第396話 補助魔法使い、狼王を攫う
「え? それは本当ですか?」
アリア様から報告があると聞き、僕達は領主の館に集まり、その報告を聞く事になりました。
そして、僕は自分の耳を疑いました。
「うむ。紛れもない事実じゃ」
「でも、まだ戦いは始まってもいませんよ?」
アリア様の報告、それは鳥族の降伏と狼族の休戦を求める使者がフォクシアの都へと訪れた事でした。
「罠ではないのですか?」
「その可能性もあるだろうが、薄いだろうな。何せ、両軍は既に国へと帰還し始めているからな」
軍を引くという事は攻める意志がないという事ですかね?
「一体どうなっているんでしょうか?」
「ラディ達が何かやったのかな?」
「かもしれぬな」
だとしたらラディくん達は凄いですよね。
何をしたかはまだわかりませんが、鳥族と狼族を撤退させ、鳥族は降伏、狼族は休戦を求めてきたのです。
緒戦を任せて欲しいと言われ、任せてみましたけど見事に勝ったという事になります。
「それで、返事はどうしたのですか?」
「鳥族の降伏は受け入れた。狼族はまだ保留じゃな」
「どうしてですか?」
「鳥族は潔く降伏をしたが、狼族の要求は休戦じゃ。まだ攻めてくる意志は残っているという事じゃからな」
「そういう事なのですね」
いっその事、狼族も降伏してくれれば良かったのですが、流石にそこまでは上手くいかなかったという事ですかね?
それでも十分な戦果だといえますけどね。
トーマさんの軍もフォクシアの軍にも被害はゼロで両軍を引かせたのですから。
「大丈夫。狼族が国に戻ればきっと降伏すると思うよ」
「あ、ラディくんも来てくれたのですね」
「うん。色々と報告しなければいけない事があると思うので来ました」
有難いですね。
状況がわからずに、今の報告だけで楽観的に構えるのは良くないという事は僕にもわかります。
「それで、ラディは何をしたの?」
「それはね……」
キアラちゃんの質問に今日までやってきた事をラディくんが一から説明をしてくれます。
「よくそんな考えが思いつきましたね」
「たまたま僕達の種族が敵と一致していたので利用しただけだよ」
確かに、今回の相手は鼬族、鳥族、狼族と僕達の召喚獣とほぼ一致していますね。
そして獣化できる子だけを送り込み、相手を疑心暗鬼に陥らせる事がラディくんの作戦だったみたいです。
「でも、狼族がどうして降伏するとわかるのですか?」
「狼族の街には既に僕の配下を送り込んである」
「ふむ。私達はいつでも狼族の都に乗り込めるという事じゃな?」
「そういう事です。狼族の本隊が戻って来る前に街を占拠すれば諦めるしかないと思う」
「やけになりませんかね?」
休戦の使者を送り、戻ったら既に街は占拠されていたとなれば、街を取り戻すために狼族が戦闘をしかけてくる可能性があります。
「その可能性は少ないじゃろう。攻める戦いがどれだけ難しいのかラシオスも理解しているじゃろうし、そこで戦闘が繰り広げられれば街に被害が及ぶことになるからな」
「そうですかね?」
まぁ、同じような立場になったら僕達も大人しく降伏すると思いますけどね。
僕達が抵抗して街が壊れる事になったら復興に時間がかかり、お金も凄くかかる筈です。
更にそこで負けたら相手への賠償金等も発生するみたいなので嫌な事ばかりになります。
「それじゃ、これからどうするつもりですか?」
「そうじゃな……ラディ、狼族の軍が国に戻るまではどれくらいかかる?」
「今から急いでも十日はかかると思います」
「そうか。狼族の陣営に行く事は可能か?」
「はい。魔鼠たちを潜ませてあるのでいつでも」
「うむ。なら、あ奴らが野営を始めたら挨拶に行こうかの」
「え、今日いくのですか?」
「鼬族が動く前に終わらせた方がいいじゃろう?」
それはそうですけどね。
大人しく狼族を国へと戻らせ、そこで鼬族と連絡をとられて気が変わられても面倒なのは確かです。
「でも、危険じゃないですか?」
「多少はな。じゃが、ラシオスは約束は違えぬ男じゃ、休戦を申し込んだ以上はその場で何かをしてくるとは考えにくい」
「確かに真面目そうな人でしたけど……」
それでも不安です。
戦争となれば国を守るために必死になる筈です。
それに表の顔があるように、ラシオス様にも裏の顔というのがあるかもしれません。
真面目で真摯な人に見えましたが、裏では違う可能性だってあるのです。
「心配ならユアンは残っていてもよいぞ? 私とアンリで話をつけてくる」
「それはダメですよ。アリア様達だけ行かせる訳にはいきません」
それに、ナナシキが関わっているのですから、他人任せにする訳にもいきませんからね。
という訳で、僕達は狼族の軍が野営をした頃を見計らい、狼族の陣営に挨拶に向かう事になりました。
そして、日が暮れた頃。
僕達は潜ませていた魔鼠さんに設置してもらった転移魔法陣を使い、狼族の陣営に乗り込みました。
しかも、ラシオス様が休んでいる天幕に直接。
「ラシオス、調子はどうだ? 来てやったぞ」
「あ、アリア殿……どうしてここに?」
「何って休戦の申し込みをしてきたのはお主じゃろ? 詳しく話を聞こうと思ってな」
そういう意味じゃないと思いますけどね。
どうやってここまで来たのかを知りたいのだと思いますよ?
