第390話 鼬族の訪問者

 「この人が、お花さんを虐めるの」

 「邪魔だから蹴散らしたまでだ、何が悪い!」

 「邪魔じゃない。お花さんも頑張って生きているの……可哀想」


 少しですが、状況がわかってきました。

 どうやら、ティロさんがお花を眺めていた所にこの男性がやってきて、花壇を荒らしたみたいですね。

 

 「すみませんが、どうしてそんな事をしたのですか?」

 「ふんっ、僕の案内をさせてあげようとしたのに、この女が僕を無視したから悪いのだ!」


 尻もちをついた状態から立ち上がりながら、男性は僕の質問にそう答えました。

 

 「だからといって、花壇を荒らすのは良くないと思いますよ。これは貴方のものではないですよね?」

 「関係ないのだ! 僕が何をしようと僕の勝手なのだ! 僕はとっても偉いのだ!」


 それだけで話が通じない人だとわかりますね。

 それもその筈です。

 茶色い丸い耳とふんわりとした細長い尻尾を持った男性は一目見ただけで鼬族の人だとわかりました。

 全員がそうだとは限りませんが、鼬族は自分勝手で傲慢な性格と聞いています。

 この男性もその例に当てはまり、言い分を聞いただけで自分勝手な人なのだなと思いました。


 「それよりもどうするのだ! 僕の服が汚れちゃったじゃないか!」

 「そんなに怒鳴らないでくださいよ。服なら綺麗にしてあげますからね」

 「そういう問題じゃないのだ! お尻も痛いし、怪我しているかもしれないのだ!」

 「そっちも回復してあげますよ」


 ちょっと尻もちついたくらいで大袈裟ですよね。

 確かに、全身を白色で統一した服を着ているので、汚れは目立つかもしれませんが、その程度です。

 仕方ないので浄化魔法クリーンウォッシュと念のためにリカバリーをかけてあげます。

 

 「これで大丈夫ですよ。服の汚れもとれましたし、痛みも引きましたよね?」

 「痛いのだ! 今の魔法で更に痛くなったのだ!」

 「そんな訳ないですよ。今のは回復魔法ですからね」

 「うそなのだ!」

 「本当ですよ」


 面倒な人ですね。

 そんなに騒ぎを大きくしたいのでしょうか?


 「坊ちゃん! 何事ですか!」

 「遅いのだ! お前たちが遅いから、僕がこんな目にあったのだ!」

 「申し訳ございません!」


 鼬族の男性が痛いだの汚れだのずっと喚いていると、騒ぎをききつけてきたのか、鼬族の武装した男性が五人ほど駆け付けてきました。

 どうやら、仲間がいたみたいですね。

 

 「坊ちゃん、何があったのですか?」

 「僕がそこの花を見ていたら、急にその女が暴れだして、僕を突き飛ばしたのだ!」

 「何と……お怪我はございませんか?」

 「全身が痛いのだ! きっと何処かしら骨が折れているかもしれないのだ!」

 

 息を吐くように嘘を並べますね。

 しかし、坊ちゃんと呼ばれているみたいですし、それなりに良さそうな服を着ている事からこの男性はもしかしてそれなりに偉い人なのかもしれませんね。

 

 「何があった?」

 「あ、すみません。忙しい所を呼び出してしまって」

 「平気。これが仕事。それで、どうしたの?」

 「それがですね……」


 鼬族の人が集まってきたので、このままだと騒ぎが大きくなると思ったので、僕の方もシアさんを呼ばせて貰いました。

 そして、今起きている事をシアさんに説明しました。


 「わかった」

 「違うのだ! 花壇を荒らしたのはその女で、僕を突き飛ばしたのだ!」

 

