第391話 獣王会議
「うむ? 私が最後かと思ったが、まだ揃ってなかったみたいじゃの」
こうして獣王が集まるのは昨年の国境での出来事以来か。
しかし、時の流れは早いものじゃのぉ。
まるで昨日の事のように覚えている。
それだけ充実した時間を過ごしていたという事か。
「にしても、呼び出した本人が一番遅いとはどういう事じゃ?」
「うるせぇ、さっさと席に着け! 俺はさっさと終わらせて帰りたいんだよ!」
「騒ぐな騒ぐな。全員が揃わなくては会議は始まらんからな」
「ったく、どいつもこいつも来るのがおせぇんだよ」
逆じゃ逆。
虎がいつも早すぎるのじゃ。
どうせ今回も昨日からこの場で待っているのじゃろう。
待たされるのが好きだとは変わった奴じゃの。
「狐王。お久しぶりですね」
「うむ。クドーもラシオスも息災のようで何よりじゃ」
「あぁ、そちらもな。しかし、どうやら場違いな者が混ざっているようだが、説明を願おうか」
ふむ? ラシオスは私が連れてきた人物がこの場に居る事が気に食わぬようじゃな。
まぁ、それも当然か。
本来ならば、この会議場には各王しか入れぬと決められておるからな。
しかし、今回ばかりは仕方ない。
「アンリ」
「はい……皆さま、お久しぶりです。この度は訳あってこの席に参加させて頂くことになりました。どうかお許しを」
「訳ありですか?」
「うむ。まぁ、それは鼬王が来たら話そう」
先に伝えてもよいが、あ奴を除け者にして拗ねられても困るからな。
無駄に人一倍プライドが高い故に拗ねられると話が進まなくて面倒じゃ。
「いいよ。まずは狐王の話から聞こうか」
「ようやく来ましたか」
「うん。遅れてごめんね~」
私が席に着くと同時に、鼬王が入室してきた。
それにしても、また太ったか?
しかし、顔は以前より細くなったようにも見える。
この様子だと鼬王は体を害する何かをやっているやもしれぬな。
まぁ、私には関係ないか。
「では、会議を始めようかのぉ。今回の進行は鼬王で良いか?」
「僕は面倒だからやだな~。アリアの話から聞きたいし、アリアが進めて」
「ふむ。他の者もそれで良いか?」
「私は構いませんよ」
「俺も特別報告する事はないからそれでいい」
「何でもいいぜ」
どうやら今回も私が話を進める事になったか。
まぁ、こやつらに任せるとただでさえ中身のない会議がグダグダに進む事になるから私が適任か。
「では、獣王会議を始める。まずは、私から一つ。今回、息子のアンリを連れてきた理由から説明しよう」
獣王の視線がアンリへと集まるのがわかる。
それに対しアンリの様子は……うむ。少しは成長したようじゃな。各獣王からの視線を気にした様子もなく、堂々としておる。
これなら、今後もやっていけるじゃろう。
「皆も知っての通り、この中で一番古くからアルティカ共和国の一角の王を担ってきたのは私じゃ。ラシオスやトーマが生まれる前からな」
月日は残酷なほど過ぎるのは早い。
アンジュ姉さまと最後に会ったのもそれくらい前という事になる。
「じゃが、些か私も疲れてきた。じゃから、これを機に王の座を息子のアンリに継がせる事を決めた。今後はこの会議にはアンリが狐族の王として参加する事になる。今回はその予行演習という訳じゃ」
時期的には今が一番いいじゃろう。
ルード帝国とも和睦を結べた今ならば、王の政務に集中できるじゃろうからな。
しかし、今すぐアンリに全てを任せる事は出来ない。
懸念する事があるからな。
「なるほど。ついに引退ですか」
「そういう事じゃな。しかし、すぐにという訳ではない。表の仕事はアンリがこなすが、私はそのサポートに回る。アンリに至らない所があれば私に言うが良い」
「そうはならぬよう王としての責務を全う致しますので、どうぞよろしくお願いします」
「という訳で、これがアンリを連れてきた理由じゃな。何か質問はあるか?」
「今後の国の付き合い方はどうするつもりだ?」
「そこはお主らに任せる。今まで通りでも良いし、変えても良い。アンリとラシオスで話を進めよ」
王が変わった事で国の付き合いが変わる事は珍しくはない。
現に、
「まぁ、私の話はこれだけじゃな。それよりも、私達を呼び出した理由を鼬王より聞こうじゃないか」
まぁ、大体の理由は察している。
どういう形で責めてくるという所が見ものじゃな。
「それじゃ、僕だね~。まずは、僕の招集に応じてくれた事を感謝するよ~。それじゃ、まずはこれを見て欲しいな」
そういって、鼬王から各王に紙が配られる。
そこには各国の名前が記載され、領地が色ごとに分けられているな。
「これは、地図ですね」
「そうだよ~。見ればわかる通り、これはアルティカ共和国の地図で、それぞれが治めている土地を改めて調べてみたんだよね~」
