぁ、その辺りはスノーさん達が進めてくれるでしょうから大丈夫だと思いますけどね。


 「それでは、ラディくんからの報告を待つとして、それまではどうしましょうか?」

 「準備だけは整え、英気を養うべきじゃろう。戦いが始まってしまえば、まともに休む事もできぬじゃろうからな」

 「それでいいのですかね?」

 「問題ない。仮に鼬族が攻めてきたとしても時間が掛かるうえ、暫くはアンリの軍勢で抑える事も出来る」

 「数では劣りますが、決して遅れはとったりはしませんので、安心して休んでください」

 「わかりました」


 まぁ、そうは言ってもまだ何もしていないので休んでばっかりですけどね。

 いまいち戦争が起きようとしている事に実感が持てないままでいます。

 そんな中で待つと言うのも大変ですね……あっ!


 「そ、そういえばトーマ様ってどうなっているのですか?」

 「あぁ……そういえば何も伝えていなかったな」


 待つのが大変で思い出しました!

 トーマ様は今も鳥族と狼族が攻めてくるのを待っている筈なのです。


 「誰も伝えていませんよね?」

 「伝えていないじゃろうな。まぁ、暫くはそのままでいいじゃろう」

 「でも、痺れを切らして逆に攻め込んだりしませんかね?」

 「それはせぬよ。ちゃんと脅しつけてあるからな」


 なら安心ですかね?

 どんな脅し方をしたかはわかりませんが、何だかんだ言ってアリア様の言う事はちゃんと聞く人ですからね。


 「まぁ、近いうちに連絡しておく。それまでは戦意を保たせておく」

 「わかりました」

 

 何だか、トーマ様に悪い事をした気がします。

 ですが、戦意が高いのはきっといい事ですよね?

 そういう事でトーマ様は暫くそっとしておく事になりました。

 きっとどこかでその戦意をぶつけてくれる事を願うばかりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る