 僕が見たままの事を説明すると、突き飛ばされた男性の方が違うと言い始めました。

 まぁ、僕達は家の中でお片づけをしていたので現場は見ていないので真実はわかりません。

 ティロさんがそんな事をする訳がないので、花壇を荒らしたのはこの鼬族の人だと思いますけどね。


 「ティロ。どっちが本当?」

 「そちらの男性は、私が突き飛ばしました。だけど、花壇を荒らしたのは、そちらの男性、です」

 「わかった。だけど、無暗に暴力はダメ」

 「ごめん、なさい」

 「わかればいい。けど、ティロは間違ってない。花壇を護ったから偉い」

 「ありがとう、ございます」


 ダメな事は叱り、いい事は褒める。

 シアさんも影狼族を成長させるために頑張っているのだとわかりますね。

 ですが、シアさんの発言で顔を真っ赤にしている人がいますね。


 「同族だからって庇うのはおかしいのだ! 被害者は僕なのだ!」

 「違う。被害者はチヨリ。この花壇を荒らされて一番困っているのが誰か考える」

 「花なんか知らないのだ! 僕は怪我しているんだぞ!」

 「ユアンが治したと聞いた。問題ない」

 「問題あるのだ!」


 喧嘩両成敗とは少し違いますが、シアさんが間に入り、場を納めようとしましたが、納得しないみたいですね。

 

 「坊ちゃま。ここは我らにお任せを」

 「わかったのだ! いいか、こいつらは僕の部下で凄く強いのだ! 僕にたてつくと痛み目を見る事になるぞ!」

 「武器を抜くの? そうなったら私も容赦しないけど、いい?」


 これ以上、騒ぎは起こさないで貰いたい所ですけどね。

 ですが、そうも行かないらしく、鼬族の男性を後ろに下がらせ、武装した部下たちがそれぞれの武器に手をかけました。

 まだ、剣を抜いてはいませんが、抜いた瞬間大変な事になりますね。


 「小娘。今ならば賠償で済むぞ」

 「賠償するのは本来はそっち。だけど、チヨリが許してくれた。感謝するべき」

 「坊ちゃまを傷つけておいて、我らが賠償だと? ふざけるのも大概にしろ」

 「ふざけているのはそっち。先に花壇を荒らしたのが悪い。ティロは街の治安を守るために行動したまで」


 そこら辺に勝手に咲いている花ではなく、チヨリさんが育てた花ですからね。

 これは個人の所有物です。

 それを勝手に荒らすのは犯罪ですよね。

 

 「いいのか? 俺達に武器を抜かせると、この街が壊れるぞ」

 「そんなに強いの?」

 「当り前だ。オーガという魔物を知っているか?」

 「知ってる」

 「俺達が揃えば、オーガですら手も足も出ずに討伐ができる」


 何の自慢でしょうか?

 確かに、オーガは個人で倒すのは普通の冒険者でも苦労はします。

 ですが、集団で一匹のオーガを倒すのならばCランク程の腕前があれば完勝できる相手で、Dランクパーティーでも苦戦はするかもしれませんが、倒せる相手です。


 「もっと強い敵と戦った事はないの?」

 「ふん。自慢じゃないが、俺はワイバーンを一人で倒した事がある」


 ワイバーンというのは竜の一種ですね。

 ドラゴンとは違い鳥のように手がない竜として知られています。

 飛べる事からCランク相応の魔物とされていると思いました。


 「その剣で?」

 「そうだ」


シアさんがジッと武装した鼬族の武器をみました。

 んー……あれで倒したのですか?

 ちょっと無理がありますね。

 見た所、魔力を帯びている感じもしないので普通の剣に見えます。

 それに、鞘に収まっているので中まではわかりませんが、使い込まれた感じもしない上に、手入れもしていないように感じます。

 

 「わかった」

 「賢明だな。ならば、賠償の話に移ろうか」

 「違う。剣を抜きたければ抜けばいい。けど、抜いたら容赦しない。そういう話」

 「なんだと……? いいのか、血が流れる事になるぞ?」

 「そうはならない。手加減してあげる。殺しはしないから安心するといい」

 「本当に、いいのか?」

 「構わない。その代わり、剣を抜いたら犯罪者。それなりの覚悟をする。今なら、許す」


 これだけ会話が続くことからわかりますね。

 脅すだけで剣を抜こうとしないのです。

 この人達は明らかに戦闘を避けようとしているという事がわかります。

 

 「坊ちゃま、よろしいですか?」

 「やってしまうのだ!」

 「しかしながら、ここで剣を抜いてしまえば、坊ちゃまが犯罪者とされてしまう可能性も……」

 「関係ないのだ! 僕は貴族なのだ! 僕の権力でどうにでもなるのだ!」


 綺麗な服で偉そうな態度をとっているので、もしかしたらと思いましたが、やっぱり鼬族の貴族だったのですね。

 仕方ないですね……。


 「あの、どうしても引いてくれないのですか?」

 「うるさいのだ! 部外者は黙っているのだ!」

 