「ふむ、こうしてみるとわかりやすいな」
「おい、俺の土地だけ少なくないか?」
「気のせいじゃな。トーマの土地は森林が多いからそう思えるだけじゃ。そこは含まれていないみたいじゃからのぉ」
「そう言う事だね。これは人が暮らせると思った場所だけだからね~」
「そこを含めればもっと広いという事だな。なら良いとしよう!」
精巧な地図とは言えぬが、それぞれの国がどれほどの領地を管理しているのかはわかりやすいな。
「ん? この隔離された場所は何ですか?」
「そういえば、フォクシア領に別の色が混ざっていますね」
「そうなんだよね~。今回の議論はそこだよ」
なるほどな。
やはりナナシキの事をつついてくるか。
「狐王、ここは貴女の土地だ。説明を願えるか?」
「うむ。ここはナナシキと言って、ルード帝国に貸し出しをしている土地じゃな」
「ルード帝国に? どういう事だ」
「フォクシアとルード帝国は友誼を結んでおる。その一環として、土地の交換をし、親交を深めようとした試みじゃよ」
「なるほど。いい案かもしれませんが、少し問題がありますね」
「そうなんだよね~。少しどころか、大問題だよね~」
「別にいいじゃねぇか。フォクシアが何をしようと俺達には関係ないだろ」
流石は虎じゃな。
何もわかっていないようじゃ。
「関係あるよ~? だって、そこはフォクシアの領地かもしれないけど、所有はアルティカ共和国の土地だからね~」
「そうですね。治めているのは狐王かもしれませんが、所有はアルティカ共和国の土地。こんな勝手は許されませんよ?」
各獣王がそれぞれの土地を治め、協力するために集まったのがアルティカ共和国の始まりとなっている。
聞こえはいいが、実は中身は結構に面倒なものじゃな。
こやつらが言いたいのは、領地を治めているのは各獣王だが、土地自体はアルティカ共和国の土地で、全員の土地でもあると主張をしている。
「阿呆が。ここは元から私達狐族の土地じゃ。何をしようと勝手じゃろうが。それとも、お主らが今の領地を所有できているだけ有難く思うべきだと思うが、どうじゃ?」
ふん。言いたい事だけ言って、だんまりか。
当然じゃろう。今のアルティカ共和国があるのは狐族のお陰である部分は大きいからな。
正確にはアンジュ姉さまのお陰ではあるがな。
「それとも、あのまま獅子王の独裁のままが良かったとでも言うのか? ならば、再び獅子王の末裔を探して連れ戻してくるがよい。そして、お主らの領地を獅子王に捧げるのじゃな」
アルティカ共和国は今でこそこの形を保っているが、アルティカ共和国となる前は違っていた。
絶対的な王として、獅子王がこの一帯を治め、他種族の人権は無いに等しかった。
それを解放したのはアンジュ姉さまであり、ナナシキの住民たち。
それがなければ今も獅子王の政権は続き、こうして各王がそれぞれの領地を治める事はなかったであろう。
「アリアの言い分はわかります。しかしながら、今はアルティカ共和国となり、法が存在します。これを破ったとあれば、秩序は乱れるでしょう」
「確かにな。じゃが、ルード帝国内部にもアルティカ共和国の土地を所有する事ができるのじゃ。損はしていないと思うぞ?」
むしろ得した部分の方が多いじゃろう。
私達、狐族はな。
だからこそ、私達だけが得をするのが鼬族が許せないのじゃろうな。
「ん~。どうやら話にならないみたいだね~」
「お互いの意見がある以上は仕方ないな。私としては土地を交換しただけであって土地を与えた訳ではないと主張するが、どうじゃ?」
「土地を失っただけではないという事ですね……しかし、これを許してしまえば、秩序が乱れる事にも繋がりかねません」
「俺もクドー殿に同意だ。アルティカ共和国の土地に人族の領地があっては示しがつかない」
頭の固い奴らじゃな。
じゃからいつまで経っても国が停滞したままなのじゃ。
こやつらの国は未だに
「ならばどうするつもりじゃ? 気に食わぬのであれば、アルティカ共和国のルールに基づき、戦争でも仕掛けてくるか?」
獅子王の政権が崩れた時、新たな王を選出し、その者に国の舵取りを任せるという方法もあったが、歴史はいずれ繰り返され、同じことがいずれかは起きる。
それを避けるために国は五つに分かれ、アルティカ共和国となった。
そして、国が分かれたのには意味がある。
他国の王が独裁者となり、アルティカ共和国の秩序を乱す存在となった時、他の王がそれを止める為に動けるようにする為じゃ。
流石に四カ国を相手に戦争するとなれば、被害は大きいからな。
「アリアが意志を曲げぬと言うのならば致し方ありませんね」