「これ、剣は置かぬか。それとも、一人でこの数を相手するというのか?」
反射的な行動なので仕方ないですよね。
僕達が現れ声をかけた瞬間、ラシオス様は剣を握りました。
しかし、抜く前にシアさんがラシオス様の腕を掴み、それを妨害しました。
「くっ……それで、何の用です?」
「取り乱すな。先も言ったように、休戦の申し込みを受けた。その真意を確かめに来たのじゃよ。じゃが、お主の発言次第では、この場でお主を斬る事になる。心して話せ。卑怯だとは思うなよ? これは戦争じゃ」
「わかった……」
分が悪いと察したみたいですね。
剣を握っていたラシオス様から力が抜け、握っていた剣を離しました。
「うむ。とりあえず武器は預からせて貰うぞ……シア」
「うん」
シアさんがラシオス様の腰から剣を外し、ラシオス様から離れます。
「それで、休戦の意志があるようじゃが、その意志は変わらぬか?」
「あぁ……だが、その前に確認したい事がある」
「なんじゃ?」
「どうやってここまで来た?」
「そんな事か。そうじゃな……見るよりも体感した方が早いじゃろう。ちと、移動するがよいか?」
「移動? 一体何を……」
「直ぐにわかる。ユアン」
「はい。ラシオス様、ちょっと失礼しますね」
申し訳ないですけど、ラシオス様の腕を握らせて頂きました。
「場所はどうしますか?」
「領主の館でいいじゃろう」
「わかりました。ラシオス様、ちょっとふわっとしますけど、体には害はないので安心してください」
「ちょっと待ってくれ、説明を……」
してくれと言っていますが、説明した所で理解できないと思いますからね。
体感して貰うのが手っ取り早いです。
という訳で、僕はラシオス様を連れナナシキの領主の館へと飛びました。
「はい、着きましたよ」
「ここは?」
いきなり風景が変わったからか、ラシオス様は辺りをキョロキョロと見渡しています。
「ここがポックルの言っていたナナシキという街じゃよ」
その間にアリア様とシアさんも転移魔法陣から戻ってきたみたいですね。
「何を馬鹿な事を……俺がいた場所は……」
「お主の領土じゃだな。さっきまではな」
「どういう事だ?」
「転移魔法じゃよ。それくらいは聞いた事があるじゃろう?」
「今のが……? ふっ、そう言う事か。全てはアリア殿の策であったと?」
「私の策ではないがな」
「どちらにしても、俺は嵌められたという事か」
自嘲気味にラシオス様は笑いました。
その視線の先にはラディくん、キティさん、リオンちゃんと今回の作戦の立役者が揃っています。
それで理解したのかもしれませんね。
「それで、どうする? お主は休戦を要求してきたが?」
「撤回する」
「ほぉ?」
「撤回して……降伏を申し込む。受けてくれるか?」
撤回すると言われ、少し焦りましたが、降伏という言葉が聞けて安心しました。
「うむ。お主が馬鹿ではなくてよかったぞ」
「当然だ。転移魔法が使える相手と争う気はない。むしろ争いにすらならないだろうからな」
知っている場所にしかいけないので、国に戻られたらいきなり目の前に現れるという事はできませんけどね。
それでも、転移魔法の脅威というのは伝わったみたいですね。
「では、早速じゃが賠償について提案させて貰うがよいか?」
「俺は敗れたのだから仕方ないな。しかし、まだ被害は出ていない。考慮してくれるとありがたい」
「心配するな。私の提案は一つ……」
アリア様がラシオス様に降伏の条件を伝えます。
「なるほどな……その条件を呑もう。いや、むしろ協力させてくれ」
「うむ。いい返事を聞けて何よりじゃ!」
そして、その条件をラシオス様は受け入れ、協力する事も約束して頂けました。
まぁ、その間に色々と今までの経緯などを説明する事になり大変でしたけどね。
鼬族がやっていた事、これから起こりえる事などを全てではありませんが、ラシオス様に伝えたのです。
ともあれ、これで狼族も降伏を宣言し残りは鼬族だけとなりました。
これから鼬族は焦る事になるでしょうね。
何せ、鳥王のクドー様にも同じ条件を出し、クドー様もそれを受け入れ、いつの間に鼬族は全ての国を敵に回してしまったのですからね。
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