 僕が間に入ろうとすると、怒られてしまいました。

 けど、それでいいのです。


 「おい、ねずみ。少し黙る」

 「ぶ、無礼なのだ! 僕はねずみではなく、いたち……」

 「知らない。とにかく黙れ。ユアン様が話している」

 「誰だそいつは!」

 「えっと、ユアンは僕ですよ」


 助かりますね。

 シアさんと目配せしただけで、僕の意図を読み取ってくれたみたいです。


 「申し遅れました。改めまして、僕がユアン……ユアン・ヤオヨロズと申します。一応ですが、女王アリア様の姪で、公爵の爵位を賜っているものです」

 「公爵……?」

 「はい。それで、さきほど貴方の権力でどうにでもなると伺いましたが、具体的にはどのような権力があるのか教えて頂けますか?」

 「それは……」


 明らかに動揺していますね。

 本当はこうやって権力を振りかざすのはよくありませんが、権力には権力をあてるのが効果的であると今までの経験で学びましたから仕方ありませんね。


 「おい、ユアン様の質問に答えろ」

 「う、うるさいのだ! お前は黙っているのだ!」

 「あ、ちなみにですけど、そちらの方はリンシアさんといって、僕のお嫁さんです。その意味はわかりますか?」

 「は? 嫁?」

 「はい。なので、シアさんも僕と同じ公爵ですよ」

 「リンシア・ヤオヨロズ。よろしく」


 よろしくする気は全くなさそうですけどね。

 ですが、威圧するようにシアさんが鼬族の貴族へと近づきました。


 「それで、権力とはどういう事ですか?」

 「それは、勘違いだったのだ! だけど、僕はこうして突き飛ばされて……」

 「そうなのかー。だからといってわっちの花壇を荒らした事は許せないなー」

 「だ、誰なのだ!」

 「この花壇の持ち主だぞー」


 あれ、チヨリさんまで話に加わってきましたよ。


 「だから何だと言うのだ!」

 「私の花壇を荒らしておいて、まだ偉そうにしているのが頭にきたなー。いい加減にしろよ、小僧」

 

 あ、怖いです。

 チヨリさんの話し方で、ちょっと怒っているのがわかりますね。


 「リンシア、面倒だから捕まえていいぞー」

 「わかった」

 「ちょっと待つのだ! な、なんでそんな子供の言う事を聞くのだ!」

 「子供じゃない。チヨリはこの街でも有名で偉い」

 「リンシアやユアン様よりは偉くないけどなー。侯爵だからなー」

 「え、チヨリさんって侯爵だったのですか?」

 「うむー。このまえ押しつけられたなー」


 知りませんでした。

 けど、侯爵ってかなり偉い立場ですよね?

 

 「それで、チヨリの花壇を荒らしたけど、どうするつもり?」

 「けど、たかが花壇なのだ……」

 「そうだなー。だけど、珍しい花もあったからなー。賠償を求めるとどうなるのか楽しみだなー」

 

 んー……やっぱり権力というのは怖いですね。

 さっきまであんなに威勢がよかったのにも関わらず、見るからに勢いがなくなっています。


 「チヨリさんは花壇を荒らした事を許してくれるみたいですけど、どうしますか? もし、そちらが引き下がるのなら、僕達も何も言いませんよ」

 「仕方ないのだ……帰るのだ!」

 「か、帰るって……どこにでしょうか?」

 「国に帰るのだ! こんな場所には居たくないのだ!」

 「ぼ、坊ちゃま! お待ちください!」


 早いですね。

 部下を置いて逃げるように街の入り口へと小走りに走って行ってしまいました。

 しかも結局一言も謝る事もせずに。

 まぁ、いいですけどね。

 どうせ謝ってきたところで形だけになると思いますので、気持ちの籠っていない謝罪を受け取ってもスッキリしませんからね。


 「シアさん、ありがとうございました」

 「構わない。ユアンも頑張った」

 「そんな事ありませんよ。けど、爵位が役に立って良かったです」

 「そうだなー。けど、やっぱり権力は嫌だなー」

 「そうですね」


 もし、相手も同じ公爵だったらどうなるかですよね。

 それに、この街だから通用したのであって、他の街で同じように権力を振るえば、アリア様やアンリ様に迷惑をかけ、フォクシアやナナシキの評判を落とす事にもなり兼ねません。