「アルティカ共和国の秩序を守るためには仕方ないな。正義はこちらにある」
「僕もだね~。今なら間に合うと思うけど、撤回する気はないかな?」
「ないな。ナナシキは発展途上にあり、軌道にも乗っている。それに少なくとも私は今後のアルティカ共和国の為になると思っているからな」
むしろ、ここでルード帝国と協力関係を結んでおかない方が馬鹿であろう。
それをクドーもラシオスも理解していないようじゃな。
恐らくじゃが、国境での戦いはあれで終わりだと思っているのじゃろう。
裏で魔族が今も動いていると知らずにな。
「仕方ありませんね……虎王もそれでよろしいですね?」
「あん? 何がだ?」
「狐王が撤回をしないのであれば、アルティカ共和国の法に乗っ取り、四カ国で武力行使に出るという話ですよ」
「構わないぜ。戦いなら歓迎だ。だけどな、俺はアリアの方につくぜ?」
「その理由は?」
ふむ。虎も本物の馬鹿ではないみたいだな。
「一つ聞くが、俺とラシオスが戦ったらどっちが勝つ?」
「やってみないとわかりませんね」
「やらなくてもわかるぜ。お前が相手なら俺が勝つ。だがな、俺とアリアが戦っても俺は負ける。そんな相手に個人的な喧嘩は売れても、国を懸けて戦う事はしねぇーよ」
「虎王の癖に、随分と臆病なんだね~」
「ふんっ! 好き勝手言いやがって……いいか? ビャクレンとナナシキは近いから俺は知っているから教えといてやるよ。お前たち三カ国が同盟を組んだところで、ナナシキは落とせない。当然、フォクシアの都もだ。アリアが怖い訳じゃねぇ。俺はあいつらとやり合いたくないだけだ」
トーマはよくナナシキに遊びに来ているから、あの街の異質性を理解しているみたいじゃな。
「それほどの相手と?」
「知りたきゃナナシキに一度行ってみろ。それが出来なければ戦って身の程をしれ。俺は忠告したからな。ま、クドーもラシオスも俺が潰してやるから、ナナシキの連中と戦う事はできねぇだろうけどな」
「傲慢ですね」
「二カ国を同時に相手にして無事に済むとお思いですか?」
「どうだろうな。だが、ババアの軍と戦うくらいなら、お前たち三カ国を相手する事を俺は選ぶぜ」
ふむ、トーマはこちら側に付くと明言したみたいじゃな。
これで、二対三か……少なくとも負ける事はないな。
流石に四カ国相手じゃったら、被害は出たであろうが、これなら被害も抑えられるであろう。
「アリアが撤回してくれれば済んだけど仕方ないね~。それじゃ、僕達三カ国からアリアとトーマに宣戦布告をさせて貰うよ~」
「降伏するのであれば今のうちですよ」
「馬鹿をいえ。降伏するのはそっちじゃ、軍に被害を出したくないのなら、いつでも降伏を受け入れるから遠慮なく言うのじゃぞ」
まぁ、予想通りの展開になったな。
「では、一月後には軍を起こし、攻めさせて頂く」
「うむ。じゃが、民は狙うなよ? そしたらこちらも容赦はせぬからな」
「当然です」
戦争とはいえ、これは国の意志を通すための戦い。
民に被害が出ては敵わぬ。
それをこやつらも理解しているみたいだな。
「では、これにて獣王会議は終わりとする」
「母上」
「なんじゃ?」
「どうして戦争を避けなかったのですか?」
「気になるのか?」
「はい。母上ならば戦争を避け、ナナシキを認めさせる術もあったでしょう」
あの場では言わなかったが、鼬族のやっている事を暴けば、状況は変わったであろう。
なにせ、鼬族は鼬族で魔族と繋がりを持ち、一部の土地を魔族に渡しているからな。
オメガと言ったか?
あの者が砦を拠点にしていたように、そのような存在が所々に居る事はこちらも掴んでおる。
「アンリ、これからお前がフォクシアの王となる」
「はい」
「じゃから、自分で考えよ。今はわからなくてもよい、この結末を見届け、自分なりに答えを導くのじゃ」
「わかりました」
「後で答え合わせはしてやる。楽しみにしておるぞ」
もしかしたら私と違う答えをアンリを導き出す可能性もあるからな。
「では、帰るぞ。そして、お主の口で兵士達に戦争の事を伝えよ」
「私がですか?」
「うむ。私はナナシキの兵として戦う。フォクシアの軍はお主に任せる」
「いきなりですね」
「できぬか?」
「いえ、やってみせましょう」
「うむ。頼りにしてるぞ?」
さて、アンリがどう動くのかも一つの楽しみじゃな。
私ならば、戦争が決まっても戦争が起きる前に終わらせるが、アンリはどう動くだろうか?
それよりもユアン達じゃな。
改めて戦争が決まり、その事を伝えるとどんな反応をするじゃろうか?
予想していたみたいじゃが、慌てなければよいがな。
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