第395話 鳥王と狼王


 side:狼王ラシオス



 「ラシオス様、ご報告があります」

 「どうした?」

 「補給部隊が襲われました」

 「なにっ? 補給物資はどうなった?」

 「全滅です」

 「そうか……奪っていったのは盗賊か?」

 「わかりません。野営の最中に襲われたらしく、物資だけを奪われたようです。ただ……」

 「言ってみろ」

 「はい……奪っていったのは鳥族だったと報告されています」

 「なんだと?」


 どういう事だ?

 鳥族が俺達を何故狙う? それともたまたま鳥族の盗賊に狙われただけか。

 しかし、盗賊が軍を狙うとは考えにくい。


 「わかった。補給の為に少し兵を戻す。その者達を護衛にし、引き続き補給を続けよ」

 「わかりました」

 「それと、他の者に今すぐ残りの兵糧を調べさせ報告させろ」

 「直ぐに向かわせます」


 行軍を開始してから一週間が経過し、早速問題が発生したか。

 しかし、この程度ならば想定の範囲内だろう。

 虎族との戦いは長期戦になることも想定している。

 食料と水は多めに持ってきて正解だった。


 「ご、ご報告致します」

 

 兵士に兵糧を確認に向かわせ暫くすると、その兵が慌てた様子で戻ってきた。


 「どうした? 何か問題でもあったか?」

 「それが……鼠が忍び込んでいたようで……」

 

 鼠と聞き、間者が紛れ込んでいたのかと思ったがどうやら本物の魔鼠が紛れ込んでいたらしい。


 「被害は?」

 「早急に発見できたため、被害は大きくありませんが、水を貯めておくための樽と食料の一部が食い荒らされていました」

 「どれほど持つ?」

 「行軍に支障はないほどかと」

 「わかった。下がっていいぞ」


 嫌な出だしになってしまったな。

 鳥族の盗賊に魔鼠か。

 関係がないとはいえ、何か不吉に感じる。


 「気にしすぎか」


 これから戦争が控えているという事で、些細な事が気になるだけだろう。

 王である俺がこんな事では勝てる戦を落とす事になる。

 しかし、この時はまだ俺はこの事を軽く見ていたようだ。


 「ご報告致します」

 「今度はなんだ!」


 行軍を開始してから二週間が経過した頃から、日の終わりに必ずと言っていいほど訪れる報告に怒りを抑えられない。


 「兵の一部の武器に損傷がみつかりました……」

 「どういう事だっ!」

 「ど、どうやらまた鼠が忍び込んだようで……槍の柄の部分を削っていたようです」

 「鼠だと? どうしてただの鼠がそんな事が出来る!」


 頻繁に起こる魔鼠からの被害。

 どう考えてもおかしい。

 俺達は平原を進んでいる。

 それなのに毎日のように起こる鼠の被害はどう考えも理解できない。

 魔鼠が平原に住む習性がないくらいは理解している。

 そもそも魔鼠がそんなに発生しているという報告は聞いた事がない。

 でなければ、商人にも相当の被害が広がっている筈だ。


 「それと……」

 「まだあるのか!」

 「はい……魔鼠の被害があった時に、上空に鳥族が居た事が確認されています」

 「鳥族だと?」

 「はい。それと、先日に被害があった時にも違う鳥族が居た事も同時に報告されています」


 その報告を受けた時、俺は嫌な予感がよぎった。


 「その鳥族はどうした?」

 「姿を見た者が言うには、数は二人で鼬族の国の方角と鳥族の国の方角へと飛んで行ったと聞いております」


 情報の共有か?

 それならわかるが、わざわざ俺らの上を通過する理由はなにか?

 そもそも情報の共有ならば俺の方にも何かしら連絡を寄越すだろう。

 となると、俺達の様子を確認していると考えるのが妥当か?

 その理由は……。


 「俺を嵌めようとしている?」


 魔鼠の被害、そしてそこに居合わせる鳥族。

 そこから導き出される答えは自然と結びついた。

 確定ではない。

 偶然の可能性も十分にありえる。

 しかし、偶然があまりにも続けば疑うのは当然だ。


 「ら、ラシオス様!」

 「なんだ!」

 「補給隊からの報告で、都へと飛んでいく武装した鳥族の集団を見かけたそうです!」

 「大体の数と武器は!」

 「遠目だったのでわかりませんが、弓とレイピアを装備していたように見えたと言っています。数は百程かと」

 「都の兵で抑えられそうな数だな」

 「それは問題ないかと。念のために勝手にですが、補給隊の護衛を半分ほど戻らせたようですけど」

 「補給隊の護衛につけていたのは我が軍の精鋭だったな。それなら安心か」


 それにしても武器は弓とレイピアか。

 鳥族の得意とする武器なので、鳥族の兵士とみるのが妥当だろう。

 となると、やはり……。


 「最初から狙いは狼族だったのかもしれないな」

 「どうなさいますか?」

 「今更進軍止める事はできない」

 「良いのですか?」

 「問題ない。鼬族の動向はわからないが、鳥族の軍は把握している。鳥族の軍が我が都へと向かわない限りは問題ないだろう。だが、一応狐族へと手紙を書き、使者を送る」

 「わかりました!」


 場合によっては鳥族と争う事になるが仕方ないだろう。

 どちらにしても俺達の国は鳥族と鼬族に挟まれている。

 同時に攻め込まれたら二面を相手にしなければならない。

 それならば、いっその事ここで鳥族と決着をつけるか、狐族に救援を求める方が利口だろう。

 このままでは四カ国が敵に回る恐れもある。それだけは避けなければならない。

 