 あの街の貴族は横暴だって思われますからね。


 「けど、鼬族が何しに来たのでしょうね?」

 「わからない。観光って感じはしなかった」

 

 目的がわからないだけに気持ち悪いですね。

 

 「そういえば、今回は僕が呼ばれなかったですけど、どういう事ですかね?」

 

 普段なら貴族の訪問者や問題児が街に訪れた時、何故か僕が呼ばれて案内などをする事が多いです。

 まぁ、僕が一番自由が利くからですけどね。

 ですが、今回はそれがなかったのです。


 「後でデインに聞いてみる。あいつらが武装していたのも気になる」

 「そうですね」


 別に武装していたから街に入れないという訳ではありませんけどね。

 それが理由で街に入れなかったら冒険者が来てくれなくなります。

 ですが、それなりに対策はします。

 武器を街の中では見えないようにしてもらったり、直ぐには使えませんよとアピールする為に紐で縛ったりするのです。

 強制ではありませんけどね。

 なので、もしかしたら断られただけかもしれませんし。

 まぁ、その場合はデインさんの判断で街に入る事を許さないと思いますけど。

 それにも関わらず、鼬族がああやって街に入ってきたのはちょっと不思議に思います。


 「ま、とりあえずは大きな騒ぎにならずに済んで良かったです」

 「うん」

 「私の花壇が荒れてしまったけどなー」


 あ、そうでしたね。

 一番の被害者はチヨリさんでした。

 それと、ティロさんもですね。


 「ティロさん、大丈夫ですか?」

 「はい。だけど、お花さんが……」


 花壇の方を哀しそうにティロさんが見つめています。

 それにしても酷いですね。

 全てではありませんが、花壇の一部が踏み荒らされたようにぐちゃぐちゃになっているのです。


 「ティロ。花が好きなの?」

 「わかり、ません。だけど、かわいいとは、思います」

 「わかった。ユアン、私は仕事に戻る。ティロを連れていくけどいい?」

 「わかりました。ですが、ティロさんは悪くないので責めないであげてくださいね?」

 「うん。ティロはチヨリの花壇を護った。怒りはしない」

 「約束ですからね?」

 「うん。ティロ、仕事が終わったばかりで悪いけど、詰所まで来る」

 「わかりました。ユアン様、チヨリ様、サンドラ様、ご迷惑、お掛けしました。失礼いたし、ます」


 ティロさんが僕達に向かって、深く頭を下げました。

 

 「気にするなー。良かったら今度一緒に治そうなー」

 「はい。また、遊びにきます」

 「是非来てくださいね!」

 「またなー」


 シアさんとティロさんが詰所の方へと歩いていくのを三人で見送り、僕達も片付けに戻ります。


 「それにしても、鼬族は何がしたかったのでしょうね」

 「わからないなー。でも、理由はあったのかもなー」

 「理由ですか?」

 「うむー。ナナシキを探りに来たのかもなー」

 「それにしては雑過ぎますよね」

 「そうだなー」


 けど、鼬族が何かしら動いてきた事には変わりないのかもしれませんね。


 「まー、ティロもいい経験になっただろうなー」

 「嫌な経験だと思いますけどね」

 「そうかもなー。だけど、ユアンが昨日言っていた経験にはなったなー」

 「あ、花が枯れたりして悲しいという経験ですね」

 「うむー。それに、怒るという経験も出来ただろうなー」


 そう考えればティロさんは大変だったかもしれませんけど、色んな経験を積む事が出来たのかもしれませんね。

 そう考えると、悪い事ではなかったのでしょうか?


 「それに、一緒に命を育てる約束もしたしなー」

 「そうですね」

 「私もやるぞー」

 「サンドラちゃんもいい経験になりますね」

 「うんー。楽しみだぞー」


 この会話の通り、後日また僕達が仕事をしている時にティロさんが訪れ、一緒に花壇の修復する事になりました。

 ティロさんは手を土で真っ黒に汚しながらも、楽しそうに種を植え、自分の手で命が芽生える事を喜んでいました。

 今日の事も引きずっていないようでしたので、良かったですね。

 ですが、ティロさんは街の警備隊をやめてしまいました。

 どうやら他にやってみたい事が出来たみたいなのです

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