 「もっと早くに疑うべきであったか」


 戦争を仕掛ける提案をしたのはアリア殿であったが、あの流れを作ったのは鼬族の王であるポックル殿であった。

 俺達を説得するために地図を用意していた事から最初から俺達を味方につけるつもりでいたのであろう。

 しかし、蓋を開けてみれば鳥族と裏で繋がり狼族の動向を探っているようにも見える。

 誰が敵で味方なのかがわからない。

 ここで選択を間違えれば一瞬で周り全てが敵になる。

 今できるのは進軍を早め、鳥族を牽制するくらいか?

 だが、都の事も気になる。

 もし、鼬族が俺達の国へと向かっているとしたら直ぐに引き返さないと間に合わない。

 俺は今一つの選択を強いられている。

 軍を進めるか、それとも引き返し国を守る事につとめるか。

 どちらにしても、狐族の返事によって状況は変わるだろう。

 俺は天幕を抜け、空を眺める事しか出来なかった。

 



 

 side:鳥王クドー



 「クドー様、ご報告があります!」

 「どうしましたか?」

 「その……盗賊により陣営の一部に被害が……」

 「盗賊ですか? そのような話はここの所聞いておりませんよ? それで、その盗賊はどうなさったのです?」

 「物資を奪い、森に逃げられました」

 「仕方ありませんね。直ぐに見張りの強化を図りなさい」

 「わかりました!」


 まさか虎族と私達の領土の間にある森に盗賊が潜んでいるとは思いもしませんでした。

 それに、森には魔鼠が生息しているようで、その被害も報告を受けている。

 虎族が打って出てくる事を考え、私達が優位に戦えるように森の近くに陣営を構えましたが、そのような弊害までは考えていませんでした。

 しかし、引っ掛かりますね。

 先ほども兵士に言ったように、盗賊の話は聞いていませんし、魔鼠は街や村などに生息する魔物です。

 こんな森に住んでいたら野生の動物の餌食になるはずです。

 

 「考えすぎですね」


 しかし、おかしい事は立て続けに起こるようです。


 「クドー様、報告があります」

 「…………何ですか?」

 「盗賊がまた……」

 「貴方たちは何をやっているのですか? 毎日毎日、同じ報告をしにきて恥ずかしくはないのですか?」

 「申し訳ございません……しかし、クドー様にも見ていたように、見張りは厳重に……」

 「見たからわかっています。しかし、毎日被害を受けているという事は、その見張りを疎かにしている証拠でしょう」


 そうでなければ、毎日訪れる盗賊による被害が出る訳がありません。


 「それと、森の調査はどうなっているのですか?」

 「今のところは進展はありませんが……気になる痕跡が一つ」


 そう言って、兵士が私に差し出したのはふわりとした毛だった。


 「これは?」

 「恐らくは、狼、または犬に属する魔物、または獣人の毛かと」

 「あの森に、その系統の魔物はいないはずですが?」

 「形態が変わっていない限りは……その通りです」


 森の調査は昔からしていたのでわかります。

 あの森には主である黒豹ブラックパンサーが絶対王者として住み着いていて、犬系に属する動物や魔物は生息しない事がわかっています。

 森から絶対に出ず、人を恐れているのか、人が集団で行動していると警戒して人を襲わない性質がある事がわかっている為、この毛の主が魔物である可能性は極めて低い。

 となれば、この毛の主は獣人によるものですね。


 「そういえば、盗賊の顔を見た者がいましたね?」

 「はい。確か、犬族だったと言っていました」

 「では、この毛はその犬族によるものでしょう」


 しかし、犬族がどうしてこんな場所で盗賊をしているのかが気になりますね。


 「引き続き森の調査は続けなさい」

 「わかりました」


 しかしながら、面倒ですね。

 虎族との戦いの前に、このような問題に悩まされるとは思いませんでした。

 

 「仕方ありません。もう少し森から離れて陣営を構えましょう」


 しかし、それでも被害は減らず、盗賊の行動も日に日に大胆となり、それに合わせたかのように魔鼠の被害も増えていった。


 「と、盗賊が侵入したぞ!」

 「どこだ! 今すぐ生け捕りにしろ!」


 時には盗賊が陣営を荒らし。


 「鼠が食料を食いやがった」

 「水もだ……樽に穴があけられてる」


 盗賊を追い払うために兵士が出撃すれば、見計らったように魔鼠たちが現われ、物資に被害を与えていく。


 「おかしいですね。盗賊と魔鼠の動きに統率がとれています」


 偶然とは思えない出来事に、私は頭を抱える事になりました。

 しかし、わかった事があった。

 盗賊達は犬族と鼠族で形成され、盗賊とは思えないほどに統率されているのです。

 それぞれの動きに迷いがなく、腕もそれなりに立つ事から戦いに慣れている事がわかる。

 

 「クドー様……あの盗賊は、盗賊ではないかもしれません」

 「えぇ、私もそう思っています。あの動きは間違いなく兵士、または兵士だったものの動きです」


 しかも、動きからそれなりに場数を踏んだ兵士だという事。

 

 「そのような者が盗賊をしている理由は何でしょうか?」

 「恐らくは私達を疲弊させる事が目的でしょう」

 

 そうなるとその意図は……私達の滅亡に導く事かもしれない。


 「前門の虎後門の狼と言いますが、このままですとその言葉通りになりかねませんね」


 虎族との戦いが始まった瞬間に狼族に後ろを狙われたら一溜まりもありません。


 「どうなさいますか?」

 「どうもありません。このままでは私達は挟み撃ちにあい、あっけなく敗れる事になるでしょう」


 鳥族が飛べますが、必ずしも優位に立つわけではない。

 飛ぶためには魔力を消費するため、いずれかは疲弊し地に落ちる事になる。

 魔法を使えば当然ながら長くは持たず、弓を使えど、私達の戦い方を理解している相手ならば対策はしてくるでしょう。

 そして、疲弊した所に数で攻められてはどうしようもありません。

 そして、この絵を描いているのは……。


 「これほど魔鼠を自由自在に操っている事を考えればポックルの仕業でしょう」


 この件に虎王が関わっているのは考えにくいですね。

 虎王なら小細工なしに真正面からぶつかる事を望む筈です。

 しかし、これがポックルの仕業ならば最初から私達を嵌める為に戦争を起こそうとしたことになるのです。

 そして、ポックルの口に乗せられたラシオスが協力した可能性が高まります。


 「仕方ありません。こうなっては戦うのは厳しい。一度国へと戻りましょう」

 「わかりました」

 「それと、フォクシアへと使者を送ります」

 「降伏ですか?」

 「仕方ありません。戦う前に降伏すれば、アリア殿もそこまで酷い要求はしてこないでしょう」


 宣戦布告をしてしまった以上は、それなりに賠償を要求される事は覚悟するべきでしょう。

 しかし、兵を失い、さらには国の存亡に関わるのであれば、仕方ないと思うべきです。

 ここで戦争を続ける事こそ愚の骨頂でしょう。


 「明日、全軍に撤退を命じます。そのように動きなさい」

 「わかりました」


 




 「ラディくーん! 鳥王が撤退したみたいだよ!」

 「そう。それは良かった」

 「ラディ殿、鳥王が撤退したのを見て、狼王も国へと戻りました」

 「思い通りになったね」


 鳥王は挟撃を避ける為。

 狼王は鳥王が国に戻り、補給を済ませた後に鳥王が攻めてくると思ってくれたのかもしれない。

 ひとまずは成功といっていいかな。

 だけど、気は抜けない。

 問題はこの後にも控えている。


 「キティは鳥王が狼王へと連絡をとろうとするかもしれないからその妨害をして。ここで事実確認を照らし合わされて、僕達の仕業だと思われたら台無しになる」

 「わかりました」

 「リオンは被害を教えて」

 「んーと、私の配下はみんな無事だけど、魔鼠ちゃんたちがちょっとだけ……」

 「そうか、流石にゼロには出来なかったか」

 「うん。だけど、鳥族と狼族の陣営に設置させた転移魔法陣はバレてないから大丈夫!」


 僕達専用で小さいし、往復したら粉々になるように作って貰ったからね。

 ユアンさんは大変そうだったけど、無駄にならなくて良かった。


 「後はどうするのー?」

 「後は待つだけだよ。それぞれがフォクシアに使者を送ったのは確認したから、後はアリアさん達がどうにか対応すると思う」


 アリアさん達がどう判断するかだけどね。

 使者を送った内容によっては、ここで鳥族と狼族は終わりになる。


 「って事はもう終わりー?」

 「僕達はね。だけど、まだ鼬族が残っている」

 「あっちには何もしなくていいのー?」

 「うん。鳥王も狼王も鼬王を疑ってくれているだろうからね。それで十分だよ」


 むしろ何も被害がない事が逆に怪しく思えるだろう。

 そして、追及された時にしらを切れば切るほど、疑心は深まる事になるだろうね。

 実際は何も知らないだけだろうけど。


 「そっかー、ご主人様たち褒めてくれるかなー?」

 「このまま進めばね」

 「やったー!」

 「だけど、さっきも言ったけどまだ鼬族が残っているだろうし、まだ終わりじゃないから気は抜かないように」

 「大丈夫だよー。リオン頑張るもん!」


 やる気だけはあるようで何よりだね。

 さて、僕も引き続き鳥王と狼王の動向を探らなきゃ。

 キティと僕の配下から随時報告を受けているからね。

 まだまだ暫く眠れない日が続きそうだなぁ。

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